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四十話 変わっていくこと

 明日で教育係の期限が切れるといわれたのに、その日もテッドリィさんはいつも通りだった。

 食堂で楽しく夕食をし、宿屋の同じ部屋で別々のベッドで寝た。

 その際のどこかで、テッドリィさんが言ったことだけど。


「まあ、明日で期限切れだと言ったってよ、この村からバルトが冒険者登録したヒューヴィレの町に帰るまでが教育期間だからな。何を話すにしたって、まだまだ時間はあるさ」


 ということで、まだ少しだけ一緒にいてくれるらしい。

 それ以降は、要相談だとも。

 次の日に起きて、俺とテッドリィさんはこの村を離れることにしたわけだけど、宿を出ると開拓村の光景は一夜にして劇的に変わっていた。

 森に主が現れる前みたいに、行商人や冒険者たちでごった返している。

 原因が何かと考えれば、すぐにあの三人の魔導師たちだと分かった。

 あれほど偉そうな態度をとれば、ここまでの道中で噂にならないわけはない。

 そして商人たちが、この村に魔導師が三人やってくるっていう噂を、聞き逃さなかった。

 その結果が、この賑わいだ。


「あー……また道を歩くのが面倒になってやがんな」

「あははっ。でも、俺たちはこの人ごみを縫って、冒険者組合に行かないといけないよね」

「この村を去るからな。報告しなけりゃ、義理に反する」

「あれ? 義務じゃなくて義理なんだ?」

「別にやらなきゃいけねぇって決まりはねぇからな。だが、言っておいた方がいいぜ。なにせ言わずに去ると、見かけなくなったからって死亡宣言だされることもあっからな。そんで新しい拠点の町や村で、死亡否定宣言を出さなきゃならねぇ。わたしは義理を欠かした間抜けな冒険者です、ってな」

「うわぁ、そんなことになるんだ。気をつけよ」


 雑談をしながら、のろのろとした人波に乗りつつ、冒険者組合まで移動する。


「高位魔導師が三人もこの村にいるって話じゃないか。これほど安全な場所は、そうそうないぞ」

「しかも目当ては、森の主の魔物らしいぞ。なんでも貴重な魔法的な素材が手に入るんだと」

「なるほどな。魔導師を三人もつぎこむとなりゃ、さぞかし高価なものなんだろうな」


 そんな商人たちの情報交換を耳に入れていると、冒険者組合に到着した。

 中に入ると、この村を拠点にしようとする人たちで、こちらもごった返している。

 詰め掛けている冒険者は、見たことのない人が多いけど、ちょっと前にこの村から去ったはずの顔見知りの人も見つけた。

 ちょこっと居心地悪そうにしているのが面白い気けど、俺たちは目的を果たすために忙しそうな職員さんに接近する。

 俺が声をかけるより先に、テッドリィさんが大声を発した


「じゃあな、村を離れっから挨拶に来たぜ。忙しそうだから、挨拶はこれで。じゃあな!」

「またのお越しをお待ちしております。しかし良かったですね、見ての通り村には物資が溢れているでしょうから、安く旅の用意ができます。二人の門出を天が祝福してくれているようですね」

「う、うっせえ! なんだその、結婚した相手にかけるような言葉は! あたしはまだ結婚なんてしやしないからな!」


 建物内の喧騒を追い払うぐらいに叫ぶと、テッドリィさんは歯をむき出しにして職員さんを威嚇してから、外へと出て行った。

 俺もぺこっと頭を下げてから、彼女のあとを追った。



 職員さんが言っていたように、村には沢山の物資が溢れていた。

 これがあの高慢な魔術師三人のお蔭かと思うと、少し複雑に感じてしまう。

 しかし物に不安があるわけじゃないので、露店で硬いパンや干し肉などの保存食を多めに買い集める。


「そうだ。ヒューヴィレに戻る商隊が見つけられなかったら、二人で夜番を回さねぇといけねぇんだ。なら寝場所になるテントか、野宿の必需品のマント、どっちかを買わねぇとな」


 どっちにするか二人で悩み、薄い茶色の毛がある革のマントを二枚買った。

 そうして大体の旅の準備が出来たところで、テッドリィさんが先頭に立って、ヒューヴィレに帰る商隊がないかを探す。

 しかし今日の早朝来たばかりの人たちだ、これからすぐに帰るような商人は見つからなかった。


「仕方がねぇ。二人でのんびりと帰るとするか。あっ、そうだ、忘れてた。ちょっと、村の入り口付近で待っててくれ」

「俺は他に行きたい場所ないんだから、一緒に行こうか?」

「いいからよ、そんな大した買い物じゃねぇんだ。ほらほら、行った行った」


 追いたてられるようにして、俺は村の入り口へ向かうことになった。

 テッドリィさんがどこまで買いに行ったかは知らないけど、来るまでの暇つぶしに、引っ切り無しにやってくる馬車と中にある物を眺めて覚えていく。

 魔導師が来て人が大勢集まると予想していたのか、何気に食料品を持ってくる人が多い。

 続いて武器、道具や薬などの消耗品、そしてお茶などの嗜好品が目立つ。

 女性、なんてものもあった。俺と目が合った一人が、媚びた態度でウィンクと投げキスを贈ってくるが、身振りで村の外に出ると伝えた途端に、化けの皮が剥がれてシッシッとやられてしまった。

 そんな風に、少し楽しく暇を潰していると、テッドリィさんが戻ってきた。


「ちょっと方々を探しちまったからな、待たせちまったよな」

「いや、暇つぶしには事欠かなかったから、全然待ったって気はしないよ」

「そうかそうか。ならいいや。よし、行くとすっかな。ヒューヴィレの町まで」


 テッドリィさんが歩き出したので、俺もその後に続いたのだった。

 


 ヒューヴィレの町までの道行きは、次々に消化されていく。

 その道中にも、テッドリィさんから色々と教わった。

 少人数で野営するときの場所の目星と注意点。

 村に滞在するときに、家を間借りする交渉と、警戒するべき人の様子。

 道々で出会った誰かに何かを頼まれたときには、ちゃんと見返りを求めること。

 そんな冒険者として必須だと思われる何かを、テッドリィさんは教え続けてくれた。


「テッドリィさんと出会ったときは、こんな色んなことを教えてくれるとは思わなかったよ」


 ヒューヴィレの一つ手前の村に泊まった際に、そんな素直な感想を言うと、テッドリィさんは微笑んだ。


「おいおい、あたしはこれでも面倒見は良い方だって評判なんだぜ。けど、相手を選ぶけどな」

「じゃあ、俺はテッドリィさんの目に適ったってこと?」

「まあな。新米にしちゃ出来過ぎなところが、ちょっと心配だけどな」

「ええ~、出来ているから心配なの?」


 二人して笑顔のまま、会話を続ける。

 そこで、そうだと思い立ったことがある。

 今までタイミングがなかったけど、ちょうど良い機会だからと、今後のことについて話しておかないと。


「それでさ、テッドリィさんはヒューヴィレに戻ったらどうするの?」

「んー? まぁ、前と同じで、商隊の護衛で方々に行く生活に戻るさ。あたしは森が性に合わないみだいだしな。バルトは――って、確か森を開放して地主になるんだったっけか?」

「うん。俺はデッカイ男になるのが夢だからね」

「じゃあ、あたしとはヒューヴィレの町でお別れってことになるな」

「……うん、やっぱりそうなるよね」


 分かっていたことだけど、別れが目の前にあると知ると、やっぱり少し寂しい気分になる。

 そんな気落ちした俺の背中を、テッドリィさんは笑顔でバシバシと叩いた。


「なに、しょぼくれてんだよ。冒険者を続けてりゃ、出会いと別れの連続だぞ。あたしらみたいに、生きて別れられるなら上々じゃねぇかよ。またどこかで会えるかも知れねぇだろ?」

「それは分かるけどさ。やっぱり、仲良くなった人と別れるとなると、寂しさはあるよ」


 俺が力なく笑うと、テッドリィさんにしては珍しく、ぐっと言葉に詰まった様子だった。

 その後で、無理矢理に笑顔を浮かべたように見えた。


「ま、まあ、あたしもちょっとは寂しいけどな。けど、お互いに生きる目的が違うんだからよ、ヒューヴィレでは笑顔で別れようぜ」

「そうだね。泣き縋ってしっとり別れるのは、お互いにガラじゃないだろうしね」

「そういうこった。ああ、でもよ。お別れ会みたいなものはやろうぜ。土のゴーレムの核を売った金は、まだまだあるんだし、ぱーっとやろうぜ」


 こうして、結局は別れることに決まってしまった。

 けどテッドリィさんの様子から、離れてからも教育係と教え子の関係は続くんだろうなと、なんとなく思った。

 そう考えると、この世界に生れ落ちて故郷以外で初めて出来た親しい人と別れる寂しさが、少し薄まった気がしたのだった。

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― 新着の感想 ―
シオオオオオオオ!?なんだか今日のスープがしょっぱくなる気がしたぜ。
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