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二百八十四話 巨獣決戦

 ノームの親玉とゾンビ竜は、周囲の木々をなぎ倒しながら、お互いに攻撃を繰り出している。


「ボォゥオオオオオオオオ!」

「グゴオオオ、グィジ、オオオオオオオオ!」


 ノームの親玉は、その小山のごときゴリラの体を躍動させて殴り、セイウチのような顔にある牙で抉る。

 ゾンビ竜は腕に噛みつき、前足の爪で切り傷を与えていく。

 片や森の主。

 片や魔物の最上位の竜であり、体力無尽蔵のゾンビ。

 少し離れた樹上に座る俺の元に、両者がぶつかり合う衝撃と音が届くほどのかなりの激戦だが、実力は拮抗しているようで、一進一退の状況だ。

 前世で見た怪獣大決戦な映画を思い出しつつも、俺は保存食を食べながら観戦を続ける。

 小一時間ほど経った頃に、ようやく少しずつ状況が動き始めた。


「うーん。ノームの親玉の方が劣勢になりつつあるのかな?」


 両者の体には数多くの裂傷が刻まれているが、ノームの親玉は攻め疲れた様子で肩で息をしているが、一方でゾンビ竜は疲れ知れずに動いている。

 そしてよく見てみると、ゾンビ竜の臭い腐汁で気分を悪くしたのか、ノームの親玉は体調を崩している様子だ。

 こうして少しだけでも戦況が傾くと、先ほどまで拮抗していたことが嘘みたいに、ゾンビ竜が圧倒し始める。


「グゴオオオ、グジュ、ウオオオオオオオ!」


 腐汁を口から飛沫させながら叫び、ゾンビ竜はノームの親玉に突進する。

 大質量の体当たりに、体調が悪いノームの親玉が踏ん張り切れずに転び、地面に横倒しになった。

 ゾンビ竜はその上に四つ足で乗りかかると、大口を開けて噛みつきにかかる。

 ノームの親玉は二本の腕で迫りくる顎を掴んで止め、どうにか噛みつかれないように踏ん張っている。

 しかしそのままではやがて押し切られると思ったのか、足でゾンビ竜の腹を蹴りつけて退かそうと試み始めた。


「ボオオオオオ、ボォォオオオオオオ!」


 倒木が地面に落ちたような重々しい響きが木霊し、ゾンビ竜の口から腐汁が噴水のように跳び出す。

 吐き出された液体の中には、先ほど散々食べ散らかしたノームの死骸も混ざっている。

 かなりの痛手を受けたように見える光景だが、ゾンビ竜は痛痒を感じていないのか、相変わらずノームの親玉にのしかかって、その首に牙を突き立てようと動き続けている。

 一向に改善しない状況に、ノームの親玉は焦った様子で周囲を見回す。

 そして、攻防の際に折り倒した木が横にあるのを見つけると、片手だけゾンビ竜の顎から離してそちらへと伸ばした。

 しかし、せき止める力が半分になったことで、ゾンビ竜は一気にノームの親玉の喉元へ牙を近づける。

 迫る牙に、ノームの親玉はこのままではまずいと判断したのだろう、押さえるのに使っていた片手をゾンビ竜の口内に差し入れて、急所だけは噛みつかれないようにと抵抗した。

 ゾンビ竜は、口の中に勝手に入ってきた肉に反応して、顎を力強く閉じる。

 ノームの親玉の腕から血が噴き出し、続いて骨が噛み砕かれる音が響いた。

 そして一分と経たずに、その腕は噛み千切られる。


「ボォオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 片腕を失った痛みに呻くノームの親玉は、現存する方の腕で倒木を掴む。

 そして、腕を飲み下して満足そうにしているゾンビ竜に対して、渾身の力で振るった。

 ノームの親玉の膂力と倒木の重さによる打撃に、流石のゾンビ竜も横へと吹っ飛ばされる。

 少し距離が空いた両者が、同時に立ち上がる。

 ゾンビ竜は一瞬だけ突撃する姿勢を見せたが、ノームの親玉が握る倒木を目にして、慎重な態度に変わった。

 それを見て、ノームの親玉は失った腕から血が噴き出しているのを無視し、掴んでいる倒木を振り上げて威嚇する。

 ゾンビ竜はカウンター狙いのようにじっと体を伏せて待ち、ノームの親玉はじりじりと足を進ませて先に倒木を棍棒と化して殴ろうとしている。

 先ほどまでの荒々しい戦いとは一変して、静かな攻防だ。

 両者の圧力に呼応しているかのように、森の木々のざわめきも静まり、虫の音一つすらなくなっている。

 ひりついた時が流れ、やがて先に動いたのは、倒木の棍棒を手にして長いリーチを得た、ノームの親玉だった。


「ボォオオオオオオオオオオ!」


 気合の雄たけびと共に、大上段に構えられていた棍棒が、一気に振り下ろされる。

 大質量かつ重力と遠心力が乗ったその攻撃を受ければ、流石のゾンビ竜とてひとたまりもないだろうと、俺は思った。

 だが、ノームが棍棒の一撃を狙っていたように、ゾンビ竜も襲い掛かる力を溜めていたらしい。

 迫りくる巨大な棍棒に立ち向かうように、一気に前に跳び出したのだ。

 その動きは、大型トラックほどの巨体かつ、半ば腐ったゾンビとは思えないほどに俊敏な動きだった。

 証拠に、ノームの親玉は振り下ろす目測を誤って、跳びかかってくるゾンビ竜の横に棍棒を振り下ろしてしまっている。

 そしてこの失敗が、両者の運命を決定づける一手になったようだった。

 つまり、跳びかかったゾンビ竜の顎が、ノームの親玉の喉元に確りとかかり、差し込まれた牙の周りから血が噴き出している。


「ボオオオ、ボオオオォォォォ――」


 口から血を流しながら、ノームの親玉は棍棒を手放した腕で、ゾンビ竜を引きはがそうとする。

 しかし、食らいついたゾンビ竜は、いっこうに離す様子はない。

 それどころか、首を噛みちぎろうとするかのように、徐々に顎の開いていた間隔が狭まっていく。

 そして耐久限界点を突破したのだろう、ノームの親玉の首あたりから、骨が破壊される音が響き、ひときわ大きな血しぶきが上がった。

 力を失って倒れるノームの親玉。

 ゾンビ竜は止めを刺すように、その首を噛みちぎって切り離すと、首を上向かせる。


「グウウウオオオオオォ、ゴゴグッ、オオオオオオオオオ! グウウウオオオオオォ、ゴゴグッ、オオオオオオオオオ――」


 新しい森の主は自分だと宣言するように、勝利の雄たけびを何度も上げる。

 その残響が森の中に消え去った後で、勝利の味を確かなものにするかのように、倒したノームの腹へとゾンビ竜は牙を突き立てた。

 こうして巨獣の戦いは、ゾンビ竜の勝利で幕を閉じる結果となった。




 前世では映画の中でしか見えなかった光景を披露してくれた両者に、俺は拍手を送りたい気分になっていた。

 しかし俺は単なる観客ではなく、ノームの親玉とゾンビ竜を倒してくると誓った冒険者。

 悠々と食事をしているゾンビ竜を目にしたら、拍手を送る代わりに、弓矢の一本でも放つのが道理だ。

 俺は弓矢を構えると、両腕に攻撃用の水の魔法を纏わせる。

 この弓は、水を吸って剛性を増す性能を持つ。

 俺が手に纏わせている水を吸い上げ、常人には引けない強弓に変わる。

 そんな弓を、魔法の水のアシスト力で強引に引き、ゾンビ竜の頭に狙いを定めた。

 しかし、相手は大型トラック並みの巨体だ。

 このまま放ったところで、象に針を刺したぐらいの傷しか与えられない。

 それならどうすればいいかといえば、放つ矢に別の魔法を纏わせればいいだけ。

 俺は魔塊から魔力を引っ張り、矢の鏃に火の魔法を纏わせて赤熱化させると同時に、軸の部分に風の魔法をも纏わせる。

 こうして攻撃準備が整ったところで、ゾンビ竜がやおらこちらに顔を向けてきた。

 きっと、俺の魔法に反応したのだろう。

 しかし、こちらの姿を確認するという隙が命取りだ。

 俺はゾンビ竜の腐った瞳と目を合わせつつ、矢を手放した。

 類い稀な強さに変化した弓が弦を破断させながら放った矢は、纏わせた風の魔法の影響も合わさり、銃弾のような素早さで空中を飛翔し、瞬く間にゾンビ竜の眉間に根本まで突き刺さった。

 間髪入れず、突き刺さった部分から、鏃に纏わせた炎の魔法が吹き上がる。

 それと同時に、矢の軸に纏っていた風の魔法も吹き荒れた。

 そして火と風の魔法が合わさり、巨大な火柱がゾンビ竜の巨大な顔を覆いつくす。


「ググオゴゴオオオオオオ、ゴゴゥ、ゴオオオオオ!」


 顔が燃えることに呻いて、ゾンビ竜は顔を振って炎を消そうとしている。

 しかし魔法の火――それも火と風の属性を合わせた混合魔法が、そんなもので消えるはずもない。

 俺は念のために次の矢を放つ準備に、切れた弦を張り直しながら、ゾンビ竜の燃える様子を観察し続ける。

 ゾンビ竜の頭の鱗と皮が燃え落ち、腐った肉が燃える嫌な臭いが周囲にまき散らされる。

 このまま燃え落ちるだろうと半ば予測していたのだが、突然に燃える火の様子が変わったことに気付いた。

 腐った肉を焼き焦がしていたのに、唐突に一切焦げ目が生まれなくなっている。

 さらには、発生していた嫌な臭いが、突如として発生しなくなった。

 嫌な予感がして、俺はもう一度同じ魔法をかけた矢を放って、ゾンビ竜の頭に纏わりつく火勢を強めた。

 数十秒だけ肉が焼けて炭化する様子と嫌な臭いが巻き起こったが、次第にその様子が無くなった。

 その突然に火に耐性を得たような様子を見れば、もう確定だった。

 エルフの里でアリクさんに教えてもらった、森の主の秘密を思い出しつつ舌打ちする。


「……チッ。森の主になって得られる力で、火に強くなるように自分の体を改造したのか」


 俺の呟きが正解だと教えるように、ゾンビ竜は火勢が衰えた火柱を散らすと、鱗と皮膚が燃え尽きて腐った肉を晒す顔を現して高らかに吠えた。


「グオオオオオオオオォォォ、ググジィ、オオオオグウウウウウ!」


 遠吠えの後に、ゾンビ竜はこちらを見ると、間にある木々をなぎ倒しながら突進してくる。

 その動きは、先ほどまでよりもさらに滑らかになっていた。

 きっと体の動きを良くするように、さらに森の主の力を使ったんだろう。

 そんな予想と共に、ゾンビ竜による衝突で足場の木が揺られる前に、俺は体に魔法の水を纏わせると空中に身を躍らせたのだった。


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