三百二話 着々と着工
謎の魔物が、海と森とに一匹ずついた事実に驚きつつ、俺は木に刺さっている白い斧の刃のようなものを拾いに向かった。
思いのほか深く刺さっていたので、腕に魔法の水を纏わせて腕力を増して引っこ抜いた。
こうして間近に見ると、真っ白というよりかは、少し黄ばんだ白色だ。
指で弾いて硬さを確かめてみると、鉄並み硬いのに、軽さは約三分の一程度という変わった素材だった。
刃の部分はかなり鋭利で、髭剃りに使えそうな感じがある。
そんな調子であれこれと調べていると、俺の足元にチャッコが体を擦り付けてきた。
その体は返り血まみれだけれど、こっちの服も血まみれだし、魚鱗の布の防具は水洗いすればすぐ汚れが落ちるので気にする必要はない。
しかし、どうしてチャッコが近寄ってきたのかと見やると、チャッコの視線は俺の手元――つまり謎の白い武器に注がれていた。
「ゥワウ、ワウ!」
「くれって、これを?」
「ゥワウ!」
尻尾を振っての要求に、刃の部分に気をつけるように告げてから、謎の白い武器を渡す。
チャッコは地面にそれを置くと、刃のない部分に刃を突き立てた。
そしてガシガシと力強く噛み始める。
珍しい行動――と思いかけて、チャッコが同じ動作になるある物体を思い出した。
「もしかして、その白いのって骨なのか?」
「ゥワウ?」
気づいてなかったの、と言いたげな目で見られてしまった。
チャッコの指摘を受けて改めて観察すると、たしかに骨っぽい色をしている。
硬さの割りに軽い点についても、骨で出来ていると考えれば納得がいく。
そうなると問題が一つ。
あの魔物の本体が、なんなのかだ。
骨を飛ばしてきたってことは、あの植物の内側は骨で出来ているという可能性が考えられる。
しかしそうなると、魔物の遺体を食べ、その後満足したように帰っていくという行動は変に思える。
なにせ、骨の魔物の代名詞であるスケルトンは、肉を食べようとはしなかったからだ。
ではどういう体構造の魔物なのかと考えようとして、次に出会ったときに植物の外装を引き剥がせばわかるのだから、可能性ばかりを考えても仕方がないので、予想を立てることを止めることにした。
いま覚えておくべきなことは、植物の外装の下に、骨製の刃物を射出する何かを持っているというだけでいい。
一様の結論が出て、俺の気持ちが戦闘から日常生活へと変移していく中、家の方からテッドリィさんとイアナがこちらに歩いてきた。
「無事なようだね、バルティニー。それにしても、よくこんなに殺したもんだ」
「本当に、死屍累々ってことばが似合う光景で――あれ? わたしたちが家の中に逃げ込むときより、だいぶ数が少ないような?」
イアナの疑問に、俺は二匹の謎の魔物が来て以降の状況を説明した。
「バルティニーさんが倒した魔物を食べちゃったんですか。その上、他の魔物はそいつらを恐れて、さっさと住処に帰っちゃったわけですか」
「その状況から、あの二匹が森の主と周辺海域の主なんじゃないかって思っているんだ」
「それは合っていると思います。けど、その予想が合っているとしましたら、領域安堵型の主ということですよね」
そう言われて、確かにあの二匹は、俺たちが開拓しつつある海岸を元に戻そうという素振りはしていなかった。
現に、俺が作った船着き場は、壊されることなくそのまま存在している。
「この海岸での作業を、あの二匹が無視してくれるなら、とりあえず港づくりは続けられるな」
「……まさか、今日中に、再び作る気じゃないですよね」
あんな魔物の大群に迫れるのは勘弁だと、イアナは表情で語っている。
「安心しなよ。俺の魔塊の魔力も少なくなっているから、今日はもう無理しないさ。やるとしたら、魔塊の総量が元に戻る――そうだな、最短で三日後ぐらいかな」
「三日後……。間が空いていることに安心すればいいのやら、結局は魔物大群をまた相手にしなきゃいけないって嘆けばいいのやら……」
「はははっ、イアナは心配性だねぇ。今日だって、バルティニーが作った家はビクともしなかったんだ。あそこに逃げ込んどきゃ、死ぬ心配はしなくていいだろうさね」
テッドリィさんに慰められて、イアナは肩を落とす。
一方で俺は、チャッコが齧っている骨の武器を見て、家の外壁の厚みをもう少し増やすことに決めた。
きっと今のままじゃ、あの武器を射出されたら、一発で壁が崩落してしまうに違いないからだ。
そして、攻撃用の魔法で一気に作らない限りは魔物の大群はやってくることはないようなので、鍛冶魔法による居住地の拡張と整地なんかもやっていかないといけない。
色々とやることがあるなと思いながらも、まずやるべきことは、俺とチャッコが倒した魔物の素材を総出で剥ぎ取ることだった。
魔塊の回復を待ちつつ、港づくりに邁進する。
俺は鍛冶魔法でデコボコな岩壁を綺麗に整えつつ、出てしまう切り落としの石材をブロック状にまとめていく。
テッドリィさんとイアナには、そのブロック状の石材を家の近くまで運ぶことをお願いしている。
ブロックから鍛冶魔法で鉄を取り出し、後に壁の補強に使うためだ。
人間的な手伝いができないチャッコは、森に狩りにいっている。
しかし大量に魔物を倒したお陰で、食肉には困ることがなくなっているので、暇つぶしの意味合いが強い。
もっとも、狩りに当てる時間が減ったのでで、港づくりの作業時間が確保できるのは嬉しい誤算だったけどな。
さらには、つい作業がはかどるものだから、魔塊が回復しきってからも、同じ作業を繰り返してしまっていた。
作業に邁進したお陰もあり、家からの眺めも少し変わってきた。
その変化に、イアナは感心したような声をだす。
「なんだか見晴らしがよくなりましたよね。岩壁がバルティニーさんの手で整えられて、ごつごつしていない見た目になったからですか?」
「実際に、岩壁にあった岩のいくつかを削り取って、海岸を平らにならしたからな。見通しが良くなったから、広く感じるんだろうさ」
「へぇ~、なるほどー。あ、そういえば、聞きたかったんですけど。船着き場の近くの海に、なんで先が潰れたトゲが四つついた形に成形した、変な岩をいくつも投げ入れてあるんですか?」
「あれは消波ブロックっていって、船着き場に波が直接かからないようにして、保全する働きがあるものなんだ」
「そうなんですか? サーペイアルの町にはなかったように思うんですけど? というより、船をつけるのに邪魔になりませんか?」
「邪魔にならないように、航路を考えて投入しているから平気だ」
と口では言ったものの、前世のニワカ知識で消波ブロックを置いた方が良いだろうと考えたということが、ここでの真実だ。
俺は頭の中で航路をシミュレートして、ブロックが船に当たらないことを再度確認して、人知れずに胸を撫でおろす。
そんなことをしていた俺たちに、船着き場から薄い石製の大型のバケツを持ったテッドリィさんが近寄ってきた。
「大漁だよ、大漁。バルティニーが言ったように、使い道のない骨や土と混ざっちまった肉片なんかを投げ入れてから針を投げると、面白いように釣れるな」
嬉しげに見せるバケツの中には、生きの良い海魚がみっちりと入っていた。
あまりに押し込んでいるため、魚が暴れるに暴れられない状況になっていて、さらには窒息死しそうだった。
「いつかの不漁の仕返しには十分な量だね」
「おうさ。これぞあたしの実力ってもんさ。あのときは初めての釣りで、勝手がわからなかっただけさね」
にっかりと笑って、テッドリィさんは竈の近くへと向かう。
どうやら、釣った魚を自分で調理したいらしい。
一目では、毒のある魚はバケツにはいなかったので、テッドリィさんの気のすむようにさせることにした。
こうして穏やかな日々が続いているが、もうそろそろそれも終わりにしないといけない段階になりつつある。
全員で焼き魚を食べているときに、俺は他のみんなに話を切り出す。
「鍛冶魔法でやれるだけの拡張工事は終わったし、海岸から海底の整備をもうそろそろしないと、次にくる船がここに入ってこれない」
「ということは、明日にまた魔法で一気に作るんですか?」
嫌そうな顔をするイアナには申し訳ないが、これはもう決めたことだ。
「とりあえず、前のときを反省して、今回は魔法を控えめに使うことにする。うまくすれば、魔物の大群はきても、森と周辺海域の主っぽい、あの二匹の魔物はやってこないかもしれない」
「ううぅ……はい、わかりました。けど、わたしはテッドリィさんと家の中で籠城しますから! 絶対に、外に出て戦おうなんてしませんから!」
冒険者としては情けない発言だが、それがどことなくイアナらしくて、俺の口元が緩んでしまう。
「分かっている。けど、家の壁や扉を破壊された場合は、臨機応変に対応してくれよ」
「それはもちろんですよ。家なんて、バルティニーさんがいれば、二日三日で建てられるようなもんなんですから、死守に拘って死ぬなんてゴメンです」
「まったく、バルティニーとイアナは心配性だねぇ。あれだけの分厚い石の壁があって、どうしてそう考えられるのか、あたしには不思議でしょうがないよ」
テッドリィさんがため息をついて、こちらの慎重さを非難してきた。
たしかに、港の工事の際に出た岩の端材で、家の壁という壁は厚みをましている。
扉にしても、下面にボール状のコロを敷き詰めて開閉を楽に工夫してから、厚みを倍に増した。
そのためいまあの家は、むしろ小さな砦と言って差支えのない防備ができている。
それでも心配なものは心配なのは、しょうがない。
「恋人のテッドリィさんが死ぬのは嫌だからね。念には念を入れたいんだよ」
「な、なんだよ、いきなり、恋人だなんていいだしてさ。調子が狂うから、平気な顔して言うんじゃないよ」
照れ顔で目をさ迷わせるテッドリィさんに微笑ましさを感じていると、イアナが不満そうな顔になる。
「ちょっと、バルティニーさん。弟子の心配はしてくれないんですか。酷い師匠もいたものですね」
「押しかけ弟子が何を言うか。というより、イアナ自身、俺の弟子っていう気持ちは普段もってないだろうに。調子のいい時だけ持ち出してくるな」
「ちぇー。ちょっとぐらい優しくしてくれたっていいじゃないですか。わたしだって、バルティニーさんと同い年の女の子なんですよ」
「なんだ、フリでもいいから愛の言葉でも囁いて欲しいとでも要求する気か」
「女の子ですから、憧れますねー。バルティニーさんになら、口説かれてもいいですよ?」
「自分で話題を振っておいてなんだけど、それはイヤだ。恋人にする気のない相手に口説くほど、俺は手広くないんでね」
「ちぇー、ちぇー。いいじゃないですか、演技なんですからー」
俺がやってくれることを少しは期待していたらしく、イアナは本当に残念そうな顔つきで拗ねてしまった。
面倒くさいなと思いつつ、妥協できる精一杯として、イアナの頭を撫でてやる。
すると余計ムスッとされてしまう結果となった。
「わたしはチャッコちゃんみたいに、頭を撫でられるだけで尻尾を振るとは思わないでください」
「ゥワウウ!」
そんなに安っぽくはないと怒るチャッコの鼻づらを、俺は指で撫でさする。
神妙な顔で少しは我慢したようだが、結局は気持ちよさから、その尻尾がゆらゆらと揺れ始める。
イアナがそれ見たことかという顔をすると、チャッコは群れの中の順位を教えると言いたげに跳びかかっていった。
「ちょ、ちゃっこちゃん!? うわわ、ちょ、やめ、くすぐったい!」
押し倒したイアナの頬や首を、チャッコはぺろぺろと舐めていく。
「ゥワウ、ゥワウ」
「敗北を認めて謝れば止めるってさ。あと、二度と生意気な口を聞かないと約束しろって」
「本当にそんなこと言っているんですか。バルティニーさんの妄想――うわぷ、ちょ、やめっ、あはははっはははっ!」
楽しげなイアナの笑い声が響く中、チャッコは執拗な可愛がりを行う。
それを横目で見ながら、俺は魚の美味しさを話題にして、釣り上げたテッドリィさんと会話を楽しむことにした。
こうしてこの日も、周囲に魔物が溢れる領域に囲まれているというのに、平穏無事に終わることとなったのだった。