二十八話 寂しくなった開拓村
鍛冶屋で鉄作りを日々続けていると、段々と開拓村が変化していく様子を見ることになった。
危険を察知した商人たちが去り、その護衛として冒険者たちがついていく。
それに従って、鍛冶屋の鉄作りや銅作りの量も減ってきた。
ストックしてあった石の大部分を消費したし、村に残るような強い探訪者たちが持つ武器の修復の仕事が多くなってきたからだ。
木こりの人たちも、森に主が出現して木を自由に伐採できなくなった。
そのため、大多数が次の働き場所を求めて、村からいなくなった。
いくつかの仕事がなくなってしまったので、その仕事に関係していた冒険者たちも、各々村を去っていった。
少しずつ人数が減っていくたびに、村の活気も大人しくなっていった。
それに伴って、冒険者組合も変化していく。
テッドリィさんが言っていたように、依頼の報酬が少し多くなった。特に森に入らなければいけない類の仕事は、一割から二割り増しになっていた。
それと、少し変わった依頼も出始めた。
いままでは木を伐採していて十分に木材があったので必要なかった、森に入っての薪拾い。
商人に鉄や銅を売り続けて石の在庫がなくなったからだろう、森の付近で石拾い。
あとは、村に住む人の手助けになるような依頼も、多くなってきているようだった。
「へぇ、畑の開墾なんて仕事もでてきたんだ」
「はい。いままでは、木を伐採して土地を広げることに注力してきました。この村の周囲が拓けているのはその成果です。ですが、魔の森に主が現れたので、木の伐採は難しくなり人手があまっています。そこでその人たちの力で、広げた土地を畑に作り変えていくのだそうです」
商人たちが去ったし、これからはあまり寄り付かなくなりそうだから、食料を自給できるようにしようとしているのかな?
理由を考えている俺の肩を、テッドリィさんが突付いてきた。
「調子のいいこと言っているけどよ。その依頼は、草取りしか脳がなかった弱い冒険者に向けた仕事なんだぜ。あいつら怖がって森に入ろうとしねえもんだから、仕事がなくってすきっ腹抱えているからな。このままだと、村の中で犯罪に走るかもしれねえって、危ぶまれてやがんだよ」
そんな裏事情を話されて、職員さんは慌てている。
「関係者には口止めしていたのに、どうして知っているんですか」
「そりゃあ、人の口は手でも板でも塞ぎきれねえってこった。特にここに定住する気のヤツラにとっちゃ、格好の話題だしな」
ここ最近はテッドリィさんとほぼ一緒にいるんだけど、俺は聞いたことがなかった。
鍛冶屋で仕事しているときに、テッドィリさんが暇つぶしにふらっと出かけることがあったけど、そのときに耳にしたのかな?
けど、そういう事情があるなら、畑仕事はやらない方がいいかな。故郷の荘園で見聞きした知識が、少し役立つかと思って興味を持ったんだけどね。
内心で残念がっていると、テッドリィさんが俺の首に腕を巻きつけてきた。
「おい、バルト。手伝い系の依頼に興味を持つのはいいけどよ。あたしらには、もっと相応しい仕事があんだろうよ」
「はい。バルティニーさんは動物を獲れる狩りの腕をお持ちですし、テッドリィさんは魔物を倒せる剣の腕がおありです。なので是非ともお二人には、森の中で活動する類の依頼を受けていただきたいと、組合は考えております」
なるほどね。
その期待に応えるのは、やぶさかじゃない。
けど森に入るならば、準備を整えないとね。
「依頼を受ける前に、俺は矢を作るか買わないといけないし、テッドリィさんは剣を直さないとね」
「あー。そういや、バルトが鍛冶屋で忙しくしていたから、つい後回しにしちまっていたな」
ちょっと前まで鍛冶屋の中で寝泊りしていたので、人目があるから矢の補充や剣の補修をするのを控えていたんだよね。
多くの人が移動して、村の宿屋の多くに空き部屋が出ているらしいから、人目を気にしないでいいように、今日か明日にでも部屋をとって作業をすませたいな。
となると、剣の修復は鍛冶魔法でできるからいいとして。矢の材料を買うか探さないといけない。
矢の鏃はともかく、軸は作るのに時間がかかるから、商人が少なくなる前に買っておけばよかったかな。
「というわけで、森に入れるように準備を整えるから、今日は依頼を受けるのを止めておきたいんだけど」
そうテッドリィさんにお伺いを立てると、笑顔で俺の頭を撫でてきた。
「いいぜ。鍛冶屋で寝泊りし続けていたから、金はそんなに減ってねぇし、余裕はあるからな。ついでだ。これからは依頼の報酬も増えし、テント生活はおさらばして、拠点にする定宿を探しておくか?」
その提案に、俺は驚いてしまった。
矢作りと剣の修復のために一日二日泊まることは予定していたけど――
「宿暮らしをするなんて、大丈夫なの?」
――宿に連泊するほど、余裕があるようには思えないんだけどな。
しかし、俺の心配はやや的外れだったみたいだった。
「バルト、宿代がいくらか知らねぇな?」
そう指摘されて、そういえば知らなかった。
ヒューヴィレの町では冒険者組合に泊まったし、この開拓村までの道中は荷馬車の護衛で野宿だったし、着いてからはテント暮らしだったし。
仕方ないので、前世に旅行会社のチラシや、街にあるビジネスホテルの値段から、この世界の貨幣に変換してみる。
「一泊で銀貨数枚とか、銅貨数十枚かかるんじゃないの?」
この予想はよほど外れていたのか、テッドリィさんだけじゃなくて、対応してくれていた職員さんも呆れ顔になった。
「どこの街にある、貴族用の宿を思い浮かべてんだよ。こんなだから、一級民の出は物を知らねぇって言われんだぞ」
「そうですよ。少し前まで需要が高かったこの村の宿屋の代金は素泊まりで、一回の食事代ぐらいの銅貨十枚がせいぜいです。そもそも、宿がない村がほとんどで、その場合はお金ではなく食料を渡して泊まらせてもらうので、値段なんてないに等しいです」
「……それでやっていけるんですか?」
前世の日本だと、客を呼び込むためにあれこれやっているなんて、ニュースで報道していた覚えがあったんだけど。
「村の宿屋なんて、畑を作る合間にやっているようなもんだぜ。趣味みたいなもんさ」
「旅人や冒険者の話を聞きたいからと宿屋を開いて、十分に話は聞けたからと宿を畳んで、移住者のための部屋貸しに職変えした。なんてこともあるようですよ」
そこから、テッドリィさんと職員さんの宿屋薀蓄と、それに付随する話が始まった。
二人が語る、旅先の村や町の情景に興味をそそられ、相槌を打ちながら耳を傾ける。
そうして宿屋事情と大雑把な地理に、思いがけず詳しくなってしまったのだった。




