三百九話 次への準備
手足と背中の骨折を治している間、俺は海岸の整備を休むことにした。
その代わりに、海竜の素材をしまう新たな倉庫を鍛冶魔法で建てていく。
なにせ海竜の肉は船を修復中の船員たちの腹を満たすために必要だし、骨や腱は開港後に来ると約束してくれたフィシリスのために釣り竿の材料にするため、保存する必要があるのだ。
流れ作業で、海岸に残っている岩を壊し、そこから魔法で鉄を抽出した後の石を建材に使っていく。
一度同じ作業をやっているため、建設の作業は速く進んでいる。
だがこの作業の際に、俺の近くに人はいない。
船員は船の修復にかかりきりで、テッドリィさんとイアナとチャッコは森に食材を取りに行っているためだ。
森は、つる草の魔物の存在が気がかりだが、チャッコがいれば滅多なことはないだろう。
そうして倉庫の大まかな形が出来上がった頃、修復に精を出した船員たちと、猟果を手に森から出てきたテッドリィさんたちが、住居の周りに集まった。
俺も作業の手を止めて、全員で食事を取ることにした。
「船の修復は順調ですが、少し難儀で、時間がまだかかりそうなんでさ。それまで、申し訳ねえですが、食事の面倒はお願いいたしやす」
「なに言ってんだか。俺たちのために、危ない目にあったんだから。飯の心配なんてしなくていいよ」
「そうさ。修復作業だって、ゆっくりと着実にやればいいさね」
「そうですよ。急いで直して、航海途中で沈没しちゃったら、海の魔物の餌なんですから」
「そう言ってくれて、助かりやす」
和気あいあいと食事をしていたのだが、俺の気配察知に感があった。
チャッコと同時に気配がする方向に顔を向ける。
森の木々の間に隠れて、あのつる草の魔物がいた。
俺たちが視線を向けているのが分かったのか、静かに後ろに下がって、森の奥へと消えていく。
脅威は去ったと判断して食事に戻ると、テッドリィさんが眉を寄せていた。
「魔物のくせに、偵察なんてしてきやがるなんて味な真似してくれるじゃないかい」
「俺の怪我の具合を確かめにきたのか。それとも別の目的があったのか。どちらにせよ、下手にちょっかいをかけてこない分、海竜よりも頭は良さそうだ」
純粋に思った感想を告げたところ、イアナが横腹を突いてきた。
「バルティニーさん。魔物を褒めてどうするんですか」
言いつつ、その視線は船員たちを指し示している。
こっそりと様子を伺うと、つる草の魔物が現れたせいか、先ほどまであった食欲が綺麗に消え失せているように見えた。
船員たちはそろって料理を詰め込むように食べると、地面から腰を上げる。
「料理、ありがとうございやした。それじゃあ、修復作業に戻りますんで」
ぺこりとお辞儀すると、船員たちは小走りで陸に上がっている船へと走っていく。
そして食休みをすることなく、手に修復道具を抱えて、船の穴へとりついた。
どうやら彼らの思いは、つる草の魔物が健全なうちは、早く修復を済ませて船で海に出たいということで一致しているようだ。
ここは、彼らの心の平穏のためにも、つる草の魔物に対して森の際まで来ないように、こちらから動かないといけないな。
俺は料理を食べ終えると、倉庫の仕上げに入った。
倉庫を作り終えた頃、色々な理由から俺がいま海岸で行える作業はないため、新造した二本の鉈と共にチャッコと森に入ることにした。
目的は狩りではなく、つる草の魔物がどこにいて、どんな生態をしているのかを確かめるためだ。
だというのに、俺と並んで森の中を歩けることが嬉しいのか、チャッコはスキップするような足取りであるいている。
「あの魔物を追うのはチャッコの鼻だよりなんだから、ちゃんとやってくれよ」
「ゥワウウ」
分かっていると弾んだ声で鳴いて、チャッコは俺を先導してくれる。
その歩みに迷いがないことと、つる草の魔物がその巨体で折ったり倒したりしたらしい木や草を見るに、進むべき方向は合っているようだ。
森を進むことしばし、少し先に開けた場所があるのが見えた。
近づくと、折れ倒れて朽ちている木々の周りに、様々な野花が咲き乱れる花畑だった。
野球が出来そうなほど広いその場所の中央で、あのつる草の魔物がうずくまっている。
天上から降り注ぐ光を楽しむようにつる草が動いていることから、日光浴なり光合成なりをしているようだ。
暢気な姿に少し呆れながら、俺は周囲の気配を探る。
どうやらこの花畑は、あの魔物の独占領域らしく、動物の気配は一切ない。
もしも動物が入り込んだらどうなるかは、タイミングよく大ネズミを追いかけるゴブリンたちが実演してくれた。
「ギギャギャギャ――ギャギィ?!」
「ギャギャギャ!」
必死に追いかけていたゴブリンたちが、逃げるネズミの先につる草の魔物がいることに気付き慌てている。
そして急いで踵を返して逃げようとするが、その背中に琥珀に似た宝石の飛礫がいくつもやってきた。
射出音はしないんだと改めて確認する中、ゴブリンたちはぼろ雑巾ようになって花畑と木々の境目に倒れる。
一方で、狩猟者から逃げ延びたネズミは、風の流れとは違った草の動きがあることから、伸びる草花の陰に紛れて立ち去ろうとしている。
だが逃げる先にも降らせるようにして、つる草の魔物は細かい宝石の飛礫を放った。
ショットガンの弾が撃ち込まれたかのように、ネズミとその周囲の草花が弾け飛ぶ。
見た目には一面綺麗な花畑なので、飛礫で抉られている部分が醜悪に見えてしまう。
しかしそんな美醜的な価値観は、つる草の魔物は持ち合わせていないらしく、花畑の状態を戻す素振りすらなく、巡らせていた首を縮めて日光浴に戻っている。
そんな一連の場面を見て、俺は状況を思案する。
花畑はとても見晴らしのいい場所だ。
朽ちかけの倒木という隠れ場所はあれど、高威力の宝石の飛礫に耐えられるはずがない。
仮にこの場所でつる草の魔物と戦うとしたら、真ん中に陣取る魔物にたどり着くまでに、宝石の飛礫を何度も食らう羽目になることだろう。
ネズミを仕留めた拡散する小さな飛礫も放てるのを考えると、素早く移動して避け続けるということも難しい。
となると、こちらは魔法で、あちらは飛礫での遠距離戦になるだろう。
だが前に考えた通り、相打ちの可能性が濃厚なので、この手段をとる気はない。
やはり戦うべき場所は、奴が俺たちの様子を確認しにきたとき。森の中が最適そうだな。
そんな算用を立てていると、海岸で俺とチャッコがやったように、花畑の中央にいるつる草の魔物が顔をこちらに向けてきた。
じっと睨み合いをしていると、やおら魔物の口が開かれた。
海藻を纏っていたときの海竜と似た、暗い穴の奥が少しだけ光を放つ。
その輝きが見えた瞬間、俺とチャッコは示し合わせたかのように地面に伏せる。
宝石の飛礫が、俺たちが隠れていた木を抉り、狙いを外した流れ弾が頭上を通り過ぎていく。
顔を上げてつる草の魔物の様子を確認すると、どうやら今のは威嚇だったらしく、顔の位置を日光浴の位置に戻している。
こちらを敵とも思っていなさそうな態度に、チャッコが少しむかっ腹を立てた顔をしていた。
このままでは、いま挑みかねないので、頭を強めに指で掻いて落ち着かせてやる。
「今回は様子見だって忘れないでくれよ。それに、この花畑はヤツのお気に入りで、住処を買える気はないみたいだからな。これから挑む機会は、いくらでも作れる」
「……ゥワウ」
「なんだよその、俺が怪我しているから仕方がないって鳴き方は……」
事実だろという顔を向けてきたので、鼻づらを少し強めに握ってから放してやった。
すると、自慢の鼻を弄られたことが面白くなかったのか、こちらを押すように体を擦りつけてくる。
危険がある場所で他愛のない喧嘩をするほどお互いに馬鹿ではないので、勝負は離れてからという視線をぶつけ合う。
一度頷き合うとそろそろと花畑から離れ、海岸までの道のりを半分消化した場所までいどうする。
そこで、俺は武器使用禁止でチャッコは牙と爪の攻撃なしというルールで、取っ組み合いを行ったのだった。
意地で俺が勝負には勝ったものの、骨折の痛みがぶり返してしまい、テッドリィさんとイアナに「無理をして!」って、こっぴどく怒られる羽目になってしまったのだった。




