三百十話 いざ勝負のとき
つる草の魔物の行動を把握して襲撃の予定を立てつつ、骨折の治癒を待っている間に、大穴が空いていた船の修復が終わっていた。
一月程度では修復は難しいんじゃないかと思っていたけれど、明確に命の危機がある場所だけあって、船員たちが奮闘したようだ。
「そいじゃあ、兄さん、お願いしやすよ!」
「やりますから、修復箇所の警戒はしてくださいよー」
船上の船員と言葉を交換してから、俺は魔法を発動した。
船を海上へと持ち上げていた岩が海中に没し始め、やがて船が海面へ着水する。
海水に受け止められて、木造の船が軽く軋みを上げるが、ちゃんと海面に浮いていた。
それと同時に、船の中から船員たちが走り回る音と、報告する声が聞こえてくる。
「修復箇所。水漏れなし!」
「そのほか、浸水は見受けられず!」
「船の水平器、おおむね良好!」
「舵輪の回転と舵の連動を確認!」
次々に不具合なしとの報告が上がると、甲板にいる一人が命令を発する。
「半分、帆を張れ! 近場を一周してみて、不具合がなければ、故郷の港に帰るぞ!」
「「おうともさ!」」
帆を張った中型船は、船員たちの手によって座礁しない水路を進んでいく。
やがて外洋へと出ると、帆を満杯にしての動作確認を始めている。
俺が魔法を使っても海岸に魔物が侵攻してこないことから、水面下では次の海の主を決める魔物の戦いが勃発しているに違いない。
半面、海上は穏やかで、船を襲おうとする存在は確認できない。
順調に確認事項が終わったのだろう、船の甲板に船員たちが一列に並び、こちらに大手を振ってくる。
別れの挨拶だと理解して、俺とテッドリィさん、そしてイアナが手振りで応えた。
それからすぐに船は風に乗って海を走り始め、程なくして視界から消え去った。
陽気だった船員が去って三人と一匹の状態に戻り、その静けさで少しだけ寂しさを感じてしまう。
それはイアナも同じようだった。
「これで大人数の料理を作らなくて良くなったと思うと、気が少し楽になりましたね。さーて、貯蔵庫が減った分を備蓄しないとですね」
あえての憎まれ口を叩いているので、慰めに背中を軽く叩いてやる。
俺に内心を見透かされたと分かったのだろう、イアナはムスッとした顔になった。
「もう! バルティニーさんはちゃっちゃと体を治して、あの宝石吐いてくる魔物を倒してくださいね! もちろん、たっぷりと宝石を吐かせた後で、ですからね!」
「船員たちが目の色を変えて、あの謎の宝石を欲しがったからって、現金なヤツだな」
「なに言ってるんですか。あれが高値で売れたら、援助物資がもっとくるっていうんですから、たくさん確保しておいて損はないじゃないですか」
「イアナの意見に、あたしも賛成だね。開拓に直接関係ないからって、嗜好品が制限されているんだ。宝石のいくつかでそれが解除になるかもしれないってんなら、渡してやる方がいいだろう?」
テッドリィさんがイアナの味方に付いたので、俺は両手を上げて降参の意思を示した。
「ヤツが住む花畑の近くにあの宝石はまき散ているから、偵察に言ったときに拾っておくことにするよ」
それならよしと二人が納得してくれたので、港の整備を始めることにする。
でもその前に、船を海上に下ろす際に使った魔法に引き寄せられて、森から出てき始めた魔物の対処に全員で向かうことにしたのだった。
つる草の魔物の存在という緊張感はあるも、おしなべて平和な日常が過ぎていった。
そして骨折は回復し、体の動きも本調子となった。
てっきり、俺の怪我が回復する前に、つる草の魔物が襲いに来るかと思っていたのだけれど、結果は肩透かしを食らった形だ。
だが、その理由は偵察をし続けて判明している。
なにせつる草の魔物は、なにかしらの理由がないと、花畑から出ようとしないのだ。
例えば、俺たちを監視する目的であったり、俺が強力な魔法を使ったときに引き寄せられた場合や、森の中を大量の魔物が移動しているとき。
あとは、花畑を踏み荒らした何者かが、森の中を逃げ回っているときだった。
そんなつる草の魔物の行動原理を知るために、犠牲にした多くの魔物には感謝の哀悼を捧げておくことにする。
「大量の魔物を花畑にけしかけて、つる草の魔物が殲滅に対処している隙に、魔法で狙うっていうのはいい案だと思ったんだけどな……」
つい失敗に終わった作戦の愚痴を口にしつつ、戦闘準備を整えていく。
大型に新造した鉈を二本下げ、六方手裏剣もたっぷり用意。
弓の弦を新品に張り直し、矢筒は持たずに矢を一本だけ携行する。
背中や手足の布地に穴の開いた魚鱗の防具は修復不能なので、船員から貰った質素な服を着て被せ、穴を外から見えないように工夫する。
そして今回は、チャッコだけでなく、テッドリィさんやイアナも同行してもらう。
「二人は魔物を引き寄せて連れまわり、つる草の魔物を花畑から引っ張り出す役目だけど、無理はしないで」
「冒険者は生き残ってなんぼの商売だよ。頼まれたって、死ぬような危険まで冒す気はないさね」
「倒しやすそうな魔物を選んで、森の中を駆け回ることにしますよ」
「チャッコは、テッドリィさんたちには対処が難しそうな魔物が近づきそうだったら、排除してくれ。そして、俺とつる草の魔物が戦闘状態になったら、援護に来てくれ」
「ゥワウ、ワウ」
世話が焼けると肩をすくめるチャッコに、その頭を撫でて機嫌を取っておく。
全員の準備が整ったところで、それぞれに分かれて森の中へ分け入っていく。
俺は花畑に近寄り、つる草の魔物の動向を見張る。
何度となく監視にきたからか、つる草の魔物はこちらを見る気配を少し発した後、興味を失ったかのように日向ぼっこに精を出している。
そのままの状態で、小一時間ほどが経過すると、少し遠くの位置で多数の魔物が走り回る音が微かに聞こえてきた。
つる草の魔物は木の陰に隠れるこちらに顔を向けてから、軽く首を傾げてから立ち上がった。
そして花畑を横切って、音のする方向へ向かう。
予定通りだとほくそ笑むと、その感情の動きを悟られたのか、つる草の魔物の動きが止まり、明らかにこちらの様子を伺う仕草をしている。
その行動の理由が少しわからなかったが、俺が花畑から離れるように徐々に移動すると、つる草の魔物も森へ進む歩みを再開した。
どうやら、俺が花畑に入らないかが気になっていたらしい。
それならと、木々の間を縫って逃げるように、花畑から急いで離れる。
つる草の魔物はこの行動で安心したのか、顔を走り回る魔物の音がする方へ向け、巨体の割りに静かな足音で闊歩し始めた。
計画が順調に進んでいるのを見て、俺はテッドリィさんたちに伝えた待ち伏せ地点に先回りする。
草木でカモフラージュを施してから、生活用の魔法で弓を濡らし、常人では引けないほどの強弓に変化させておく。
矢を軽く番えながら目を閉じ、全力で気配察知を行う。
通常のときよりも感知範囲が広がり、走る二つの気配の後ろを、多数かつ大小さまざまな気配が続いているのを感じ取る。
その一団に合流しようとする散発的な存在は、素早く移動する気配によって消失している。
テッドリィさんたちは上手くやっているようだと、安心する。
それから少しして、みんなの後方にひときわ大きな気配が出てきて、速度を徐々に上げながら追走し始める。
その存在が分かったのか、テッドリィさんたちが逃げる速度を上げ、俺が潜む場所を通過する軌道を取った。
俺は目を閉じたまま、時期が来るのを辛抱強く待つ。
やがて、多数の重なり合う足音が近くを通り過ぎ、巨体が奏でる重い足音もそれに続いた。
その瞬間、俺は茂みの中で攻撃用の魔法で作った水を全身に纏い、この一撃で弓が壊れても構わないほどに強く弦を引く。
ここでようやく、つる草の魔物は俺の存在を感知したようで、走る足を緩めて止まろうとする。
だが、巨体が移動していた慣性をすぐに殺せるはずもなく、見えない誰かに引っ張られるように、進行方向へと移動を続けている。
その隙を突くように、矢に纏わせた風の魔法で速度を、火の魔法で殺傷力を上げてから、弓から放った。
射出の反動で弦が切れ、弓が捻じれるように反り返る。
しかし打ち出された矢は、その軌道の途中にある小枝や葉を全て千切り飛ばして、つる草の魔物に突き刺さった。
風と火の魔法が着弾と同時に混ざり合い、激しい炎の竜巻を巻き起こす。
並大抵の魔物なら、これで絶命するのだろうけれど――
「まあ、そんな甘い相手じゃないよな」
――すぐに燃え盛るつる草の一部を切り離すことで、炎の竜巻から脱出してみせた。
燻る体から細い煙を上げながら、つる草の中に埋没した瞳が俺に向けられる。
「ボーオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!」
船の警笛のような遠吠えの後、つる草の魔物は大口を開け、そこから琥珀色の謎の宝石をこちらへと射出してきたのだった。




