三十九話 のんびりの日々と終わりの始まり
俺の装備が整った翌日から、俺とテッドリィさんは森の中に入ることにした。
昨日の今日なので、テッドリィさんの足の怪我は、もちろん治っていない。
「その足、大丈夫なの?」
「へっ、この程度の怪我で休んでいたら、冒険者なんてやってらんねぇよ。けどまあ、しばらくは無理しないぐらいな仕事を入れるつもりだけどな」
その言葉どおり、今回の俺たちの目的は、薪とか石に野草なんかを拾うこと。
野生動物は見かけたとき、魔物は襲ってきたときに倒すことにして、こちらからは積極的に狙わないことにした。
テッドリィさんが本調子じゃないっていうこともあるけど、実は俺のほうにも少し問題があった。
攻撃用の魔法を使い続けたせいで魔塊の大きさが減少したのだけど、これは寝ればすぐに回復するようなものじゃなかったのだ。
単に寝て起きるだけだと、一晩経っても少ししか回復しかしない。
より多く回復させるには、魔塊を回して細胞の魔産工場を活性化させ、より多くの魔力を生み出し続けるしか方法がない。
俺の場合だと、一昼夜活性化し続けて、元の大きさの二割回復って感じ。
つまり、全快するには活性化による回復に注力し続けて、五日かかる計算だ。
俺は魔産工場を長く動かせる特異体質だからいいけど、鍛冶師でも一時間か二時間が限界なので、他の人だともっと回復が遅いはず。
そう考えると、攻撃魔法を使う魔導師の人たちが、魔の森のある場所で見ないことにも納得がいく。
なにせ回復に時間がかかるのだから、高い攻撃力があるとはいえ、そうそう攻撃用の魔法を連発するわけにもいかないはずだし。
なんてことを考えながら、薪や石を拾い集めていくと、直ぐに冒険者組合から貸してもらった背負い籠が満杯になってしまった。
屈んでいて強張った背中を伸ばしながら、周囲を見回してみる。
今いるのが、森の浅い場所だけあって、他にも冒険者がいた。
大抵が屈強な人たちで、魔物を倒し終わった後の小遣い稼ぎにやっているようだ。
畑の開墾にあぶれたのだろうか、俺と同年代ぐらいに見える少年少女も少なからずいるけど、おっかなびっくりという動きでいそいそと集めている。
その様子を見ながら、俺は弓矢を手に構える。
そして、草むらに隠れて少年少女を襲う機会を待っていたゴブリンに、矢を放った。
「――ギギィィャアアア!」
矢が体に刺さって悲鳴を上げ、ゴブリンは草むらから出てきた。
それを見て、近くにいる少年少女たちが慌て始める。
「うっわああああ、ゴブリンだ!」
「慌てるな、一匹だけじゃんか! 囲って叩け!!」
次の矢を放とうとしていた俺は、射線が彼ら彼女らに遮られてしまったために断念した。
少年少女たちは手負いで動きが鈍いゴブリンを取り囲んで、手にしていた太めの枝で殴っていく。
最初は暴れていたゴブリンだが、太い枝が折れるほどの強力な一発を頭に食らった直後に地面に倒れ、それからは抵抗しなくなった。
しかし少年少女たちは執拗に殴り続けて、息切れしてきた後でようやく腕を止める。
「あ、あはははははっ、やった、やったぞ!」
「初めて魔物を倒せたな!」
「喜ぶのは後にしましょ。証明部位を持っていかないと。確か耳だよね?」
わいわいと喋りながら作業する彼らを見て、俺は思わず苦笑いする。
故郷にいたときの狩りで、俺も初めての獲物を取った際に、同じようなことをやったことがあったからだ。
そんなむず痒い気持ちを抱いていると、テッドリィさんに平手で頭を叩かれた。
「こら、余計な真似はするんじゃねぇよ。あれでアイツらが自信つけちまって、木の枝片手に魔物に突撃し始めたらどうするんだ」
「ええぇ~。そんな自殺みたいなこと、するわけないでしょ?」
「バルトよぉ、お前は本当に物を知らねぇな。畑の開墾作業から逃げ出した不真面目なやつらに、そんな考えが浮かぶような頭があるかよ」
「……あの人たちが森にいるのって、そういう理由だったんだ」
「職員とちょっと話したが、開墾作業と森での作業の報酬はどっこいどっこいなんだとよ。開墾は安全だが辛い作業かつ人数が多いから払いが少ない。森の作業は危険でやりたがるヤツが少ないから払いが多い。楽に稼げるのはどっちよ」
「俺だったら、安全な開墾の方が楽だと思う。けどあの人たちは、作業量の少なさで森の方が割りが良いって思ったってことだよね?」
「そういうこった。そんでそんなバカなヤツらなら、魔物を一匹倒せたら、もう一匹倒せるって思うわな」
そうとは知らずに、俺は下手に手を貸してしまった。
うーん、それとなく注意してあげた方がいいのかな?
と考えていると、テッドリィさんにデコピンされた。
「痛ッぅ!」
「バルト、お節介は止めておけ。アイツらだって冒険者だ。命を捨てる場所は自分で選ばせな。それに見知らぬヤツに、唐突に指図されたかないだろうよ」
痛む額を撫でながら、そういうものかなと首を傾げてしまう。
テッドリィさんは気にするなと身振りしてから、俺の首に腕を巻きつけた。
そして、耳元で囁いてくる。
「そんなことよりも、さっさと村に帰るぞ。ゴブリンが一匹出たとなれば、この場所もちょっと危なくなるしな」
「……周りに言わなくていいの?」
「勘の良いヤツはもう引き上げ始めてるぜ。それを見た察しの良いヤツもな。なのに、のうのうとココに残るようなヤツは、命の危険を一度経験しておいた方がいいんだ。冒険者を続けるにしても、やめるにしてもな」
前世の価値観とは合わずにちょっとモヤモヤするけど、冒険者として長い経験を持つテッドリィさんが言うなら、この考えがこの世界の常識なんだろう。
「……帰ろうか、背負い籠も一杯になっちゃったし」
「うしっ、そうしようぜ。報酬貰ったら、軽く飯を食って、時間があればまた拾い物をするぞ」
テッドリィさんは俺の首に腕を回したまま、開拓村へ歩き始める。
俺は連行されている気分なんだけど、傍目からは仲良く肩を組んでいるように見えるだろう、男の冒険者の何人から羨ましげな目をされたのだった。
薪や石に野草を拾う、大して困難ではない依頼を受け続けて、十日ほどが経った。
テッドリィさんの足に巻かれた包帯も既に取れているし、俺の魔塊も全快だ。
なので俺たちは、また魔物の討伐を中心にする生活に戻っていた。
もっとも、また石のゴーレムと戦うのはゴメンなので、出会わないように用心している。
そうしたある日、銅のゴーレムを狙っていた冒険者たちと、ばったり森の中で出くわした。
擦り傷や土汚れが目立つ彼らは、総出で銅色の柱みたいなのを掲げている。
「銅のゴーレム倒したんですか?」
俺が思わず尋ねると、笑顔が返ってきた。
「いやいや。肘から先を落とすので精一杯だったよ」
「でもな、この腕をじっくり調べれば、もっと良い武器が手に入れられる」
「そうすりゃ、銅のゴーレムを倒して、大金持ちになれるぜ」
じゃあな、と言葉を残して、彼らは開拓村へ向かって去っていった。
「アイツらも順調そうじゃねえか。こっちも土のゴーレムを狙って、稼いでいこうぜ」
「テッドリィさんならそう言うと思ってたよ。けど、石のゴーレムに出くわさないように、慎重に移動することは続けるからね」
「当たり前だ。何が悲しくて、剣の通じない相手に不毛に戦わなきゃならんのさ」
ここで勝てないからと理由をつけないあたりが、テッドリィさんらしいと思う。
それから、土のゴーレムを二匹、他の魔物を十数匹倒してから、俺たちも村に戻った。
そして鍛冶屋の前に差し掛かったとき、その中から怒声が道まで聞こえてきた。
「これはこいつらが得たものでこれから調べるものだ、なのに寄越せとはどういう了見だ!」
ロッスタボ親方の声に、鍛冶屋の近くにいた人たちが何事かと中を見始める。
俺とテッドリィさんも、興味が勝って同じ真似をした。
鍛冶屋の中には、先ほど合った冒険者たちとロッスタボ親方。そして、作りの良さそうな服に赤いマントをつけている、男性三人がいた。
様子を窺うと、どうやら銅のゴーレムの腕を、あのマント姿の三人が欲しがっているみたいだ。
「だから言っているではないか。我々もその腕に興味があるのだと」
「冒険者組合に渡す値段の三倍を提示しているのに、何が不満なんだ」
「金の亡者たる冒険者なら、泣いて喜び、進んで差し出すべきではないのか?」
尊大な態度での要求に、ロッスタボ親方と銅のゴーレムの腕を取ってきた冒険者たちが怒り顔になる。
「調べ終わったら売ってやるから待てというに!」
「そうだぜ! 売り払う前は、所有権はオレたちにあるんだ。文句は言わせねえ!」
「それに、引き渡すんなら組合の建物の中でやる! お前らはどうも信用ならねぇ!」
口々に罵られても、マント男たちは意に介した様子もない。
「ははんッ。ド素人のお前らが何を調べるというのだ?」
「決まってんだろ! 銅のゴーレムを倒すための手がかりを探すんだ!」
啖呵を切った冒険者の姿に、鍛冶屋を覗いていた人たちからはどよめく。
しかしマント男たちからは、失笑が漏れるだけだった。
「そんなこと、お前ら凡人には無理だろう。分かるぞ。何度も挑んで負け続けているのだろう?」
「その通りだが、それがどうした! こうして生きて帰ってくりゃ、何度だって挑むことが出来るんだ! その挑戦を笑う資格がお前らにあるってのか!」
冒険者の問いかけに、三人は同じ動作でマントを意味ありげに手で広げる。
「当然だ。我々は魔導師。お前ら凡人には決して使えぬ攻撃用の魔法すら扱える存在だぞ」
「天に選ばれた存在の中で、さらに優秀な我々だからこそ、お前らの無駄な努力を笑おうではないか」
「そも、挑戦などという言葉は、我々に必要ないのだ。お前らが苦戦する相手すら、雑魚と変わりはないのだからな」
彼らが魔導師ということに、全員が驚いた。
そして鍛冶場を覗いていた人たちは、分が悪いといった同情的な顔を冒険者たちに向ける。
当の冒険者たちも、魔導師と聞いて少し慌てたようだったが、気持ちを立て直したようだった。
「お、お前らが魔導師ってことは分かった。だがな、オレらが苦戦する相手が雑魚だというなら、勝手に森の中に入って銅のゴーレムと戦ってくりゃいいだろうが!」
「そうだぜ。そうすりゃ、腕だけじゃなくて、全身が手に入るだろうが!」
「それが出来ねぇのは、お前らだって銅のゴーレムに勝てるか自信がねぇんだろ!」
やいのやいのと言うものの、魔導師たちは堪えた様子はない。
「ふふん。お前ら凡人と、優秀な魔導師である我々とを同列に思わないで貰いたいな」
「我々がその腕を欲しているのは、どの程度の魔法なら耐えられるかの実験に使うためだ」
「貴重な銅のゴーレムの核を、うっかり全身を粉々にしてしまっては、事なのでな」
言外に銅のゴーレムを倒せると豪語したことに、冒険者たちの声が止まる。
次にどういおうかと彼らが迷っていると、ロッスタボ親方が代わりに口を開いた。
「魔導師だのなんだと知らんが、それだけ欲しいのならばくれてやってもいい」
その言葉に、魔導視と冒険者双方が驚いた顔をした。
「ほほぅ。なんだ、そちらの道理知らずたちとは違って、話せるドワーフだったようだな。なら引き渡して――」
「お、オヤっさん、なに言ってんだよ! オレらが銅のゴーレムを倒せる武器を作ってくれるって――」
「ただしだ!!」
どちらの意見も遮るように、ロッスタボ親方は叫んだ。
そしてどちらも口を噤んだのを見てから、話を続ける。
「売るのは手首から肘までの部分で掌はこちらが貰う。これだけあればこちらの検証とそちらの実験に十分だろう。それに道理の合わぬ無茶を受けるのだから四倍の値を払ってもらう」
ほぼ一息で言い放たれた言葉に、冒険者たちはその手があったといった顔をする。
魔導師側は不利な条件に慌て、一人がロッスタボ親方に詰め寄った。
「なッ!? そんな我々の足元を見る取引に、応じられるわけがないだろう!」
「なら売らん! 諦めて帰れ!! 作業の邪魔だ!!!」
号砲のようなロッスタボ親方の大声に、鍛冶屋の外も中も関係なく、全員が仰け反った。
間近で食らった魔導師にいたっては、目眩を覚えたように体をふらつかせている。
他の二人も耳の奥が痛いのか、手を耳に当てて揉んでいた。
その後で、魔導師三人は近寄り合うと、小声で相談を始める。
少しして結論が出たのだろう、
「分かった。その条件を飲もうではないか」
「争いを続けても不毛であるしな」
「両者ともに納得のいく取引なら、それに越したことはない」
「おう、なら今すぐゴーレムの手首を切るから腕のほうを持って帰れ」
ロッスタボ親方は鍛冶屋の道具入れから大きな三角形の鋸を取り出す。
そして刃をゴーレムの手首に当てると、高速で前後に動かして押し切り始めた。
あっという間に削れていくのを見て、俺はその鋸でゴーレムと戦えばいいんじゃないかと、一瞬だけ思った。
すぐに、動く相手と戦うときに、鋸で切る動きが出来るはずがないと気がついたけどね。
そうしているうちに手首が切り離され、手がゴトンと重そうな音を立てて地面に落ちた。
魔導師たちはそれを見て、満足そうに頷く。
「では腕は持っていく。値段は四倍だったな」
「この革袋の中に金貨が十枚ある。これで十分だろう」
「釣りはいらぬからな。では、腕を運ぶとしよう」
魔導師の一人が手をゴーレムの銅の腕にかざし、そして上へと振る。
すると、ゴーレムの腕が空中に浮いた。
魔導師たちが歩き出すと、まるで意思を持っているかのように、後を追ってするすると空中を進み始める。
その光景に全ての人が驚き、彼らが通る道を開けるように人ごみが割れた。
俺も驚いたけど魔法に興味を抱き、どうやっているのかと考える。
空中に浮かせるだけなら難しくはなく、風の単一の魔法でできるだろう。けど、どうやって後をつけさせているのかが分からない。
糸でもついてはいないかと、ゴーレムの腕と魔導師たちの間に目を凝らす。
そんなことをしていたら、魔導師の一人が俺に顔を向け、じっと見つめてきた。
「……ふむ。良いものを持っていそうな気配ではあるが、在野にあるのだから目にかけるほどでもないか」
しかし直ぐに興味を失ったように視線を外して、道の先へと歩いて去っていった。
そしてロッスタボ親方は、彼らから受け取った金貨入りの革袋を、冒険者たちへと投げ渡す。
「おい、なにをぼーっとしている。やつらよりも一足早く銅のゴーレムを倒さなければらんのだから検証と武器作りを手伝わんか!」
「は、はい! おい、やるぞ!」
「そうだ! まだ勝負はついてねぇぞ!」
「オレらがやつらよりも先に銅のゴーレムを倒すんだ!」
ロッスタボ親方と冒険者たちが一致団結して作業を始めると、鍛冶屋の中を覗いてた野次馬たちは満足したように去っていった。
俺とテッドリィさんも冒険者組合で倒した魔物から得た証明部位を換金しに向かった。
そしてそこで俺たちは、職員さんから思いもよらない言葉をかけられることとなった。
「はい、こちらが今回の報酬です。それで、明日はテッドリィさんの借金奴隷の期限が切れ、バルティニーさんの教育係から解放されます。ですので、今後どうなさるかお二方で、じっくりとお話し合いをした方がいいのではありませんか?」
半ば忘れていた期限を指摘されて、俺とテッドリィさんはどちらからともなく顔を見合わせたのだった。




