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二百八十九話 鍛冶の弟子たち

 荘園の開拓地で森の木々を伐採しつつ、魔物の様子を見続け、旅立っても危険はなさそうだと判断した頃に、ある人たちが俺に会いに来た。

 俺が初めて会う、二人の青年奴隷だった。


「俺に用事って、なに?」


 持ち運んでいた丸太を積載場所に投げ置いた音に、青年奴隷たちは驚きの眼でこちらを見てくる。


「あのその。あなたが、こちらの場所で、農具の整備をしていると聞きまして」

「下手にいじくられて迷惑だって言おうとしたんだが、俺たちよりも腕が良くて悔しくて」


 要領を得ない言葉に首を傾げると、二人は意を決したように頭を下げてきた。


「お願いします! 僕たちに、鍛冶のことを教えてください」

「俺たちも、あんたのような腕前を得たいんだ!」


 いきなりの提案に面食らったが、スミプト師匠の代わりに二人の奴隷が鍛冶仕事を任されていることを思い出した。


「その申し出を受ける受けないの判断の前に、名前を聞かせてもらっていいか? ちなみに俺は、この荘園の三男として生まれ、いまは冒険者をしている、バルティニーだ」

「そ、そうでした。僕は、ビロといいます」

「俺はトグナー」


 二人の第一印象は、というと。

 少し気弱そうながら、礼儀作法を知ってそうな方が、ビロ。

 勝気そうで、奴隷らしい粗略な言葉遣いの方が、トグナーだ。

 どちらも俺と大して年齢の変わらないようでもある。


「それで、鍛冶を俺に教えてもらいたいって言っていたけれどさ。君らのことは、俺の師匠でもあるスミプト師匠から教えてもらっていて、一通りは出来るようになっているって聞いたけど?」


 俺がスミプト師匠と知り合いかつ、すでに情報を入手していると知ってか、ビロとトグナーはバツの悪そうな顔つきに変わった。


「たしかに、一通りは教わったんですけど……」

「踏み込んだことを教えてもらう前に、師匠が追い出されちゃったから知らねえんだよ」


 トグナーの批判とも取れる言葉に、ビロは慌てた。


「トグナー、滅多なことを言っちゃだめだって! この人だって、この荘園の持ち主の関係者なんだから」

「馬鹿言うなよ、ビロ。この人は、荘園の跡継ぎと、開拓地の責任者とあんまり仲が良くないって、竜の死体の件を見てわかるだろ」


 二人の言うことはもっともだが、率直な言葉のやり取りに、俺が聞いてヘソを曲げないかと不安になったりしないのだろうか。

 そんな疑問を持ちながらも、俺は二人の会話に割って入る。


「つまり、スミプト師匠に教わってない部分を、俺に教わりたいわけだ」

「はい、その通りなんですけど……」


 言い難そうにするビロに、何か問題があるのかと見つめると、トグナーがあっけらかんと言い放つ。


「悪いけど、俺たちお金持ってないからな。兄ちゃんへのお礼は難しいんだ」

「トグナーってば、そんな素直に言わなくたって」

「だってよ、本当のことだろ。それにこの兄ちゃんは、竜の死体を売って金貨を山ほどもらった人だぜ。俺らがどうにかできる範囲の物なんて、この人にとっちゃ価値がない物しかないに違いないし」

「そんな断られても仕方がなくなるようなこと、言わなくたっていいじゃないか」

「こういうのは後から言うほうが困ることになるから、できないことはできないって、最初に言っておく方がいいんだよ」


 二人の言い合う姿に、気弱で慎重派なビロと、愚直で行動派なトグナーという組み合わせは、これはこれで良い相性なんだと分かる。

 この二人がお互いに切磋琢磨し続けたら、あっという間にスミプト師匠並みの腕前を得るだろう。

 だがいまは、変に指導を中断してしまった所為で、お互いに競い合う場所にまで腕が至っていないんだろうな。

 それは勿体ないという気持ちが半分、スミプト師匠のやり残しを終わらせる使命感が半分の心持ちになった。


「分かった。鍛冶に必要な部分を教えてあげるよ」

「えっ、いいんですか?」

「俺もスミプト師匠の弟子――つまり君らの兄弟子だから、面倒をみる義務がある。それに追い出されたスミプト師匠は新天地で幸せに暮らしているから、個人的な恨みから断る材料はないしな」

「よっしゃ! ほらな、言ってみるもんだろ?」


 困惑な表情のビロと嬉し顔なトグナーをよそに、俺はテッドリィさんに事情を伝えて、場所を離れることを告げた。

「仕方がないね」と呆れ顔で見送られ、俺はビロとトグナーと共に、スミプト師匠が使っていた鍛冶場へ。

 その扉を開けた瞬間、背後に気配を感じた。

 警戒して振り返ると、隣の家に住む狩人のシューハンさんが立っていた。


「バルティニーか。いくつか用立ててくれ」

「分かりました。前と同じ形でいいんですか?」

「構わない。だが、少し多めに頼む」


 言うだけ言って、シューハンさんは自分の家へと引き換えしていく。

 鏃の補充を頼まれてしまったからには、ビロとトグナーの指導をしながら制作しないといけないなと予定を立てる。

 ふと横を見ると、ビロとトグナーが驚いた顔で固まっていた。


「どうかしたか?」

「いえ。あの狩人、ちゃんと喋れたんだなって」

「俺たちが鏃をいくつか持って行ったら、たまーに一つだけ取ってくれることもあるけど、だいたい「いらん」って突き返されるんだ」

「シューハンさんは職人気質で、道具の要求度が高いから仕方がない。スミプト師匠の作ったものだって、一つか二つ返されることもあったし」


 ありし日のことを回想しながら、勝手知ったる他人の家という具合に、俺は鍛冶場に入って勝手に椅子に座った。

 その後で、ざっとあたりを見回す。

 ビロとトグナーの生活の後がところどころに見えるものの、鍛冶道具の配置は俺が旅立つ前とさほど変わっていない。

 鍛冶職人は自分の使いやすいように配置換えするものだけど、師匠から教わった通りにしか道具を置けていない点からも、この二人の腕前が未熟なんだと気付かされる。

 俺が作りかけの鎌の刃を手に取って構造を確かめ始めると、ビロとトグナーは怒られるのを待つ子供のように恐々と席に座った。

 端的に言って、二人が作った鎌の刃は作りが甘すぎだった。

 いちおう形は整っているものの、鍛冶魔法で鉄を柔らかくしてから木の枠に入れて成形したことが、地肌に浮かぶ木肌の筋の痕で丸わかりだ。

 刃もついているが、手による研ぎなおしはしていないのだろう、指で触っても刃の尖りが感じられないほどで、鈍らにもほどがあった。

 そも、木枠による成形は大量生産するには適した方法ではあるものの、地金を鍛冶魔法でちゃんと練れる熟練者が行うべき方法である。

 俺のような半端物やビロとトグナーのような未熟者は、手こねで成形しながら地金作りが甘い箇所をその都度成形しなおす方が、調度いい塩梅でものが作れるというものだ。

 鎌から手を放し、作り置きされている鉄の塊を手に取る。

 散々な物ではないかとの予想に反し、この時点の鉄は素材として及第点の出来だった。

 きっと俺が教わったときと同じで、鍛冶魔法による成形に入る前に、石からの鉄作りは徹底して教育されたんだろう。

 鉄を口に咥えながらの作業を思い出して苦笑いしながら、俺はビロとトグナーの大よその腕前を把握し終えた。


「二人とも、まずは鉄の練り上げからだ。やり方は知っているな?」

「はい。鍛冶魔法で鉄を柔らかくして、手でこね上げて、道具に適した粘り強さと硬さを生むと教わりました!」

「そのぐらい、俺たちだってできらぁ。そんなことより、もっと道具作りの極意みたいなことをさー」


 トグナーの威勢の言い断言に、俺は半笑いになる。


「まずはやってみせてくれ。それに、シューハンさんに鏃を納めないといけないから、俺も二人の横で作業する必要があるし」


 俺は鉄の塊を手に取ると、いつもやっているように、鍛冶魔法で鉄を練り上げていく。

 ビロとトグナーは、俺が作業に入って教える素振りがなくなったからか、不承不承な顔で鉄練りを始める。

 ビロは慎重にゆっくりとこね、トグナーは力強く手早くこねている。

 二人の様子を横目に入れつつ、俺は練り上げ終わった鉄を鏃の形にしていく。

 戦闘で矢を使う関係で、鏃づくりは手慣れたものだ。

 ささっと二十個作り終え、一人握り分の鉄材を残して、ひとまず作業を中断する。


「待たせた。二人がこねた鉄の出来栄えを見せてくれ」


 ビロとトグナーが差し出してくる鉄の塊に、俺は鏃づくりで残していた鉄をぶち当てた。

 二人が「あっ!」と驚きの声を上げる中で、二人の鉄はどちらもヒビが入ってしまう。

 殴った俺の鉄はというと、少しへこみは出来たが、ヒビも欠けも現れていない。


「どうして俺の鉄が無事で、二人の鉄が割れたか分かるか?」


 二人とも理由が分からないという顔を返している。


「じゃあ、まずはビロの方について」

「は、はい!」

「丁寧に作業する心構えは立派だが、これは練り過ぎて農具に使える硬さを超えている。この材料じゃ、やすりにするしかない」

「練り過ぎちゃっているん、ですか……」


 落胆するビロを見て、トグナーはなぜか勝利を得たような顔をしているが、それは勘違いだ。


「言っておくが、トグナーの鉄は、ビロのものよりもっと悪いからな」

「なんだって! どこが悪いんだよ!」

「割れている部分を見てみろ。作業が雑だから、気泡が大きく入り込んでいる。微細な気泡なら鉄の強度を増しつつ軽くすることもできると聞くけど、これは単に割れやすくなっているだけで、なんの道具にも使えない悪い鉄だ」

「うがー! まじかよー!」


 頭を抱えるトグナーに、ビロは少しほっとしたような顔をする。

 二人の反応を確かめてから、ちゃんと釘刺しを行う。


「要するに、二人とも鉄の練り上げが出来ていない。道具に適した鉄の指針に、俺が練った鉄を渡すから、それを目指して練る練習をしててくれ」

「は、はい。ありがとうございます。がんばります!」

「わかった。じゃあ、早速作業するよ! 今日中に出来るようになってやるからな!」


 ビロとトグナーは鉄練りの作業に戻り、一生懸命に試行錯誤している。

 俺は二人が作った駄目な鉄を引き取り、手直しして道具作りに適した強度に直し、シューハンさんに渡す鏃づくりを再開した。

 シューハンさんが満足いく鏃を作れる腕前になるには、この二人はだいぶ先になるだろうと判断して、大量の作り置きをすることにしたからだ。

 せっせと俺が作っていると、ビロとトグナーは三つずつ鉄を練り上げたところで、休憩に入っていた。

 二人は作業を続けている俺を見て、驚いた顔をしている。


「師匠から、俺たちはなかなか魔力放出が途切れないから、優秀な鍛冶師になれるって言われてたけどよ」

「僕たち以上の疲れ知れずなんて、流石は兄弟子ですよね」


 二人の小声での会話を耳に入れて、細胞から魔力を増産させる際の制限時間がないという自分の体質を思い出した。

 他人の目がある中で鍛冶仕事をするのは久々だから、うっかりと隠し事を忘れていた。

 いまさらだなと開き直ることにして、シューハンさんに渡す鏃を作り上げ終えた。


「さてっと、二人の練り上げた鉄はどんな感じだ?」

「えーっと、やっぱり練り過ぎちゃうみたいで、落とすとひび割れが起きちゃいます」

「俺の方はヒビが入ったりしなくなったぜ。その代わりに、へこみがガッツリ入っちゃっているけどな!」

「それは練りなさすぎだ。二人の鉄を足して二で割れば、調度いい具合になるんだろうけどな」


 俺が冗談気味に言うと、ビロとトグナーは顔を見合わせてから、練ったお互いの鉄をくっつけて均一になるよう練っていく。

 そうして出来上がった鉄を、こちらに差し出してくる。

 試しに確かめてみると、嘘から出た実なのか、道具に適した強度になっていた。


「こんな裏技、知らなかった」


 呆れながら、俺が合格と身振りすると、二人は驚きと喜びが混ざった様子で跳び上がった。


「やった、道具作りに適した強度になっているんだ」

「これで、いけるな! さあさあ、兄ちゃん。次だ次!」

「分かってる。けどな二人とも。それぞれが、鉄練りがちゃんとできるように練習し続けないといけないからな」

「「はーい、分かりました!」」


 本当に分かっているのかと思いながら、俺は次の手順である、鉄の成形を教えていく。

 鉄の強度がそれなりになったので、二人が慣れている木枠を使っての製造法を伝える。

 二人の腕前では、木枠製造だと売り物にはならないが、少なくとも荘園で使う分には及第点に収まると予想してのことだ。


「大事なのは、木枠で型抜きした後に、自分の手で再調整すること。調整に慣れれば、道具の整備もできるようになる」

「わかりました。でも、兄弟子みたいに、一つ一つ手作りしなくていいんですか?」

「そういえば、兄ちゃんは木枠を使わずに鏃を作っていたな。どうしてだ?」

「シューハンさんみたいに道具に拘る人には、木枠で作る道具は向かないんだ。重量配分や使い勝手を使い手に合わせないといけないから、木枠でおおまかに形をつくったとしても、それぞれに形が微妙に違うから、結局は手作りするのと同程度の時間がかかるんだ。それに一つずつ手作りした方が、技術的に伸びるから、木枠でしか作らないのはあまりおすすめしない」

「へぇー、そんな事情があるんですか」

「でも、木枠で道具を作る方法を教わったとき、そんなこと師匠から教わらなかったけどなー」

「きっとスミプト師匠は、開拓がはじまった際に必要になるからって、先に大量の道具を作る方法を教えたんだろうな。細かい技術的なことは、道具が行き渡った後で教え込めばいいって」


 そのいつもと違った方針によって大量の道具ができたことで、父さんかマカク兄さんがビロとトグナーは一人前になったと勘違いし、スミプト師匠を追い出してしまったんだろう。

 残ったのが技術不足の鍛冶奴隷が二人なんだから、早計に過ぎる判断だったと言わざるをえないけど。

 そんなこんなで、予想外の裏技と木枠による道具作りの合わせ技限定で、どうにかビロとトグナーの鍛冶の腕前は向上することができた。


「これから先は、二人が競い合って腕を磨いていくしかないからな。頑張れよ」

「はい! 兄弟子から教わったこと、忘れないように頑張ります!」

「鉄練りが一人で出来るようになることと、あの狩人に納品できるように道具を一から手作りできるようになれってことだろ。任せとけって」


 ビロとトグナーの希望に満ちた顔を見れば、きっと大丈夫だろう。

 俺は二人に別れを告げて、作り上げた鏃を納めにシューハンさんの家へと向かうのだった。


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