最終話 旅路の終わり、目標の半ば
海竜と樹竜を倒してから、港作りは楽になった。
俺が魔法を使ったときに、海岸にやってくる魔物の数が少なくなったからだ。
恐らくは、次の森や海の主になるべく魔物たちが争っているお陰なのだろうが――
「向こうからやってきてくれるのは、わたしたちの食糧的には大助かりだったので、ちょっと残念な気もしますけどね」
――って、イアナは残念そうだ。
脅威が少なくなったので、農地開拓で木々を伐採することも始めた。
もちろん切った木は野ざらしで乾かして、材木用に確保してある。
鍛冶魔法を使用して石で作るならともかく、俺のは木で家を作れる技術はない。
そのため、後にグランダリア侯爵が派遣してくる、大工に任せるつもりだ。
そうして確保した畑に、世話が楽な作物の種を植える。
森の恵みが豊富なので実験的な意味合いが強かったものの、中型船が補給物資を二度運び入れる頃には、収穫できるほどに実ってくれた。
そんな日々を過ごしていると、冬がきた。
厳しい寒さを予想していたものの、この場所は温暖なようで、雪が降るほどに寒くはならなかった。
念のためと、石造りの家の内装に木を使って、石肌に直接触れないようにしたり、野生動物の毛皮を大量に確保していたのだが、無駄になってしまった。
「家の見た目が温かくなったし、毛皮は中型船のヤツらに売ればいいんだから、気にするほどのことじゃないさ」
からからと笑うテッドリィさんの姿が、徒労感を癒してくれた。
冬が明た頃、港にくる船の数が三隻に増えた。
その中には、サーペイアルで暮らしているはずのフィシリスの姿もあった。
「約束通り、移住しにきたよ。ついでに、漁師や職人も引っ張ってきてやったよ」
にっこりと笑ってから、サーペイアルからの移住者を紹介してくれた。
その後、作りかけの港の中を、移住者に見せていく。
「木材も魔物の素材も、この港が発展する切っ掛けになるなら、遠慮なく使っていいから」
俺がそう告げたところ、海竜と樹竜の素材を見せた職人の中に、これで大物釣り用の釣り竿を作ろうと音頭を取った者がいた。
「なら君に任せる。フィシリスの要望を聞いて作成してくれ」
「任せてください! 当代一の大釣り竿を拵えてみせます!」
意気込みに「頑張ってくれ」と労うと、移住者たちの行動は速かった。
職人たちが中心となって、俺が確保してあった材木や石材に魔物の素材を使って、家や道路、港の設備などを作り上げていく。
熱気を上げて働く彼らに、俺は舌を巻き、つい職人の一人に声をかけてしまう。
「サーペイアルでは、みんなのんびりと暮らしていたのに。どうしてそんなに活動的に働いているんですか?」
「そりゃあ、息子や孫、その子孫たちに至るまで、自分の仕事が残せるような仕事は、職人にとっちゃ夢ですからね。ここで奮起せにゃ、どこでやる気を出すのかってんですよ」
気軽に応対はしてくれたが、職人は忙しいらしく、すぐに指示出しに戻っていく。
こうして様々な人たちが、思い思いに物を作って港を整備している光景を見ると、もうこの場所は俺だけが頑張ればいい場所ではないんだと実感させられる。
それでも、自分に出来ることはやろうと、魔法を使った大規模な整地や、森で狩り海で漁に出て食料の供給に努めた。
人手が増えて港が整備されていき、俺たちがこの場所に来てから三年目で、どうにか交易の中継点という町の装いを整えることができた。
そんな頃に、武装船の護衛を引き連れて、グランダリア侯爵が視察にきた。
そして、港の出来栄えを見て、大げさなほどに驚いてくれた。
「おおー! まさか、こんな短期間で港が出来てしまうとなは。バルティニーくんの実力を見誤っていたな、これは」
グランダリア侯爵は町の様子をにこやかに見回った後、一つだけある食堂へと足を運んだ。
俺とテッドリィさんにフィシリス、イアナとチャッコも、そこで同卓することになった。
「では、港の完成と、ますますの発展を祈願して! それと、今日の払いは持つので、全ての人が自由に飲み食いするといい!」
グランダリア侯爵の乾杯の音頭に、住民たちが湧き立つ。ここで嫌そうにしているのは、大量の料理を作り配膳しないといけない、食堂の関係者だ。
酒宴が始まり、酔客と化した人たちが、思い思いに歌や簡易な打楽器で演奏を始める。
そんな光景を目を細めてみていたグランダリア侯爵だったが、騒ぎが最大になってきた頃に、小声で俺に喋りかけてきた。
「さて、これで盗み聞く輩の心配はなくなった。ここからは、君との商売の話だ」
「この港の運営を俺に任せるから、税金を納めろってことですよね?」
「有り体に言ってしまえばそうだが、君らから直接金を奪おうという類の話ではないのだ」
要領を得ない話に小首を傾げると、グランダリア侯爵は悪だくみを告げるように唇の端を歪めた。
「町の視察をして気が付いたが、ここではサーペイアルと同じものを扱っているな」
「大型の海の魔物の素材に魚鱗の布という意味なら、その通りですね。でも移住者が作っているので、品質についてはいま一つだと思いますよ」
「その点は十分に理解しているとも。だが『わざわざサーペイアルまで船を出さなくていい』という点は、こちらにとっては実に魅力的なのだよ」
グランダリア侯爵が語る事情はこうだ。
サーペイアルの町にある商店だと、どこもかしこも大なり小なり他の貴族の息がかかっているらしく、下手に商品を買い漁るとしっぺ返しを食らうらしい。
だが、作ったばかりのこの町には、一切の利権がない。
そこで、グランダリア侯爵がこの町の商品の販売を一手に引き受ける契約を持ち掛けてきたのだ。
「新しい町とはいえ、利権の独占なんてして大丈夫なんですか?」
「心配ない。なにせこっちは、まっさらな土地であったときからの出資者だ。先に出資をした者が、優先的に利権を手にするのは当然の権利なのだよ」
「それが貴族の仕来りなら構いません。それで、税金の話はどこにいったのですか?」
「どこにも行っておらんよ。この町の商品をこちらが他の場所で売る際に、税金分の値段を上乗せするという話なのだからね」
なるほど。税金を現物で払うのではなく、消費税のような形で上乗せするのか。
「その提案は、俺にとって願ったり叶ったりですが、いいんですか?」
「税法上は、問題ない。この場所は、いわば君の荘園のような扱いだ。書類上で、ここの全ての住民を君の従業員か奴隷とすることで、人頭税ではなく土地税が適用できる。むろん、軋轢を回避する根回しは済んでいる」
「なんだか、定法破りな気がするのですが?」
「はっはっはー、心配いらんよ。陸の道においても、僻地に中継地点を作ることは、どの貴族でもやっていることだ。むしろ、馬鹿正直に町や村にしたと報告する者の方が珍しいのだ。王貴下の書記官が、わたしがこの港の存在を知らせた際、税収が増えることに諸手を上げて喜んだほどだからな」
「税を納めてもらうために、多少の融通を利かせるぐらいはする、ということですか」
「黙認、という形だがね」
貴族社会の面妖さに面食らったが、上の方で話がついているというのなら、俺に否はない。
餅は餅屋なように、国の運営なら貴族や王族に任せるのが、この世界の常識だしな。
こうして問題がなくなり、俺がこの港の主となった。
といっても、権力に興味はないし、住民に対して無駄に威張る気もない。
なのでやることは、森や海に猟に出かけたり、港を拡張したり、住民間のいざこざの調停ぐらい。
調停の際に力で無理を押し通そうとする輩もいないわけじゃなかったが、ぶん殴って大人しくさせるぐらい、俺なら楽々に出来るのだから適役だろう。
そんな俺に残った唯一の問題は恋人関係――つまり、テッドリィさんとフィシリスのことだ。
いまの恋人と昔の恋人という微妙な問題だが、俺はテッドリィさんを選ぶと決めていた。
それで、まあ、住民たちに示す意味も込めて、結婚式のようなものをすることにしたのだが、そこで俺の知らないことが起こった。
「……どうして花嫁が、もう一人増えているんだ?」
事情を知ってそうなテッドリィさんを軽く睨むと、背中を強めに叩き返されてしまった。
「あたしが許したんだから、いいじゃないか。嫁を二人も娶れるなんて、男の夢だろうに。つべこべ言わずに、フィシリスも妻にすりゃいいのさ」
そう、結婚式だというのに、俺を挟んでテッドリィさんとは反対側に、めかし込んだ魚人の女性――フィシリスがいるのだ。
そして知らなかったのは俺だけらしく、イアナや集まってくれた住民のみんなの顔は、祝福ムード一色である。
「……言いたいことは色々あるけど、こんなこと許せるほど、いつの間に二人は仲良くなったんだよ」
「そりゃあ、同じ男を愛した女同士だからねぇ」
「バルトを接点に仲良くなるのは、当然の流れだったさ」
「それにあたしらは性格が似ているから、ウマが合ったってのもあるけどねぇ」
軽く笑う二人の瞳の奥に、俺が怒っていないかと伺う気持ちが見えた。
俺はあえて怒っていないことを告げつつ、結婚への気持ちを固め直した。
「こうなりゃ、一人も二人も同じだ。まとめて幸せにしてやるから、覚悟してろよ」
「勇ましいねぇ。そこまで豪語するなら、もう二、三人増やしても、文句はないよ?」
「バルトの子を産める女が、も二人ぐらい居てもいいだろうしね」
「勘弁してくれ。第一、相手がいないよ」
軽口の応酬で気分を和らげて、俺たち三人は結婚式を行う。
これから先、どんな未来が待っているかは分からないが、この町の住民と二人の妻に認められるデカイ男を目指して進むことを心に誓う。
さあ、新しい生活へ挑もうじゃないか!
――fin. 未開の地を開港せし、勇敢な冒険者
――おまけ
チャッコは、自分と同等と認めた雄が縄張りを定め、大きな群れを率い始めたたことを嬉しく思った。
そして、彼の旅路に同行する日々は終わったと理解する。
チャッコは誇りを持ち、強さを追い求める種族だ。
このまま彼といては、成長が妨げられることを本能的に分かっていた。
さらに言えば、海岸を離れた森の奥に、かなりの強者がいることも察知していた。
ならば、彼から離れて、まだ見ぬ強敵に挑みに向かうのは、チャッコには当然の決定だった。
しかし、この場所を去る前に、チャッコにはやらなければならないことがあった。
それは、今の自分の全力で、同等たる彼に挑むことだ。
いままでの遊びではなく、死力を尽くして戦うことだ。
チャッコはその知性から、彼が魔法を使えば自分より強いことも分かっている。
しかし、魔物としての本能から、挑まずにはいられない。
きっと、本気を出した彼に負けて、辛酸を舐めることになるだろう。
強者たる自負心を叩き折られて、惨めな気持ちになることだろう。
だがその気持ちを抱えてでも、彼と戦って離れることに、意味を見出していた。
ある夜、珍しく一人でいた彼を見つけ、雄叫びを上げる。
「――ゥオオオウウウ!」
戦おうと言うと、彼は少し困ったような笑顔になった後で、チャッコの真意を悟ったように厳めしい顔になった。
そして場所を移動しようともちかけて、森の中へと入っていく。
チャッコは望むところと受けて立ち、彼の後を追う。
やってきたのは、樹竜が使っていた花畑。
奇しくも、チャッコと彼が出会ったときと同じような景色の場所で、本気の戦いを行うことになった。
「ゥオオオオオウウウ!」
彼から盗んだ魔法の秘儀を使い、全身に風の魔法を纏わせる。
ある日のように、この力に振り回されるようなことはもうない。
彼の方も全身に魔法の力を纏うと、武器がくっついた帯を解いて地面に置く。
傷つけないようにという配慮の行動だろうが、それがチャッコの勘に触れた。
「ゥグルルルルルルウウ……」
チャッコは知っていた。彼の力は、あの武器によって倍増することを。
それを手放したということは、倍加する前の力でも倒せると判断されたことを意味する。
それなら武器を手に握らざるを得ないほどに追い詰めてやろうと、チャッコは心に決めた。
そうして月夜の晩。
激昂に照らされて幻想的に映る花畑の中で、一匹の狼の魔物が、一人の人間の男性へと跳びかかった。
この戦いがどんな結末に至るかは、両者の他には、月と花々が知っていればいいだけのこと。
語るは無粋で、知ろうとするのは野暮であった。
というわけで、これにてバルティニーのお話は完結でございます。
物語的には、一応はハッピーエンドとなります。
バルティニー的には夢半ばという感じですけどね。
振り返りますと、色々と挑戦的な試みを入れた物語でしたので、喜んでいただけるか不安な面もありました。
しかし、少なくないご声援を頂き、発破や指摘のお言葉を頂戴することができまして、胸をなでおろした気持ちがありました。
そんな皆様に、最後まで楽しんでいただけいたら、こちらとしても幸いです。
さて、一つの物語が終わったら、また次の物語を始めるのが紡ぎ手の役目ですよね。
というわけで、新作をお送りしようと思います。
敵性最強種が僕の義母になってしまいました
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冒険者的な主人公が、不運から美女な人型の魔物(最強種族)の主となってしまい、その後に起こるトラブルを描く予定の物語です。
ご興味をいだかれましたら、引き続きのご愛顧のほど、伏してお願い申し上げます。
それでは、中文字でした ノシ