三百三話 海底の深化を拡張中
さて今日は、船の通り道にあたる海底の深化をしていくことにする。
海底まで潜って鍛冶魔法で作業するのは難しいため、もちろん攻撃用の魔法を応用した方法で行う。
「それじゃあ、頑張りなよ」
「わたしたちは、家の中に避難してますからー」
テッドリィさんとイアナが家に入ったことを確認してから、俺は海岸の岩場に手をつける。
そして手に、魔塊からその総量の十分の一程度の魔力を集めていく。
「もっと深くなれー、深くなれー」
そんな呟きと共に、深くなる海底のイメージは行いながら、地形変化の魔法を使う。
魔法発動と同時に震度一未満の地震のようなものと、海底変化に伴う小波が起きる。
感触からすると、うまくいった。
高い場所から見下ろせば、魔法で深くした船着き場の近くでは、周囲との段差で海水の色が濃く見えるはずだ。
出来に満足しながら、俺は隣に立つチャッコと共に臨戦態勢に入る。
少しして、魔物の大群が海からやってくる。
弓矢で海岸を上がってくる個体を殺しながら、俺は森の様子を気配で探る。
だが変なことに、森からは魔物が出てくる気配はない。
使用した魔力の量が少なかったからかと首を傾げつつ、海から来る魔物を弓矢の次は鉈で斬り殺していく。
改めて思うが、海から陸に上がってくるのは水陸両用の魔物なのだが、正直言うと、陸地で戦う分には低級の森の魔物よりも弱い。
魚に手足を生やしたような魔物はそれなりに戦えるが、吸盤のついたイカやタコの足を持つ魔物は陸地に上がるとノロノロとしか動けていない。
そもそも、そのどちらも手足での攻撃が主流なので、武器を持つ俺の方が攻撃力とリーチとで勝っているため、余計に相手が弱く感じる。
そして魔力の使用量を抑えたためか、出てくる魔物の数も少ない。
結果として、チャッコと共に暴れていると、すぐに全滅させてしまった。
まだまだ余力があるので、港の整備を続けよう。
「もう一度やるよ」
「ゥワウ」
俺がまた一定の海底区画を沈下させると、性懲りもなく海から魔物が押し寄せてきた。
しかし、海の生き物に人の手足が生やした系の魔物はさっき多く出てしまったのか、今回は海の生き物の姿そのままに巨大化したような魔物だけが海岸から上がってくる。
海の中で戦ったら驚異なんだろうなと思いながら、容赦なく陸地で殺し尽くした。
この段階になってようやく、森の際に魔物の姿がチラホラ現れる。
「ゥワウウ!」
海の魔物を陸地で相手にしたのでは、チャッコにとって戦い不足に過ぎたようで、森に現れた魔物に駆け向かって行く。
援護しようかとも思ったが、チャッコに敵いそうな魔物の姿はない。
放って置いて大丈夫そうだ。
もう一度、海岸の沈下を行うかどうか考えながら、周囲を見回す。
あっさりと二度の魔物の群れを倒したものの、魔物の死体の数はかなりに上っている。
その割には、あの植物が寄り集まったような魔物の姿は、海と森の両方ともに見られない。
先日、俺たちが倒した魔物を大量に食って腹が減っていないのか、それともこの程度の魔力を使用するぐらいじゃ海岸までこないのか。
なんにせよ、ここは素材と可食部位の確保のために、テッドリィさんとイアナを呼んで作業を手伝ってもらうべきだろう。
チャッコが暴れている姿を横目に、俺は家の外から中へと事情を説明して、二人に出てきてもらった。
「しっかし、短時間だったってのに、よくこんなに多く倒したもんだねぇ」
「この調子だと、港が出来る前に食糧庫が満杯になって、さらにもう一つ作らないといけなくなっちゃいますよ」
「海の魔物の素材も珍しいから捨てるわけにはいかないってのに、船がくる五十日後まで保管するのも必要だしねぇ」
女性二人で今後の課題を会話するのを聞きながら、俺は手早く魔物の素材を剥ぎ取っていく。
その際、魚鱗の防具用に皮も剥ぐのだが、海の魔物の肉はとても魚の身に似ていて、前世が日本人である俺の胃袋を刺激する。
「ああー、刺身が食いたくなってくる……」
一切れ口に入れてみたいという欲求が出てくるが、いま剥ぎ取っている海の魔物の肉を生で食べていいのか分からずに断念する。
そもそも料理すれば食える魔物は調べられても、生で食える魔物なんて情報は冒険者組合にはない。
魚人の人たちなら種族的文化で知っているのだろうけど、生憎この場には一人もいない。
仕方がないと諦め、この後で海に潜って普通の貝や魚を採って、刺身にして食べることにしよう。
少しでも早く食べるためには、剥ぎ取りを素早く終わらせてしまおう。
剥ぎ取った素材や可食部位を、テッドリィさんとイアナに家まで運んでもらい、俺は鉈一本と魚鱗の防具の身の格好で海へ身を投じた。
船着き場沿いに泳ぎ、普通の貝や魚を狙っていく。
この近くの海底は、俺が魔法で沈下させたために、人工的な凹の形で一部がくぼんでいた。
そんな中を泳いでいくと、先の大群襲来の際に陸に上がれなかったと思わしき、体に手足のない海の魔物たちと出くわした。
そしつらはこちらを見ると、一気に泳ぎ近づいてきた。
いまの俺は鉈一本しか武器のない状態であり、不慣れな水の中。
先ほどの戦いとは正反対になった戦況だが、俺は別に慌てず体に魔法の水を纏わせた。
そして、水の魔法のアシスト任せに、鉈を振るう。
水の中にいるのに、陸地の上で振ったかのように鉈は素早く振り抜かれ、近づいてきた大型のウツボの下半分をサンマに置き換えたような魔物を両断した。
続いて、もう片方の手を他の魔物たちに向け、その周囲の水ごと握りつぶすようなイメージで攻撃用の魔法を行使する。
海の水が魔法で強く圧縮され、魔物の体が極まった水圧で圧壊した。
威力的は破壊的に見えるが、もともとある水を利用したため、魔塊の魔力の使用量はかなり少なくて済んでいる。
それこそ、体に水を纏わせる魔法を使うよりも、ああして圧殺したほうが効率がいいぐらいだ。
そんな分析をしていて、ふと気づいたことがあった。
一度海面に顔を出して呼吸してから、もう一度海中に戻り、表層を泳ぎ渡って大ぶりの貝がある場所を探す。
見つけたのは、おとぎ話に出てくるような、抱えきれないほど大きな波型の口の貝。
ここで俺は、取りに海底に向かうのではなく、さきほど圧殺した水系の攻撃用の魔法を応用することにした。
イメージは、水で作った大きな手を、遠隔操作で海底の貝を掴む。
魔法は見事に発動した物の、少し魔力量が多かったのか、堅そうな貝殻に無数のひび割れが入った。
難しいなと思いつつ、水で作った手で掴んだ貝を海面へ引き上げていく。
どうにか貝を上まで引き上げ、さらには船着き場の上に置くことにも成功した。
なかなか便利な魔法が作れたと満足していると、圧壊した魔物がまき散らした血と、俺の魔法行使による反応で、他の魔物たちがこちらに集まってきた。
見れば、サメを二匹を腹どうしで接着したような、怖い見た目の魔物もいる。
調子に乗って魔法を使い過ぎた。
反省した俺は、魔法で作る大きな水の手を足場に、船着き場の上に跳び上がった。
着地して俺がいた場所を見ると、例の異形サメや他の海の魔物が名残惜しそうに周回している。
「こうも魔物が集まっちゃったら、魚の刺身は諦めるしかないか」
でもせめて、珍しいサメの魔物は確保しておくべきだろうと、魔法で作った大きな水の手で掴むと、船着き場の上へ放り投げる。
空中を飛んでいる間に、俺は鉈を振るって、二つある頭の両方に致命傷を負わせた。
生命力強く跳ねるサメの魔物だが、船着き場から海水へ落ちきるまえに絶命した。
念のために、血抜き含みの止めを刺してから、俺は体に水の魔法を纏い、先にあげた貝と共に家へ戻ることにした。
「おかえり、バルティニーって、おお! なんだそのデカい奴!」
珍しいサメの魔物に、テッドリィさんは大喜びして、素材に使えそうな歯や骨を確保していく。
一方でイアナは「また魔物を剥がないといけないじゃないですか」と愚痴を言いつつ、テッドリィさんの作業を手伝う。
俺は申し訳ないと謝りつつ、大きな貝の殻を魔法の水による膂力アシストで無理やりに開かせた。
出てきたのは、敷布団のように大きな貝の身。
これは食いでがあると取り出し、汲んできた海水で身の汚れを洗い落とす。
その後はもちろん、貝の刺身を食いつつ、サメの魔物の肉を焼いていく。
大ぶりの貝にしては、かなりの貝の甘さを含んでいて、高級感がある。
興味深そうにしていたチャッコにも刺身を渡すと、美味しそうに食べて、次を催促してくる。
だが、テッドリィさんとイアナは固辞した。
「どうせ魔物の肉も焼いているんだ。そいつも焼いておくれよ」
「そうですよ。バルティニーさんが食い意地が張っていることはわかってますが、調理前の物を食べたら、お腹壊しますよ」
「美味しいんだけどなぁ」
勿体ないと思いつつ、二人の要望に合わせて貝の身をステーキ風に焼いていく。
ミディアム程度に仕上げて渡してみると、二人ともお気に入りと評価を下したようだ。
「こいつは、いいねぇ。なんてーか、陸地じゃ食えない味って感じがさ、酒を呼ぶよ」
「バルティニーさんといると、舌が肥えて困りますよ。もう絶対にわたし、昔の頃の生活はできそうにないですよ」
喜んで貰たようでなによりと、サメの焼いた身も食べる。
採りたて新鮮だからか、変な臭いもなく、身の締まったあっさりとした味に舌鼓を打ったのだった。