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三十話 魔物の追い払い方

 俺とテッドリィさんは、森で魔物を倒し、野生動物を獲って、ときたま石や薪を集めて売る日々を過ごす。

 一日毎に、俺は少量の石から鉄を取だし、量がまとまり次第に鏃を一本ずつ鉄に置き換えていくことを続けていった。

 すると俺たちに感化されたように、他の冒険者もちらほらと森の中に入り始める。

 その大多数は、戦いの腕に覚えのある屈強な人たちだ。

 テッドリィさんが言うには、彼らの目的は、森に現れた新しい主を倒して大金を得るためなのだそうだ。


「他の魔の森に接する村と同じなら、商会に雇われた冒険者もいるはずだぜ」

「それはまたなんで?」

「ちょっと前までのこの村を思い出してみろ。森に主がいなきゃ、あんな活気が続くんだ。冒険者を専属に雇って、主を倒そうとするのは当たり前だろう」


 腕に覚えのある人の事情は分かった。

 けど、それなら俺と大して歳の違わない、棍棒ぐらいしか装備を持っていない少年少女も森に入っていようなのは、どうしてなのだろうか。

 食堂での夕食の際に、そうテッドリィさんに聞いてみると、呆れ顔を返された。


「そりゃ、バルトのせいだろうが」

「俺のせい?」


 特に何かをした覚えがないので、首を傾げてしまう。


「いいか、バルト。ちょっと考えてみろ。自分と歳の変わらねぇヤツが、平気な顔で森に入って、魔物を倒して獣を獲ってくるんだぞ。どう思うよ」

「そりゃあ。その人みたいになれるよう、努力しようって思うでしょ」


 なにせ前世ではチビだったせいで、同年代よりも劣っていた部分なんてざらにあった。

 電車のつり革に爪先立ちしないと掴まれなかったり、腕相撲や徒競走では負けっぱなしだった。

 だからこそ俺は、背を伸ばそうと色々食べてみたり、力をつけようと運動は続けてたし、苦手なことでも逃げないように心がけた。

 そんな事を思い出しての返答したけど、テッドリィさんが欲しい返しじゃなかったようだった。


「うわぁ~……まさかそう考えるとはな。バルトは変わってんな」

「そう? けっこう普通な考え方だと思うけど?」

「いやいや。普通は、あいつが出来ているんだから自分だって出来るはず、なんて風に考えるもんだぜ?」

「それこそ変でしょ。自分と別人なんだから、持っている能力だって違うって思うはずだし」


 他の人が高い場所の物を取れても、背が小さい人には無理だ。

 逆にデカいヤツが入れない場所でも、チビならやすやすと入れてしまう。

 背の大きいい小さいでこれだけの差がでるんだから、筋力や骨格なんかの差で能力が違ってくることは、誰だって分かることだし。

 そしてそういう違いを自覚するからこそ、自分がどうなりたいかを思い描き、そこに向かって努力するんだから。

 けどテッドリィさんは、この考えとは違うものを提示してきた。


「普通のヤツは、自分と他人の違いには目を向けねぇで、同じ点にだけ目を向けがちなんだよ」


 その言い分をよく理解できないでいると、テッドリィさんは例を出してくれた。


「例えばだ。あいつは剣を振って魔物を倒せるから、俺も剣を振れるんだから魔物を倒せるはずだ。あいつが森に行って無事に帰ってこれるなら、俺も森に行けば無事に帰ってこられるはずだ。極めつけだと、あいつは俺よりも年下だから年上の俺ができないはずがない。って感じに考えんのさ」


 なるほどと考え方は理解できた。

 けど、気になったことがある。


「それって、根拠になっていない暴論な気がするけど?」


 だってその考え方だと、運動していない人でも走れはするんだから陸上選手と同タイムをいますぐに出せる、ってことになっちゃうし。

 そんなの無理だって、子供でも分かりそうなものだけど。

 そのことはテッドリィさんも分かっているようで、頷き返してくれた。


「そうだな。たしかにこれは、根拠のない自信ってヤツだ」


 言葉を少し切ってから、テッドリィさんは俺に真面目な目を向ける。


「けどな、意味のない自信を理由にやっちまうヤツは、まだマシなヤツんだぜ。やってみりゃ、実は大したことがなかったり。最初は出来なくても続けてりゃ、いつの間にか出来るようになっちまうもんだからな」


 それは、たしかにその通りだ。

 事前に準備や練習して作り上げた自信であっても、無理矢理な根拠で形作った自信であっても、その人が行動する理由という点では一緒だし。


「ふーん、なるほどね。ってことは俺の存在が、他の人を動かしているのか。そう考えると、悪い気はしないかな。なんか、影響力のあるデカイ男っ感じだし」

「へっ、ナマ言ってんじゃねぇよ」


 おちゃらけて言ったとたんに、デコピンされてしまった。

 いまのは来ると分かっていたから、警戒したのにな。

 ちょっと悔しく思っていると、不意に村がやや騒がしくなったような気がした。


「なにか起きたのかな?」

「さあな。どうやら騒いでいるヤツラが見てんのは、森と村の間っぽいが」


 不穏な気配に、俺たちは手早く食事を片付けて、机に代金を置いて席を立つ。

 そして武器をいつでも抜けるようにしながら、騒がしい方へと進んでいった。

 同じように騒ぎを聞きつけた冒険者たちも道々に合流し、少しして村を囲う石垣に到着する。

 周囲の人々が魔の森に顔を向けているので、俺とテッドリィさんも同じようにそちらを見た。


「森から、人が逃げてきているようだね」

「遠目に格好を見た感じだと、今しがた話していた、バルトを引き合いに根拠のない自信を持った若い冒険者っぽいな」


 位置は森と村の中間地点、数は六人。全員が背中に袋や枯れ枝を積んでいるので、石拾いや薪拾いの依頼を受けたんだろう。

 そう思いながら何から逃げてきたのか知るために、森の方に目を向ける。

 すると、先ほどの人たちと同じような格好の冒険者が五人がいて、こちらも村へ走って逃げようとしていた。

 大人数だなと思っていると、さらに十人ほどが森から出てきた。


「……どれだけ大人数で入ったんだよ。あんまり大勢で森に入ると、歩く際に草を掻き分ける音が大きくなって、魔物に察知されやすくなるのに」


 故郷で教えてもらった常識を口に出すと、テッドリィさんに驚かれた。


「へぇ、森の中ではそうななるのか。そいつは知らなかったぜ。草原や人の集落近くだと、魔物はこっちの数が多いと見ると、あまり襲ってこなくなるんだけどな」

「そういえば、俺たちが命からがら逃げてきたときも、村の前に大勢の人が集まって大声をだしていたっけ」


 森の中と外では魔物の特性が少し変わるようだ。

 俺とテッドリィさんが暢気に会話していると、最後尾を走って逃げている人たちの後ろから、魔物たちが追いかけて森から出てきた。

 ゴブリンやダークドック、多種類の虫の魔物にオークまでいた。

 しかし、ダークドックと虫の魔物たちは、村にいる人たちを警戒したかのように引き返し、再び森の奥へと帰っていく。

 逆に、ゴブリンとオークは執拗なまでに、逃げる人を追いかけ続ける。


「ちっ、やっぱり引き連れてやがったか」


 見知らぬ冒険者の男性が忌々しそうに呟くのが聞こえた。

 言葉の感じから、逃げてくる人が魔物を連れてきたことに腹を立てているみたいだ。

 それは隣にいるテッドリィさんも同じようで、面倒臭そうに後ろ頭を掻いている。


「あー、くそっ。村の中に入られると厄介だからな、迎撃しに行かねぇとな」


 その言葉が呼び水になったように、居合わせた冒険者たちがやる気ない調子で歩き出す。

 俺も人の流れに乗って、テッドリィさんと共に村外に出る。

 弓矢を持ちながら、どうしようかと悩んでいると、この集団で一番年齢が上そうな男性が声を上げる。


「前と違って人数がすくないから大声じゃ逃げないかもしれんな。となると遠距離武器持っているヤツ、最前列にでてこい。射程に入ったら撃て。上手くすれば、それで魔物は森に帰る」


 その声に従って弓矢を持つ人のほかに、銃と弓をくっ付けたような物を持つ人が、集団の前方に歩き始める。

 俺もテッドリィさんに背中を押されて、最前列まで進み出た。

 すると、弓矢を持った他の冒険者に声をかけられた。


「坊主、弓矢を使えるのか?」

「森での狩りに使ってきたので、それなりには」


 俺の返答に、その冒険者は頷く。


「そうか。弓の心得はありそうだな。だが、森と開けた場所では使い方が違うんだ。坊主、『曲射』って知っているか?」


 初めて聞く言葉に首を横に振ると、親切にも教えてくれた。


「森の中だと、大抵水平に狙いをつけるだろ。けどな、遮るもののない平原だと、より矢を遠くに飛ばすために、斜め上に撃つんだ。これを曲射という」


 前世で学んだ高校の物理を思い出し、斜め上に射った方が飛距離が出ることに納得する。

 けど、問題もある気がした。


「でもその方法だと、狙いがつけられないような?」


 水平なら矢の先に獲物を収めるように狙えばいい。

 けど斜め上、つまり空に向かって放つとなると、狙った相手に当たてるのは難しい気がする。

 そのことは教えてくれている冒険者も分かっているのだろう、こちらに安心感を抱かせる笑みを浮かべる。


「心配するな。ここでの弓使いの役割は威嚇だからな、当てる必要はない。むしろ、逃げてくるあいつらに当てないように、狙いを逸らさなきゃならんからな」


 なるほど。弓使いたちに前に出るように言ったあの人の言葉は、そういう意味だったのか。

 自分の役割を理解して、俺は親切に押しててくれたこの人にお礼を言う。


「教えてくれて、ありがとうございました」

「なに、坊主がヘマして人に矢を当てたら、誰の矢かって言い争いになって困るしな」


 冗談めかして言ってくれてから森の方を指し、近づいてくる魔物へ注意を向けるように促してくれた。

 俺はそれに従って顔を向け、弓矢を軽く番えて持ちながら、魔物が射程に入るのを待つ。

 高校で習った物理を思い出し、空気抵抗とか風の影響とかの計算は分からないので、飛距離は水平射の倍だと考えておこう。

 先に逃げて人たちが俺たちの横を通り過ぎる頃、最後尾の人たちが魔物に襲われかける。

 ちょうどそのとき、弓を持つ冒険者の一人が矢を斜め上の空へと放った。

 それを合図にして他の人たちも、矢を次々と放っていく。

 まだこの弓の射程じゃないけれど、威嚇が目的ってはなしだったしと、俺も続いて矢を放った。

 矢は水平射なら数秒も経たずに狙いに刺さるはずだけど、斜めに放ったために到達まで時間がかかる。

 一番最初の矢は弓から放れてから十秒以上経って、ようやく魔物のいる付近の地面に突き刺さった。

 矢が飛んできた音に驚いたのか、ゴブリンたち慌てて襲いかけていた冒険者たちから距離をとる。

 オークは反応が鈍かったものの、上から矢が振ってくるのを見たようで、その場にしゃがみこんで避けようとしていた。

 しかし驚いたのは魔物ばかりじゃなく、最後尾を逃げていた冒険者たちも、こっちに向かって何かを必死に喋りかけてくる。

 その姿を見て思わず弓矢を射つ手を緩めた俺に、曲射を教えてくれた冒険者が声をかけてきた。


「味方だ射つなだのなんだの言っているんだろうが、気にせず射て。ただし当てないようにな」


 経験豊富そうなこの人が言うならと、二発目三発目を曲射する。

 にわか雨のようにぱらぱらと降ってきて、矢は地面に刺さる。

 水である雨とは違い、一つでも当たったら怪我をするからか、矢が当たりそうな範囲にいる魔物たちと冒険者たちは右往左往して逃げる。

 運悪くゴブリンの一匹が矢に当たると、魔物たちは森へ、冒険者たちは村へ向かって逃げ始めた。

 その姿を見て、弓使いたちは手を止めると、まるで逃げてくる人たちを迎え入れるかのように前に歩き始める。

 何をするつもりかは分からないけど、他の弓使いに混ざって行進していった。

 やがて十人ほどの第二集団とすれ違い、最後尾の集団の近くまできた。

 すると、矢を曲射で射掛けられたことが怖かったのか、文句を言ってきた。


「オレらがいるのに、なんで弓矢なんか――がッ!」


 しかし弓使いの人に殴られて、強制的に黙らされた。


「うるさいな。こっちは魔物を追っ払うために矢を使ったんであって、お前らの事なんか知ったこっちゃねえんだよ。こっちに歩いてきたのだって、使った矢の回収のためだ」

「薪と石を拾いに行くのは結構だがな。魔物と出会ったら、戦わずに逃げるつもりだったなら今日で止めておけよ。次に同じ真似をしたら、魔物ごと射殺すからな」


 弓使いたちから嘲笑が漏れた。

 俺はこういう雰囲気が嫌いなので、しかめっ面になる。

 しかし、逃げてきた冒険者の方にも言い分はあるみたいだった。


「そ、そりゃあ、森から魔物を連れてきちゃったことは悪かったけど。最初はオレたちだって、戦おうとはしたんだ!」


 そこから始まった言い訳を要約すると、どうやら土のゴーレムに出くわしたらしい。

 石を投げつけたりして追い払おうとしたが効かず、倒せないと悟って逃げ出したのだそうだ。

 そして逃げる際に音を立てすぎて、他の魔物が寄ってきてしまったらしい。


「おいおい、それじゃあ……」


 話を聞き終わってから、弓使いたちは一様に嫌な予感を抱いたようだ。

 かくいう俺も同じで、何かに誘われるように視線を森へと向ける。

 すると、木々の間から少しだけ姿が見えほどの距離に、あの土のゴーレムが立っていた。


「矢の回収は後回しだ! ゴーレム系統は弓矢と相性が悪すぎる!」


 弓使いの一人が大声を出すと、他の全員が弓を仕舞って、副武器を引っ張り出す。

 それは掌を越える刃渡りのナイフだったり、棍棒だったり、短剣だったりした。

 俺も倣って鉈を抜く。

 その後、弓使いは全員ゴーレムを警戒しながら、じりじりと後ろに下がり始めた。

 逃げてきた冒険者たちもゴーレムの姿を見て、急いでこの場から逃げようとする。

 しかしその前に、近くにいた弓使いの人たちが襟首を掴んで引き止めた。


「急に動いてアイツを刺激するんじゃねぇよ。死にたいのか」


 押し殺した声で注意を受け、その冒険者たちも弓使いたちと一緒にゆっくりと下がっていく。

 そうして十メートルほど下がったとき、ゴーレムはこちらに興味を失ったように、森の奥へと引き返していった。

 そのことに、弓使いたちの中の熟練者っぽい人たちから、安心した声が盛れ出てきた。


「やっぱり無機物の魔物は、活動範囲から外れれば見逃してくれるな」

「ああ無機物系の代表ともいえる『地上をたゆたう粘酸水』――スライムと同じだったようで、よかったな」


 緊張が解けたからか、弓使いの人たちは近くにいる人たちと話を始めた。

 俺も安堵から曲射を教えてくれた冒険者と話そうとして、彼が逃げてきた人たちに説教しているのを見た。


「お前ら、なんでゴーレムの活動範囲に入るような、森の奥に入ったんだ! 人数が多いからと、魔物を甘く考えていたのか! そんなことじゃすぐに死んでしまうぞ!」


 厳しいながらもどこか諭す響きが言葉にあるので、曲射を教えてくれた彼はお節介焼きな性格みたいだ。

 一方で逃げてきた人たちは、強制的に地面に座らせられている。

 けど、大人しく説教を受ける気はなかったみたいだ。


「ちっ。見ず知らずの人なんかに、なにを言われたって――」

「なんかとはなんだ! お前らがヘマをしたせいで、こっちは尻拭いをさせられたんだぞ! 申し訳ないとは思わんのか!」

「なんだよ。だったら村が寂れる直前に、魔物にやられて背走した人たちにも、同じことを言いに行けよな」

「馬鹿者! 武器を持ち必死に戦った末に撤退したあいつらと、武器を持たずにおめおめ逃げ帰ってきたお前らを一緒にするな!」


 それでも何かを言い返そうとするが、そのたびに発言を潰され続けてしまう。

 すると逃げてきた人たちは、次第に肩を落として反省する姿になった。

 でも、説教はとまらない。

 結局は、他の弓使いと俺が矢を拾い集めた後で静止するまで、延々と説教は続けられることになったのだった。

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― 新着の感想 ―
背走ー敗走
ここのスライムがどれ程の強さか描写されてないけど、スライムにまでなんだか二つ名のようなものがあるみたいでちょっと面白かった
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