三十二話 酒盛りと魔物の掃討
テッドリィさんの活躍もあって、騒いで仲良くなった冒険者たちは、村の食堂に繰り出して酒盛りを始めた。
「もう昼になってしまったからな、森に入るのは明日にする。今日は魔の森の主と戦う前祝だ!」
「酒をかっくらって、活力にするぞ!」
「「「乾杯ー!」」」
わいわいと騒ぐ彼らに強制されて、俺とテッドリィさんも酒盛りに加わることになった。
実力者揃いということもあってお金に困っていないのか、お代は持ってくれるそうなので、遠慮なしに食べさせてもらうことにした。
冒険者たちも思い思いに注文し、真昼間だというのに酒で赤くなった顔を笑顔にしながら大騒ぎだ。
それに対応する食堂の店員は料理と酒を運ぶのに忙しそうだけど、ここ最近は客が少なかったこともあってか、どこか楽しそうな顔をしていた。
そんな様子を食べながら見ていると、酒盛りが始まって少ししか経っていないのに、猛烈に酒臭い冒険者が絡んできた。
「よー、坊主。食っているか? 飲んでいるか?」
「もちろん食べてますよ」
「おー、そりゃあいいことだ。小さいうちはちゃんと食っておかねぇと、背が伸びなくなっちまうからな」
「……分かってますよ。好き嫌いなく食べてますし、太らないように運動もしてますよ」
小さいと言われてムッとしながら答えると、笑われてしまった。
「がはははっ。澄まし顔のいけ好かない坊主かと思えば、ちゃんと怒った顔もできるんじゃねぇかよ。そういう風に感情を出してみせた方が、可愛げがあるぜ?」
予想外の指摘に、俺は思わず自分の手で顔を撫でる。
「そんなに言うほど、澄ました顔をしてましたか?」
「おうともさ。なんつーかよ、まだ若いのに大人ぶっているっていうか、賢ぶっているっていうかよ。まあなんだ、新人らしくなく落ち着いているって感じでよ。ちょっとそこら辺が気になるってのか?」
酒に酔っているからか、話が分かり難い。
けど、俺が大人しいと言われているようだ、とは分かった。
「俺はデカイ男になることを目指してますから、心を大きく持とうと心がけてます」
特に小さいと言われてムッとしてしまうあたり、前世から引きずった小ささに対するコンプレックスが残っていると実感していた。
なので、ちょっとやそっと言われたぐらいじゃ動じない、そんな性格になりたいと思っている。
そんな想いを込めて言ってみたのだけど、目の前の冒険者にまた笑われる羽目になった。
「がははははっ。デカイ男か、そりゃあ良い目標だ。森に出るっていうゴーレムぐらいに、デカくなれよ!」
彼はバシバシと俺の背中を叩いた後で、別の人に絡みに行った。
背の痛みを気にしながら、デカくはなりたいけどゴーレムみたいに三メートルも身長はいらないと思った。
そして今更だけど、酒宴で騒ぐ冒険者たちを見て、明日から森で魔物を倒すって言っていたけど、大丈夫なのかなと心配になったのだった。
翌日、俺とテッドリィさんは、昨日に出会った冒険者たちと共に、魔の森に入った。
これはなにも、俺たちも森の主と戦うというわけじゃない。他の魔物を減らす依頼を受けたので、道中同行させてもらっただけだ。
昨日の酒宴では彼らの実力を疑った俺だった。
けど、いままさに襲ってきた魔物を倒した姿を見て、疑ったことを恥じている。
「ゴブリン風情が!」
「虫に水が有効なんだよな」
「犬には火だぜ!」
ゴブリンを武器の一振りで両断し、飛びかかってきた虫の魔物は魔法で水浸しにして窒息させ、ダークドックの顔に魔法の火を浴びせて怯ませる。
その一つ一つの戦い方が手馴れていて、今まで何十匹もの魔物を倒してきたことが窺えた。
「テッドリィさんより、強いんじゃない?」
戦う出番がないので、テッドリィさんに思わず聞いてしまったところ、嫌そうな顔をされた。
「あいつらと比べるんじゃねぇよ。あたしはあっちみたいに魔物を喜んで倒すような、変な趣味はねぇんだよ」
「強いのは否定しないんだ?」
「そりゃあ魔物を倒すことに関しちゃ、あいつらの方が上だろうよ。だが、あたしは商隊の護衛をやってるから、人間を相手すんだったらあいつらよりも強い自信があるぜ」
つまり、得意分野が違うってことを言いたいらしい。
そう理解してから、魔物と戦っている冒険者たちを観察する。
魔物の種類ごとに戦い方を変えて、臨機応変に戦っているから、人間相手でも十分通じそうだと思った。
特に単なる火や水を出すだけの生活用の魔法を、目くらましに利用する戦い方は、十分に参考にすべき方法だろう。
魔塊から解した魔力を使う戦闘用の魔法は、威力はでかいけど準備に少々時間がかかる。
一方で、魔産工場を活性化させて生み出す魔力は、体外にすぐ出てくるので即応性に優れている。なので、その魔力を利用する生活用の魔法は、状況が変化する戦闘中にも柔軟に対応可能できるみたいだ。
幸いなことに、俺は魔産工場からの魔力を長い時間体外に出すことが出来る体質なので、この戦い方は合っているように思えた。
ということは、魔法剣士が俺の目指すスタイルってことになのかな。
立派な体格を持ち、手から魔法を放ちながら、剣で魔物を倒すなんて、物語の騎士みたいでカッコいいな。
うん、これを目指そう。
そんなことを考えていると、テッドリィさんに頭を平手で叩かれてしまった。
「バルト、またなんか変なこと考えてやがんだろ?」
「変なことじゃないよ。魔法を使った戦い方をやってみよう、って思ってただけだよ」
「あー、そういやバルトも、魔法が使えたんだったっけか。なら鍛冶魔法が得意なんだから、地面から石の杭を飛び出させるようなやつなんかできんじゃねぇのか?」
「いや、鍛冶魔法は土属性の物を柔らかくしたり、特定の金属を抽出したりするだけだよ。地面から杭だなんて、攻撃用の魔法じゃなきゃできないと思うよ」
「……意外としょぼいんだな、鍛冶魔法ってのは」
「物作りに応用が幅広い分、攻撃には向かないって感じだからね」
鉄で出来た魔物が相手だったら、鍛冶魔法で体を柔らかくして刃物で切り分けられるかもしれない。
でも、そのためには手で触れるぐらいの距離で戦わないといけないから、現実的じゃないかな。
そうこうしているうちに、冒険者たちは魔物を倒し終え、討伐証明も切り取り終えていた。
「おーい、あんたら二人はここで別れるんだろ?」
「はい、ここまで戦闘を引き受けてくれて、ありがとうございました」
「いやいや、いいってことよ。ちょうど肩慣らしも必要だったし、こうして証明部位を取れば換金できるしな」
「つーわけで、じゃあな坊主とネェちゃん。俺たちが逃げ帰ったときのために、魔物を倒しまくっておいてくれよ」
「戦う前から、逃げること考えてんじゃねぇよ。口だけでも、森の主を倒して冒険者組合の机の上に飾ってやる、って豪語しとけよ」
「ははははっ、相変わらず手厳しいな。それじゃあな、二人とも」
冒険者たちはさらに森の奥へと入り、森の主と戦いにいった。
そして俺とテッドリィさんは、あまり奥には行かないようにしながら、魔物を探すことにしたのだった。
森の中を探し続けて、魔物の集団と出会った。
不思議なことに、魔物が種族関係なく何匹も一箇所にいる。
故郷の森では見られなかった特長なので、領域奪還型の主による森の変化なのかもしれない。
なにはともあれ、数が多い相手だ。
基本は、俺が隠れながら弓矢で数を減らし、気付いた魔物がこっちに来たところで、テッドリィさんの出番だ。
「おおぅりぃあああああああああ!」
腕を一振りするごとに、ゴブリンであろうとオークであろうと首が飛び、ダークドックであろうと虫の魔物であろうと頭を貫かれる。
どうやら俺が整備して調整した剣は、今日も冴えに冴えているみたいだ。
切れ味の良い剣を手に暴れまわるテッドリィさんに、魔物たちが怯えて逃げ始めた。
その背に向かって、俺は矢を打ち込む。
倒せなくても逃げ足が鈍れば、テッドリィさんが駆け寄って剣で斬ってくれるので、矢は当てさえすれば良いから気が楽だ。
それでも何匹かは、逃げ切られてしまった。
でも深追いはせずに、倒した魔物の討伐証明の部位を切り集めていった。
「大猟大猟。この調子で、ドンドンいくぜ!」
「じゃあいつも通り先導するから、ついてきてね」
俺を先頭に魔の森を進んでいく。
少しして、木々の先に魔物の群れをまた見つけた。
どうやら野生動物を捕まえた後のようで、何匹もの魔物たちが肉を貪り食っている。
餌に夢中になっているようなので、物陰に隠れながら矢で一匹ずつ射抜くことした。
テッドリィさんを木の陰に隠れるよう身振りで支持し、弓矢を静かに引き絞る。
そして、狙いやすかったゴブリンの頭に目掛けて矢を放った。
「ギャギャガ――」
肉を食べて楽しげにしていたゴブリン、その後頭部に矢が命中し、前のめりに倒れた。
仲間が倒れたというのに、餌のほうが大事なのか、こちらに注意を向けずに肉を食べ続けている。
ならば。と次の矢を番えて、ダークドックの前脚の付け根付近を狙い射った。
「ギャイ――」
少し横に跳ねた直後に、力が抜けたように地面に腹ばいになった。
まだ他の魔物は、こちらに気がついていない。
なので次の矢で、蜘蛛の魔物を狙った。
見事に胴体に命中したものの、虫の生命力は高いみたいで、元気な様子で俺のに頭を向けてくる。
「ギギギィ!」
食事を邪魔されたからか、怒ったような鳴き声を上げて、八本の脚を動かしてこっちにくる。
他の魔物も、ようやくその声で俺の存在を知ったようで、食べる手を止めてこちらに向かって走り始めた。
俺は後ろに下がりながら矢を放って、魔物が来る方向を誘導していく。
そうして、魔物たちがある木の横を通り過ぎたとき、隠れていたテッドリィさんが飛び出してきた。
「でぇりぃやああああああああ!」
瞬く間に、ゴブリンと蜂の魔物が斬り殺される。
魔物にとったら予想外の攻撃だったのだろう、対応にうろたえている間に、数匹の魔物が剣で息絶えた。
俺はそこで下がるのを止め、テッドリィさんの攻撃範囲外の魔物を狙って、射殺していく。
そうして大した苦労もなく、魔物を倒しきった。
「よし、証明部位を回収しようぜ」
「その前に俺は、矢がまだ使えそうか確かめたいかな」
鉄の鏃には限りがあるので、いまでも主力は鉱滓の鏃を使った矢だ。
なので、魔物に当たって欠けたり砕けたりしていないか、確かめる必要があった。
もっとも、俺には鍛冶魔法があるので、使えなさそうだったらそこら辺の石で代用することも可能だから、戦力の大きな低下には繋がらない。
魔法を使うと魔物が寄ってくるっていうけど、数多く討伐することが依頼の内容だ。なので、今回は気にせずに武器の補修が可能なのも利点だった。
こうして、俺とテッドリィさんは移動しては魔物の群れを倒し、その合間に武器の修復を繰り返していった。
けど、俺は鏃は直せても、矢の軸や羽根は直せない。
戦い続けて、矢の半数がそのどちらかに不具合が出てきたので、森の外に出ることにした。
その途中で、もう一つ魔物の群れを見つけた。
「帰りがけの駄賃だ、狩っておくぜ」
テッドリィさんは、今日一日で森の魔物の集団と戦うのに慣れたようで、危なげない戦いぶりを見せる。
俺も負けじと弓矢と鉈で、魔物を倒していった。
戦いに勝利した後、魔物の討伐部位を嬉々として二人で集めていたとき、ふいに足元に振動を感じた。やや遅れて、耳に土が詰まった布を地面に勢いよく落としたような、重く鈍い音が聞こえた。
「この音は!?」
前に聞いたことがあると思い、顔を音のした方へ向ける。
木立の奥に、土の巨体――ゴーレムが見えた。
俺がその姿に気付いた瞬間、あっちからも見られた、と感じた。
その予感が正しかったように、ゴーレムはこっちに向かって移動してくる。
「テッドリィさん、ゴーレムだ! 逃げるよ!」
「ああ、くそっ。まだ半分も取ってねぇってのに!!」
倒した魔物の部位を取るのを諦めて、俺たちは逃げ出した。
しかし、ゴーレムはその土の巨体に見合った力強さで、下草を踏み折り若木を殴り飛ばしながら移動する。
俺たちが避けるしかない細い木すらも折って、最短距離を移動してくる。
距離は徐々に、近づき始めてきていた。




