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二百八十二話 方針会議

 荘園にある実家に帰ると、森で見てきたことを報告することにした。

 その場所には、俺とテッドリィさんとイアナ、マノデメセン父さんと兄さんたち、そしてなぜかシューハンさんがいた。

 どうしているのかと首を傾げると、マカク兄さんが不満げに鼻息を吹く。


「ふんっ。俺たちは森の中を知らないからな。シューハンに、狩人としての視線で意見を聞くんだ」


 理由に納得してから、俺は森で見た魔物について報告した。

 森の際近くにゴブリンや虫系の魔物が多く現れていること、昔にはいなかったノームと倒されると仲間を呼ぶ特性、そしてノームの親玉が森の主だという予想と、ゾンビ竜。

 話を聞いた人たちの反応は一様で、ノームの特性に顔をしかめ、ゾンビ竜の報告に顔色を青くする。

 一番狼狽えていたのは、荘園の跡継ぎであるマカク兄さんだ。


「ゾンビの竜だと! そんなものおとぎ話にしかいないはずだろ! 本当に見たのか!!」

「本当だよ。なんなら、居る場所まで案内しようか?」


 俺が安請け合いして返すと、マカク兄さんの語調が少し怯んだ。


「そ、そんなことはしなくていい。だが、にわかには信じられないことだ……」


 信用できないと感じているのは、なにもマカク兄さんだけではなく、父さんやブロン兄さんもだった。


「そんな存在が森にいたら、祖先からなにか申し伝えがあっていいと思うんだが」

「バルティニーが嘘をつく理由がないのだから、本当なのだろうけれど……」


 伝説上の存在に、話があまりピンとこないらしい。

 場の空気が、俺に懐疑的になりつつある中、意外な人物が口を開いた。


「バルティニーの言うことは、本当だ」


 父さんたちがギョッとして見る先にいたのは、シューハンさんだった。


「それはどういうことだ?」

「昔、竜を見たことがある。そのときは、腐ってはいない、健康な姿だった」

「いつのことだ?」

「マセカルクが生まれたすぐあとの年だ。獲物が獲れなくて、森に深入りしたときに見た」

「ほ、本当か!? なんでそのときに報告しなかった?!」

「必要ないからだ。竜に人を襲う意思がなかった。そして、俺の弓矢では獲れない」


 言葉少なく語るシューハンさんの心情を推し量るとすると、驚異でもなく獲物にもならないなら、悪戯に混乱を巻き起こさないように報告は自重したということだろう。

 実際、その判断は正しいだろう。

 俺の予想では、健康体だった頃の竜こそ、荘園近くの森の主だった存在だ。

 下手に手を出そうものなら、要らない痛手を負うことは目に見えていた。

 シューハンさんのそんな思いを、父さんとブロン兄さんも受け取れたのか、小難しい顔になる。


「過ぎたことはいまさらどうでもいいことか。いまは、ゾンビと化したその竜について考えないといけない」

「いや父さん、待ってくれ。問題にするべきは、バルティニーが語った森の主――ノームの親玉とやらをどう倒すかだ。それさえやっつければ、森の外に出てくる魔物はぐっと減るはずだ」

「だがバルティニーが言うには、ノームの親玉を倒してしまったら、次はそのゾンビ竜が主になる可能性が高いらしいじゃないか。そしてゾンビ竜が主となると、ゾンビが森に現れることにつながると」

「満足な飯があれば動かないんだ。森の主になったって、外に出てくるとは思えない」

「理屈ではそうだが、ゾンビがウロウロしている森の横で生まれた作物など、行商人に買いたたかれるのがオチだ」

「買いたたかれる心配があるなら、その分量産すればいい。魔物が森の外に出てこないなら、土地を開拓する余裕なんていくらでも生まれる」


 二人が熱く言い争っていると、マカク兄さんが手で机を大きく叩いて議論を止めさせた。


「いい加減にしてくれ! いま荘園を取りまとめているのは、俺だ! 今後の方針をどうするかは、俺が決めることだ! 二人は少し黙ってくれ!」


 怒鳴り終えた余韻で鼻息を荒くしたまま、マカク兄さんは俺に目を向ける。


「ノームの親玉とゾンビ竜、そのどちらも倒すとしたら、どれだけ金がかかる?」

「それは冒険者に討伐依頼を出すということ?」


 頷くマカク兄さんに、俺はテッドリィさんに意見を求めた。


「相場でどのぐらい?」

「本気で言ってんだとしたら、もの凄く高額になるってことしか言えないね。それこそ、そこの麦袋に金貨をぎちぎちに詰め込んでも、報酬としちゃ安いってぐらいさね」


 テッドリィさんが指さしたのは、いまは収穫された麦が入っている、大の大人がすっぽり入るほど大きな麻袋だった。

 そこに入る量の金貨を想像したのか、マカク兄さんが焦り始める。


「いくらなんでも、冗談だろ? あれほどの金貨なんて、大貴族だっておいそれと払える金額じゃない」

「森の主と、ゾンビ化しているとはいえ伝説の竜を倒すんだ、それだけの大偉業だってことさ」


 テッドリィさんの呆れを含んだ物言いに、マカク兄さんが「ぐっ――」と喉を詰まらせたような声を出して黙った。

 そうしてやり込めた後で、テッドリィさんはやおら代替案を出す。


「まあ、いま言ったのは、真っ当に組合に依頼を出した場合ってことさね。裏技はいくつかあるさ」

「裏技、だって?」

「一つは、この荘園を含む土地を持つ貴族に、森に異変が起きたから有能な冒険者を派遣して欲しいと願い出ることだね。もし荘園が一つ潰れたら、その分税収が減るんだ。手を貸してくれる算段は高いと思うよ?」

「な、なるほど……」

「次は、魔術師に話を持ち掛けるんだ。ゾンビ竜なんて滅多に現れない魔物は、連中にとっちゃいい素材になるんだ。向こうから望んでやってきて、勝手に倒してくれるさ。話の持ってきようじゃ、ノームの親玉だって倒してくれるかもしれないねえ。この荘園には連盟の魔術師がいるんだってんだから、話は通しやすいだろ?」


 熟練冒険者しか知らないような抜け道みたいな案に、マカク兄さんは魅力を感じたようだ。


「連盟の魔術師は、ソースペラのことだな。居るにはいるんだが、チッ、間が悪いな」

「そりゃ、どうしてだい?」

「俺の許嫁を連れに、奴隷戦士と共に使いに出しているんだ。だから、現時点でこの荘園にはいない」

「いつ帰ってくるんだい?」

「次の早麦が色づく頃と聞いている」


 昨日、行商人に作物を売り渡していたことを考えると、作付けはこれからだろう。

 そうなると、早麦が実るまで順調なら一月、遅くとも二月ぐらいだ。

 行き返りの旅程とはいえ、それほど日数がかかる遠方から嫁にもらうなんて、どんな伝手を持っていたのやらと首をかしげたくなる。

 そんな内実を外には出さずに、どのぐらいの時間かを、俺はテッドリィさんに身振りで伝えた。


「最低で三十日ねえ。なあバルティニー。それだけの日数を、森の中は平和でいられるもんかねぇ?」

「多少の魔物が荘園に入り込んでくることを、平和と言えるんならね。でも、ゾンビ竜はさんざんノームを餌にしているみたいだったから、遅かれ早かれ、ゾンビ竜とノームの親玉は戦う可能性もあるんだよな」


 森の騒動はこれからが本番だと匂わせると、マカク兄さんは困り顔になった。


「許嫁を迎えるんだ。ゴタゴタは早めに片付けたい」

「森の主の問題は、そんなに手っ取り早く終わるような話じゃないって、前に言ったと思うけど」

「一度倒したら、次の主が決まるまで、森の中は騒がしくなることは理解している。金がないのに、無茶を押し通そうとしていることもだ」


 事情を理解しているのに、道理を蹴り飛ばそうとするような性格だったっけと、俺はマカク兄さんの様子に首を傾げる。


「……先方に、荘園は魔の森に近いが、魔物は外に出てこなくて安全だとでも言って、許嫁を貰ったとか?」


 俺はなにげなく呟いただけだったが、マカク兄さんとマノデメセン父さんの反応は劇的だった。

 どちらもあからさまに目を泳がせ、言葉を探しているかのように、唇がもにょもにょと動いている。

 事情を察して、俺は肩をすくめた。


「三十日も旅程がかかることや、ソースペラを迎いに出したことも変だと思っていたけど、時間稼ぎをする気なわけだ」

「そ、それがどうした。大事な許嫁を呼ぶんだ。道中で何か起きないように、最大戦力で護衛するのは当然のことだろ」

「その姑息な作戦のせいで、ソースペラの縁故を辿って魔術師を呼ぶ案ができないんだけどね」


 つい皮肉を言ってしまったところ、マカク兄さんは軽く項垂れた後で、縋るような目を向けてきた。


「なあ、バルティニー。冒険者の中では有名になったというのなら、凄腕の冒険者の知り合いとかいないか。報酬は一括では払えないが、分割してならどうにかするから」


 依頼は冒険者組合に出すことが通例という常識や、下手に安請け合いしたら他の冒険者に迷惑になるなどと、理由をつけて渋ってきた。

 それは、俺が冒険者として生きるために守るべきルールであり、破ったらテッドリィさんやイアナに迷惑がかかるからだ。

 しかし血を分けた今世の兄に素直に縋られたら、そんなルールを守って嫌だと言えるはずがなかった。


「……分かったよ。ゾンビ竜とノームの親玉は、俺が倒してくる」


 俺があまりにもあっさりと言ったことに、父さんや兄さんたちが驚いている。


「軽く言うが、バルティニーに倒せるのか?」

「そうだぞ。ノームの親玉のことは知らないが、竜はおとぎ話で敵役として出てくる有名な魔物だ。危険な相手だぞ」

「こちらが無茶を言っていることは承知している。倒せる冒険者に当てがないなら、素直にそう言ってくれていいんだ」


 俺の心配をしているような言葉に、思わず苦笑いする。


「翼のない竜なら、倒した経験があるんだよ。まあ、そのときは二人がかりで、俺一人でじゃなかったけどね」


 異種族の友人――黒蛇族のオゥアマトのことを思い出しながら語ると、父さんたちは驚いた顔になっていた。


「ほ、本当にか?」

「エルフの里に、素材や食肉として卸していたから、鱗や牙なんて証拠は持ってないけどね」

「エルフ?! またもや、おとぎ話の世界の住人だぞ」

「いや。エルフは実在していて、とある森に住んでいるから。その人たちから、魔法を教えてもらったんだよ」


 こんな風にと、抜いた鉈の刃に攻撃用の魔法で炎を纏わせて見せてあげた。

 すると、また三人とも驚いている。

 さらにはブロン兄さんは、マカク兄さんと顔をつき合わせて相談事を始めた。


「ソースペラに習っていない魔法だ。というより、武器に魔法を纏わせられるものなのか?」

「授業では無理だと言ってなかったか? 攻撃用の魔法とは火や水などを撃ち放つもので、応用で使える空を飛ぶ魔法だって放出した風の反動で浮かび飛んでいると聞いたような……」


 漏れ聞こえてくる話によると、どうやら俺の攻撃用の魔法は、ソースペラのような魔術師が使っているものとは違うものらしい。

 エルフの里では変だと指摘を受けた覚えがないので、『人間が使う魔法とは違う』といった感じだろうか。

 疑問を抱いていると、兄さんたちは俺が使う常識はずれな魔法の理由を勝手につけて納得してくれたらしい。


「その変わった魔法を見れば、エルフに教わったという内容も理解できる。そして、バルティニーが出来るというのなら、竜を倒すことも出来るんだろう」

「そういう事実があるのなら、是非ともゾンビ竜を倒すのを頼み――」


 マカク兄さんが頼んでくる言葉を、俺は途中で遮った。


「俺は冒険者だ。頼んできたら、その人からお金を貰わないといけなくなる。今回のことは、俺が森を散策中にゾンビ竜やノームの親玉に出くわして、やむを得ず倒したことにしたい。だから、その先の言葉は言わないでくれ」

「――わ、分かった」

「それと、そんな事情で倒すんだから、ゾンビ竜とノームの親玉の素材は俺が全部もらう。それと、次の森の主が決まるまでの森の混乱が収まるまで滞在はしないからな。次の森の主が領域奪還型だったら、そのときは冒険者に頼んでくれ」


 二度は手伝わないと暗に名言するが、マカク兄さんは力強く頷いてくれた。


「今回のことは、破格の対応だと理解している。とりあえずでも森が平穏になるなら、バルティニーが思う通りにしてくれていい。その後のことは、こちらの問題だから気にしなくていい」


 殊勝な物言いに、俺は少し鼻白んでしまう。


「なんだか、急に素直になったよね。俺がここに戻ってきたときは、変にカリカリしてたのに」

「そりゃあ、許嫁を迎え入れようとする時期に、森が変になったんだ。気をもんで神経質になるのも無理ないだろ」

「……もしかして、マカク兄さん。その許嫁の人に惚れているの?」

「なっ、そ、それは――その、通りだが……」

「あれ? 送られた絵姿でしか、許嫁の人を知らないんじゃないの?」

「手紙のやり取りはしていてな、文面から伝わってくる彼女の人柄に惚れているんだ」


 俺への義理を果たす気なのか、マカク兄さんは顔を真っ赤にしながら答えてくれた。


「マカク兄さんが惚れているんじゃしょうがないな。二人の門出の前祝いと、ブロン兄さんへの遅めの結婚祝いに、ゾンビ竜とノームの親だまを倒してくるとしますか」


 俺は笑顔で請け負うと、テッドリィさんとイアナに向き直る。


「そういったわけだから、二人は面倒かもしれないけど、開拓地の護衛を続けて。森の中で戦うから、異変を察知して弱い魔物が荘園まで逃げてきて、大変なことになるかもしれないからね」

「分かっているさね。あたしらにかかれば、ゴブリンの十匹や百匹なんてわけないんだから、心配せずに倒してきな」

「いや、ゴブリン百匹は大変な相手ですよ。せめて、三十匹ぐらいにまけてくれないと、荘園の人たちにケガさせちゃいますって」


 イアナはテッドリィさんの勇ましい発言を訂正しながら、チャッコに手を伸ばし、軽く頬に触れて問いかける。


「チャッコちゃんはどうします?」

「ゥウウ……ゥワフゥ……」

「ゾンビ竜は臭いから戦いたくないってさ。じゃあ、チャッコもお留守番お願いね」

「ゥワウ!」


 任せろと胸を張るチャッコの頭を撫でてから、俺は出立する準備を整えて、出てきたばかりの森の中へと戻ることにしたのだった。


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