表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
287/313

二百八十六話 ゾンビ竜、運搬中

 休憩含みに、小一時間ほど待ったが、ゾンビ竜は一切動くことはなかった。

 これ以上の様子見は必要ないと判断した俺は、伏せて倒れるゾンビ竜の腹の横側へ歩いていく。

 そして、両足に攻撃用の魔法の水を纏わせると、力いっぱいにゾンビ竜を蹴ると上へ足を振り上げた。


「よっ!」


 俺の気合の声と共に、蹴り上がげられたゾンビ竜の巨体が浮き上がり、横向きに倒れ直す。

 そのとき、上半分失った頭から腐汁と腐肉が零れ落ち、周囲に一層の嫌な臭いを振りまいた。


「ウッ――これは作業し辛いな」


 片手で鼻と口を押えつつ、もう片手で鉈を引き抜く。その刃に水の魔法を纏わせ、比較的鱗や皮が柔らかな腹に突き立てる。

 腐汁が刺し口から吹き出て、危うく俺の体にかかりそうになった。

 気持ち悪さを抑えて、俺は走りながらゾンビ竜の腹を開く。

 中身がデロデロと流れ出てきた。

 腐った内臓と腐汁だらけの中に、ゾンビ竜が食らったノームたちも半分溶けたような状態で現れる。

 より一層、異臭が放たれ、俺は生活用の魔法で水を手から出して、ゾンビ竜の腹とそこから出てきた腐ったもの水洗いし、臭いと毒性を薄めにかかる。


 こうして、臭い中で解体作業をしているのには理由がある。

 ゾンビとはいえ、翼のない竜の肉体は高く売れるし、その牙や爪は武器職人に、鱗や皮は防具職人にとって垂涎の素材だ。

 そんな素材をみすみす放置するには気が引ける。

 石を宝石に変えられる俺にはゾンビ竜の売却益は必要ないが、荘園の運営に使うなら必要になるものだし。

 ちなみにノームの親玉については、ゴリラの体な肉は食べられそうにないし、セイウチな頭に生えた牙は魅力的だが竜の素材に比べたら見劣りするため、とりあえず放置することに決めている。

 ゾンビ竜を運んだあとで、時間と体力が許すなら取りに戻りたい。

 もっともその頃には、他の魔物に食い散らされ、骨や牙は奪われて武器化されているだろうけど。


 さて、あらかたゾンビ竜の中身と周囲の地面を水洗いし終えた。

 ゾンビ竜の肉体は粗方腐っていたらしく、水で洗い流してみると、ほぼ骨と皮、そして鱗しか残らない状態になった。

 これが健全な竜なら美味しい肉が手に入るので、わざわざゾンビ竜を倒しても『美味しく』はないなと肩をすくめる。

 気を取り直して、森の木々から、その身に纏わりついている蔓植物を引っ張り取る。

 強度がありそうなものだけ選別し、綱を作る要領で寄り合わせていく。

 ゾンビ竜の顎下にある皮に切れ目を入れ、蔓の縄を差し入れて口内へと通す。

 前歯にあたる牙の一本を抜き取り、そこに入るように縄を通した。

 これで運搬する準備は整った。

 俺は足腰と腕に魔法の水を纏わせると、縄を引っ張る。

 ゾンビ竜のむくろが地面を滑ったのを確認してから、魔法の水の厚みを必要最小限に調整していく。

 ゾンビ竜との戦いで、俺は荘園に向かうよう逃げてきたのだけれど、まだまだ距離があるため、そうしないと魔力消費を節約しないと魔塊が先に尽きてしまうからだ。

 ずりずりと音を立てながら、ゾンビ竜の体を引きずっていくと、小動物らしき小さな気配が遠ざかるように逃げていく感じを得る。

 でもそんな中で、魔物たちは次の森の主になるための行動を始めたようだ。

 少し遠くの方で殺し合っている気配があり、近くでは俺の様子を伺っている気配がある。

 俺が気配を無視して歩いていると、どんどん近くに魔物の気配が強くなってきた。

 これはひと争い起こさないとまずいかと危惧していると、俺の様子を見に集まっていた魔物たち同士が急に戦いだした。

 きっと、ゾンビ竜を倒した俺が森の外に出ようとしている――俺に森の主になる気がないと見て、他の候補たちを殺しにかかることにしたのだろう。

 下手に戦闘に巻き込まれるよりかはマシなので、俺は騒がしくなった魔物たちを無視して、荘園へと向かって歩き続ける。

 そうして森を安全に抜けると、ブロン兄さんが開拓していた場所の近くに出た。

 すると、俺の登場を待っていたかのように、テッドリィさんとイアナ、そして武器を持ったブロン兄さんと奴隷の人たちが立っていた。


「ちょうどよかった。魔力が尽きる寸前だから、これ運ぶのを手伝ってよ」


 ぐいっと蔓の縄を引き寄せて、ゾンビ竜の骸を森の外へと引っ張り出した。

 その異形の死体に、ブロン兄さんと奴隷の人たちがざわめいた。


「あれを、バルティニーの坊ちゃんが倒したってのか?」

「皮がダルダルだが、あれっておとぎ話に出てくる竜だろ」


 口々に恐れを含んだ言葉を交換する奴隷の人たちに、ブロン兄さんが大声を張り上げる。


「何をしているんだ! せっかく、バルティニーが森の脅威を排除してきてくれたんだ。運搬を手伝うぐらいしなくて、どうする!」


 ブロン兄さんが率先して俺に近づき、蔓の縄に手をかける。

 そして力いっぱいに引いて、少しもゾンビ竜の骸が動かなかったところで、俺に驚きの目を向けてきた。


「……ここまで、どうやって運んできたんだ?」

「裏技があってね」


 俺は自分の腕や足に纏わりつく水を指してから、魔法を解除する。

 俺の体を滑り落ちていく水を見て、魔法の素養があるブロン兄さんは納得したようだ。


「これが、魔術師のみが使える魔法か」

「それとは俺のは少し違うらしいけどね」

「そうなのか――何をしている! 早く手伝わないか!」


 ブロン兄さんが再度一喝すると、奴隷の人たちは慌てた様子で近寄ってきて、蔓の縄に手をかけ始めた。


「うおっ! なんだこりゃ、すごい重いぞ」

「こんなのを、坊ちゃんは一人で引きずってきたのか?」

「全員で息を合わせろ。せーの、そいやあああ!」

「「「そいりゃあああああ!」」」


 少しずつゾンビ竜の骸が移動を始めたのを見て、俺は森の向こうを警戒したままのテッドリィさんとイアナに近づく。


「警戒、ご苦労さん。それで、なにか変わったことはあった?」

「この辺りに魔物の死体がないのを見れば、平和だったってわかるだろ?」

「チャッコちゃんが、待っていても暇だからって森に行ったら、魔物の一匹も出てこなくなっちゃいましたよ。一番警戒したのは、バルティニーさんがあれを引きずってきた音が聞こえたときですよ。どんな大物が出てくるのかって、奴隷の人たちは怖がっていましたよ」

「それは申し訳ないことをしちゃったな。でもゾンビになっていたとはいえ、竜の素材を放置するのもな」

「竜の素材で作った武具となれば、冒険者にとっちゃ夢の装備だ。持っていれば、見物料だけで一生暮らせるぐらいにねえ」


 テッドリィさんは、羨ましそうにゾンビ竜の骸を見ている。

 それならと、俺は提案することにした。


「あれを倒したのは俺なんだから、テッドリィさんとイアナの装備に使う分を、取り分として貰っちゃえばいいんじゃない?」

「おっ、そいつはいい。あ、でも、ありゃゾンビだったんだよなぁ……」


 口惜し気にするテッドリィさんに、イアナが小首を傾げた。


「なにか、まずいことがあったりするんですか?」

「ゾンビの素材は、押しなべて強度が弱いんだ。その分、変な効果がついていることがあったりしてな。武器や防具としちゃ使いにくいのさ」

「へえー、そうなんですか。それじゃあ、売り払っちゃった方が良いんでしょうか」

「あー、でもなー。竜の素材なんだよなー。だけどゾンビなんだよなー……」


 名残惜しそうに悩むテッドリィさんを見て、俺は苦笑いを浮かべる。


「そんなに悲しそうに見なくても、俺が普通の竜が沢山いる場所を知っているから、機会があれば取りに行けるよ。だから今回は諦めたら?」

「……バルティニーだもんな。伝説の竜がゴロゴロいる場所をしっているなんてって、驚くだけ損だねえ」


 テッドリィさんとイアナがなぜか苦笑いを、こちらに向けてくる。

 心外なと思っていると、口元を血で濡らしたチャッコが森から現れた。

 チャッコは、奴隷の人たちが引きずっているゾンビ竜を迂回するように戻ってくると、俺に近づこうとして途中で止まる。


「ゥゥウワン!」


 臭いと吠えられて、俺は思わず自分の体に鼻を近づける。

 微かに、ゾンビ竜の体液の臭いがした。

 このまま放置して、変な病気になっても嫌なので、剣帯などの武器装備を外してテッドリィさんに預けると、生活用の魔法で作った水を頭からかぶることにした。

 けれど、この程度では落ちないかったようで、チャッコの嫌そうな顔が続く。


「それなら仕方ないな」


 俺は息を止めると、残り少ない魔塊の魔力を使ってエルフに教えてもらった洗濯魔法で、全身を洗うことにした。

 一分ほどで全身綺麗になると、チャッコは満足そうな顔になり、今度はテッドリィさんへ顔を向ける。


「ゥワウウ!」

「武器も臭いから洗えって?」


 仕方がないなと、洗濯用の魔法で武具を丸洗いにしたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ