三十三話 土のゴーレムとの戦い
俺とテッドリィさんは逃げる。
森の木々を避けながら逃げる。
根や下草に転ばないようにして逃げる。
少し深く入ったから、森の外までが遠い。
後ろを振り向くと、ゴーレムがこっちに向かって直進する姿が見える。
「あの冒険者さんたちが、相手しているんじゃ、なかったの!?」
俺が思わず放った言葉に、並走しているテッドリィさんが言い返す。
「あっちに出会うまえに、こっちが出会っちまったんだろうさ!」
もし仮にそうなら、俺たちの今日の運勢はとても最悪なことだろう。
もう一度振り向くと、ゴーレムとの距離がまた縮まっていた。
鈍重そうに見えるのにと疑問に思って、少しの間だけ観察する。
そうすると、ゴーレムの走るスピードが徐々に上がっていっていることに気がついた。
そのことをテッドリィさんに伝えると、舌打ちが返ってきた。
「ちッ、ゴーレムは力が強いからな。直進するんだったら、その力で段々と足早になるってこったな」
「なら、このままじゃ追いつかれるし、横に逸れたほうがいいの!?」
「それでもいいが……いや、それで逃げ切ったとしても、村までやってきちまうだろうな……」
テッドリィさんは走りながら、思案顔になった。
どういう結論がでるか待っていると、ぽつりとこういわれた。
「こうなりゃ、この辺であのゴーレムを倒さなきゃいけねえな。それも可能な限り早く」
「えっ!? 俺たちだけで、あれを倒すの!?」
俺が驚いていると、テッドリィさんが神妙な顔になる。
「バルトの方が森に詳しいだろうから、聞きたいんだが。ここら辺の魔物は、バルトとあたしで駆除済みでいない。だからこそ、いまは逃走を他の魔物に邪魔されずにいるわけだ」
「……たしかにそうだね。普段なら、こんなに音を立てて走っていたら、魔物がやってくるね」
「そうだろう。ならよ、ゴーレムが木を踏み折ったりする音を聞きつけて、遠くの魔物がこっちに来ちまうんじゃないか?」
そこでようやく、テッドリィさんが言いたいことがわかった。
このままだと、他の魔物が来て逃げられなくなるかもしれないんだ。
そのことを失念していたことを恥じながら、ゴーレムと戦わざるを得ないと悟った。
「けど、戦わなきゃいけないのは分かったけど、ゴーレム相手に勝算はあるの?」
思わずそう問いかけると、テッドリィさんはにやりと笑ってみせた。
「あるぜ。ゴーレムやスライムみたいな、魔法生物なんて呼ばれている魔物は、体のどこかに核ってのを持っているんだ。それを傷つけりゃ、一発で倒せる」
倒す方法があるとは分かって安心する。
しかし後ろを振り向いて、ゴーレムの巨体を目にすると、その話が実現困難だとすぐにわかってしまった。
「って、あの馬鹿力の巨体に近づくの、すごく危ないと思うけど!?」
「そりゃそうさ。ついでに言えば、核のある場所がどこか分かってないんだ。攻撃する度に命懸けだろうな」
あっけらかんというテッドリィさんに驚いていると、笑いかけられた。
「心配すんな。接近して攻撃すんのは、あたしの役目だ。バルトには弓矢で援護を頼むぜ」
「そんな、テッドリィさんだけに危険なことをさせるなんて」
思わずそういうと、テッドリィさんは驚いた顔の後で、はにかむ様な微笑みを浮かべた。
「バルトがあたしの心配をしようなんて、十年は早いよ。なにも死にに行くわけじゃない。バルトは弓矢があるからな、遠距離からでも運良くゴーレムの核に当たるかもしれねぇだろ?」
「でも……」
納得しがたく思っていると、テッドリィさんは引きしめ直した顔をみせてきた。
「もう議論するときじゃねえよ。ここからは戦いの時間だ。バルト、援護頼むぜ」
「ちょっと待って!?」
止める間もなく、テッドリィさん俺から離れるように走っていく。
そして注意を引くためか、小石を走りながら拾い上げると、ゴーレムに投げつけた。
土の体なのでさほど痛くもなかっただろうが、攻撃されたとは感じたのか、ゴーレムは走る向きを変えてテッドリィさんを追う。
俺は足を止めて、二人を追いかけようとした。
「へっ、そうこなきゃな」
そんな呟きを放って、テッドリィさんは幹の太い大木の根元へと滑り込む。
ほんの少しして、ゴーレムは走る勢いのままに、その大木に体当たりした。
地中深く根を生やしているはずなのに、木は少し斜めに傾く。
体当たりした影響なのか、ゴーレムの右肩の部分が大きく潰れていた。しかし時間と共に形が戻っていく。
回復を待つ気はないのか、今度は左腕で大木に殴りかかった。
ゴーレムの左腕が肘から先まで潰れ、腹に響く思い音と、生木が割れる湿った音が同時にした。
しかし大木はその一撃に耐え、根元に隠れているテッドリィさんを守りきった。
「これで右肩と左手には、核がねぇってことが分かったぞ、こらぁ!」
肩と腕が修復中で攻撃に使えないと見たのか、テッドリィさんが声を上げながら大木から出てきて斬りかかる。
右脚全体を素早く何度も刺し、ゴーレムの背後に抜けた。
「右脚でもねぇか!」
悪態を吐きながら、テッドリィさんはゴーレムに向き合い、剣を構える。
そこでようやく俺は、彼女の言葉が核のない場所を伝えるためのものだと気がついた。
そして、状況が引き返せない地点まで、もうきてしまっていることにも。
「でも援護ったって、どこを狙えばいいんだよ」
ゴーレムの巨体に対して、矢の鏃は余りにも小さく、核を射抜くには頼りがなさ過ぎる気がしていた。
そんな俺の気持ちとは関係なく、テッドリィさんはゴーレムに再び斬りかかっていくのだった。
テッドリィさんとゴーレムは、一進一退の攻防を続けていく。
テッドリィさんは、どこかにある核を剣で貫ければ勝ち。
ゴーレムは、腕の一振り足の一蹴りでも当てれば勝負を決められる。
だからだろう、ゴーレムが攻撃するのを避けてから、テッドリィさんは剣で突いて攻撃することを繰り返す。
「左足と腰元にもねぇのか。となると、やっぱり上半身だな! 左腕にはねぇんだから、右腕を振るってきたところを狙ってやるぜ!」
次の狙いを俺に伝えながら、テッドリィさんは攻撃する機会を窺っている。
俺も弓矢を番えて、上半身を狙う。
もう十本以上は放っていて、顔の右側、左胸、腹や背の何ヶ所かに矢が命中している。
いま放った矢も、ゴーレムの首に命中するが、核には当たっていないようだった。
次の矢を準備しながら、俺は矢で倒すのは無理だと思っていた。
なにせ、ゴーレムは土で出来ているため、矢は突き刺さりはしても、深くまで入っていかない。
仮に、俺の矢が刺さった先に核があったとしても、そこまで到達していない可能性があるからだ。
なので弓矢での攻撃に固執したままだと、テッドリィさんがやられるか、他の魔物が来るかして、この戦いに負けることになると悟る。
「……ならどうする、考えろ」
自分へと呟き、無駄かもと思いつつも矢を放ちながら、頭で方策を探っていく。
俺の使える手札は、鉈、弓矢、そして魔法だ。
冒険者の人たちがやってみせてくれたように、魔法で動きを阻害したり出来ないだろうか。
ゴーレムは土で出来ているなら、水をかければ洗い流れるかもしれない。
そう考えて魔法を準備しようとして、六属性――いや、四属性二側面区別法のことを思い出した。
この世界では前世とは違い、物質は六つの属性に分かれていたんだった。
なら、土に効きそうな属性という考えかたをしなきゃいけない。
光と闇は相互関係っぽいので除外するとして、水属性が火属性に強そうなのはこっちの世界でも火が水で消せるので共通なはずだ。
火属性が強いのはたぶん風属性だろう。風を送っても焚き火は強くなるだけで、消すことはできなし。
風属性が強いのは……水と土の属性のどっちかわからない。竜巻とかならの強い風には、水でも土でも巻き上がってしまうよな。
行き詰ってしまったので発想を転換して、土属性が強そうなのはと考えてみる。
火で土から陶器を作れるから、多分火属性には強いはず。
土は水を吸収するから、弱いということはないだろう。むしろ土石流みたいになって、力が増すかもしれない。
なら風は……他の二つのように明確な強みがないな。
魔法を使うなら、風属性を使った方が良さそうだ。
どの属性の魔法を使うかは決まったけど、どういう風に使えばいいのだろう。
とりあえず、冒険者の人たちがやっていたように、生活用の魔法で目くらましが出来ないか試してみようか。
魔塊を回転させて、魔産工場を活性化。生み出された魔力が体外に出たのを確認して、手をゴーレムの方に向ける。
テッドリィさんが攻撃して、離れて、距離が開いたときに――
「今だ!」
出来るだけ魔力を集めて、強い風をゴーレムに吹きつけた。
人が踏ん張れば堪えきれるぐらいの風でしかなかったが、不思議なことに巨体のゴーレムが足を止める。
「よくやった、バルト!」
すぐにテッドリィさんが反応し、接近して剣でゴーレムの腹の広い範囲を滅多刺しにする。
「これでもダメかよ! なら胸から上か!?」
テッドリィさんがさらに剣で突こうとするより、ゴーレムの腕が動き出すほうが早かった。
俺はとっさに魔法を使い、強い風を吹きつけた。
しかし、今度のゴーレムの動きは風で止まらない。
迫ってくる巨大な腕を前にして、テッドリィさんは地面を跳んで逃げた。
俺が魔法で吹き付けた風で跳躍距離が伸びたようで、ゴーレムの腕の範囲からぎりぎり逃れている。
「ちッ、あのデカブツの胸から上に核があるなら、この剣じゃ届かねぇか!」
着地して体勢を立て直しながらのテッドリィさんの言葉は、暗にこっちの弓に期待すると告げていた。
けど、矢では威力が足らないし、生活用の風の魔法をどれだけ強くしても足止めにしかならない。
考えながら矢を番えようとして、矢筒にある残りの本数も心もとないと気がつく。
そしてかなり長く戦っているので、新たな魔物がやってくるまでそう時間がないだろうとも予測する。
どうしようかと考え、額を拭った腕が汗で濡れているのを見て、「そうだ!」と思った。
前に攻撃用の魔力を使って腕に水を纏わせたように、いま矢に風を纏わせたらどうか。
きっと、矢の発射速度が上がって、ゴーレムを貫通出来るようになるかもしれない。
そうと決まれば。
魔塊を解して魔力を取り出し、体内の経路を通して腕に、そして矢を番えた手から外へ。
鍛冶魔法で樽精製をするときのように、矢全体にその魔力を纏わせてから、ゴーレムを貫通するイメージで魔法を発動させる。
「これで、いっけええええ!」
手を放すと、矢は弓に加速された以上の速さでもって空中を直進する。
これは深く入る、そう確信する速度で、ゴーレムに直撃した。
ここで俺の予想通りと、予想外のことが同時に起こった。
予想通りだったのは、矢羽近くまで矢がゴーレムに突き刺さったことだ。
予想外だったのは、矢に纏わせた風が、ゴーレムに矢が突き刺さった瞬間に周囲に開放され、激しい突風が周囲に吹き荒れたことだった。
土混じりの強い風に、俺は思わず腕で顔を覆って、目に入らないよう防御した。
風が止んだのを確認してから、ゴーレムがどうなったかを確認する。
ゴーレムは矢が刺さった場所を中心に大きく欠損していた。
胸の左半分は消えうせて左腕もなくなっていて、右側も肩口近くまで大きく抉られていた。
頭を支える首はその肩口に繋がっている部分を残しているだけで、子供の手でも簡単に折れそうに見える。
「――なッ!?」
思わず驚きの声を漏らしてしまうほど、自分がやったことなのに、放った矢の威力が信じられなかった。
それよりも信じられなかったのは、それほどの欠損であるにも拘らず、ゴーレムが俺の方に近づこうとしてきたことだった。
「くそぉ、ならもう一発!」
矢を番えてもう一度あの魔法を使おうとする。
だけどその前に、テッドリィさんが足をゴーレムの下半身にかけて飛び上がり、頭へと剣を突き刺す方が早かった。
剣が半ばまでゴーレムの顔面に埋まると、急にゴーレムの体が上のほうから崩れ始め、やがて土の山へと変わる。
テッドリィさんは、顔半分ぐらいある丸い泥団子のようなものが刺さった剣を掲げて、俺の見せつつ笑いかけた。
「あたしたちは、今日はついてねぇな。バルトがスゲェ魔法を使ってみせてくれたってのによ、仕留めそこねるし。よりにもよって、ゴーレムの核が一番攻撃し難い頭にあるなんてな」
その言葉に、俺は思わず同意してしまう。
「そうだね、ほんとついてなかったよ。それで、その泥団子みたいなのが、ゴーレムの核なの?」
「そうみたいだな。魔法生物の核ってのは、あたしらにしちゃタダの物にしか見えねぇ。けど、お偉い魔導師さまにとっちゃ重要らしくてな、どんな核でもかなり良い値段で売れるんだぜ?」
「へぇ……あれ、そういえば。この土のゴーレムって、この森の主じゃなかったっけ?」
「おぉ、そう言えばそうだったっけか?」
思いがけない戦果を得たことを自覚して、俺とテッドリィさんの顔が段々とにやけてくる。
そしてお互いに喜びを爆発させよう――としたところで、邪魔が入った。
「おい、坊主とネェちゃん! 早くこの場から逃げろ!」
こっちに走り寄ってきながら叫び声を上げるのは、昨日出合った冒険者の一人だった。
俺とテッドリィさんはどうしたのかと顔を向けると、彼の後方に新たなゴーレムがいた。
しかも土ではなく、石で体が出来ている、より硬くて強そうなゴーレムが。
それを目にして、俺は矢を回収もせず、テッドリィさんは剣に土ゴーレムの泥団子は刺さったまま、一目散に逃げ出した。
走りながら、近くに寄ってきた先ほどの冒険者に、テッドリィさんが怒声を上げる。
「テメェ! あたしらにあのデカブツ、擦り付けにきたってのか!」
すると冒険者の男は、心外だと言いたげな顔で叫び返す。
「馬鹿ぬかせ! あの石ゴーレムから引き上げるとき、どこからか強い風が吹いたと思ったら、そっちに向かって走っていったんだ。オレはどこに行くか確認しようとして、お前らがいたから声をかけたんだ!」
「そいつはありがとよ、クソッタレ! もうちょっと離れた場所で戦っていたはずだろうが!」
「うるせぇ! こっちだって撤退で手一杯だったんだよ。お前らの方こそ、変な場所で戦いやがって!」
「黙りな! あたしとバルトは、二人っきりで土のゴーレムを相手にしなきゃならなかったんだ。ぞろぞろと人数連れたそっちが配慮しやがれ!」
そんな風に怒鳴りあいながら、開拓村のある方向へと走っていく。
俺は二人を追いかけながら、ときどき背後に目を向けて、石ゴーレムがやってこないかを確認する。
石ゴーレムは俺たちをしばらく追いかけてきていたけれど、ある地点を境に急に立ち止まり、森の奥へと引き返していった。
俺はほっとして、相変わらず言い争いを続けているテッドリィさんと冒険者に、危険は去ったことを知らせようと走る速度をさらに速めたのだった。




