二十九話 準備と森での仕事
冒険者組合からでると、行商人の露店は大多数消えてしまっているので、俺とテッドリィさんは村の商店に向かった。
すると意外なことに、日用品しか売っていなかったのに、いまは冒険者用の道具が多く置いてあった。
鏃のない矢も十本の束でいくつも売っていて、同量の薪より少し高いぐらいまで値引きされている。
その逆に、金物や保存食なんかは数が少なく、やや高めの値段になっていた。
品物を見ていると、俺たちしか客の姿がないからか、店主が言葉をかけてきた。
「いらっしゃい、なににしましょうか」
「あの、この矢の束を三つください」
「おお、ありがとうございます。行商の方が、鉄や銅を買い付けていった後に、馬車に空きがないからと捨て値で置いていったんですけどね。見ての通りに鏃を取っ払われているので、買い手がいなくて困っていたんですよ」
本当に邪魔だったみたいで、束三つを二つ分の値段で売ってくれる。
さらにオマケで束を一つ追加してこようとしてきたけど、俺は矢筒に入りきらないからと遠慮した。
「そうですか。なら他に入用の物はないですか? 似たような理由で、色々な行商が安値で置いていったものがあるんですが」
ロープや背負い篭などを見せてくる。
けど、今すぐ必要という物はなかったので、購入を断ってから店を後にした。
次に向かうのは、散々通いなれた鍛冶屋だ。
向かう先に気がついたのか、テッドリィさんが不思議そうにする。
「おい、バルト。鍛冶屋に行ったって、鉄や銅は売り払われちまったから、手に入らねぇんだろ?」
「そうだね、鉄や銅は手に入らないかもね」
けど、俺の目的はそれじゃない。
テッドリィさんは疑問顔のままだけど、はぐらかして鍛冶屋に入る。
少し前までは轟々と音を立てていた炉の火が落とされ、炉の鞴っていうのを踏んでいた人たちもいなくなり、中はひんやりとした静寂が漂っていた。
周囲を見回すと、ロッスタボ親方が手酌で酒を飲んでいるのが見えた。
「ん? どした?」
鍛冶場の熱気から、酒の酒気に顔の赤らみが変わった状態で、そう声をかけてきた。
炉の番をしていたときは荒々しかったのに、いまはこの鍛冶屋のように大人しげなので、俺は違和感を覚えてしまう。
「えっと、使い終わって鉄や銅が抜けた石とかがあったら、いただけないかなと」
「形が残っている石は建材に流用される、ここにはない。『鉱滓』ならそこにある」
聞きなれない言葉に首を傾げながら、指された場所を見る。
それは炉の近くに積まれた、冷え固まった溶岩のようなものだった。
「あの、鉱滓っていうのはなんなんですか?」
「鉄を除いた石を炉で溶かして銅を取った後に出来る、ゴミだ」
えっと、つまり。溶かした後に冷え固めた石ってことかな?
とりあえず、その鉱滓を手に取って調べてみることにした。
魔塊を回して体から魔力を放出させると、摘み上げた欠片に魔力を通していく。
その感じからすると、ちょこっと石とは違う反応だったけど、魔法で形を変えるぐらいは十分に出来そうだ。
試しに欠片を魔力で覆って材質を柔らかくし、指でこね回して三角形にしてみる。
感触からすると、十分に鏃として使えそうに思えた。
そんな作業を後ろから覗き込んでいたテッドリィさんが、何かに気がついたような声を出す。
「それ、なんだか森に住むエルフとか野生の獣人なんかが使う、黒曜石の鏃に見えるな」
指摘を受けてよくよく見てみる。
色は灰色に黒を混ぜた感じだけど、やや艶めいた照り返しがある材質なので、前世の学校で地学の授業の際に見た黒曜石に通じるものがある。
ということは、鉱滓っていうのは意外と鏃に向いている材料だったりするのかな。
「ロッスタボ親方、これもらっちゃってもいいですか?」
「捨てるしかねぇ要らねえもんだ欲しけりゃ持っていけ」
ロッスタボ親方は早口で言って、杯を一つ呷る。
酒を楽しんでいる邪魔したら悪いので、そこからは声をかけることなく、鉱滓を鍛冶魔法で一抱え分ぐらいに分離する。
材料は揃ったので、鏃の製作とテッドリィさんの剣の修復作業に移ろう。
「テッドリィさん、宿屋に部屋を取って、その中で作業したいんだけど。交渉をまかせていい?」
俺に頼られたのが嬉しいのか、テッドリィさんは頼もしげな笑みを浮かべる。
「おっしゃ、任せとけ。作業するってことは、一人部屋の方がいいか?」
「剣の感じとかを調整しなきゃいけないから、テッドリィさんとの二人部屋の方が都合がいいかな」
「よし、そうとなりゃ部屋を押さえるために急がねぇとな。バルト、ついてこい」
言うや否や、テッドリィさんはずんずんと道を進み始めた。
その背を追う前に、その前にロッスタボ親方に無言で別れの挨拶をする。
ぞんざいに身振りを返されたのを確認してから、テッドリィさんを追いかけたのだった。
宿屋で無事に二人部屋が取れた。
なので部屋の中で鍛冶魔法を使い、鉱滓で鏃を作って矢の軸に組み込み、魔物を倒し続けてへたりかけているテッドリィさんの剣を修復する。
「直した剣の感触は、どう?」
「へぇ、バルトって意外と腕がよかったんだな、前と遜色ねぇぜ。けどよ、前々から不満だった箇所があんだよ。そこを変えて欲しいんだけど、出来っか?」
「構わないよ。どこを直したいの?」
要望を聞きつつ、テッドリィさんの手に馴染むように剣を修正していく。
そうして満足の行く出来に仕上がったようで、大変に喜んでくれた。
それは、翌日にテッドリィさんが冒険者組合で、魔の森に入っての魔物討伐の依頼を受けたことからも、喜びようが窺える。
そして森に入って少しして、見かけた単独行動中のゴブリンにすぐに斬りかかるあたり、修正した剣を使いたくてしょうがなかったらしいとも分かった。
「おぅりぃやああああああああ」
気合を入れながら剣を振るうと、一撃で首をはねてみせる。
剣の心得がない俺からすると、前となにが違うかは分からない。
だけど、使ったテッドリィさんにしたら、違いがよく分かったみたいだ。
「へへっ。あたしに合わせた剣だと、剣のクセを気にせずに振れることがいいな。くそぅ、この振りやすさがクセになると、これからは完全注文で作った剣しか握れなくなっちまいそうだぜ」
「あははっ、喜んでくれたようでなによりだよ」
うっとりと剣を見るテッドリィさんに、俺は引きかける。というよりも、半ば引いていた。
だって、血に濡れた剣に熱っぽい視線を送っているんだから、傍目で見たら完全に危ない人だし。
なにはともあれ、剣の修復具合は満足してもらえたみたいだ。
なので次は俺が、初めて作った鉱滓で鏃を作った矢の威力を確かめる番だ。
また別のゴブリンが見えたので、俺は黙ったまま矢を引き絞って狙いをつけ、矢を放った。
「……よしッ」
狙った通りに頭に直撃し、思わず小さな声を出してしまう。
テッドリィさんも関心したように、小さな口笛を吹いてくれた。
射殺したゴブリンに近づき、矢を引き抜いて状態を確かめる。
「うーん、頭に当たったからかな。先が大きく欠けちゃっているや」
鉱滓は材質的に石に近いものなので、この結果は仕方がない部分がある。
幸い、俺は鍛冶魔法が使えるので、欠けた部分を修正することができるから、気にするような欠点じゃない。
けどそれは、宿屋に戻ってからにしよう。主のいる森のなかで、魔法を使うと魔物に感付かれるって、故郷でシューハンさんに教わったしね。
使った矢を土で大雑把に血を拭ってから矢筒に入れ、新しい矢を引き抜いておく。
「討伐証明の部位はとったから、次に行こうぜ」
「じゃあ、先導するからついてきて」
テッドリィさんを伴って、それからも出会う魔物を倒していく。
ゴブリンとダークドックと多く出会い、昆虫の魔物もそれなりの数を倒した。
オークも一匹だけ出会ったけど、矢を頭に直撃させたのに死ななかったことに驚く。
もっとも、追撃に胴体に矢を打ち込んで動きを止めると、すぐにテッドリィさんが斬り殺してくれたので、大事には至らなかったけど。
「あちゃあ、鏃か完全に砕けてるや」
頭から矢を抜くと、鉱滓ではオークの頭蓋の硬さに耐え切れないようだった。
「これじゃあ、鉄の鏃を用意しないといけないかな」
「そんな心配しなくたって、あたしがこの剣で斬り殺してやるぜ」
頼もしくテッドリィさんが言ってくれる。
けれど守られてばかりじゃ、大きい男になるという俺の目標には近づけない。
とりあえず、少しずつでも鏃を鉄に変えられるように、その辺にある石をズボンのポケットに何個か押し込む。
宿屋に戻ってからコップを利用した精製をすれば、多少は鉄を得られるはずだからだ。
けどそれじゃあスズメの涙ぐらいしか手に入らないので、明日から森にくる依頼を受ける際には、石を入れる袋でも持ってこようっと。
その後も魔物を倒し続けていったけど、死体の血を嗅ぎつけたのか、やや森の中が騒がしくなってくる。
大事を取って、今日はここで引き上げることにした。
なので俺たちは帰りがけの駄賃に、落ちている枝を中心に薪拾いをしながら、村へと戻っていったのだった。




