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二百八十七話 穏やかな荘園

 事後観察ということで、数日間、俺たちは荘園に住まわせてもらった。

 魔の森の警戒をしないといけないので、場所はブロン兄さんが拓いている土地にだ。

 もちろん、ただ警戒しているのもなんなので、森の主が不在であることを利用して、木々の伐採と、それに伴った材木作りも行っていく。


「よいーしょー!」


 石で作った大剣に攻撃用魔法の水を纏わせて、大人二人分ほど横幅がある木を、横に両断した。

 ガサガサと葉音を立てて木が倒れたのを見てから、全身に纏い直した水の魔法のアシスト力で、木の根を無理やり地面から引っこ抜く。

 そして、根っこと木材を掴んで、開拓地近くの材積所に置く。

 この一連の行動に、開拓作業に従事中の奴隷の人たちは、相変わらず目を丸くしている。


「主がいない間は、木々を伐採しても魔物が出てこないと言ってはいたが……」

「そんなことより、坊ちゃんの怪力だよ。片手ずつ、根っこと木材を持っているが、あれ片方だけでも、俺たちゃ腰が抜けると思うほど重かったぞ」

「魔法を使っているって話だ。いやー、魔法ってのは手から水や火がちょろっと出るものだと思っていたが、実はすごいもんだな」


 口々に感想を述べる彼らに、ブロン兄さんは少し苦そうな顔になる。


「魔法を使えるからと、バルティーのようなことが出来るとは限らないんだ。あんなことができるのは、一握りの魔術師だけだろうね」

「ほえー。じゃあ、坊ちゃんは魔術師だったので?」

「それが不思議なんだ。才能がないって魔法の授業を追い出されていたから、ちゃんと学んだわけじゃないはずなんだ……」


 不思議そうにするブロン兄さんを横目に、俺は木々の伐採を続けていく。

 しかし、先のゾンビ竜との戦いで減少した魔塊を回復させるためと、いつかは荘園から出ていく立場なので、ほどほどに手を抜いての作業だ。

 五本ほど伐採して木の根も取り除いたところで、森の中に入っていたテッドリィさんとイアナ、そして口に獲物を咥えたチャッコが戻ってきた。

 テッドリィさんは俺を見つけると、満面の笑顔で手を掲げる。


「戻ったぜ。森の方は、際までくる魔物の姿はなかったし、アンタが睨んだ通りに魔物同士が戦っているみたいだねぇ」

「全体的に魔物の数が少なくなったからなのか、動物が多く見えましたよ。戻ってくる道中、チャッコちゃんが大喜びで獲物を狩って、食べていましたよ」


 イアナの報告に、チャッコが誇らしげに咥えた得物をこちらに突き出してくる。

 受け取ると、タヌキやイタチに似た動物だった。

 サッカーボールほどの大きさの獲物に比べて、チャッコの口の周りにある血の痕は広範囲に過ぎる。

 どうやら他に相当数の獲物を狩り、食べつくしてから戻ってきたのは本当のようだ。

 俺が苦笑いしながらチャッコの頭を撫でていると、俺たちの話を横聞きしていたらしいブロン兄さんが近づいてきた。


「動物が多くなったってことは、この開拓地にやってくる個体も出てきそうだな。石塀作りも再開しないといけないか?」


 意見を求めてくる語調に、俺は少し考える。


「うーん。ある程度、木材や開拓が終わってからでいいんじゃないかな。森の中には食べられるものが沢山あるから、大して物がない開拓地にまでくることはないんじゃないかな」

「そうか。なら、この土地が麦でいっぱいになる頃の直前に、石塀が完成するようにすればいいんだな」

「なんなら森の際近くに、放置しても実る作物の種を撒いておくのもありかな。腹を空かせた動物なら、それを食べて森の中に帰っていくだろうし」


 前世のニュース番組で、限界集落の田畑においてそんな害獣避け対策を行ったと聞いた覚えがあるので、効果はあるだろう。

 しかし、ブロン兄さんは半信半疑だ。


「そんなことをしても、単に作物を食い荒らされるだけだろ。それなら、畑から森までの距離を開け気味にすればいい。動物が見えたら、槍なり矢なりで追い払うなり狩って食料にするなりすればいい」

「どうするかは、ブロン兄さんに任せるよ。なにせ、この場所の責任者は兄さんなんだから」


 作業も一段落ついたし、森の様子も落ち着いているようなので、俺はテッドリィさんたちと共に開拓地に張ったテントへと戻ることにした。

 俺たちが抜けた作業の穴は、本来の役目に戻った奴隷の人たちが行うので問題はない。

 チャッコが獲ってきた獲物を捌いて、採って保存していた木の実や野草と共に鍋にし、骨や内臓はチャッコに渡す。

 そしてパン代わりに、森で採れる甘くない木の実を配膳した。

 そんな簡単な料理を食べていると、テッドリィさんが小声で聞いてくる。


「それでよ。いつまでここにいる気だ?」

「マノデメセン父さんから、もう少しいたらどうだって言われているのもあるけど。アレの処理の問題で、下手に動けないんだよね」


 お椀で口元を隠しながら、俺は視線をゾンビ竜の骸に向ける。

 骨と皮、そして鱗だけになったとはいえ、元は大型トラック並みの大きさがあったものなので、かなりの量がある。

 ヒューヴィレの町まで引きずっていくわけにもいかず、かといって馬車を用立てるには町に行って数台の馬車を雇う必要がある。

 その上――


「バルティニーさんの二番目のお兄さんは、あれをこの荘園のものにしたくてしょうがないみたいですよね。伝手で売り払ってしまうか、内側に木組みを入れて組み立てて見世物にして見物料を取るようにするかで悩んでいるらしいって、奴隷の人たちが言っていましたよ」


 ――そうイアナが語った問題も残っている。


「魔物の素材は、倒した者の所有物なんだけどな。マカク兄さんは、お金欲しさに、その点を忘れているらしい」


 俺が肩をすくめると、テッドリィさんは笑いかけてくる。


「あははっ。それじゃあ、さっさと譲り渡しちまったらどうだい? あんなもの、別にアンタは欲しくないんだろう?」

「それはそうなんだけど。二人は、あの素材を装備に使いたいんじゃない?」


 俺は魚鱗の布で作った高い防刃性と防水性を誇る防具と、自作の武器があるからいい。

 しかし、テッドリィさんとイアナの武器防具は、彼女たちの実力に見合ったものではあるが、取り立てて見事な一品というわけじゃない。

 ゾンビ竜の鱗や牙などの素材で装備を整えれば、あっという間に一線級のものに早変わりできる。

 そんな俺の目論見は、二人が首を横に振ったことで、勘違いだったと理解する羽目になる。


「いくら物が良くたって、ゾンビの素材は使いたくないねえ。なんだか、ゾンビの仲間にされてしまいそうじゃないか」

「そうですよ。なんだか呪われそうで怖いです。ああでも、タダであげるのはもったいないので、それなりのお金でバルティニーさんが二番目のお兄さんに売ればいいんじゃないですか?」

「それはいい案だけど、あの素材に見合った代金を払えるとは思えないけどなぁ」


 どうするべきだろうかと考えて、ふと死蔵したままだった、あるものを思い出した。

 荷物を漁り、そこからあるものを引っ張り上げる。

 見せれば貴族から一定の援助を得られると言われた、ヘプテイン・ディレ・ターンズネイト侯爵の署名と家紋入りの紙。

 だいぶクシャクシャになっているが、使えるだろうかと危ぶみながらも、それを手に立ち上がる。


「二人が装備に使わないって言うのなら、これを利用してゾンビ竜の素材はオークションにかけることにするよ。好事家なら、大枚を叩いて買ってくれるだろうしね」

「そんなことをして、いいのかい?」

「いいさ。俺は荘園とは関係のない立場になっているし、ここに置いたままだと要らない喧嘩が勃発しそうだしね」


 理由を語ると、テッドリィさんに苦笑いされた。


「そういうことじゃなくてさ。ゾンビ竜の素材を供給しようものなら、アンタに新しい二つ名が増えるんじゃないかい、ってことさ」

「あ、そういう懸念もあったか……でもまあ、いまさらだよ」


 すでに『鉈斬り』や『浮き島釣り』など、俺の知らない物も含めて、色々な二つ名がついているらしいんだ。

 ここで一つぐらい増えたところで、気にすることはないだろう。


「それじゃあ、わざわざ荘園の門を通ってマカク兄さんに警戒されるのも嫌だから。森の中を抜ける道順で、ヒューヴィレの町に行くことにするよ。一両日中には帰ってこれると思うけど、居ない間のことは任せたよ」

「おう、任せておきな。森は大人しいから、大したことはないだろうけどね」

「ゾンビ竜の素材も、盗まれないように見張っておきますね」

「ゥワウ」


 いってらっしゃいとチャッコの鳴き声に見送られて、俺は装備を整えてから、作業中の奴隷の人たちに見咎められないよう気配を消しつつ森の中へと入っていく。

 その後で両足に魔法の水を纏わせ、そのアシスト力を生かして木々の間を跳び進むようにして高速移動しながら、ヒューヴィレの町へと急いだのだった。


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