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三百一話 海岸戦

 魔物の強襲にも籠城できる総石製の家屋が建ったので、魔法で船着き場を作っていくことにする。

 魔法で整地できるのは俺だけなので、テッドリィさんとイアナは念のために家に詰めていてもらっている。

 一方でチャッコは、獲物が向こうから来るのならと迎撃のしがいがあるとばかりに、心躍っている様子だ。

 さて港を作る場所をどうするかだが、どうせなら船の運航に邪魔になる岩場と岩礁だらけのところを潰すように作ろうと決める。

 俺は家から少し離れた岩場に到着すると、そこに手を着けて、魔塊の総量の半分の魔力を手に集めていく。

 どんなものが最良な港の造りかは分からないけれど、大型船の船底を擦らない深い水深と防波堤のような長細い桟橋があれば、用は足りるだろう。

 

「じゃあまずは、『長い堤防』」


 船が着岸できる場所を作るようにイメージしつつ、完成図の想像を強めるための日本語を口に出す。

 手に集めた全ての魔力が岩場から地面に素早く浸透すると、少しの地揺れの後で、俺の足元近くから四角い岩が飛び出てきた。

 しかし、岩の隆起はそれだけで終わらず、俺の足元からその先――それこそ海中からも長大な長方形型の岩が現れている。

 そうして出来上がったのは、コンクリート製の堤防をイメージしていたからか、整った表面と形をした五百メートル近い長さのある長方形の岩場だった。

 出来上がりに満足したのだが、少しして失敗していることに気が付いた。

 大型船や中型船の船着き場にするために、作り出した岩場は俺の背丈より高く設定していたのだが、そこに行くまでの階段を作り忘れていたのだ。

 忘れないうちに階段を作ってしまおうと、魔塊の魔力を集めようとして、こちらに迫ってくる気配を感じた。

 予想していた通りに、俺の魔法行使に引き寄せられて、森からと海から魔物がやってきているようだ。


「チャッコ、来るから、少し陸地に戻って戦うよ」

「ゥワウ!」


 やってやるぞと張り切るチャッコと共に、岩場の少ない戦いやすい場所へと移動する。

 その最中、森からは草木を多くの生き物が掻き分ける音が、海からは多量の生物がこちらに泳いでくるさざめきが聞こえてきた。

 それと共に増え続ける魔物の気配。

 かなり多いだろうと考えてはいたが、これは少し想像以上の数がやってくるかもしれない。

 あまり悠長に弓を射る状況にはならなさそうだと判断して、俺は五本の矢を片手に持つと、矢筒を外して地面に転がす。

 弓矢を番えて引き絞ると、こちらの準備を待っていてくれたかのように、森の際の茂みから魔物が跳び出してきた。


「ギイイィイイ!」

「戦いの初っ端が、見知った魔物ゴブリンで安心した、よッ!」

「ギィハァィ――」


 先頭の一匹を矢で仕留めたら、同じように三匹を一本ずつの矢で射止めていく。

 そうしたら、最後の一本を弓に番えつつ、腕に攻撃用の魔法で作った水を纏わせる。

 手に纏った水を弓が吸い、その素材の特性から、強力な靭性を発揮する。

 常人では引けないほどの強弓となった弓を、魔法のアシストを使って無理やりに引いていく。

 ミチミチと弦が破断寸前の音を立てるのを聞きながら、なるべく一直線上に魔物が固まっている部分を狙う。


「すぅ――よッ!」


 吐気と共に矢から指を放すと、目にも止まらぬ速さで射出され、弓の弦が引き千切れる。


「――ギィバァ!」

「ギャギュゥ!」

「ガゴゥゥ――」


 ゴブリンやダークドッグを貫いた矢は、大型化したキツネのような魔物に突き刺さって止まった。

 用を果たした弓を下ろしてある矢筒近くに投げると、赤熱化用の鉈を引き抜きつつ、もう片方の手に六方手裏剣を数枚握っておく。

 そうして、背後から迫ってきていた海からの魔物――魚の胴体に生えた手足で陸地を歩くダインマスへ、手裏剣を放つ。


「ピィチョグ」


 顔面に手裏剣が刺さったダインマスが、奇妙な鳴き声を出しながらうつ伏せに倒れる。

 別の海域の不可思議な生き物でも頭を破壊されれば死ぬことは、グランダリア侯爵の船で見た通りのようだ。

 それならと意気込んでみたものの、森の奥からと海面下から浮かび上がるように迫る魔物の数に、俺は少し頬を引きつらせる。


「これは少し多いな……」


 愚痴りながら、横目で家のある方向を見る。

 魔法を使った俺に迫るほどの数はないが、それでもそれなりの数の森の魔物が、テッドリィさんとイアナの臭いに引き寄せられるかのように集まっている。

 出入り口の厚い扉を閉めて籠城の構えは万全だが、二人にこちらの支援を頼むという選択肢も消えてしまった。

 仕方ないと、大量の魔物を全滅させる意思を固めたところで、チャッコの楽し気な鳴き声が聞こえてきた。


「ゥワウウ! ゥワウゥワワウウ!」


 もっとこい、さらにこい。自慢の牙と爪で殺してやるぞ。

 そんな感じに鳴きながら、チャッコは次から次へと魔物の急所に牙と爪で裂いていく。

 あっという間にその毛皮が魔物の血で染まっていくが、チャッコは気にする様子はない。

 派手に暴れ回る姿に触発されて、俺も啖呵をきりつつ鉈を振り回して魔物を殺していく。

 

「どうしたどうした! 数ばかり多くても、こちらは殺せないぞ!」


 鉈で急所を叩き裂いて、一匹に数秒とかけずに、魔物を次々に倒していく。

 長期戦を見越して腕に纏っていた魔法の水は既に解除しているため、魔物の数か俺の体力のどっちが尽きるか早いかのレースだ。

 しかし二十・三十と数を倒していけば、重量で叩き切る鉈とはいえ、切れ味が鈍ってくる。

 一撃で倒せていた魔物が、二撃必要になってきたことに、俺は少し舌打ちする。

 その音が聞こえたのか、周囲にいる魔物――もはや森のものや海のものの区別できないごちゃごちゃ状態の奴らの顔に、喜色らしき表情が浮かぶ。

 そしてこちらの戦力低下を見抜いたのか、今まで以上に遮二無二に攻撃しようとしてくる。


「血のりの対策を、こちらが出来てないって考えが甘いんだよ――『燃えろ』!」


 俺は魔塊の魔力を少量だけ鉈に流すと、一気に赤熱化させた。

 べったりと刃についていた血や脂が、一気に焼け落ちて、周囲に焦げ臭い空気をまき散らす。

 そのことに構わず、俺は赤熱化した鉈を手近な魔物に叩き込んだ。


「――ピィチョオオオオ!」


 割られた頭が赤熱化した刃の熱で茹でられて変な命令が脳から出たのか、ダインマスが甲高い悲鳴を上げながら倒ると痙攣で大暴れを始めた。

 俺はすんなりと避けたが、その近くにいた魔物は脚を取られて転んでいる。

 予想外の援護に痙攣しているダインマスに感謝しながら、赤熱化が止まって元の色に戻った鉈で、別の魔物に斬り込む。

 血脂は熱で焼き切ってあるため、刃は新品同然なので、また一撃一殺に戻ることができた。

 以後は同様に、切れ味が鈍れば赤熱化で復活させて、魔物を屠り続けていく。

 そうこうしていると、地面に魔物の死体が積み上がってくる。

 下手に足を取られたら致命的なので、チャッコに身振りで場所を移動すると伝えた。

 チャッコはタコの足が大型化した人の指のような魔物をかみ殺すと、タコ墨で黒くなった口元を舐めながら頷く。

 そうして移動しようとした瞬間、近くの海岸から何か大きなものが浜に乗り上げたような波の音が聞こえた。

 縋り付こうとする虫の魔物の頭を手裏剣で破壊しながら、音がした方へ顔を向けると、そこには尖った角を持つカジキマグロの胸元に四本の人間っぽい足を生やした魔物が現れていた。

 そいつは魔物と戦っている俺たちを見ると、足をバタバタと動かして突進してきた。

 途中にいる魔物を跳ね飛ばしながら迫る謎生物に、俺は捕まえたゴブリンを無理やりに投げつける。


「ヒィィイイイイ――イギイイイ!」

「トォゥヌルゥアアアアアア!」


 変なカジキマグロの魔物は頭にゴブリンを刺し貫いた状態のまま、気にせずに直進してくる。

 しかしゴブリンの存在が目隠しになっていて、こちらの姿を認識できていないらしく、衝突コースから外れている。

 それならと下手に手出ししないまま横に通り過ごさせる。

 俺の目論見通りに、直進上の魔物たちに致命傷を負わせながら、変なカジキマグロは森の奥へと消えていった。

 あのぶんだと、衝突した木に角が突き刺さるまでは止まらないだろう。

 そんな予想と共に、カジキマグロに蹴散らされて体勢が崩れた魔物たちを楽々と殺していく。

 しかし少しして、その手を止めざるを得なくなった。

 なぜなら、魔物たちが俺とチャッコに背を向けて逃げ出したのだ。


「怖気づいて逃げ出した――ってわけじゃなさそうだ」


 魔物たちが逃げる前に見た先――海岸へ目を向けたところ、先ほどのカジキマグロの魔物と全く同じやつらが、十数匹海岸に上がり込んでいたのだ。

 もしかしてと思ったその通りに、その魔物たちは角をこちらに向けて突っ込んできた。

 他の魔物たちが俺の近くから逃げたのは、あの突進に巻き込まれないようにするためだったらしい。

 そう予想しながら、俺は攻撃用の魔法を使うべく、イメージしながら魔塊の魔力を足から地面に伝える。


「『溝になれ』!」


 日本語での俺の叫びと同時に魔法が発動。

 カジキマグロの魔物たちが進む先の地面にに、片足が入る程度の小さな穴を複数個出現させる。


「トゥゥルヌァアアアアアア――」

「トゥルロゥォオオオオオオ――」


 カジキマグロの魔物たちは、四本ある足のどれかが穴に入り、派手におお転びしている。

 お互いに体をぶつけ合いもしたようで、同種の腹に角を指している個体も見受けられた。

 そして足を取られたときに捻挫でもしたのか、ほぼ全てのカジキマグロの魔物たちは、立ち上がってもよろよろとしか歩くことが出来なくなっていた。

 もうこうなれば楽なもの。

 俺とチャッコはこちらから近づいて、鉈と牙で絶命させてやる。

 その後、警戒して海に視線をやるが、後続はもう来ないようだ。

 それなら、いまこの海岸に残っている魔物と、家に集まっている魔物を駆逐すれば一休みできる。

 あともう少しだと気合を入れたところで、森と海から同時に、重たいものが歩み出てくる音が聞こえてきた。

 次は何が来たのかとうんざりしながら確認して、俺は目を見開いた。

 森と海から出てきた魔物が、植物に覆われたような姿という、そっくりな見た目だったからだ。

 しかしよくよく見てみると、違いがはっきりとしてくる。


「ヌオゥゥオオオオオオオオ」


 森から出てきたのは、グランダリア侯爵の船員が報告した絵姿に似た魔物。

 緑色のつる草のようなものが集まっているように見えるが、植物の間から四本の猪のものに酷似した獣の足が生えていた。


「コオォオオオオオオオオ」


 一方で海から出てきたのは、昆布に似た海藻が集まってできたような魔物。

 こちらは亀のような足が体の下から伸びている。

 そんな別種のようで似通った魔物たちは、なにかを確認するように、戦場を右から左に見回す。

 すると、その視線を怖がった様子で、森と海の魔物たちはそれぞれの住処へと逃げ始めた。


「まさか、この二匹の魔物が、森の主と周辺海域の主じゃないよな」


 独り言を呟いて、最悪の予想から生まれた緊張感を誤魔化しつつ、二匹の動きを注視する。

 その間に、魔塊の残量を確認する。

 港の整備と戦闘で、残っているのは三分の一程度。

 もしあの魔物が領域の主だったら、全て使ってでも、どちらか一方しか倒せないだろう。

 どっちを狙うかと見極めようとしていると、その植物を纏ったような見た目の二匹の魔物は意外な行動に出た。

 ゆっくりと戦場痕に近づいてくると、俺たちが倒した魔物の死体を、むしゃむしゃと食べ始めたのだ。

 なにかしらの攻撃手段の前準備だろうかと、俺はチャッコを横に置いて警戒する。

 しかし、そいつらは死体を食べるのに夢中で、こちらに見向きもしない様子だ。

 どういうことだと、意外と食べるのが早い姿を注視していると、二匹同時に体の一方を天に向ける。

 なにをする気だと身構えると、変な音が聞こえてきた。


「「ゲウフゥ~~」」


 詰まった空気を吐き出すような音の後で、二匹の魔物はそれぞれ森と海に分かれて戻り始めた。

 ……どうやら二匹は餌を食いにきただけのようで、先ほどのは、げっぷだったらしい。

 はた迷惑な奴らに少しむかっ腹が立ち、海に変える方の魔物に向かって手をかざす。

 魔塊の残量から一匹しか確実に倒せないが、言い換えればいま殺そうと思えば殺せるのだ。

 そう考えて掌に魔力を集めようとして、俺は嫌な予感から咄嗟に地面に身を投げ出した。

 その瞬間、俺の後ろ髪を何かがかすめて飛び去っていった。

 続いて後方から、木が割れ、そして折れ落ちる音が響いてきた。

 地面に伏せたまま顔を後ろに向けると、折れた太い木の幹に、白色の斧の刃のようなものが突き刺さっている。

 その刃と俺を結んだ直線上には、海に帰ろうとする昆布まみれの魔物の姿。

 明らかに白色の刃は、やつから飛んできた何かに違いなかった。

 俺は起き上がり中腰になると、次に同じ攻撃が来てもいいように身構える。

 しかし向こうはこっちに興味を失ったようすで、水をかき分けながら、海中に身を没していく。

 それと同時に、もう一方の魔物も森の奥へと消えていく。


「……見逃されたのか? いや、単純に食欲から出てきて、お腹が満ちて満足したから帰るだけか……」


 自問自答で奴らの行動の理由を考えつつ、視線は総石製の家に向ける。

 テッドリィさんとイアナのことを心配しての行動だったが、あの二匹の魔物が現れたところで、あちら側に集まっていた魔物も逃げ帰っていたらしい。

 二人とも外に出ていて、急に魔物がいなくなったことを不思議に思ってそうな顔で、こちらを見ていた。

 ……なにはともあれ、港づくりには多大な危険リスクが伴うことは理解できた。

 その危険をどう回避するか、もしくは打ち破るかを考えながら、これからは作業しないといけないようだ。


長引いていた風邪での鼻水が、ようやく止まりました。

しんぱいしてくださったみなみなさま、ご心配をおかけいたしました。

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