三百話 港づくりの障害
家の基礎ができれば、先に貯蔵区画を作った。
『石の上にも三年』なんていう温まりにくい総石製だからか、常時ひんやりとした空気があり、食材の傷みが若干でも軽減されるだろうと予想がついた。
その貯蔵場所に森で集めた食糧などを運び入れて保存しつつ、居住区画も作っていく。
こうして出来上がった家を改めて観察すると、あることに気付いた。
鍛冶魔法のお陰でつなぎ目がない石の壁がコンクリートに見えなくもないためか、前世の学校の片隅にあった用具倉庫にそっくりな外見だったのだ。
人の手が入っていない森と海に隣接しているので防衛上の観点から、窓には木製の蓋と石の格子をかけ、知能の低い魔物は開けるのが困難な横開きの石製の扉を作ったのも、この倉庫っぽい見た目に拍車をかけている。
いまから作り直そうかとも考えたのだが、テッドリィさんとイアナには好評なようだった。
「頑丈そうで、いい家だねぇ。横開きの扉ってのは、閉めて閂とつっかえ棒をかければ楽に籠城できそうだし、いい案さね」
「偽装に屋根の上や壁に草木を置いたら、周囲に溶け込んで分からないんじゃないと思いますよ!」
「中は殺風景だけど、船で運んできた資材が丸々残っているから、机や椅子なんかはそれで作ればいいね」
「竈や水瓶、あと調理作業の台なんかは、バルティニーさんが既に作ってくれてますから、家具はのんびり作ればいいですよ」
二人が新居にキャッキャと喜ぶ姿と、イアナの提案で草木で家に偽装を施すので、外観を気にする必要がなくなったこともあって、俺は外観の不満を放置することにした。
総石製の我が家の中で、料理を食べつつ俺はテッドリィさんとイアナに今後の危惧について伝えていく。
「問題は三つある。一つは、この森の主が領域奪還型なのか安堵型なのかだ」
そう問題定義すると、テッドリィさんが腕組みしながら首を傾げる。
「あたしらがここにきてから、一度も魔物は森の外に出てこないんだ。安堵型ってやつなんじゃないのかい?」
「海岸の際まで森がきているし、砂浜は海水の影響で植物が育ちにくいから、浸食型であってもこれ以上の進出は諦めているのかもしれないんだ」
「つまり木が生えるか分からない海岸よりも、木が増えそうな内地へ侵略を狙っていると、バルティニーは考えているわけかい?」
「エルフの集落にいた時のことを思い出すと、長年放置されてきた魔の森の主って、隣接するもの同士が戦って、勝った方が負けた方の領域を飲み込むって感じがあるんだ。そうして勝ち続けた森の主は、通常の森の主よりもかなり強力なんだ」
あのとき見た空飛ぶ竜はその典型で、森の主を倒して領域を広げることで手に入る特殊な力で自分を強化していた。
「だから安堵型なら警戒は少なくて済むけど、もし領域奪還型ならより強い相手を覚悟しないといけないわけだ」
なるほどと、テッドリィさんが頷く横で、イアナが手を上げた。
「その判別が終わるまで、森林の伐採は無しにして、海岸に船着き場を作る方を優先するってことですか?」
「海のことが、二つ目の問題なんだ」
目の前の二人が小首を傾げてきたので、詳しい説明に移る。
「俺は次の船が来るまでに、この場所に大型船が入れる港を作りたいと思っている」
「数十日で港を作るって、そんなことできるわけ――って、バルティニーには魔法があったねぇ」
呆れ顔から一転して納得顔になったテッドリィさんに、俺は待ったと手を向ける。
「攻撃用の魔法を利用すれば、短い期間で大型船が入れる場所を作るれるから、やらない手はないんだ。けど、その作業をするにあたって問題が起こるはずなんだ」
「それはなんなんだい?」
「大規模な魔法を使うと、魔物が寄ってくるんだ。この場所なら多分、海と森の両方から大量に」
その様子を想像したのか、テッドリィさんとイアナは嫌そうな顔になる。
「……そいつはゾッとするねぇ。ああ、だからこそ、この家を先に作ったわけかい」
「魔物が大量にきても、頑丈な家に逃げ込んでやり過ごせますね」
「分厚く壁は作ったから、オーガ相手でも壁を壊して入ってこれないだろうから、そのときは二人はここで籠城戦になるから、覚悟しておいて」
「あたしたちはって、バルティニーはどうするんだい?」
「海岸からここまで少し離れているし、魔法を使った整地作業中にいつ襲われるかわからないから、チャッコと外で戦うことになると思う」
「大丈夫なんですか?」
「どれだけの魔物がやってくるか分からないから、多分としか言いようがないな」
「そういうことなら、扉からじゃない場所から、家の中に入れるようにしておいた方が良いんじゃないのかい? 例えば、屋根に蓋付きの穴を開けておくとかさ」
「そうしたら、侵入口が二つ出来てしまうから、二人で家を守るのが難しくなるんだ。でもそうだな。屋根の上に上がって戦うのは、ありかもしれない」
大量の魔物に囲まれた事態を考えていると、イアナがあっけらかんとした顔をしていた。
「テッドリィさんは心配しすぎですよ。バルティニーさん、スケルトンやゾンビの群れの上をぴょいぴょい飛んで移動する変人ですよ。海の魔物や森の魔物がいくら来たって、跳んで逃げてきますって」
「なるほど。それなら安心だねぇ」
「……その手を考えていなかったと言ったら嘘なんだけど、誰が変態だ、誰が!」
アイアンクローでイアナの顔を締め付けてやると、手足をバタバタと動かし始めた。
「あだだだだっ! 指が、顔に食い込んでますから! 止めて、暴力反対!」
「止めてほしけりゃ、なにか言う事があるだろ」
「バルティニーさんは変態じゃありません! 心優しい紳士な人です! 女性なら放っておかない、優良物件な二つ名持ちな冒険者さまです!」
「……単純に謝ってほしかっただけで、変に持ち上げる必要はないからな」
あまりの必死さに苦笑いして、俺は指を放した。
イアナはコメカミのあたりを手で撫でながら、恨めしい目を向けてくる。
けれど恨み言を放つ勇気はないようで、別の話題を振ってきた。
「それで、三つ目の危惧っていうのはなんなんですか?」
「それはもちろん、グランダリア侯爵が問題視していた謎の魔物についてだ」
「ああ、あの蛇の集合体のような絵姿をしていた魔物のことですね」
イアナの言葉に、俺とテッドリィさんはそろって疑問顔になり、同時に言葉を放つ。
「あれはどう見ても四つ足の魔物だろう。蛇っぽい部分は体毛だろ?」
「ありゃ植物系の魔物の一種だろうさ。蛇っぽいのは、太いつる草だろうねぇ」
三者三様の見解に、俺たちは顔を見合わせ、自分の主張が正しいと表情で語り合う。
そして意見を曲げずに埒が明かないので、議論を棚上げした。
「……俺たちの誰が合っているにしても、現段階は正体不明の魔物ってことは揺るがない。情報のない魔物は、対処の仕方が分からないから驚異だ」
「そうさねぇ。もし蛇の集合体だとしたら、格子窓から中に入ってきちまうだろうしねぇ」
「植物の魔物だったら、石の間から生える植物があるみたいに、この家の壁を割って入ってくるかもしれませんね」
「要するに、どんな事態が起きてもいいように、心構えだけはしておこう。そして誰も死なないように気をつけよう」
俺が締めくくりの言葉を吐くと、二人は重々しく頷いた。
そのとき、食糧庫に繋がる扉が開く音がしたため、三人揃ってそちらに顔を向ける。
そこには、ブロック状の肉の塊を咥えたチャッコが歩いていて、平然とした顔で自分用の皿の上に肉を乗せると食べ始めた。
どうやら俺たちが話し合いに熱中している隙に、ご飯のお代わりを取りに行っていたようだ。
チャッコらしい自由気ままな振る舞いを見て、俺たちはそろって噴き出した。
「森の主や魔物の件は、そのときになって考えればいいか」
「だねぇ。あたしたちなら、きっとなんとかなるさ」
「そうですよね。わたしには、バルティニーさんに作ってもらった棍棒もありますし」
芝居かかった動きで、イアナは棍棒を掲げる。
俺とテッドリィさんは彼女に微笑ましい表情を向け、チャッコは家の中で棒を振るなと言いたげな目つきで肉を齧っていたのだった。