三十四話 情報交換
ゴーレムたちから逃げ帰った後で、昨日と同じ面々が再び冒険者組合の一室に集まっていた。
全員が疲れた顔をしていて、椅子に座る姿勢もだらしなくなっている
少しして、職員さんが二人入ってきた。それぞれの手には大小一つずつの革袋が載っていた。
「戦った状況をお話いただく前に、魔物を討伐した報酬をお支払いしておきましょう」
大きい方を冒険者たちのほうに、小さいほうを僕らへ。
テッドリィさんが代表して革袋を受け取り、その口を開いて中を覗き込む。
「ひゅ~♪ ゴーレムの核ってのは一桁違ったみたいだぜ」
歓声を上げるテッドリィさんが珍しく、俺も革袋の中を見る。
銅貨の中に、十枚ぐらい銀貨の輝きが見えた。かなりの報酬だ。
あっちの冒険者たちはというと、袋の中身を全部取り出してから話し合って、分配を決めている。
結構な数の銀貨が見えたので、彼らも土のゴーレムを倒して核を回収していたようだ。
報酬の分配が終わった後で、冒険者たちから森での戦闘について語っていく
「そっちの二人と離れて、オレたちは森の奥へと足を踏み入れたわけだが――」
「いやぁ、全く大変だったぜなにせよ――」
「魔物はそこら辺を集団で闊歩していてな――」
彼らは自分の功績を誇るように、入れ替わり立ち代り交互に喋ってくる。
その部分を要約すると、なんでも魔物と戦い続けて更に森の奥へ行くと、土のゴーレムがうようよいたらしい。
それを見た彼らは、土のゴーレムが森の主ではないことを知って、数を減らそうと奮闘したそうだ。
「どこかの誰かさんが魔法で水をかけたせいで、ゴーレムの攻撃が重くなって大変だったぜ」
「おいおい、ちゃんとその後で火でゴーレムを乾かして、元に戻してやっただろう」
「元に戻しただけじゃだめだろう、せめて弱体化させろよな」
あはははっ、と過去の苦境を笑う。
やっぱり土のゴーレムに水を使ってはいけないみたいだ。
もし使ってしまったら、火を使えば元に戻せるみたい。多分、土の水分を飛ばすためだろうな。
けど、それ以上の弱体化はしないようかな。
参考になる話を聞いていると、テッドリィさんが彼らを鼻で笑った。
「はんッ。そっちの魔法使いは、揃いも揃って大間抜けばかりじゃねぇかよ」
その一言で、魔法を扱えるらしい男の一人が怒り顔で立ち上がる。
「なんだと!? 知っているんだぞ、お前は剣の腕だけ達者で、魔法は使えないんだろ!」
「やっぱりとんだ間抜けだ。指摘する言葉も的外れじゃ、救いようがねぇな。バルトとは大違いだぜ」
彼を挑発するためか、テッドリィさんは俺の頭に手を乗っけて、愛しむような手つきで撫でる。
撫でられて嬉しくないわけじゃないけれど、子ども扱いっぽいし、からかうダシにも使われているので、どう捉えたらいいか俺は内心複雑だった。
そんな俺の気持ちをよそに、テッドリィさんは再び魔法を扱う男を鼻で笑う。
「ふふんッ。バルトはな魔法の風を当てたんだ。そうしたらよゴーレムのやつ、デカブツだってのに怯みやがったんだぜ。あとはもう、この剣でぶっすりよ」
その言葉を聞いて、からかわれている彼は怒鳴ろうとするように口を開き、そして動きが止まる。
やがて考える素振りになると、冷静さを取り戻した瞳になった。
「……それは本当のことか?」
「当たり前だ。ああでもな、攻撃の最中に当てても無駄っぽいから注意しとけよ」
ゴーレムに風の魔法、というのはよほど有益な情報だったらしく、冒険者たちはあれこれと喋り合う。
漏れ聞こえてくる言葉をまとめると、戦うときのフォーメーションの確認っぽい。
しかしそこで、職員さんが言葉で止めてきた。
「これからどう戦うかよりも、この場では先に森でどう戦ったを報告していただきたいですね」
「お、おお、そうだったな。えーっと、話は土のゴーレムたちに会った後からだな」
「土のゴーレムを何体か倒して、このまま全滅させようってときに、あいつが現れたんだ」
「石のゴーレムだよ。やっこさんには、オレらの武器が効かなくてよ」
「この森では硬い相手がいなかったからな。剣や斧のような、刃で斬り潰す武器しかなかったのがまずかった」
「しかもよ、土のゴーレムみたいに、石のゴーレムも体を修復しやがるんだよ。剣じゃちょっとだけしか傷がつかねぇのに、それが瞬く間に治っちまう。たまんなかったぜ」
「これは戦闘継続は無理だと判断して逃げたわけだ。石のゴーレムは追いかけてきたが、その最中に方向転換して――」
「戦い終わったこっちにきたって訳だな」
テッドリィさんは言葉尻を奪うと、そのまま俺たちが戦った状況を喋り始めた。
大まかな部分は事実の通りに語った。
けど、土のゴーレムとの戦いの最後部分は、テッドリィさんが飛びかかって剣で頭にあった核を刺して決着したことになっていた。
つまり、俺が矢に風を纏わせて射ったという部分は、丸々削除されている。
このことは傍目から見ていた人がいたとしたら、功績を独り占めしようとしているように見えるかもしれない。
けど、テッドリィさんの粗暴そうでも実は優しい性格から考えると、俺のことを考えて黙っていてくれるようにしか思えなかった。
事実、俺の功績をなくすような話を終えると、テッドリィさんは謝るかのように、こっちの頭を撫でてきた。
なんとなく理由は理解したので、気にしていないと身振りを返す。
それを見て、テッドリィさんは表情をほとんど変えずに、目元だけを少しだけ安心したように緩ませた。
これで全員の報告は終わったけど、まだ職員さんたちから話があるようだ。
「では、皆さんが石のゴーレムを見たことがあるということなので」
「はい。皆さんはそのゴーレムが、森の主であると思われますか?」
その質問に、全員が悩む。
そして、実際に戦った冒険者たちから、ぽつぽつと声が上がり始める。
「いや、どうだろうか。体の硬さはスゴかったが。そこまで手強いかというと……」
「実力でいえば、土のゴーレムと大差はないぐらいだったような……」
「そうだな。オレたちの攻撃が通じなかったのは、武器のせいだしな……」
どうやら、あの石のゴーレムが森の主ではないと、考えているようだった。
「そうだな。やってやれなさそうな相手じゃ、なかったかもな」
「そうだったかもね。俺たちの武器は剣と矢だから、戦おうとは思わないけど」
テッドリィさんと俺も同意すると、職員さんたちは頷き、さらにもう一つ質問をしてきた。
「では、森の主はどのような魔物であると思いますか?」
「当てずっぽうや予想で構いませんので、遠慮なく発言してください」
この質問に、俺たちはまた頭を悩ませる。
そして先に言葉を出すのもまた、冒険者たちのほうだった。
「ゴーレムがこれだけ多いんだ。やっぱりゴーレム系統の強いやつだろうな」
「順当に石より強いと考えると、鉄か?」
「鉄のゴーレムか。鎧を纏った相手と戦うみたいに、武器が通じなさそうだな」
「いやいや、鉄なら火で溶かせばいいんだろう?」
「お前に炉のような高火力が魔法で出せるなら、やってみるといい」
そんな風に鉄のゴーレムに予想が固まりそうだったので、俺は慌てて手を上げつつ自分が思い浮かべた予想を発表する。
「あの、この村付近の石には銅が含まれています。なら、銅のゴーレムって可能性もあるんじゃないでしょうか!」
この言葉に、一瞬だけ全員の動きが止まり、なるほどと納得顔になった。
職員さんたちも俺の意見に理解を示した。
「銅のゴーレムです。ありえないわけじゃないでしょう」
「過去にある地方で存在が確認された事例もあったはずです」
職員さんたちが銅のゴーレムは実在するという話をした途端に、冒険者たちが色めき立った。
「銅のゴーレムか。銅と言えば銅貨や銅食器ぐらいだからな、ゴーレムほどの巨体となると想像もつかないな」
「いや、銅って鉄より柔らかくなかったか? 弱いんじゃないか?」
「『千用の金属』ってぐらいの加工しやすさを考えると、傷がすぐに治るようなゴーレムになるんじゃないか?」
そんな議論の最中に、ある一人の冒険者がぽつりと言った。
「土の核で銀貨ならよ。銅のゴーレムの核って、どれだけの価値があるんだ?」
その言葉が浸透した途端に、彼らの顔が職員さんたちに向けられた。
「鉄のゴーレムの核で金貨数枚だったはずですが――」
「銅の核は、希少さを考えると、金貨十枚二十枚じゃないでしょうね。もしかしたら百枚ということも」
金貨百枚と聞いて、冒険者たちは席を立ちあがる。
「おい! 今すぐに鍛冶屋にいくぞ。金属相手に有効な武器を作ってもらうぞ!」
「ならまずは石拾いからだな! この村の鍛冶師はドワーフって話だからな、手土産に酒も買っておくか!」
「いいか! 銅のゴーレムを倒せたら、報酬は均等に分配だからな!」
わいわいと騒ぎながら、彼らはこの部屋を出て行ってしまった。
多分あのままの勢いで、ロッスタボ親方に会いに行くに違いない。
一方で、テッドリィさんは興味なさそうに椅子に座ったまま、職員さんに顔を向けていた。
「それで、これで話は終わりってことでいいのか?」
「はい、少し離れた町にある冒険者組合の統括支部へ送る報告書を作るのに、十分なお話は聞けましたので」
「じゃ、あたしとバルトはここで失礼させてもらうぜ」
テッドリィさんに促されて、俺も席を立つ。
そのとき、職員さんが不思議そうに尋ねてきた。
「バルティニーさんとテッドリィさんは、銅のゴーレムに興味がないのですか?」
テッドリィさんと俺は、顔を見合わせる。
そしてテッドリィさんに先を促されて、俺から意見を言うことにした。
「俺の武器は矢と鉈ですよ。土のゴーレムでも苦戦していたのに、石や金属のゴーレムとどう戦えばいいのか分かりませんよ」
「あたしも硬いゴーレムはイヤだね。剣が潰れちまったら、また買い直す羽目になっちまうからな」
面白味のない答えだったからか、職員さんたちは納得しがたい顔をしていた。
「冒険者にしては、お二人ともちゃんとしたお考えをお持ちですね」
「冒険者にしておくには、もったいないぐらい、堅実な考えをしていますね」
職員さんたちの評価に、テッドリィさんは嫌そうな顔をする。
「なにもゴーレムしか、この世に魔物がいないわけじゃないんだ。稼ぐつもりなら、剣で倒せる相手と戦うってだけのこった」
俺も話の流れに乗っかる。
「堅実というか、向き不向きの話ですよ。というより、この森の主が本当に金属製のゴーレムなら、魔導師が出張ってくるでしょう。なにせ、金貨百枚相当の魔法に使うらしき素材が、タダで手に入る機会なんですから」
この指摘に、職員さんは慌てながら自分の唇に人差し指を当てる。
「しー。駄目ですよ、そんなことを声を大きくしたまま言っちゃ」
「本当に魔導師がこの森にやってきて、荒らしまわるかもしれないでしょう」
「でも、本当のことなんでしょ?」
すかさずに問い返すと、職員さんは言いにくそうな顔になった。
「……勘がいいのは分かりました。けれどこの件については、あまり深入りしないでください」
「冒険者組合は表向き魔導師を批判していて、裏では仲が良い。これだけお聞かせすれば、一級民の子なのですから理解できるでしょう?」
「なんとなく。政治の話ってやつですよね」
職員さんたちは小さく頷くと、俺とテッドリィさんに硬く口止めしてから、部屋から去っていった。
その後で、テッドリィさんは席を立って背伸びする。
「んぅ~、くあぁ~……あー、戦ったあとに話し合いなんて、面倒臭くて疲れたぜ。それとだ、バルト。好奇心旺盛なのはいいけどよ、あまり変な場所に脚を突っ込むな。早死にするよ」
「あははっ。いまのはうっかりだから、もうやらないよ」
あの話の流れは、誰でも普通に考え付くものだと思った。
けど、あまり立ち入りたくない話をしてしまったって自覚はあるから、これからは注意しないと。
そう反省していると、テッドリィさんが腕を俺の首に巻いてきた。
「さて、今日はもう飯食って、酒飲んで、休むとすっかな。実入りもよかったからな、宿屋で気分良くぐっすりと寝れそうだ」
「そうだね。お腹一杯食べて、宿の部屋に直行しよう」
お互いに笑顔になると、冒険者組合を出て食堂へと向かった。
そして多く稼いだ分を消費するべく、思う存分に飲み食いしたのだった。




