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二百七十六話 荘園の隠し事

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私の別作品『自由(邪)神官、異世界でニワカに布教する』

本日、6月20日にガガガブックスより、書籍版として発売いたしました。

お買い求めの際には、新書サイズでの発行ですので、本屋での売り場がラノベコーナーではないことが予想されます。

ご購入予定で見当たらない際には、書店員の方にお聞きくださいますよう、よろしくお願いいたします。

 実家に戻ってすぐに、マノデメセン父さんはリンボニー母さんに、俺を見せに向かった。


「リンボニー。バルティニーが行商の護衛で、一時的に帰ってきているぞ。しかも、魔物の群れを瞬く間に倒すほどの冒険者だそうだ!」


 リンボニー母さんは驚いた顔で、俺の姿を上から下まで見ると、満面の笑顔になる。


「お帰りなさい、バルティニー。こんなに大きくなっちゃって、すぐにあなただとは分からなかったわ」

「母さんの方は、あまり変わらない――いや、ちょっと痩せた?」

「ふふっ、分かるかしら。もっとも、気苦労が多いからなんだけどね」


 自分の頬を撫でながらの言葉に、荘園に変革の風が吹いていることを知っている俺は、苦笑いを浮かべることしかできなかった。

 そんな中、俺以外の言葉には従わないという態度で、チャッコが奴隷の人たちの制止を振り切って、家の中に入ってくる。

 後ろ足で立ち上がれば人の背を優に超える狼の登場に、父さんと母さんの頬が引き攣っている。

 そんな感情など知ったことはないと、チャッコは二人の匂いを嗅ぎ、続いて俺の顔を見上げてきた。

 その瞳は、これが俺の親かと問いかける感情が浮かんでいる。


「そうだよ。この二人が、俺の両親だ」

「……ゥワフ」


 俺の親にしては弱そうという感じが強く出ている鳴き声を受けて、俺は誤魔化すようにチャッコの額を指で掻いてやる。

 目を細めて気持ちよさそうにするチャッコの姿に、リンボニー母さんは警戒の色を薄めたようだった。


「その子は、バルティニーが飼っているの?」

「飼っているって、愛玩用の動物じゃないんだから。チャッコは、れっきとした仲間だよ」

「そうなの。それはごめんなさいね」

 

 リンボニー母さんがしゃがみながら誤った先は、俺ではなく、チャッコだった。

 母さんの殊勝な態度を受けて、チャッコは許してやるとばかりに、鼻息を一つ強く吹く。

 その仕草を見て、リンボニー母さんは笑顔になりつつ、俺に視線を向けなおす。


「バルティニーのお仲間って、この子だけなの?」

「いや、あと二人いるよ。片方は俺の恋人で、もう片方は押しかけ弟子だよ」

「恋人がいるの!? それとお弟子さん! ねえ、紹介して、して」


 食い気味にくる母さんの願いを聞き届け、俺はレアデールさんとイアナを家の中に招き入れた。


「こっちが恋人のレアデールさん。それで、弟子のイアナだ」


 俺の母親に取るべき態度を迷ったのか、二人ともおずおずとお辞儀するだけだ。

 しかし、母さんは嬉しそうに二人を見てから、俺にちょっかいをかけてくる。


「年上の恋人なんて、やるじゃないの。お弟子さんも、可愛らしい子ね」

「イアナとは、本当に師弟の関係しかないからね」

「もちろん、分かっているわよ。でも、これだけ可愛らしい子ならねえ」


 色恋の話は女性が好きな物と相場が決まっているが、俺の母さんも例外ではなかったらしい。

 会話内容はさておき、久しぶりの親子話に花を咲かせていると、マカク兄さんがやってきた。


「騒がしいから見に来てみれば、バルティニーって名前が聞こえたんだが?」


 マカク兄さんは、一目で誰が俺か分からなかった様子だった。

 しかし会話の中心にいる人物として、俺に視線を固定すると、明らかに作り笑いと分かる表情を浮かべてくる。


「おお、バルティニー。戻ってきたなんて、どうしたんだ」


 何かしらの牽制で放たれた言葉だと分かるが、こちらには隠すようなことはない。


「単純に、行商の護衛依頼で来ただけ。もっとも、この依頼を受けたのは事故的で、俺が意図したものじゃないさ」

「なぜだ? 近くに来たのなら、護衛の依頼がなくても、顔を出しにくればいいのに」


 本心から言っていない口調に、俺は正直な理由を返す。


「ヒューヴィレの町で、偶然にスミプト師匠――この荘園から追い出された鍛冶師と会い。そのときに、荘園がゴタゴタしているって聞いたんだ。実家が混乱していると知って、あえて顔を出そうと思うほど豪胆じゃないよ」

「……ああ、そういえば。お前は、あの鍛冶師と懇意だったな。それじゃあ、突然知って驚いたことだろう。悪かったな知らせなくて。なにせお前は、根無し草の冒険者だ。どこにいるのか知りようがなかったからな」

「別にいいさ。スミプト師匠だって、いまじゃ幸せそうに暮らしているんだ。俺が怒るなんて筋違いだ」


 あっさりと俺が返したことに、マカク兄さんは面白くなさそうな顔になる。


「……本当に、仕事で寄っただけなんだな」

「食うに困って、実家を頼りに戻ってきたとでも?」


 指摘すると、言葉には出さないものの、マカク兄さんの目はその危惧を抱いていると語っていた。


「さっき荘園に入ってきた魔物の群れを殲滅できるほどの腕は、持ち合わせているんだ。冒険者組合に行けば、依頼なんて選り取り見取りだから、食うに困ることなんてない。むしろ今回の護衛のような、大して金にはならない慈善に近い依頼だって、進んで受けられるほどに懐具合は豊かだよ」

「羽振りがよさそうで羨ましいことだ」


 こちらをあざけるように笑うマカク兄さんを見て、俺は彼が何を言いたいのかよく分からなくなってきた。

 問いかけようとも思ったけれど、行商の護衛として今日明日には去る身の上なのだから、気にするだけ無駄だと判断する。

 会話を切り上げようと考えていると、ここまで護衛してきた行商人の姿が目に入った。

 彼はマカク兄さんの後に続いて家に入ってきて、俺が荘園の関係者だと知ったようで、身振りで商談を進めさせてくれと合図してくる。

 俺の雇われている冒険者という立場考えると、家族の楽しい会話よりも、行商人の意思を尊重するべきだろう。


「積もる話の前に、行商の護衛としてきたんだ。商談がまとまらないと帰れない。できるだけ早く終わらせて欲しいんだけど」


 商談の権利を握っているマカク兄さんと、意見できるであろうマノデメセン父さんに向けて言葉を投げかける。

 すると、マカク兄さんは不愉快そうになる。


「もとは家族とはいえ、荘園を出たお前の指図は受けない。この荘園は、俺が継ぐと決まっているんだぞ」


 取りつく島のない態度に、マノデメセン父さんに視線を向けると、我関せずという態度をとっていた。

 どうしたものかと肩をすくませると、リンボニー母さんが急に怒りだした。


「まったく困っている最中だっていうのに、どうしてマニーもマカクも、バルティニーに頼ろうとしないの!」


 話しが見えずに目を瞬かせている俺とは違い、マノデメセン父さんとマカク兄さんはリンボニー母さんを責めるような目をしている。

 さしずめ、余計なことは言わないで、黙っていて欲しいという感じだ。

 しかし、リンボニー母さんは従う気はないらしい。


「言わせてもらうけど、バルティニーは冒険者なのよ! 私たちの知らない、魔の森の話を、きっと知っているわ! どうして聞かないの!」


 大声で言われ、マノデメセン父さんは弱った様子だった。


「だってな。バルティニーは我が子とはいえ、いまでは荘園とは関係のない立場だ。部外者に弱みを見せるなんて――」

「連日連夜どうしようと悩んでいる割りに、結論が一個も出たためしがないじゃないの! マカクも、自分は関係ないって態度を取らない!」

「どうどう。落ち着くんだ」


 吠え立てるリンボニー母さんを、マノデメセン父さんは行商人をチラチラ見ながら押し留めようとする。

 俺も見ると、行商人は必死に表情を整えて隠そうとしているが、荘園に弱みがあるらしいと悟り、それをどう商機に生かそうと企んでいる目をしていた。

 なんか複雑な状況になってきたなと現実逃避しようとして、家の扉が開く音が聞こえてきた。

 振り向くと、魔物が入ってきた開拓地の状況を調べているはずの、ブロン兄さんが伴侶を連れて入ってくるところだった。

 ブロン兄さんは、言い争いをしている父さん母さんとマカク兄さんを見て肩をすくめると、一直線に俺に近寄ってきた。


「バルティニー、頼みがある。魔の森の様子を見てきてくれないか。そして可能なら、魔の森の主を倒して、森の状態を以前のように戻してほしい。こんなこと、魔物の相手を苦にしないバルティニーにしかできない。頼む!」

「お願いします。バルティニー坊ちゃん」


 ブロン兄さんに続いて、伴侶の女性も頭を下げてくる。

 元が荘園の奴隷であり『坊ちゃん』との呼びかけ方を考えると、俺を見知っている人らしい。

 どうしたものかと頭を搔いていると、ブロン兄さんと父さん母さんも言い争いを止め、こちらを見て俺の判断を待っている様子に変わっていた。

 どうやら、三人が話す話さないと揉めていたのは、ブロン兄さんが語った内容そのままだったらしい。

 そうとう荘園にとって大事なことなのだろうと、俺は行商人を説得して家の外に出てもらってから、詳しい話を聞くことにしたのだった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] テッドリィが他の物語のレアデールになってる
[良い点] 読み返すほど面白いです [一言] 流石にテッドリィさんがレアデールさんに なっているのはちょっと 読んでいる途中でいきなり 肩をたたかれた気分です
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