四十二話 お別れ
色々と衝撃的な体験をした翌朝、目を覚ますと横から視線を感じた。
枕の上で顔を横に向けると、同じベッドで寝ていたテッドリィさんが、全裸にシーツをかけた姿で微笑ましそうに俺の顔を見ていた。
「よぉ、バルト。体の調子はどうだ?」
どういう意味かよく分からなかったけど、少ししてなんとなく理解した。
「……それって、どっちかというと男性が女性にかける言葉じゃない?」
「あはははっ。そう言われてみりゃ、そうだよな」
「そうだよ。それで、テッドリィさんのほうはどうなの?」
「けっこう具合がいいぜ。あれだけ酒飲んだのに、気持ち良い運動して汗かいたからか、二日酔いじゃねぇしな。そうなると、バルトは意外とコッチの才能もあるのかもな」
下品な笑い方をするテッドリィさんを見て、俺は少しだけ顔をしかめてしまう。
「……褒められて嫌な気はしないけど、初めてなのにそう言われちゃうと、なんだか複雑な気分になるなぁ」
「あはははっ。下手くそって言われるよりかは、いいじゃねぇかよ」
ベッドの中で他愛のない雑談をしながら、散乱している服を引き寄せて着ていった。
着終わった後で、俺とテッドリィさんはベッドから出る。
テッドリィさんがコップに水を入れて飲むのを横目に、俺は作製途中だった二本目のナイフの仕上げをするために机に向かう。
少し作業を進めると、水を入れなおしたコップを片手に持って、テッドリィさんが作業を後ろから覗き込んできた。
「んぐんぐ……へぇ、器用なもんだな」
「故郷で色々と習ったからね。でも、鞘と柄は流用しているから大したことないし、本職の人が作った物には大分劣るよ」
「ふーん、門外漢のあたしからしたら、十分そうに見えるけどな」
テッドリィさんは昨日仕上げ終わっていた方のナイフを手に取ると、軽く動かすように弄び始める。
そして、何かに気がついた顔をする。
「あー、持ってみると分かるな。なんつーかこう、不完全って感じがするな」
そのナイフの柄は、テッドリィさんの手に合うように、昨日の夜にかなり入念に形状を整えたんだけどなぁ。
ちょっとへこむけど、手直しすればいい問題だよね。
「手に合わないなら調整するよ。どこが持ちにくい?」
質問すると、テッドリィさんは少し考える様子の後で、微笑ましそうな顔をした。
「んー……いや、調整はいいわ。これはこれで味があって、なんとなくバルトっぽいって感じで、あたしは好きだぜ、このナイフ」
「えー、なにその感想……」
「あはははっ、気にすんな。バルトももうちょっと歳食えば、分かるようになるはずだからよ」
テッドリィさんは笑いながら、ナイフを鞘に収めると、軽く掲げ持った。
「そんで、バルト。これ、あたしがもらっていいんだよな」
「うん。あと、今作っているものも、教育してくれたお礼に上げようと思っているんだけど?」
「バーカ。こっちもバルトと居れて楽しかったんだ。それなのに、礼にナイフを二本も寄越すヤツがいるかよ。この一本だけでも、十分に破格だっつーのッ」
またもや、デコピンされてしまった。
ひりひりとする額を撫でながら、この痛みを感じるのもこれで最後なのだろうなと、変な実感があった。
どことなく寂しさを感じつつも、テッドリィさんは言い出したら聞かない性格と知っているので、二本目のナイフをあげることは諦め、俺に合うように調整し直していったのだった。
その後、従業員が持ってきた朝食を部屋で取ってから、俺たちは宿の外へと出る。
行きかう人々が多く、もうヒューヴィレの町には朝の活気が生まていた。
そんな中で、俺とテッドリィさんは申し合わせたように、同時に背伸びをする。
「んぅ~~……さて、じゃあここでお別れな。短い間だったが、楽しかったぜ、バルト」
「うん。俺もテッドリィさんが教育係でよかったよ。色々と知らないことも教えてもらっちゃったしね」
「ふぅん~、それって昨日教えた女体の扱い方のことか?」
「違ッ! それだけじゃないってば!」
からかわれているとは分かっていたけど、昨日の今日で割り切れるような体験じゃなかったので、過剰反応してしまう。
すると、テッドリィさんはけらけらと笑った。
「あははははっ。おいおい、そんな調子じゃ、下品な冒険者にからかわれっぱなしになっちまうぜ?」
「大丈夫。こんなに慌てるのは、きっとテッドリィさんにだけだから」
「――!? ば、バーカ、そういう殺し文句使うのは、五年は早いってーの!」
「ええ~、酷いなぁ。素直な気持ちを言っただけなのに……」
テッドリィさんは、俺にデコピンしようと手を伸ばし、途中で手の動きを変えて俺の頭を撫でた。
「バルト、デッカイ男になって有名になんな。そうしたら、あたしは酒場で自慢してやる。アイツの筆下ろしをしたのは、このあたしだってね」
しんみりした話かと思ったのに、最後の一言とにやりと笑った顔で、色々と台無しだよ!
「ちょ、それは止めてよ!?」
「なーに、うろたえてるのさ。抱いた女の数ってのも、デッカイ男にゃ必要なもんだぜ?」
「そんなこと、あるわけ――」
「いやいや、本当だって。有名な冒険者になったら、尻軽女から商売女まで寄ってくるから、手切れ金渡す代わりに一晩だけ共にってのはよくある話なんだぜ?」
楽しそうに笑うテッドリィさんを見て、俺はこの話題から逃げることを決めた。
「なんで別れ際だってのに、そういう下世話な話をするかな~」
「あははははっ。いや、湿っぽいのはどうも苦手でな、ついからかっちまった。んじゃ、本当にこれでお別れだ。じゃあな、バルト」
手を上げて、あっさりと別れようとするテッドリィさんに、俺は慌てて声をかける。
「じゃあね、テッドリィさん。またどこかで会いましょう!」
テッドリィさんの去る背中を見続けると、寂しさで胸が苦しくなりそうだったので、俺は踵を返して道を歩いていく。
少しして、駆け寄ってくる足音が聞こえて振り向くと、泣きそうな顔のテッドリィさんがいた。
「どうかし――」
「忘れ物をした」
俺の疑問の声を塞ぐように、テッドリィさんはキスをしてきた。
それも、舌を入れて、口内を蹂躙するようなやつを、この道の上で!
混乱して硬直する俺とは違い、テッドリィさんは情熱的なキスを続け、やがて口を放した。
「はぁぅ……命懸けで助けてくれたバルトのこと、絶対に忘れねぇから」
俺の唇を指で拭うと、テッドリィさんは逃げ出すように、ヒューヴィレの町の中へと走って消えていった。
呆然としながら見送って、少しして周囲から好奇の視線を向けられていることに気がつく。
俺も慌てて走り出して、さっきの光景を見た人がいない場所まで逃げた。
その後でさっきまでの光景を思い出してみて、感じたことが一つあった。
俺とテッドリィさん、男性と女性の配役が逆じゃない?
なんだかテッドリィさんのほうが、男っぽかったような気が……。
デカイ男を目指す俺は、このことにしばし人知れず悩むことになってしまうのだった。




