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二百九十一話 競売会と貴族

 競売会オークションが終わり、会場からゾロゾロと人が外へと流れ出ていく。

 会場内にわざと残っている俺の目には、参加者の表情は悲喜こもごもといった感じで映っている。

 今回の目玉であるゾンビ竜の死骸は、値段がつり上がりにつり上がった結果、金貨一万枚には届かないものの、かなりの高額で競り落とされた。

 俺の代理として競売に出品してもらった商会の頭取は、こちらに分け前を払っても大量に手に入る金貨に、頬の緩みを抑えきれないようだ。

 一方で、競り負けた貴族連合は悔しげな顔で集まり、競り落とした魔導師連盟の代理人に憎々しげな眼を向けている。

 もっとも、魔導師側の代理人なんて面の皮が厚くないとやっていられないのか、飄々とした態度で歩き去っていっているけど。

 さて、なぜ俺が貴族や大商人向けのオークションに参加しているかだが――


「バルティニーさんは何も落札しなかったですね。お金については、僕の家――ターンズネイト家が立て替えておくと言ってたのに」

「単純に、欲しいものがなかっただけで、競り控えたわけじゃないさ。シャンティ」


 ――このように、シャンティこと、シャルハムティ・ディレ・ターンズネイトに参加を求められたからだった。

 表向きは、知古を温めるためと、ターンズネイト家の威光を借りて商会を動かしたことに対する礼義。

 裏向きは、ゾンビ竜を倒した冒険者である俺に繋がりがあることを、ターンズネイト家が他の貴族に触れ回るためらしい。

 シャンティは月日が経って青年ぽく成長しつつあるのに、貴族の世界は相変わらず見栄と貸し借りで出来ているようで、その不変さに逆に安心してしまいそうになる。


「そういえば、俺と繋がりがあるからって、ゾンビ竜を競り落としにかかった貴族連合から、ターンズネイト家が外されたと小耳にはさんだけれど?」

「僕の家との繋がりが本当なら、個人的に珍しい魔物を狩ってきてもらえと言われちゃいまして」

「シャンティが単独でここにいるのは、次期当主としての箔付けのためだろ。それでよかったのか?」

「これでいいんです。次期当主になる若者には他領の現当主は優しくするべき、という暗黙の了解があるのですが、今回のオークションで彼らはそれを破りました。これでターンズネイト家は彼らに、一方的な巨大な貸しを押し付けることが出来ますので」


 次期当主としての役割は果たしたので、ゾンビ竜の競りに加われなかったぐらい、なんともないらしい。


「それにゾンビ竜の死骸に関しては、魔導師が競り落としにかかることは分かっていました。彼らの後ろ盾は国ですからね。真正面から競ったのでは、勝てませんよ」

「それじゃあ、あの貴族たちって、国に喧嘩を売ったようなものじゃないのか?」

「競売会での勝ち負けを外に持ち出すのは、矜持に反する行いですよ。仮に魔導師が制裁措置を国に進言したら、貴族たちは手を組んで糾弾しにかかります」

「……貴族の世界って、よくわからないな」


 肩をすくめながら、俺は視線をシャンティの後ろにいる侍女――前世にあったメイド服を実務向きに作り直したような服を着ている、リフリケに向けた。

 数年前は、髪色以外シャンティとリフリケは双子のように似ていたが、シャンティが青年へと成長しているように、リフリケも少女から女性へ至る階段を登りつつある。

 控えめでも服を内側から押し上げる乳房や、女性特有の丸みを帯びた手足を見れば、過日の入れ替わりや影武者はいまは行えないだろうと分かる。


「リフリケは訳の分からない世界に入って、苦労しているんじゃないか?」

「いいえ。ターンズネイト家の皆さんに厳しくも優しくご指導していただいておりますので、苦労らしき苦労などありませんでした」

「あの口の悪い女の子が、口調も態度も立派に侍女になっているな」

「公式の場ではそうですが、侍女や使用人仲間と話す際は、昔通りの口調のままですよ」


 作り笑顔で返されて、俺は閉口してしまった。

 俺は貴族世界には向かないと思い知らされながら、人が少なくなった会場から、二人を連れて出ることにした。




 昔のように誰かに襲われることもなく、俺たちが乗った馬車はターンズネイト家が借りている屋敷へと戻った。

 馬車から下り、使用人が出迎える中を、先頭をシャンティ、その後ろにリフリケ、最後に俺の順番で玄関までの道を歩いていく。

 屋敷の中に入ると、家令がこちらへと近づいてきた。


「お帰りなさいませ。早速で恐縮でございますが、旦那さまがシャルハムティさまとバルティニーさまをお呼びでございます」

「分かった。競売会の状況を報告するために、父上に会いに行くつもりだったので調度いい」


 次期当主としての振る舞いを身に着けている最中だそうで、シャンティは偉そうな態度で家令に対応する。

 一方で、俺はどんな態度をとったものか分からないので、無言で会釈する。

 家令に連れられて、ターンズネイト家の当主ヘプテインさんの執務室へ入った。


「父上。お呼びと聞きましたが――」


 シャンティは畏まった態度での発言を途中で止めた。

 部屋の中に、ヘプテインさんの他に、見知らぬ人が椅子に座っていたからだ。

 鍛えられた肉体を、控えめに装飾が施された仕立ての良い服に包んだ、四十頃の厳つい顔の人物。

 服装とその後ろに護衛が二人いることから察するに、どこかの貴族の当主らしい。

 そんな彼に、シャンティは丁寧なお辞儀をする。


「お初にお目にかかります。ターンズネイト家、次期当主、シャルハムティ・ディレ・ターンズネイトでございます」

「君がシャルハムティ君か。私はアリストロライオ・トゥレ・グランダリア侯爵だ」


 ターンズネイト家と同格の貴族の当主らしい。

 有名な人なのか、シャンティの気配が驚きで揺れている感じがした。

 そのフォローのためじゃないが、俺は視線をシャンティの父――ヘプテインさんに向ける。

 こちらの意図を悟ったのか、ヘプテインさんはグランダリア侯爵に声をかける。


「我が息子の後ろにいる人物こそが、今回の競売会にてゾンビ竜を出品した冒険者です」

「ほう。あれほどの巨大な魔物、どれほどの偉丈夫が倒したのかと思えば、まだまだ歳若そうな若者ではないか」


 こちらの神経を逆なでするような言葉だが、彼から見れば、俺が若者なことは事実だ。

 腹を立てるほどではないので、平然と自己紹介をすることにした。


「初めまして、グランダリア侯爵様。バルティニーと申します」


 あっさりとした自己紹介が気に入らなかったのか、グランダリア侯爵が眉を寄せる。


「冒険者なのに、どうして二つ名を名乗らんのだ。『鉈斬り』、『浮き島釣り』、『死体砕き』と『崖跳び』。そして今回の件で『腐敗竜殺し』も新たに加わったのであろう?」

「私のことをよくご存じのお方には、不必要ではありませんか?」

「ほう。どうして我がおぬしのことをよく知っていると思った」

「侯爵当主お二方が居られる部屋に、一介の冒険者が通されたことを考えると、何かしらの用が私にあると考えが至るのは当然のことではないでしょうか」

「ふむっ。冒険者という身に相応しくないほどに、頭が回る若者だ」


 グランダリア侯爵はヘプテインさんに目くばせしてから、もう一度こちらに向き直った。


「ターンズネイト侯爵から聞いたが、お主は自分を知らぬ土地に行こうと画策しているそうだな?」

「生まれ育った荘園に不利益になる魔物を倒したところ、このような大騒動になってしまいましたので、混乱を避けるためにです」

「魔導師どもも、お主の力を当てにして、珍しい魔物を獲らせようとしているのだ。その対応は当然のことだな」


 ソースペラが俺の攻撃用の魔法に驚いていたことから予想してはいたが、やっぱり目をつけられたかと、表情には出さずに内心で舌打ちする。

 俺の苦心が分かるのか、グランダリア侯爵の唇が苦笑いのように少し曲がった。


「横暴な魔導師どもに迷惑しているのは、我らとて同じこと。ここは手を取り合わぬか?」

「手を取るといいますと?」

「もちろん、我らのために働いてはくれぬかということだ」

「……あなた様の手先になれと?」


 魔導師とどう違うのかと言外に臭わせると、グランダリア侯爵はより強く唇を笑みの形にした。


「竜を倒せるお主ほどの人物を御せるなどと、我は自惚れてはおらぬ。要は、お主という冒険者を指名して依頼を出すので、それを受けてはくれぬかということだ」

「他の人には任せられないほど、危険度が高い依頼をですね?」

「はっはっはっ! うむ、その通り!」


 突然高笑いしたグランダリア侯爵に驚きながらも、その危険な依頼というものが気になった。

 特に、ゾンビ竜を殺せる実力のある人物にしか任せられないという点がだ。

 詳しい話を聞く気になった俺に、ヘプテインさんがグランダリア侯爵の対面に当たる席を進めてくる。

 大人しく甘えて座りかけ、入り口に立ったままのシャンティが気になった。

 彼は表情には出していないが、どうして自分がこの場所に呼ばれたか分かっていないような瞳をしていた。

 その感情をヘプテインさんとグランダリア侯爵は見抜いたようで、二人同時に苦笑いする。


「シャルハムティは、私の横に立ちなさい」

「分かりました、父上」


 シャンティが移動し終えるのを見届けると、グランダリア侯爵は表情を改めてから、依頼内容を切り出したのだった。


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