二百七十八話 話し合い
俺が魔の森の仕組みを伝え終わると、父さんと兄さんたちは顔をつき合わせて相談している。
「森の主を倒せばいいというものでないのなら、我々が事前に持っていた考えは間違っていたことになるな」
「バルティニーが嘘を吐いているんじゃないか」
マカク兄さんがこちらに疑う横目を向けてくるが、ブロン兄さんが諫める。
「魔の森に詳しい冒険者の発言だぞ。そこを疑ってどうする」
「本当だとして、どう対処すればいいんだ。これからずっと、森からくる魔物の備えを続けながら、荘園を運営しなきゃいけないって言うのか」
「他の土地ではそうしているのなら、我々もそうせざるを得ないだろう」
「使用人に落ちた身分のヤツは気楽でいいな。そんな備えを続けるとなれば、年々どれだけ出費が嵩むか分かっていない」
兄弟喧嘩の様相になりつつあるので、俺は話し合いに割って入ることにした。
「兄さんたちだって、ソースペラから魔法を習っていたんだ。魔物が出てきたら、先頭に立って戦えばいいだろ。そうすれば、冒険者や戦える奴隷を新しく雇う必要はないわけだし」
「……なにを言っているんだ、お前は」
マカク兄さんは呆れた顔をした後で、こちらの勘違いを正す口調に変わる。
「いいか、バルティニー。確かに俺たちは魔法を使う方法を習った。しかしそれは、飲み水や点火用の火を生み出すもので、魔物の攻撃に用いるものじゃない」
「……ソースペラは魔術師なのに、攻撃魔法を教えてくれなかったと?」
「攻撃用の魔法が使えるほどの才能があれば、荘園を継ぐという選択をしなかったに決まっているだろ」
そう言われてみればその通りだと納得しつつも、俺もマカク兄さんの勘違いを正すことにした。
「手から水や軽い火しか出せなくたって、それを魔物の顔にぶつけて怯ませることはできる。その隙をついて武器を当てれば、真正直に戦うよりかは楽に倒せるんだけれど」
俺の指摘に、マカク兄さんとブロン兄さんはそれぞれ腕組みして考える。
その後で、マカク兄さんは考えを放棄する表情になり、ブロン兄さんは決意を固める表情になった。
「荘園の経営者が、魔物と正面切って戦えるはずがない。そういうのは、奴隷や使用人の役目だ」
「なら俺が戦おう。開拓した土地や、預かった奴隷、それに愛しい伴侶を守るなら、そのぐらいはしてやるさ」
ブロン兄さんが陣頭指揮をとることで、魔の森の問題が解決になるかと思いきや、マノデメセン父さんが待ったをかけてきた。
「そう結論を急ぐものじゃない。これから先、ずっと魔物と戦うことになるにしても、どんな魔物がやってくるのか知っているかどうかで、用意する武器や防御設備は変わってくる。凄腕になったバルティニーに、偵察に行ってもらい、魔物の種類を調べてもらったほうがいい」
兄さんたちはそれもそうだと頷いて、こちらに顔を向けてきた。
魔の森の主を倒せと要望されるよりも現実的な提案に、俺は承諾しようとする。
だがそのとき、テッドリィさんが横から口を挟んだ。
「バルティニーはあんたらの家族とはいえ、いち冒険者を働かそうってんだ。無報酬でやってくれとは、言わないだろうねえ?」
「なっ、金をとろうっていうのか?!」
マカク兄さんが驚きの声を上げると、テッドリィさんの口の端がつり上がった。
「依頼を冒険者組合に出して正規代金を払えとは言わないさね。ただ、冒険者に頼むケジメとして金を払えって言ってんのさ」
「ここはバルティニーの故郷だぞ。そこを守る手助けになるのに金を貰おうなど、業突く張りな要求だと思わないのか!」
「思うわけないさ。金を貰う代わりに、冒険者は命懸けで依頼を果たすんだからねえ。無報酬で働かせたら、適当な仕事しかしないとも言えるけどねえ」
さあどうするとテッドリィさんが軽く睨むと、マカク兄さんはこちらに助けを求める顔をする。
俺としては金に困ってはいないので、タダで受けてもいいのだれど、テッドリィさんの言ったことはもっともなことでもあった。
「顔馴染み用の低料金だとしても、報酬を払ってもらったって事実が必要なんだよ。そうじゃないと、他の冒険者に示しがつかない。前払いなしの成功報酬でいいから」
「言うまでもないことだけど、偵察仕事をするのは、いまやっている行商の護衛が終わった後さね」
テッドリィさんが条件を付け加えると、マカク兄さんは何かを言い返そうとして、思い直した様子で黙った。
その後で、マノデメセン父さんと小声で話し合い、こちらに向き直る。
「分かった、それでいい。報酬も用意する」
話しが纏まったことで、家の中に安堵感が広がる。
しかし、解決していない問題は、まだ存在した。
マカク兄さんは頭を搔きながら、ぼやくように呟く。
「これから出費が多くなるんだ。行商との交渉で、少しでも良い値で収穫物を買い取ってもらわないとな」
「魔物の脅威があると分かったんだ。武器や柵の代金も用意してもらわないと困る」
ブロン兄さんの指摘に、マカク兄さんは反論する。
「分かっている! いや、余裕がなくなるのだから、開拓は止めにすることも視野に入れるからな!」
「あそこの開拓を求めたのは、お前だろう! 責任を持て!」
「そもそもを言い出したら、兄さんが勝手に奴隷の女と結婚して使用人の身分になったから、俺の立場が盤石になるまで畑の仕事に参加させるわけにいかないんだろう!」
またもや始まった兄弟喧嘩に、マノデメセン父さんとリンボニー母さんは困り顔を浮かべると、俺と仲間たちに外に出ていいと身振りをしてきた。
そういうことならと、家の外に出てみると、壁に耳をつけている行商人と目があった。
「なにしているんですか?」
「いや、あはは。経営がゴタゴタしている相手なら、つけ入る隙があるんじゃないかなと、情報収集を」
「俺もこの家の関係者なんですが、正直に言ってしまっていいんですか?」
「構いませんよ。あなたたちは、ちゃんとした心構えを持つ冒険者のようですから」
要するに俺たちなら、いまの雇い主である行商人に不利益になる真似はしないと、信用してくれているのだろう。
その後、行商人は父さんたちの話し合いの声が終わったタイミングで、家の扉をノックしてから中に入っていった。
少し短いですが、キリが良いので区切らせていただきます。