三百十一話 つる草の魔物
つる草の魔物が口を開くのを見て、俺は木の裏に隠れていた。
そして飛んできた宝石が巻き上げる木くずの中を移動して、次に隠れる木へ移動する。
先ほどの矢の一撃がよほど堪えのか、俺が立ち去った木に向かって、つる草の魔物は執拗に射撃を続けている。
このまま宝石が吐き尽きるまで待機できるかと淡い期待を抱く。
だが、抉られ続けた木が数分も持たずに傾き始めたのを見て、俺はあっさりと方針転換をする。
木が倒れる音に紛れて、俺は両手にいくつもの手裏剣を握る。
そして、それらの刃に赤熱化の魔法をかけてから投げつけた。
ワザと広範囲に着弾するように投げたため、つる草の魔物の体は広く燃え上がる。
「ボオ゛オ゛オ゛オ゛、ボーオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!」
悲鳴を上げつつも、弓矢のときと同じく、つる草の根元が自然と切れて、燃えている部分が地面に落ちる。
少し山火事が怖いが、俺たちの拠点は海岸にある。
そこまで逃げれば森の火災なんて関係はないため、消火作業は脳内から追い出すことにした。
つる草の魔物が体についた炎の対処をしている間に、また別の木の裏へ隠れた俺は、もう一度赤熱化させた手裏剣を放つ。
「ボーオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!」
魔物の悲鳴を後ろに聞きながら、次の木へ向かい、再び手裏剣で攻撃する。
つる草を切る対処が間に合わないようで、魔物の体が常に燃え続けだす。
しかしつる草の魔物も、やられてばかりではない。
「ボーオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!」
ひときわ大きな声を上げると、大口を開けた顔を周囲に巡らせだした。
そして口から宝石が射出し、木も葉も草もなく射撃で薙ぎ払い始める。
地面に腹ばいになった俺の近くに、指の太さと長さの宝石が着弾した。
まるで重火器による攻撃みたいだと、前世で見た戦争映画を思い出しながら、草むらの中を這って次の隠れ場所である小岩まで移動する。
周囲を薙ぎ払うために宝石を小型化して複数射出している影響で、樹木は薄く削れても、俺が隠れている小さな岩にはヒビすら入らない。
つる草の魔物の方も、この攻撃じゃ俺を追い詰められないと悟ったようで、少しして射撃を止めてしまった。
岩の陰から顔を出して様子を伺うと、燃えるつる草を切り放しているところだ。
つる草の大半が失われ、その下に隠れていた地肌が見える。
しかし、観察して分かったその肌の質感に、俺は眉を寄せた。
四本の足は猪のものに酷似した毛むくじゃらなのに、つる草を脱ぎ捨てた体の肌は樹皮のようなものだったのだ。
それだけでなく、その顔は戯画化した竜のような造形で、動物というよりも樹木に近い生き物のように見える。
本当にあれは竜の一種なのか?
樹木の魔物が竜に擬態しているんじゃないのか?
琥珀に似た宝石を吐き出すのを考えると、元は樹木の魔物だったと考えた方が筋が通りそうだが……。
検証は倒してからでいいと、考えを切り替える。
燃えるつる草が足元に広がっているため、樹木の質感を持つ竜に似た魔物――仮名で『樹竜』としよう――の姿が、薄暗い森の中でも良く見えた。
ヤツは、逃げ隠れしている俺を探しているのだろう、少し歩いては木や草むらの裏に顔を巡らしている。
それなら、樹竜が近づいてきたところで、隙を見て鉈で攻撃するか、あの光線の魔法で倒そうと、俺は身構える。
しかしここで、こちらに近づいてくる多くの気配を感じた。
弓矢や手裏剣に攻撃用の魔法を使ったため、森の魔物が引き寄せられたのだろう。
あらかじめ、テッドリィさんやイアナに近くにいる魔物を引き寄せさせたのだが、不十分だったらしい。
予想できた一つの展開とはいえ、不意打ちしようとしている俺には厳しい状況になった。
樹竜と魔物の群れと、どちらを優先して対処しようかと考えていると、魔物の群れに高速で接近する気配が一つ。
「ゥグルアアアアアア!」
響いてきた鳴き声からもわかるように、チャッコが魔物の群れに襲い掛かった。
横合いから不意打ちを食らった魔物の群れは、多少混乱したようだが、チャッコを追い詰めるべく包囲しようとする。
包囲網が完成する前にチャッコは方向転換し、一路、こちらへと進路をとった。
そんな状況を気配で掴んでいた俺は、おおよそのチャッコの考えを掴んだ。
それならと、足元に落ちていた小石を掴み、樹竜の方へと緩い放物線で投げる。
どうして存在をワザと知らせた理由を考えない様子で、樹竜は俺が隠れる小岩を穿とうと宝石を口から連続射出し始める。
握り拳よりも大きな宝石が高速で当たり、小岩がヒビ割れていく。
俺は背を地面につけるようにして伏せ、岩が上から崩れていく姿と、跳弾して周囲に落ちていく宝石の光景を見ながら機を待った。
ほどなくして、チャッコの気配が樹竜の近くに現れた。
「ゥグルガアアアアア!」
「ボーオ゛オ゛、ボーオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!」
「ギギィィイギャ!」「フゴゴフゴオ!」「キチギギギチ!」
チャッコの大きな鳴き声、樹竜の混乱からの攻撃表明、多数の魔物の合唱。
それらを耳に入れて、俺は上半分が破砕された小岩の近くで身を起こした。
樹竜の近くは混乱の極みのような状況に陥っている。
チャッコは素早さを生かして樹竜の足元を駆け回り、多数の魔物は怒ったような顔つきでそれを追いかけ、樹竜は足元にいる魔物たちを蹴散らそうと足踏みと噛みつきを行っていた。
誰も彼もがこちらに注意を払っていないという、望外の好機を演出してくれたチャッコに感謝をささげつつ、光線の魔法の準備に入る。
多量の四属性の魔力を緻密に混ぜる必要があるこの魔法は、魔力の扱いにかなり慣れた今の俺でも即座に放てず、十秒近く準備時間が必要だ。
そして、これほど多量の魔力を手に集めて留めれば、どんなニブイ魔物は感知してしまう。それこそ、大混乱だった魔物の群れたちが、一様にこちらに視線を向けているほどだ。
せめて準備時間がより短かったら、花畑で樹竜との早打ち勝負ができたのになと、ついつい自分の未熟を恥じてしまう。
だが、チャッコが混乱を起こしてくれたお陰で、十分に暴力的なまでに高まった攻撃用の魔法の準備が整った。
「ボーオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!」
「ギギギギギイイイ!」「フォンゴオオオオ!」「ギッチイイイイイイ!」
「残念、遅い!」
樹竜や他の魔物が狙いをこちらに向けてくるが、退避するチャッコの姿を見てから、俺が魔法を放つ方が早かった。
目を閉じているのに、瞼の裏が真っ白に染まる。
続くのは手に感じる強烈な反動と、吹き寄せてくる熱風、そして一瞬にして消えた魔物たちの声。
俺は反動に突き飛ばされて地面を転がり、制動して体を起こす。
開いた瞳の先にあったのは、一直線に抉られ燃えている森の姿。近くには、魔物の体の一部らしき肉片が、燃えて炭化しつつあった。
これで決着かと考えかけて、俺の気配察知に不思議な感覚が走った。
元気にこっちに近づいてくる気配は、チャッコのものだ。
しかしもう一つ、海中の魔物を探るときのような、うまく所在の掴めない気配が他に一つだけある。
まさかと思い、俺は大慌てで後ろへ跳び退く。
その瞬間、足元の地面が爆散し、中から樹木の肌を持つ魔物――樹竜が飛び出てきた。
「地面に潜れたのか?!」
予想外の特技に驚きながらも、俺は樹竜の異変に気が付く。
大きさが半分ほどに縮んでいた。
よく見れば、胴体の真ん中から後ろがなくなり、断面を例の宝石が覆っている。
頭から地面に潜る際に逃げきれず、魔法が当たった下半身に部分が消し飛んだに違いない。
普通の生き物だったら死亡は確実な怪我なはずなのに、樹竜は恨みの籠った瞳をこちらに向けている。
「ボーオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!」
「やる気十分だなッ!」
樹竜は雄叫びを上げると、前足二つと半分になった胴体をくねらせて、こちらに迫ってきた。
宝石を放ってこないのは、怪我を塞ぐために使い切ったのか、それとも出し惜しみしているのか。
どちらにせよ、樹竜と真正面で戦うのは、こちらの不利だ。
前足と胴体で移動しているのなら、急な方向転換は難しいと予想して、俺は鉈を二刀流で持ちながら横に回り込むように移動する。
そして樹竜の首の可動範囲を超えた横合いに達すると、鉈の一つを赤熱化させて突き刺した。
「ボーオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!」
体が燃えているが、つる草のように切り離すことはもうできないらしい。
それならと、燃える刃で滅多切りにする。
末端から首元へ燃え伝わり、樹竜は程なくして火だるまに変わる。
「ボーオ゛オ゛オ゛、オ゛オ゛オ゛、オ……」
段々と弱々しく鳴くようになる樹竜だが、死に至る一瞬前にでも俺を仕留めようと、前足と頭を動かし続ける。
後は燃え尽きるのを待つだけでいい俺は、無理に付き合わずに、隙をつくように赤熱化した鉈を斬りつけて、炎上を促進させていく。
全身が燃え上がっても十分ほど粘っていた樹竜だったが、やがて力尽きたのか動かなくなった。
下草が燃える臭いを嗅ぎながら、俺は近づいてきたチャッコを労いつつ、辛抱強く樹竜が燃え尽きるのを待つ。
その中で、一瞬だけ樹竜の燃え朽ちそうな瞳が力を持った。
何かをやる気だと理解して警戒を強めると、燃え尽きようとする寸前の樹竜の体が、不思議な魔力反応と共に膨らむ。
「爆発するのか?!」
嫌な予感がして、俺はチャッコを抱えて、近くで一番太い樹木の根元へ飛び込んだ。
その一瞬後で、耳をつんざく爆発音が木霊した。
同時に、周囲の地面や木々、そして岩が砕かれる音が巻き起こる。
倒れる木の音が連続して起きるのを聞きながら、俺はチャッコと顔を上げた。
すると、爆発して跡形もない樹竜があった場所を中心に、人の片腕ほどの長さと太さがある琥珀色の宝石が周囲に巻き散っていた。
爆発の威力もあってか、多くの木は一発当たっただけで破断して倒れている。
俺たちが隠れた太い樹木すら、雷に打たれたかのように、真ん中から避けて左右に倒れる寸前だ。
「死に際の一撃すら危険だなんて、厄介な魔物だったんだな、アレって」
「ゥワウウ」
うすら寒い気持ちを交換しあった俺たちは、樹竜の破壊後をぼうっと見つめる。
だがすぐに、少し遠くの場所でテッドリィさんたちが戦っている気配を感じると、援護のために森の中を駆け出したのだった。