二百八十話 ノーム戦
俺は弓矢で、チャッコは爪と牙でノームをすばやく撃退していく。
しかし殺せば殺すほど、ノームが次から次にやってくる。
援軍を呼ばせないためには倒さなければいいのだが、敵意を剥き出しに来る魔物にそんな真似はできない。
「矢の在庫が切れた。遠距離で倒せなくなった分だけ、いままでより多く殺到してくるから気をつけてよ」
「ゥワウ!」
チャッコの返事を聞きながら、俺は付近の木の根に弓と矢筒を投げ捨てると、鉈を引き抜いた。
弓矢の牽制が無くなったことで、俺とチャッコに分かれて、ノームがやってくる。
「ポゥワアアアアアアア」
ゴリラ然とした肉体を躍動させて、一匹が俺に向かって拳を振り下ろしてくる。
素早いチャッコといつも模擬戦をしている俺にとって、そんな大振りな攻撃は当たるはずもない。
横に避け、地面を叩いたノームの首を、鉈で攻撃する。
「でぇやあああああ!」
「ポォオオアアアアアアアア!」
ざっくりと切れ目の入った首から赤黒い血を噴き上げて倒れるノームの後ろから、もう一匹がこちらに近寄ってきた。
その脇から、さらに二匹が走ってきている。
「「「ポォエエアアアアアアアア!」」」
「強くはないけど、数が多いのは面倒だな!」
俺はノームの打撃を避けながら、的確に首や心臓部などの急所に、次々鉈を突き立てた。
あっという間に三匹が絶命するが、今度は五匹がこちらに向かってくる。
両手を地面につける四足歩行のその姿は、さっき相手したものより、体が二回りは大きい。
これが、成体したノームの大きさなんだろう。
体格が大きいだけあり、幼体よりも筋肉が多くついていて、攻撃力が高そうに見える。
そして俺との身長差があるため、首や心臓部への攻撃がし辛いだろうと予想がつく。
接敵まで数秒の余裕を利用して、チャッコの戦いぶりに目をやる。
向こうも幼体との戦いは終え、成体との戦いに移行している。
チャッコは幼体なら一撃で倒せていたのに、噛み痕と出血だらけの複数の成体ノームと戦い続けている。
きっと防御力が高いんだろうと理解し、俺は鉈の刃に攻撃用の魔法で水を纏わせた。
「ボォオウエオオオオオオ!」
こちらにくる成体の一匹が、四つ足歩行の機動力の速度を乗せての体当たりを仕掛けてきた。
残りの四匹は、俺が避けても対処できるようにか、体当たりをする個体の左右に展開している。
それならと、俺は膝を軽く曲げてから、こちらに突っ込んでくる個体の頭へ、力強く跳躍した。
「だりぃやああああああ!」
跳びかかる勢いを乗せ、鉈を上段から振り下ろす。
鉈に纏わせた水の魔法の影響で、抵抗少なくノームの顔面を縦に深く斬り裂いた。
声を上げる間もなく瞬時に絶命し、力を失って崩れ落ちるノームを蹴りつけ、俺はさらに跳躍する。
死んだ仲間の体の陰で、俺の姿を見失いでもしていたのか、四匹のノームたちは上空を飛んでいる俺に顔を向ける素振りはない。
それどころか、俺がもといた場所に回り込もうと移動さえしている。
絶好の好機に、俺は地面に着地するとすぐに駆け出し、こちらに背を向けているノームの一匹へ跳びかかり、後頭部を鉈でかち割った。
「ボォゥアアァァァァ……」
倒れる仲間の悲鳴に、他のノームたちがこちらに顔を向けてくる。
「「「ボォゥエエエエエエエ!」」」
仲間を殺されたことを怒るような咆哮を上げ、三匹がこちらに走り寄ってくる。
俺は腕に魔法の水を纏わせると、足元に倒れるノームの死体を持ち上げ、真ん中のノームへ投げつけた。
「ボォオオオオオオオオ?!」
死んだはずの仲間が跳びかかってきたように見えたのか、そのノームは驚いた様子で、俺が投げた死体を抱き着くようにしてキャッチし、死体と共に地面に転がった。
残る二匹のうち、一匹は倒れた仲間の心配をして振り返り、もう一匹は構わずこちらに近寄ってくる。
俺はよそ見をした個体に走りながら、六方手裏剣を近づいてくる個体の顔面へ投げつけた。
「ポォオエエエエエエ!」
走り寄ってきた個体が立ち止まり、顔を腕で覆って手裏剣を防ぐのをみながら、よそ見から復帰したノームへ鉈を振り上げながら跳び上がる。
トドっぽい顔の顎下から刃を入れ、右上へ切り上げた俺は、肩を踏んで跳躍し、死体を退かそうとしている個体へと飛びかかった。
「たあああああああぁ!」
「ボォオオオオオオ?!」
跳びかかる俺に驚愕の瞳を向け、倒れているノームは太い腕で顔を守ろうとする。
魔法の水を纏わせた鉈は、太い腕を両断した後でノームの顔面に刃を突き立てた。
しかし、腕を斬った分だけ威力が弱まったらしく、致命傷には程遠い。
「このおおおおおおおお!」
気合を入れて、俺は鉈をノームの顔面の奥へと突き入れた。
骨を抉る手応えの後で、鉈が一気に奥へと入り込み、ノームは大きく一度体を痙攣させた後で全身を弛緩させる。
俺は鉈を引き抜こうとしたが、背後に迫る気配を感じ、柄を手放して前方へと身を投じた。
すぐ背後で、重々しい物体が高速で通過する音を聞きながら、もう一本の鉈を抜き、こんどは刀身に火を纏わせて赤熱化させる。
俺を攻撃してきたノームは、赤く熱された鉈を見て警戒した様子になると、短く鳴きながら右へ左へと体を揺する。
「ボォォ、ボォオオ」
軽い膠着状態を利用し、俺は周囲の気配をもう一度探る。
いま俺とチャッコが相手にしている成体のノームで援軍は打ち止めだったようで、こちらに近づいてくる気配はなかった。
それならと、俺は手裏剣を取り出すと、魔法で赤熱化させてから対峙しているノームへ投げつけた。
先ほど防げたからだろう、ノームは腕で防御しようとする。
しかし赤熱化させた手裏剣は、やすやすとその腕に突き立つと、肉を焼く音と臭いを周囲に放ち始めた。
「ボオオォォォウォオオオオ!」
肉体を焼かれる痛みで呻き、ノームは腕に突き刺さった手裏剣を抜こうとする。
意識が逸れて隙が生まれた。
この好機を逃さず、俺はノームに接近し、赤熱化させた鉈で足を斬りつけて体勢を崩させ、位置が下がった頭部へもう一撃食らわせた。
「ボオボボボボオボオオオ――」
赤熱化した刃で脳みそを焼かれて、ノームは痙攣しながら鳴き声を上げると、地面に倒れた。
赤熱化している鉈を引き抜き、他の死体に刺さったままの方も回収する。
一時的に双剣の構えを取りながら、俺は周囲の様子と、チャッコの戦いに目を向けた。
チャッコの方も戦いは大詰めだったようで、いままさに最後の一匹の喉笛に深々と牙を突き立てたところだった。
絶命して倒れるノームから離れたチャッコは、俺が見ているのに気づいて、大したことはなかったと伝えるように、血で汚れた口元を前足で拭いている。
その評価に俺も同意するが、他の冒険者ならどうだろうと首を捻る。
成体でも単体ならオーガ未満で、幼体ならオークほどな強さだが、一匹倒すと次から次へと現れるその特性は厄介だ。
ある意味、単体や数体しか出てこないオーガよりも、物量で押し込んでくるノームの方が冒険者には厄介な相手かもしれない。
それにノームは珍しいだけで、倒しても名声に繋がらない相手な上に、その肉体の利用価値も少ないという噂だ。
厄介さと実入りを比べたら、割に合わない相手と言わざるを得ないだろう。
とまあ、そんな考察はさておき。
「ノームなんて、俺が子供の頃にいなかったよな……」
独り言を呟きつつ、過去の記憶を探っていく。
無口だが指導は丁寧だった、狩人の師匠のシューハンさんから、森にノームが出るなんて聞いた覚えはない。
なら、ノームは森が変化してから現れた個体ということになる。
そして一匹倒しただけで、これだけゾロゾロと現れるのだから、かなり多くのノームがすでに森にいる可能性が高い。
多数を占めたノームに負われたけっか、ゴブリンや他の魔物が荘園に侵入したと考えると合点がいく。
ここまでいなかったはずのノームが溢れているとなると、新しいこの森の主は、ノームやそれに関連する種族な可能性が高いな。
上手くいけば、この偵察で森の主も倒してしまおうかとも考えていたけれど、ここは姿やその様子を見るだけで済ませて荘園に戻った方が良いんじゃないだろうか。
今後のことについて考えていると、近くから肉を食む咀嚼音が聞こえてきた。
顔を向けると、チャッコが倒したノームの腹に牙を突き立てて、内臓を貪っている。
こちらの視線を受けて、チャッコが俺に加えた内臓を持ち上げてみせてきた。
「いや、俺は食べないからな」
「ゥワフ……」
残念とばかりに鳴いて、チャッコは食事に戻っていく。
その食べっぷりに、思わず美味しいのかなとノームを見るが、トド顔のゴリラを食べる気には、どうしてもならなかったのだった。