二百九十六話 今後のための、お話合い
テッドリィさんに、フィシリスとの過去を根ほり葉ほり聞かれて、俺は精神的にボロボロになった。
その様子を横に見て、フィシリスは笑っていたが、少しして真剣な顔つきに変わる。
「それでバルトたちは、どうしてあの貴族の船に乗ろうとしてるんだい? どこかに向かうのなら、別の船に話をつけてやるけど?」
そういえば理由を話していなかったと、俺はグランダリア侯爵の依頼内容を伝えた。
するとフィシリスは、貴族を少し見直したような顔つきになった。
「魔導師と縁を切るために、新しい港を作ろうとしているとはねぇ」
「サーペイアルで魚鱗の防具が多く作られるようになってきたから、その貿易のためになら、港の新設に投資するに値すると判断したそうだよ」
「今はまだ、注文の消化をしている最中だから、気が早いなぁ」
「港が出来上がるまで月日がかかるから、その間の日数を考えて、早めに着手する気なんだろうね」
「ふーん。そんで、バルトが工事するんだろ。できるのか?」
「実際にやってみなきゃわからない部分もあるけど、出来るだろうね」
俺が自信を滲ませて言うと、フィシリスは考える素振りをした。
「ふーむ……港を作る場所ってのは、誰の手も入っていない場所なんだよねえ?」
「その通りだけど、それがどうかした?」
「いやな。そのお貴族さまが興味を持っているのは、魚鱗の防具なんだろ。なら、バルトが港を作り終えたら、遅かれ早かれ、サーペイアルからその港に移住する人が出てくるんじゃないかなってね」
いまいち要領を得ない発言に、俺は首を傾げる。
フィシリスは考えを纏めるように少し黙ってから、詳しい話をしてくれた。
「サーペイアルじゃ、大釣り竿が出来てからこっち、大物を何匹も釣ってきたんだ。そのせいで、最近じゃ大物の食いつきが悪いんだよ。このままいけば、また前みたいに、数年に一度しか釣れなくなるんじゃないかって、漁師と皮の加工屋連中が噂しているのさ。中には、別の港に移住して、そこで大物を釣ろうとしている奴もいるのさ」
「魚が釣れなくなりそうだから、漁場を変えようってわけか」
「そんな状況の中でバルトが新しく港を作ろうものなら、新しい利権に食いつきたいと、移住を考えている連中は目の色を変えて移住するだろうねえ」
「理由はわかるけど。あっさりと、今までの暮らしを捨てられるの?」
「漁師は魚さえ釣れれば生きていけるから、船の上が住処のようなものさ。陸の家がどこにあるかを気にするのは、少数だろうね」
「こっちにしたら、港作りに人手が欲しいからね。移住は大喜びなんだけど。その口ぶりからするに、移住してくれるのは、港が出来た後になるってことかな?」
「できるか分からない港には、移住しようって奴はいないだろうねえ」
やっぱりかと、俺は少し肩を落とす。
そのとき、フィシリスは俺の肩に手を乗せると、ぐっと顔を近づけてきた。
「バルトが助けて欲しいと言ってくれりゃ、あたいが港が出来る前に行ってやるけど?」
意外な言葉に、思わず俺は驚いてしまう。
「それはありがたいけど、フィシリスの仕事や、あの大物釣りの釣り竿はどうするの?」
「大物釣りは他の奴がいるし、自警団は引き継ぎするさ。釣り竿はバルトとの思い出があるから手放し難いけれど、別の奴に譲り渡すことにするよ」
「そんなあっさりと」
「別に考えなしに決めたわけじゃないのさ。前はバルトが陸を旅するからって見送ったけどね、海を行き、港に住むのなら、追いかけたいと思ったのさ」
特別な単語を口にはしてなかったけれど、フィシリスがまだ俺のことを好きでいることは、その言葉で十分に伝わってきた。
けど、その思いを受け取る以前に、俺は言わなければならないことがある。
「俺には、テッドリィさんという恋人がいるんだけど?」
「分かってるよ、そんなことは。でも、人を好きになるのは理屈じゃないんだ。なにせ、人間のバルトとじゃ魚人のあたいとは子供ができないって分かっているのに、それでも好きなんだからね」
こうまで明け透けに好意を伝えられると、思わず二の句が告げなくなってしまった。
そんな俺を見て、フィシリスは人が悪いように見える笑みを浮かべる。
「それにさ、港っていう領地持ちになるってんなら、恋人や妻を山ほど抱えたって文句は誰も言ってこないだろうさ。バルトなら、どれだけの人数を相手にしても、十分に養っていける力があるだろうしね」
好意の欲目でも、高評価をくれると、どうしても嬉しくなってしまう。
こうして反論が次々に封じられていく中で、異議を唱えたのは、俺の隣に座っているテッドリィさんだった。
「よくもまあ恋人の前で、随分と勝手なことを言ってくれるじゃないか」
睨みつけるテッドリィさんだが、フィシリスは涼しい顔をしている。
「別にバルトを取ろうとはしていない。同じ愛している者同士で、共有しようと言っているだけだろう」
「そんな条件を飲めると、本気で思っているのかい?」
「そっちは、子供という確かなつながりが出来るのだから、そのぶんだけでも優位だと思うけれど?」
二人は睨み合い、どちらからともなく立ち上がった。
「店の端で、酒を交えながら、腹の底から話し合う必要がありそうだねぇ」
「望むところだ。むしろ、お前がバルトに相応しいか、逆に見定めてやるからな」
二人は視線をお互いに固定したまま、食堂の端にある空いている席に座り直すと、店員を呼びつけて大量の杯を運ばせた。
あれら全てに、酒が入っているいることは疑いようがない。
二人は一つずつ杯を持つと一気に呷り、空杯を机に荒々しく置きながら、言い合いを始めた。
「バルティニーの良いところがどこか、あっさりと過去に分かれたっていうあんたに、分かっているってのかい!」
「そんなの、日が暮れるまで言ってやれるさ!」
叫ぶように俺の良い点好きな点を、酒を飲みながら語り始める二人。
周囲の聴衆は、最初は呆気に取られていたようだったけれど、次々にこちらに視線を向けてくる。
『別嬪な女性二人に好かれて、いい立場だな』
と、全員の瞳が語っている。
余計なお世話だと言いたくなるが、いま俺が何か発言しようものなら、店内に満ちるからかいの雰囲気に火を点けることになるに決まっていた。
そのため、俺は知らぬふりをして、テッドリィさんとフィシリスの言い合いが別の時空の出来事であるかのように装う。
だが、そんなことを許さない人物が、俺の身近にいる。
いつも一言多いイアナが、俺の横脇腹をつつきにきた。
「バルティニーさんの色男。で、どっちがより好みか、わたしにこっそりと――むごっ?!」
「料理は温かいうちに食わないとな。ほら、どんどん食べろ」
「もごごっ、ちょ、バルティニーさん、もごうっ?!」
イアナに余計なことを言わせないように、机に残っている料理を片っ端から詰め込んでいく。
そんな俺の様子が、恋人に餌付けしているようにでも見えたのか、聴衆の視線にある嫉妬の度合いが強くなった気がした。
そして俺の足元にいるチャッコは、人間たちの狂騒には興味がないようで、料理を食べ終えると前足で口元を拭ってから大欠伸すると、床の上に伏せてつくろごうとしていた。
夏風邪で体調を崩しているので、更新が遅くなることがあります。
ご配慮くださいますよう、よろしくお願いします。




