三百四話 補給船の到着
魔法を小出しに使いながら、港づくりと近寄ってくる魔物の総統に精を出す日々。
その中で、例の植物を纏ったような謎の魔物は姿を現していない。
きっと、俺が魔力の使用量を少なく抑えていることで、こちらを魅力的な餌だとは考えていないんだろう。
この考えが正しいとしたら、あの魔物たちは野生動物の本能に近い知能しか持ち合わせていないということに繋がる。
大木を半ばまで断てる、骨の斧を射出する魔物の知能が低い可能性があることは、戦う俺にとっては好材料だ。
もっとも、本当にそうかはまだ謎なので、警戒するに越したことはないけど。
さてここで生活は、魔物がうようよいる森で暮らした経験のある俺や、もともと狼の魔物なチャッコにとっては、あまり苦にならないものだ。
テッドリィさんとイアナも、日数を経るにしたがって、魔物の領域内での暮らしに順応していっている。
いまでは二人とも、森に入るチャッコについていって、野生動物や食べられる魔物を獲ってくるようになっていた。
「ただいま。なんだか、珍しい魔物が手に入ったよ」
「チャッコちゃんが食べられるって意思表示しているんですけど、本当に食べられるんでしょうかね?」
港づくりにひと息入れていた俺に、テッドリィさんとイアナが手にあるものを掲げる。
それは逆向きにした三角コーンのような色と形をした物体――いや、手足が生えているので魔物だと分かった。
どれどれと近づいて観察すると、動く真っ赤な大きな茸の魔物――フンガルスの一種だった。
「これはまた、食べられるかどうか微妙な魔物を……」
フンガルスは、森に生える茸と同じく、地域や個体によって食べられるかどうかが違う魔物だ。
そのため基本的に、食べられない物として扱うことが多い。
俺の気持ちが廃棄の方に傾いていくと、チャッコが押し留めるように鳴いた。
「ゥワウ、ゥワウウウー!」
「いや、チャッコの鼻を信じられないわけじゃないよ。でも、警戒したっていいだろ?」
なにせ三角コーンのように真っ赤な茸の魔物だ。
見た目は、とても毒々しい。およそ食べられるとは思えないほどに。
忌避感を抱いていると、食べないなら自分が食べると、チャッコが鳴く。
「ゥワウウ!」
「そこまで言うのなら、俺も食べるのに付き合うさ。味に興味がないわけじゃないし」
視線でテッドリィさんとイアナに尋ねると、あえて食べる気はないと首を横に振る。
それならと、家の外に作ってある、バーベキュー用の大きな石板の竈でスライスしたフンガルスの身を焼いて食べることにした。
そうして調理していると、波のさざめきの中に、木が軋むような音が混ざっている気がした。
気配察知を止めてはいないのにと疑問に思いつつ、警戒で森を見るが、魔物の姿はない。
どういうことかと首を傾げかけて、チャッコが海の方を見ていることに気が付いた。
目を細めて凝らし、遠くの海に視線を向けると、遠くの方に小さく船の形があることが分かった。
その姿は段々と大きくなってきているので、こちらに近寄ってきていると判明した。
「フンガルスを焼くのは少し保留だ。あの船からくるはずの、物資を積んだ避難艇を迎えに行かないと」
「ゥウゥゥ、ゥワウ」
仕方がないなと鳴いて、チャッコは地面に伏せた。
俺の事情は分かっても、食べ物の側から離れる気はないらしい。
よっぽど美味しいと確信しているんだろうと、チャッコの行動を理解しながら、俺は薪を数本持つと船着き場へと走って行った。
薪の先端を燃やして松明にして、中型船を離れてこちらに近づく避難艇に合図を送る。
海の男が操る船は、こちらの拙く伝える意図を察して、航路を設定して船着き場まできた。
ここで俺は、船着き場は大型船や中型船用に作ったもので、避難艇のような小型船では床の位置が高すぎることに気が付いた。
彼らには申し訳ないが、安全に小型船を止められる場所まで移動をお願いし、そして海岸に船を縄で係留する手伝いをしながら、彼らに話していく。
「補給物資の運搬、お疲れ様です。それにしても、少し日数が早くありませんか?」
「そりゃあ、オレたちが来たのはトゥレ領――グランダリア侯爵様の領地からだからだな。ここからサーペイアルに行くよりも、実は距離が短いんだ」
「それに、五十日って補給に必要な期間は、風や潮の影響を考えて多めに設定されているものなのさ。だから、実際の日数が前後することはよくあることなんだ」
「オレたちゃ、沈没なんてへまをする気はねえけど。もしそうなった場合、最悪、次に補給物資がくるまで、百日を超えることになるかもしれねから、注意していてくれよ」
なるほど、グランダリア侯爵が開拓の物資や資金を提供しながらも、港を開拓した暁には土地の運営を俺に保証すると破格の条件で雇い入れたのには、その報酬に見合うだけの補給の難点が存在したらしい。
「けど、生活するのに必要な物は、森や海で手に入りますから、百日といわず二百日経っても平気ですけどね」
「おいおい、そりゃ吹きすぎだろ――って、あんたの痩せてない姿や、五十日に満たない短期間であの船着き場を作ったのを見れば、大ボラとも言えねえか」
「この海岸までの途中の海を見たが、途中から大型船でも座礁しないぐらい深い海底になっていたんだが、それもあんたがやったのか?」
「当然ですよ。だって、ここはサーペイアルからグランダリア侯爵が持つ港までの中継点になるんですから。大型船や中型船が入れなかったら上陸休憩できないじゃないですか」
自明の理を語ったつもりだったのだが、海の男たちの反応は苦笑いだった。
「港づくりを頑張ってくれているあんたに悪いから言うが、グランダリア侯爵様はそこまで立派な港が出来るとは思っちゃいないぞ」
「船の乗員が交代で小舟で接岸して休憩できる場所と、船病防止のために新鮮な野草や果物や肉の供給地点に出来ればいいって語っていたぜ」
「そうなんですか。でも、あなたたちはこの場所に中型船を止められたら、助かりますよね?」
「もちろん、そりゃそうさ。沖に船を止めるってのは、意外と気を使うもんなんだ」
「新たに出来た浮き島と勘違いして魔物が乗り込んできやがるしな。他の船の話だが、下ろした錨を魔物が引っ張って船がひっくり返りそうになったなんて、笑い話で語る奴らがいたしな」
「じゃあ、立派な船着き場とそこまで至る深い海底の道は必要じゃないですか」
男たちが苦笑いしながら頷くのを見て、そうだと俺は手を叩いた。
「もうちょっと海底を深く掘り進めれば、中型船なら通れる道が開通するんですよ。どうせなら、今日からこの港に上陸して休みませんか?」
「そりゃあいい提案だが、そんなに早くできるのか?」
「もちろんです。あ、でも、作業が終わるまで、皆さんは俺が作った家に籠るか、沖の中型船に避難していてもらわないといけないんですけど」
「そりゃあ、どうしてだ?」
「海底を弄ると、魔物が寄ってくるからですよ。こんな場所にいたら、避難艇もあなたたちも、魔物大群の餌食になっちゃいますから」
半信半疑な様子の彼らだったが、俺が変なことをするとでも受け取ったのか、物資を海岸に置くといそいそと船に乗り込み始めた。
「じゃあオレたちは、沖の船で待機しているぜ」
「準備ができたら、また松明で合図してくれ」
「すぐ終わりますから、そんなに待たせることはないですよ」
俺は避難艇を押して離岸させると、彼らが沖の船に収容されるまで待つ間に、テッドリィさんとイアナに家に入っているように告げる。
しかし、首を横に振られてしまった・
「いい加減、家の中で待つのは飽き飽きさ。あたしらも戦うよ」
「今まで様子を見ていて、気づいたんです。森に様子見にくる魔物たちの、あの種類と数なら、わたしたちでも戦えるって」
少し心配だったが、二人はやる気のようだったので、任せることにした。
無茶はしないようにと釘を刺して、次にチャッコにも魔物が寄ってくることを教えた。
「ゥワウウウ!」
飯時に迷惑だと言いたげに鳴いてから、それでもチャッコは仕方がないと腰を浮かせる。
その姿は、さっさと終わらせてフンガルスの身を焼いて食いたいと語っているようでもあった。
避難艇が中型船に引き上げられるのを確認してから、俺はちまちまと沖の深い場所に接続できるように作り続けた海底回廊を、今回の魔法で完成させるべく作業を行った。
魔法が発動し、小さな地揺れが起きて道が開通すると、少しの高波の後で海から魔物の大群がやってきた。
ここ最近は、連日港づくりに精を出していたからか、最初の頃に比べて明らかに魔物の数はすくなくなっている。
これならすぐに殲滅できると、鉈の二刀流で魔物たちに襲い掛かる。
チャッコと共に暴れて、小一時間もかからずに殲滅すると、血まみれの姿のままに、魔物の死体を一つずつ海に投げ込む。
こうすると、海に上がれなかった魔物たちは、その死体を食べて満足して沖へと帰っていくことが多いと、つい最近気が付いたのだ。
水の中の相手には反応が鈍い俺の気配察知でも、多くの魔物たちが去って行く気配を捉える。
次は森の魔物の番だ。
しかし森に顔を向けると、テッドリィさんとイアナに蹴散らされて、森の際まで来ていた魔物たちは逃げ帰っている。
なにはともあれ、これで安全になったと、俺は船着き場に上って松明の合図を沖の船に送った。
遠目に、船の上が軽く騒がしくなり、周囲の海の安全を視認してから避難艇を一つ下ろした。
避難艇に乗り込んだ船員たちが、この船着き場までの道を確認しながら、中型船を先導するようだ。
その様子を見ていようとして、横から体当たりを食らった。
気配察知の反応の通りに、それはチャッコの悪戯だった。
「ゥワウワウ!」
「フンガルスの身を焼いて食わせろって、もうちょっと待って――わかったわかった、跳びかかろうとするなって」
分かればいいと鼻息一つ吐いて、チャッコは外に作った竈に陣取り、尻尾で地面を軽く叩いて催促してくる。
俺は海に振り返り、避難艇が慎重に先導していることを見て時間がかかりそうだと判断すると、チャッコの求めに従って真っ赤な茸の魔物の身を、熱した石板で焼いていくことにした。
俺もご相伴に預かって食べてみたところ、匂いはシイタケに似てたものの、ガツンとうま味が舌に響く美味しさだった。
干し茸にしたらいい出汁がとれそうだなと、次から森に入る際には、この赤いフンガルスを幾つかとって干しておくことにしようと心に決めたのだった。