二十七話 戦いの余波は鍛冶屋にも
食事を終えてから、冒険者組合に再び向かった。
少し前までごった返していたけど、だいぶ人が少なくなっていた。
中にいる人たちの多くは、机の周りに集まっている。酒を片手に、これからの予定を話し合っているようだ。
こっそりと聞いた限りだと、森でかなりの冒険者が殺されたことを考えて、身の安全のために逃げようと考えている人が多いみたい。
職員さんもそう知っているからか、テッドリィさんが魔物の討伐証明部位を渡すと色々と聞いてくる。
「お姿が見えなかったので、魔物にやられてしまったのかと思っていましたよ」
「けッ。そう簡単に死んでたまるかよ。いいから報酬渡せよ」
「これはこれは、申し訳ありません。ゴブリン、ダークドック、オークの部位を確認しました。手続きに少々時間がかかるので、その間に今後の予定や森で戦った状況などを、話していただけたらと思うのですが」
「いいぜ。だがよ、ロハで語れってのはなしだろ?」
「有益な情報でしたら、報酬に多少の色をつけますよ」
職員さんから気前のいい言葉が聞けたからか、テッドリィさんは戦った状況を語り始める。
「一応、あたしとバルトは、もう少しこの村に留まる気でいるぜ」
「それは良い。テッドリィさんは剣の腕が達者ですし、」
「おだてても、厄介な依頼は受けネェからな。そんで、森で戦ったときの様子だったか?」
「はい、よろしくおねがいいたします」
「あたしとバルトは、冒険者たちが集まっている場所から離れていったのさ。そして身を隠しながら、戦闘音を聞きつけて続々と集まってくる魔物から、不意打ちできそうなヤツらを倒していったわけだ。そんで――」
ペラペラと、テッドリィさんは職員さんに対していつになく饒舌だ。
そういえば、食事でかなりのエールを飲んでたから、ちょっと酔っているんだったっけ。
話しは進み、森の奥から土で出来たゴーレムが現れたところまで語られた。
「そんでよ、そんなデカブツを見て、こりゃ助けに行かなきゃ集まって戦っていた冒険者は全滅するって、助けに向かったわけだ」
「なるほど、ゴーレムですか。生き残った冒険者が報告した、でかくて黒っぽい人型の何かは、きっとそれですね」
「ああ、そうだろうな。そんでその後は、腰抜けが殺される以外は順調に撤退していたっていうのによ。どこかのバカが、もうすぐ森を抜けられる、なんていいやがったから、いきなり総崩れだ。その所為で、バルトがオークの棍棒で殴られちまったしよ。散々だったぜ」
「えっ、オークの攻撃を受けたのですか!?」
心配そうにこちらを見てきたので、ジェスチャーで大丈夫だと知らせる。
「当たり所が良かったみたいで、大した怪我にはなりませんでした」
無事だった理由は、腕に纏わせた水の魔法なのだけど、どうして怪我なく済んだのかは分からないので黙っていることにした。
俺の姿を頭から足まで見て、本当に怪我がないと分かったようで、職員さんは安心した顔をする。
「オークに殴られると、普通は筋肉隆々な大男だって骨折は免れませんし、下手したら即死する危険すらあったのです。なので、バルティニーさんは、ご自身の運に感謝しなければいけませんよ」
そう話の区切りができたところで、別の職員さんが魔物を討伐した報酬を持ってきた。
今まで対応してくれた職員さんが耳打ちして、報酬に銅かが十枚ぐらい上乗せされる。
「謎の大きな魔物の正体がゴーレムであると、判別できる情報を頂いたので、追加報酬です」
「おっ、やりぃ」
テッドリィさんは嬉々として報酬を受け取り、三分の一ぐらいを俺に渡してきた。
魔物を倒した数ではテッドリィさんが倍ぐらい上だから、妥当な分配で不満はいかな。
お金を仕舞っていると、職員さんが俺の方に顔を向けた。
「それで、バルティニーさんを指定した依頼があるのですが」
「はい?」
唐突な話に面食らっていると、職員さんは勝手に話を進め始める。
「依頼というのは、鍛冶屋での鉄作りの仕事なんですよ。村から去ろうとする商人が少しでも収益を上げようと、こぞって銅と鉄を買い集めているそうでして。この期を逃すまいと増産体勢を取っているのですが、なにぶん鍛冶魔法の使い手が少なく、手が足りていないのだそうです」
「……もしかして、いまから働いて欲しいってことですか?」
「恐縮ですが、その通りです。もちろん、無理を言っているので、報酬は一割ほど上げさせていただきますよ」
どうしようかとテッドリィさんに向けると、腕組みしてなにやら考え込んでいる様子。
どうしたのかと思っていると、腕を解いて職員さんに顔を向けなおした。
「鍛冶屋に、あたしもついていっていいか?」
「えっ? テッドリィさんは鍛冶魔法が使えないのでは?」
「ああ、使えねぇ。だけどよ、剣の補修をしてもらいに行くつもりだったんだ。そのついでに、バルトの働きっぷりを見ておこうってな」
「そうでしたか。ですが言ったように、鍛冶屋はいま増産体制で、剣の補修は後回しにされると思いますよ?」
「だから、暇そうになるまで、中で待たせてもらおうってのさ。あたしはバルトの教育係だからな、追い出されたりはしねぇだろ?」
テッドリィさんの言葉に、職員さんは理由に納得したようだった。
けど、あれ? 剣は俺が直すって言ったはずだったけど?
不思議に思っている俺をよそに、テッドリィさんは依頼の紙を勝手に受け取ってしまう。
そのまま、俺の腕を掴んで鍛冶屋まで引っ張り始めたのだった。
鍛冶屋にやってきた俺は、樽精製で鉄を作っていく。
増産体勢を取っているというのは本当のようで、十個ある大樽のそれぞれに冒険者らしき人が一人ついて、俺と同じように樽精製をしていた。
そのうちの一個には、なぜだかロッスタボ親方がいる。
炉の監視をしないなんて変だなと思った。
けど、親方が樽精製で取り出したのが鉄じゃなくて銅だったのを見て、鍛冶魔法で銅を抽出していたんだと疑問は氷塊したのだった。
同じものを見ていたんだろう、テッドリィさんが後ろから喋りかけてきた。
「おい、バルトは鉄ばっかりやってっけどよ、銅を出したりはできねぇのか?」
「無理だよ。俺は鉄だけしか、石から取り出せないの」
「同じ石からでてくるのにか?」
「銅の出しかたが、わからないの。石から鉄を出すのだって、鉄の棒を口に咥えながら何度も練習して、ようやく不純物なく取り出せられるようになるんだよ」
肩をすくめながら言うと、テッドリィさんが急に笑い出した。
「あははっ、なんだその修行の仕方。口に鉄棒を咥えるだって?」
「鉄の味と肌触りを、体に覚えこませる方法なんだってさ。だから、銅を取り出す練習したいなら、同じことしないといけないんじゃないかな」
「うわっ。想像したら恥ずかしいなそりゃ」
話しながら作業していると、樽の石を入れ替えたロッスタボ親方から注意が飛んできた。
「くっちゃべるな、仕事しろ。お前も暇なら鞴踏みにいけ」
前半は俺に、後半はテッドリィさんに向けた言葉だろう。
注意に従い、俺は樽精製に集中する。
けれど、テッドリィさんは反発した。
「やなこった。何が悲しくて、汗だくの男の間に挟まれなきゃいけねぇんだよ。こちとら、れっきとした女だぞ」
「いやなら出て行け、邪魔するな。いたいなら何か手伝え」
「教育係だからな、バルトが手を抜かねぇように見張りながら、終わるのを待ってんだよ。まあ、ほどほどに暇だしな、樽の石の詰め替えぐれぇはやってやっから、アンタも銅作りに戻んな」
二人は睨み合う。
しかしせっかちな性格のロッスタボ親方のことだ、時間の無駄だと判断したんだろう、あっさり視線を外して銅の樽精製に戻った。
テッドィリさんはふんっと鼻息を一つ吹いてから、俺の近くに座って小声で喋りかけてくる。
「怒られちまったから、あんまり大きな声ださないように喋んぞ」
「……怒られるのが嫌なら、喋らなきゃいいのに」
「イヤだ。それじゃあ、つまんねぇ」
「つまらないなら、何で鍛冶屋にきたのさ。剣を直すっていってたけど、ロッスタボ親方に交渉すらしてないし……」
そう言った瞬間に、デコピンされた。
「バカか。それはここにくるための方便だ。この剣はバルトに直してもらう気のままだ」
「……なら、どうして鍛冶屋にきたのさ?」
テッドリィさんは回りに聞かれない用心のためか、俺の耳の直ぐ横まで口を寄せる。
「あたしらが寝泊りしてきたのは、この村の外だったよな。森の主が現れて、あの場所は安全だと思うか? それと夜になったら、魔物を警戒して村の出入り口を閉めちまうんじゃねえのか?」
その指摘で、どうしてここに居たがるのかの検討がついた。
「まさか、鍛冶屋を宿屋代わりにしようっていうの?」
「人や物があるっていっても、寝転がる場所はあるし、何より屋根がある。村の道端で野宿するよりかは、なんぼかマシだろ?」
「ええぇぇ……鍛冶仕事の邪魔になりそうな人は、ロッスタボ親方に追い出されると思うけどなぁ」
「そうでもねぇみたいだぜ?」
テッドリィさんが指す先を見ると、樽精製で疲れた人が横になって寝ている。
ロッスタボ親方はその人を見て、不愉快そうな顔にはなった。けれど、何も言わずに銅の精製に戻っていった。
明確な証拠が現れたことで、テッドリィさんは得意顔になる。
「黙認してくれるつーわけで、鉄作りに疲れたらさっさと寝ちまえよ。そんであたしは、その相伴に預からせてもらうからよ」
「……いいのかなぁ?」
前世の価値観を持ち出すのは意味のないとは分かっているけど、仕事場の片隅で寝るなんて、授業中に居眠りするような後ろめたさがあるんだけど。
そんな俺の気持ちを悟られたようで、テッドリィさんは笑みを浮かべてきた。
「ああやって休むのを責任者が黙認してんだからよ、小さいことを気にすんな。多少のズルさを持つのも、いい冒険者には必須だぜ?」
「むっ……わかった、もう気にしない」
たしかに、小さいことを気にしすぎだったかな。
俺は体も心も大きい男を目指しているんだから、人の目を気にするばかりは駄目だったよね。
何かやって怒られてしまったら、そのとき誠心誠意に対処すればいいんだし!
うんうんと、結論に納得していると、テッドィリさんの笑みが深まった。
「じゃあバルト、ちゃちゃっと鉄作りをやっちまえ。石の入れ替えは手伝ってやっからよ」
「うん。けど、手は抜かないからね」
「おう、そりゃそうだ。雑な仕事やって、あのドワーフジジィに蹴りだされたら、元も子もねぇしな」
それからは、俺はひたすらに樽精製で鉄を作り、テッドリィさんにも樽の中身を入れ替えるのを手伝ってもらう。
疲れて休んだという体裁を整えるため、いつも作るよりも三割り増しほどに仕事し終えると、鍛冶場の隅に移動してテッドリィさんと並んで横になる。
森での戦いの疲れもあって、すぐに寝入ってしまった。
次に俺が目を開けたとき視線の先には、鍛冶作業を手伝った人たちが、鍛冶屋の中のいたるところで転がって寝ていた。
起きているのは、鞴踏みを交代したらしき人たちと、その陣頭指揮を元気に取っているロッスタボ親方だ。
「しっかり腰入れて踏まんと、炉の中に叩き落すぞ!」
相変わらずの怒声を耳にし、ずっと樽精製で銅を作っていたはずなのにと、そのタフさに驚く。
しかし、強まってきたまどろみに耐えられず、俺は怒声と炉の熱を感じながらも再び眠ってしまうのだった。




