三百八話 戦い終わって
落ち着きが戻った海岸で、俺は腕と胸、そして足に包帯を巻いた姿で座っている。
視線の先にあるのは、俺が魔法で隆起させた大地に乗っている中型船。
海竜に食い破られてできた大きな穴を、船員たちが木材を使って修復しようとしている。
使っている材料は、前回と今回に船で運んできた、建設用の資材だ。
「幸い、竜骨っていう、人間でいうところの背骨の部分は無事でしたんでね。穴を塞いじまえば航行には問題ないんでさ」
「海に浸かった状態じゃないって点も、作業には楽ってなもんでさ」
そう明るく言って作業を進めている船員たち。
だが、その目には隠しきれない怯えがあり、早くこの土地から去りたい思いがあるに違いなかった。
海上の砦を自負していた船が、あっさりと食い破られて、あわや沈没の憂き目に遭うところだったのだ。
彼らが持つ矜恃の根底部分に、ヒビが入っても仕方ないだろう。
でも、その怯えの分だけ、彼らの作業が手早くなっているのは皮肉だな。
手持無沙汰でその光景を見ていると、こちらに近づいてくる音が聞こえてきた。
顔を向けると、テッドリィさんとイアナの姿がある。
二人の腕の中には、俺が石造りの家を作る際に抽出した鉄の塊をもっていた。
「バルティニー。望みの物を持ってきてやったよ」
「それにしても、気前よく鉈を使い潰しましたね。バルティニーさんにしては、珍しいんじゃないですか?」
「森の際に例の魔物の姿が見えたからな。魔力を温存するぶんだけ、他の装備には犠牲になってもらわなきゃいけなかっただけだ。まあ、あの魔物が『コレ』を撃ってくるなんて思ってもみなかったけどな」
俺が持ち上げるのは、琥珀に似ていながら硬度は鉄より硬い、魔物が放ってきた手のひらより大きな謎の宝石だ。
イアナは顔を近づけて興味深そうに見ると、小首を傾げ、小声で問いかけてきた。
「バルティニーさんって、石から宝石を作れますよね。なら、それがどんな宝石か分かるんじゃないんですか?」
「それがな。どうやらこれ、普通の宝石じゃないようなんだ。魔力の通り方が、石や宝石、鉄や銀とはかなり違うんだ」
「それってつまり、普通の宝石じゃないってことですか?」
「土属性じゃない、別の属性の物質ってことだ」
ほへーっと、感心とも思考放棄ともとれる呟きを残して、イアナは黙ってしまった。
その言葉のあとを繋ぐように、テッドリィさんが思案顔で言葉を放つ。
「もしかしたら、あれじゃないかい? ほら、バルティニーの鉈の片方。あれ、火魔法の使い過ぎで、土属性の魔力が通らなくて鍛冶魔法が使えないとか言ってただろう。あれと同じ理屈じゃないのかい?」
「ああー。そういう考えもあるか……」
意外な人物から思慮外の予想を言われたことに、少しの驚愕と感心を抱く。
そしてその指摘が、かなり的を得ているという直感があった。
同時に、さらなる嫌な予想が立った。
「もしテッドリィさんの言ったことがあっていたら、蔓を纏ったあの魔物は、土属性の他にもう一つの属性の魔法が使えるってことになるんだけれど……」
俺の呟きに、テッドリィさんもイアナも嫌そうな顔になった。
「それって、そこに倒れている海竜よりも、手強いってことなのかい?」
「もしかして、あれも竜とか言わないですよね、よね?」
「強さは分からないけど、海竜より頭は良さそうだよなぁ。なんたって、俺が一瞬気を緩めたところを、すかさず狙撃してきたぐらいだし」
怪我をした腕や背中を指しながらいうと、二人は頭に手を当てた。
「そんな真似のできる頭の良い魔物なんて、あたしらじゃどうにもなりそうにないねぇ」
「でも、早めに倒さないといけないんじゃないでしょうか。わたしたちの中で一番強いバルティニーさんに怪我を負わせたんです。それよりも弱いわたしたちを狙って、森の中から狙撃してくるかもしれませんよ」
イアナらしい最悪を想定した想像だが、その可能性は十分にあるように感じた。
「しばらくは森の様子を注意して、もし森の際近くにあの魔物が現れたら警報を出して、全員で非難するようにしようか」
「それが良いだろうねぇ。最低でも、バルティニーの体が復調するまではね」
「ううぅ……。これから先、心休まらない日々が続きそうです。バルティニーさん。魔法で骨折を治したりできないんですか?」
「生憎。エルフの集落でも、そんな魔法は教わらなかったから、ないんじゃないのかな」
言葉には出さないが、空飛ぶ竜が瞬間的に再生していたのは、森の主となった時に得られる力で得た異能なので、倒した海竜の後釜に俺が座ることが出来れば、怪我を速く直すことは可能かもしれない。
しかし、目に見える形で人間を辞める気は、いまのところない。
「幸い、骨折っていってもヒビ程度の軽いものだし、三十日ぐらい経てば完調するだろ」
「三十日……」
その長い期間を無事に過ごせるのか不安なのか、イアナは眉を寄せている。
俺は、その眉間に走った皺を指で伸ばしてやりつつ、安心させてやることにした。
「完調を待つのは森の中で戦う場合を想定したときだ。もし森の際まであの魔物がきたら、攻撃用の魔法をぶっ放せば良いんだから、今の状態でも不利はないんだ」
「なーんだー。心配して損したじゃないですかー、もう!」
イアナは安心した様子になると、きっとワザとだろう、俺の怪我をしている腕をひと叩きして、鉄の塊を置いて海竜の死骸へと向かう。
手に剥ぎ取りようのナイフが握られていることから、解体作業に入るらしい。
食べられるものかどうかは、いままさにチャッコが生肉を食って確かめているので問題ない。
イアナが解体を始めると、チャッコが近くで吠え、鼻づらで海竜の体の部分を指し示す。
この部位は上手いから取り分けろと、指図をしているようだ。
その光景に微笑ましさを覚えていると、隣にテッドリィさんが座ってきた。
「それで、本当のところはどうなんだい?」
気休めや嘘は許さないという瞳で見られ、俺は本心を打ち明ける。
「あの魔物との勝ち目って意味じゃ、俺の勝ちは揺るがないんじゃないかな。ただし、魔法を撃ってから、向こうの狙撃を俺が避けられればの話だけど」
「そんなに際どい勝負なのかい?」
「遠距離戦なら、そうなる算段が高いんだよね」
俺はいま手にしている、琥珀に似た宝石に目を向ける。
大きさは、手のひらをやや超える程度の、扁平の涙滴型。
同種と思わしき海竜だと、乱射したときに放ってきたものと同じぐらいの大きさだ。
となると、全力の一撃はこれよりも大きな宝石を、より速く撃ち出してくる可能性が高い。
魚鱗の防具があろうと、その上に魔法の水を纏わせていようと、俺の腹に大穴が空くぐらいのものがくるはずだ。
そうなったら俺が光線の魔法を放とうと、相打ちに持ち込むのが精々だ。
そんな予想を話したのだが、テッドリィさんは心配する素振りはしなかった。
「バルティニーのことだ。予想を立て終わっているなら、対策も考え済みなんだろ?」
「見抜かれてたか。まあ、手はなくはないかな。まだ考察段階だけどね」
「アンタのことだ、いつも通りうまくやるに決まってるよ。思う存分に、準備するといいさ。それが整うまで、船員のやつらやイアナのことは任せておきな」
「チャッコはいいんだ?」
「馬鹿いうんじゃないよ。あの狼はアンタ以外じゃ手に負えないんだ。せいぜい好き勝手させておくよ」
テッドリィさんは、俺の頭を子ども扱いするかのように撫でると、解体作業に四苦八苦しているイアナを手伝いに向かった。
俺は撫でられた頭に手を当てながら、いい人と恋人になれたものだと今世の幸福を噛みしめつつ、まずは新しい武器づくりに精を出すことにしたのだった。




