三百六話 海藻を纏った魔物とは
沈んだ船が例の魔物に食べられて軋む音が、海岸に流れている。
海の魔物の死体を食べていたので肉食性だと考え、中型船を安易に海岸に入れたのは間違いだったな。
その雑食性に歯噛みしながら、俺はテッドリィさんたちと共に波打ち際までやってきた。
海水が澄んでいるため、海中の様子が良く見える。
魔物は体に纏っている海藻を船の底に絡みつかせて、顔があるであろう場所を開けた穴に突っ込んでいた。
そして葉を食べる芋虫のように、船の木材を食べている。
このまま手をこまねいていては、船の修復うんぬんの前に、あっという間に船を食べつくされてしまう。
「テッドリィさん、イアナ。いまから魔物を魔法で無理やりに海中から出す。かなり強い魔法を使うから、海と森から他の魔物が引き寄せられてやってくるだろうけど、頑張って倒して」
「任せときな。あたしらだってやれるってとこを見せてやるよ」
「バルティニーさんは、どうするんですか?」
「俺は船を食べている魔物を倒す。だから、チャッコは二人の援護を頼むぞ」
「ゥワウ?」
「一人で平気かって? 駄目そうだったら遅延戦闘に移るから、雑魚を片付け終えたら、こっちの援護に来てよ」
「ゥワウウ」
仕方がないと肩をすくめて、チャッコはテッドリィさんとイアナの横に並んだ。
俺は鉈を引き抜いて構えてから、足から魔力を放って、船を食べる魔物の下の海底を急速に隆起させる魔法を使う。
すぐに地揺れと海底隆起が起き、沈んでいた船ごと魔物を海上へ押し上げた。
魔物は海中から出されたことに驚いた様子を一瞬だけした後、こちらに顔らしき部位を向けてくる。
その瞬間、俺は勘に従って鉈を空中に振るった。
激突音――そして手に走る衝撃と痺れ。
そして俺の視界の隅に、海藻の魔物が放った白い斧のような飛び道具が落ちた。
俺は魔物から視線を外さないままに、防御に使った鉈を視界に入れるように持ち上げる。
頑丈さには自信があったのに、剣身は半ばほどまで断たれている上に、そこから先端までが捻じれてしまっている。
これは作り直さないと、使い物にならない。
こちらの魔法行使に引き寄せられてきた海の魔物の一匹に、壊れた鉈を投げつけて殺すと、弓矢の準備をする。
ぞくぞくと海から、そして森から魔物がやってくるが、俺はそちらに意識を向けることはない。
なにせ、チャッコやテッドリィさんたちに任せると決めたのだから。
「ゥウウワウウウウ!」
「おらぁあ! あんたらの相手は、こっちだ!」
「とおりゃ! 近寄ってきてくれるのはいいけど、いっぺんに来ないで、一匹ずつ来てくれると嬉しいなーッ!」
元気に暴れ回る一匹と二人の音を耳に入れながら、俺は矢に風の魔法を纏わせてから、海藻の魔物に放った。
目にも止まらない速さで進んだ矢は、魔物の首元に突き刺さると、風の刃を周囲にまき散らす。
「ウオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!」
海藻が千切れて周囲に撒き散っていく中、海藻の魔物が初めて鳴き声を上げた。
しかし俺は喝采を上げることなく、次の矢を番える。
魔物の纏っている海藻は千切れたものの、その下にあるはずの魔物本体の肌はまだ見えていないので、気を抜ける状況だとはとても思えなかった。
再び矢に魔法の風を纏わせてから放つ。
ほぼ一瞬で着弾するはずの矢は、意外なことに途中で弾き飛ばされてしまった。
俺の横を通過して雑魚の魔物に突き刺さった白い刃の存在から、あの魔物が迎撃したのは疑いようがない。
しかしそれで終わりではなかった。
海藻の魔物は、船に取りつく海藻を引き戻すと、体全体をこちらに向ける。
「ウオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!」
「みんな注意して!」
俺は仲間たちに警告を発すると、近くにいた魔物を掴み、海藻の魔物の方へと投げつけた。
「ギギギィ――ギョゴ……」
俺を非難するような鳴き声を上げて飛ぶ雑魚の魔物に、白い刃が深々と突き刺さった。
それも、一つだけでなく、二つ三つと刺さっていく。
そして四つ目が刺さったところで、俺が投げた魔物は両断されてしまった。
俺は新たな魔物を盾にするべく空中に投げながら、悪態を吐く。
「くそっ。手傷を負って、見境なしに攻撃してきている!」
「バルティニー、どうにかしな! これじゃあ、戦闘どころじゃないよ!」
「そうですよ! 流れ弾がこっちまできてるんです!」
苦情に視線を向けると、テッドリィさんとイアナも相手にしていた魔物を盾に使って、海藻の魔物が放つ刃を防いでいた。
そのとき、俺はその盾に突き刺さっている刃を見て、違和感を感じた。
俺の鉈を廃棄品に変えた、最初に放ってきたものに比べて、明らかに小さくなっている。
どうやら一発の威力を弱めても、数多く放つことで、こちらに怪我を負わせることを重要視しているらしい。
その上、飛び道具の飛行距離を縮めるためか、海藻の魔物は食いかけの船を放置し、海藻の間から伸びる亀のような四つ足で、こっちに歩いてきている。
距離が縮まった分だけ飛び道具の威力が上がっているのだろう、盾にした魔物が三発の刃で使い物にならなくなった。
相変わらずの凄い威力に舌を巻きながらも、俺は次の盾を用意しつつ、屍に刺さる白い刃を引き抜く。
「そんなに威力が自慢なら、自分でも食らえ!」
魔法で全身に水を纏うと、そのアシスト力を用いて、白い刃を投げ返した。
うまい具合に乱射される刃を掻い潜って、海藻の魔物に突き刺さる。
「ウオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛」
自分の武器で自分を傷つけられたことを怒りるような声を上げると、魔物は歩み寄ってくる速度を上げた。
これは接近するチャンスだと判断した俺は、纏っている水のアシスト任せに雑魚の魔物を二匹掴むと、それらを盾に突進する。
飛来した刃が盾に突き刺さる衝撃に体が揺れるが、構わずに前へ前へと突き進む。
そして、二つの細切れの盾が出来上がった頃、俺は手の届く範囲にまで接近することに成功した。
だが、目の前にある海藻の魔物の顔――その暗く開いた口に白い刃の煌めきを見て、地面に体を投げ出す。
纏っている水の表面を刃の先端が掠る音がしたものの、俺の体に痛みは走っていない。
上手くやり過ごせたことに胸をなでおろす間もなく、立ち上がりながら鉈を引き抜き、その刃を魔法で赤熱化させた。
「くらえええええええええ!」
飛び込んだ先にちょうどあった、海藻の魔物の脚に鉈を叩きこむ。
湿った肉が焼ける音と、海水と海藻が焼け朽ちる臭いが発せられ、そして海藻の魔物の悲鳴が上がった。
「ウビヤ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛」
足元にいる俺を踏みつけようと動く四つの足を掻い潜りつつも、その背後に回るように移動していく。
執拗に踏みつけようとしながらも、こちらの姿を顔の正面に捕え続けようとしている動作を見る限り、やはり顔が向ける範囲外には刃を打ち出せないようだ。
それならと、俺は決して近くから離れないままに、後ろ足に赤熱化させた鉈を叩きこむ。
再び上がる悲鳴。
だが、象よりも大きく太い足だ。鉈の刃を全て使っても、半ばまで傷は達していないので、致命傷は期待できない。
次の攻撃の手段を考えようとして、魔物の体表にある海藻が蠢いたのが見えた。
警戒すると、海藻が蛇のようにこちらに襲いかかってきた。
船を食べていたときに船体に巻き付けていたので、もしやと思っていたが。
本当に動かせることに驚きつつ、この海藻も魔物の体の一部なんじゃないかと予想を立てる。
ならと、赤熱化させた刃で、迫ってくる海藻を焼き払ってみた。
「――チッ。足に斬りつけたときと、反応が全然違う」
まったく痛痒を感じていない様子の魔物の姿に、海藻には痛覚が通っていないことが分かり、舌打ちしてしまう。
だがそれなら、海藻を斬ることに労力を割かずに、肌が見える足を狙うのが建設的だ。
俺は伸びてくる海藻を掻い潜りながら、魔物の周囲を巡りつつ、その足を執拗に傷つけていく。
「ゴガウオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛」
いつまでも捕まらない俺に苛立ち、魔物が次の行動に移った。
それは、全身の海藻を周囲に一斉に伸ばすことだった。
流石に逃げ道を塞がれるほどに展開されては、切り払うしか方法がない。
それでも足を止めずにどうにか逃げていると、なにかが滑り落ちる音がしてきた。
なんだと疑問に思う間もなく、魔物の体表から海藻が地面へと流れ落ちている姿が目に入る。
こちらの足元を狙っているかのように地面に広がった海藻の群れに、俺は跳び退るしか選択肢がなかった。
まんまと距離を取らされたことに歯噛みするが、悔しい気持ちを持っているのは魔物も同じだったらしい。
「ウオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!」
海藻を脱いで大きく吠える魔物の姿に、俺は少し眉を潜めた。
大型トラックに迫る大柄ながら、亀が甲羅を失ったらこうなると思わせるような、頭から尾っぽまで細長い姿。象よりも太い四つの足が、どこかアンバランスに見える。
しかし俺が疑問に思ったのは、その姿のおかしさからじゃない。
この姿に似たものを、どこかで見たきがしたのだ。
それは何だと考えていて、海藻を脱いだ魔物の背に、退化して小さくなった羽根がついているのを見て、ハッと気が付いた。
思えば、こちらの魔法の使用を察知して、口から白い刃を発射してきたときに、特別な魔物だと考えなければいけなかったんだな。
「……口から火じゃなくて、刃を吐く竜か。あの翼の小ささから、空を飛べはしないのだろうけど」
「ウオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛」
俺が正体を見破ったことを称賛するように吠えた竜は、その細長い体躯に不似合いな太い脚を動かして、こちらに突進をしかけてきたのだった。




