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三十六話 逃走とその果てに

 背中に迫る石のゴーレムから、俺は必死に逃げる。

 土のゴーレムで細い木だと叩き折られてしまうと知ったので、逃げる先には常に太い木がくるようにこころがける。

 背後から太い木に重たいものが当たるおとがするけれど、石のゴーレムがどうなっているかを確認は出来ない。

 なにせ、肩にテッドリィさんを抱え乗せているので、俺の逃げ足が鈍い。

 振り返る暇があるなら、前方を確認して、足を一歩でも先にすすめたい。

 そうして必死に走っていると、テッドリィさんは俺が手放すつもりがないと諦めたのか、いつしか暴れなくなっていた。


「バルトの頑固者め……チッ。石のデカブツは、まだまだこっちを追ってきているぜ」


 その上、助言もしてくれるようになった。


「テッドリィ、さん。ゴーレムは、太い木に当たっている、ようですけど」

「無理して喋るな。デカブツは何度か木に当たって、足は鈍っているようだぜ。けどな、すぐに体勢を立て直して、こっちに走ってきてる」


 俺の脳裏に、テッドリィさんの話が光景となって浮かぶ。

 多分だけど、体を激しくぶつけてよろめいて、それでもこっちを追ってきているんだろう。

 折れない太い木を避けずに直進するってことは、そんなに頭が良くないってことでもあるのかも。

 ならあとは、石のゴーレムが諦めて帰ってくれるまで、逃げ続けるだけだ。

 けど、やっぱり十四歳っていう発展途上の体で、テッドリィさんっていう大人の女性を運ぶと、鍛えていたけど体力的にキツイ。


「まだ、追って、きてますか?」

「ああ、まだまだ追ってくるぜ。諦める素振りは全くないな」


 前に出くわしたときは、このぐらいの距離で帰ってくれたんだけどなぁ。

 そして悪いことに、この先から太い木が少なくなっていくことを知っていた。

 ここからは、石のゴーレムを足止めできる機会が少なくなってしまう。

 どうするか、考えないと。

 このまま普通に逃げていても、石のゴーレムが諦めてくれるとは限らないし、その前に捕まってしまうかもしれない。

 一人だけなら逃げ切れるかもしれないけど、短くても生活を共にしていたテッドリィさんを捨てるなんて選択はない。

 なら、どうにかして逃げる速度を上げるか、テッドリィさんをどこかに隠して戦うかだ。

 その二つの選択肢のどちらかでも実現するべく、走りながら必死に頭を悩ませる。

 そして閃くように、ある魔法を思い出す。

 水で体を覆って、力を増強するあの魔法なら、防御力には期待できなくても走る分には問題はない。


「よっしっ!」


 気合を入れ、魔塊を解した魔力を使って、魔法を発動させる。

 水で覆うのは、走るのに必要な腰から下に限定する。

 腕一本でもかなりの消費量だったから、下半身全体だと底の抜けたザルのように魔力が消費されていく。


「でも、これなら!」


 足を踏み出すと、俺の思惑通りに一気に加速できた。

 ちょうど森の木が細くなり始めるころだったので、走りやすくなってさらに速度が上がる。


「おおっ!? なんだよ、バルト。力を温存してたのか!?」

「そういうわけじゃないけど、必死なだけだよ」

「そうか命がけで走っていて、眠っていた力でも目覚めたのかよ……って、バルト。気持ちは分かっけど、漏らすんじゃねぇよ」


 テッドリィさんの声が楽しげなものから、悲しそうなものになった。

 漏らしたって、そんなはずないじゃないかと、ズボンに視線を向ける。

 すると、ズボン全体が濡れていた。

 汗にしては濡れ方が酷いので、おしっこを漏らしたように見えなくもない。


「違うから! これ、漏らしているんじゃないから!」

「分かってる。分かっているさ、バルト。命がかかってんだ、恥ずかしいことじゃない。誰にも言ったりしねぇからよ」

「変に納得して慰めようとしないで、違うんだから!」


 そんな馬鹿話を思わずしてしまったけど、そんな場合ではない。

 石のゴーレムが細い木を押し倒す音が、背後に聞こえてきたからだ。

 それと共に、木や草むらに隠れていた野生動物が、あちこちへ逃げる姿と音もしてきた。


「おい、バルト。あのデカブツも、足が速くなってんぞ!?」

「太い木が少なくなって、走りやすくなったんでしょ!」


 そこで俺は、さらに走る速度を上げようとする。

 だけど、ここで少しの計算違いがあった。

 魔法で足の動きをアシストする強さをあまり上げると、バッタのようにぴょんぴょんと跳ねるような動きになってしまうのだ。

 前世の教育番組で見た、月面着陸した宇宙飛行士の動きみたいに。


「おい、バルト。遊んでないで、ちゃんと、走れ」

「ちょっと、足元が不確かな場所で、動きが乱れただけだよ」


 言い訳して誤魔化しつつ、慌ててアシストの強さを戻す。

 そして俺が上手に走れる上限になるまで、徐々に上げていく。

 結果的に、速度はさらに少し上がった程度で落ち着いてしまった。


「テッドリィさん、石のゴーレムは!?」

「元気に追ってきてやがるぜ。近づきも離れもしない感じだ」


 なら、このまま逃げ切れそう。

 と思ったけど、魔塊の大きさが急速に萎んでいくのを感知して、そうとも言っていられないと分かった。

 ただでさえこの魔法は大食らいだったのだ。

 なのにこんなに長い時間使い続けて、さらにはアシストの力を上げたら、あっという間に減ってしまうのは当然だった。

 このままだと、いつかはこの魔法を止めて、自分の筋力だけで走らなきゃいけなくなる。

 その前までに、石のゴーレムが諦めてくれることを期待して、このまま逃げ続けようか?

 けど、魔塊がまだまだある間に、テッドリィさんを隠してから、一人で戦いを挑むっていう選択もある。

 どちらも分が悪い賭けだ。

 けど、逃げ続けるほうは、魔塊がなくなって魔法が切れたら、確実に俺とテッドリィさんは死ぬ。

 というか、魔塊がなくなった人間が、無事でいられるかすらも分からない。

 でも、戦うほうなら、魔法やアイデア次第で何とかなるかもしれない。少なくとも二人が生き残るチャンスは、大いにある気がする。

 だから俺は、期限を決めることにした。

 これからやや先に、木の根に大きな洞を持つ大木が一本ある。

 そこまで石のゴーレムが追ってくるようだったら、木の洞にテッドリィさんを押し込んでから、俺が戦う。

 いや、戦って勝って、村に帰る。

 まだまだ俺は、デカイ男になっていないんだから、こんなところで死んでたまるか!





 期限とした大木が見えたけど、まだ石のゴーレムは追ってきている。

 なので、決めたことをやろう。


「テッドリィさん、ここに入って!」

「お、おい、なんだよ、いきなり!?」


 木の洞にテッドリィさんを押し込み、更に奥に入るようにと押す。

 最初はどういうことか混乱していたようだったけど、素直に奥に入っていった。


「それじゃあ、ここで待ってて。ちょっと石のゴーレムと戦ってくるから」

「バルト、なに言ってんだ!? この中で二人で隠れるんじゃないのかよ!?」


 大人しく入ってくれたと思ったら、そういう風に考えていたんだ。


「石のゴーレムが時間をかけたら、こんな木は折れちゃうよ。もう時間がないから」

「待てって!」


 押し止めようとするテッドリィさんに、俺は上着を脱いで投げつける。


「それで傷口を縛って待っててよ、ちゃんと迎えに来るから。汗で汚いかもしれないけど、洞にある土が傷につくよりかはマシだろうから」


 テッドリィさんは俺の上着を握り締めると、代わりのように彼女の剣を差し出してくる。


「……分かった、もう四の五の言わねぇ。だけどよ、この剣は持ってけよ。多少の足しにはなるだろ」

「ありがとう。けど、俺は剣を使ったことないし、石のゴーレムと闘っているときにこの洞に他の魔物が入ってくるかもしれないから。やっぱりテッドリィさんが持っていてよ」


 そう言って、俺は木の洞から外に出る。

 すると、石のゴーレムがすぐ近くで佇んでいた。

 俺が出てくるまで待っていたのかな?

 そう思ったけれど、たぶん木の洞に隠れた獲物をどうするか考えるのに、動きを止めただけだろうな。あまり賢くないようだし。

 そのどっちかは知らないけど、俺の姿を確認したと教えてくれるように、石のゴーレムは腕を振り上げる。


「まったく、せっかちだな!」


 俺は横へと走りながら、魔塊を回転させて、細胞にある魔産工場を活性化。

 そこで産出される魔力は全て、魔塊へ向かう。

 体の外に出てくる魔力もあるけど、魔塊が小さくなった分を補充するように貪欲に吸収し、少しずつ大きさが戻っていく。

 そのことを認識しながらも、俺は大きく跳んだ。

 ゴーレムの石柱のような腕が地面にあたり、少し地面が揺れる。

 いや、揺れたのはたぶん、それぐらいの威力はあったように感じたっていう、俺の気のせいだ。

 俺は少し走る速度を落としながら、弓を構えつつ、番える矢に風の戦闘用魔法を纏わせる。

 魔塊の大きさが戻った分以上を、これで消費しちゃうけど――


「――食らえ!」


 立ち止まって狙いが合った瞬間に、気合を入れつつ石のゴーレムに矢を放つ。

 一瞬にして矢は胴体に衝突し、纏わせた風の魔法が開放され、周囲に突風が吹き荒れる。

 俺は片腕で目にくる風を遮りながら、石のゴーレムがどうなったかを確認する。

 風で押されて尻餅をついたようだけど、矢が当たった部分はほんの小さなヒビしか入っていない。

 土のゴーレムならこの一撃で倒せるのにと、歯がゆく思いながら、次の作戦を考える。

 弓矢じゃ風の魔法を纏わせても、石のゴーレムには決定打は与えられない。

 なら、鉈に纏わせたならどうだろうか。

 鉈で戦う距離なら、手を触れて鍛冶魔法で柔らかくすることが出来ないかも試せるだろう。

 俺は矢筒を外すと、矢と共に木の洞の方へ投げた。中には入らなかったけど、あの場所なら戦いの余波で壊されることもないはずだ。

 俺が鉈を抜いて構えると、石のゴーレムも応じるように立ち上がってきた。


「さて、ここからは全て、ぶっつけ本番になっちゃうけど」


 それでも勝たなきゃね。

 テッドリィさんにも、そう約束しちゃったし。

 なに、自分よりデカイ相手なんて、前世ではありきたりだったんだ。

 今は武器も魔法もあるんだから、高々三メートルの動く石の相手なんか、やってやれないことなんてないさ。

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― 新着の感想 ―
ずっと前から気になってたけど、攻撃魔法を使えるように普段から訓練していないのは些か苦しいと思う。 物語としてはありだけど、冒険者や魔物を軽く考えすぎているか普段から縛りプレイするドMかだな。
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