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二百七十五話 他愛ない戦闘とシューハンとの再会

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六月二十日発売ですので、ご興味のあるお方は、お手に取ってくださいますようお願いいたします。

 魔物の気配を受けて、俺は事務所の方へ顔を向ける。

 漏れ聞こえてくる音から、相変わらず言い争いをしているようで、この事態に気付いた様子はない。

 それならと、俺は共に行商の護衛をしていた新米冒険者たちと、イアナに声をかける。


「どうやら、魔物が荘園の中に入ってきたようだ。俺とチャッコ、それとテッドリィさんで迎え討ちにいくから、行商の馬車の護衛はよろしく頼む」


 新米たちは俺の言葉に不審そうにしているが、イアナは力強く頷き返してきた。


「分かりました! バルティニーさんたちが向かうんだから、滅多なことはないと思いますけど。馬車を守るのは任せておいてください!」


 力強い断言を信用した後で、俺はテッドリィさんの腰を抱き寄せる。


「奴隷の人たちが襲われるまで時間がないから、抱えて運んでいくから」

「おうさ。よろしくやってくんな」

「チャッコ、行くよ」

「ゥワフ!」


 俺は足に攻撃魔法の水を纏わせると、一気に前へと体を運ぶ。

 目に見える風景は、輪郭が溶けたようになりながら、後方へと流れ飛んでいく。

 その中で確りと形を保っているのは、俺の腕にいるテッドリィさんと、風の魔法を纏って並走するチャッコだけだ。

 そうしてあっという間に、魔物が入ってきた荘園の外縁部までやってきた。

 俺は緩やかに制動して立ち止まると、テッドリィさんを地面に下ろしながら、弓矢を構えて周囲の状況を確認する。

 整地されきっていない、草や木がまだ残る開拓地の周りには、膝上ぐらいにしか石組の壁が作られていなかった。

 そこを乗り越えて入ってくるのは、ゴブリンやダークドッグ、そして虫系の魔物などのありふれたものばかり、十数匹。

 冒険者でないと対応が難しいオークや、多対一でも対処が困難なオーガ、そしてその他の強い種類の魔物の姿はないようだ。

 誰も襲われていないが、奴隷の人たちが出来の悪いスコップや鎌で迎え討とうと構えている。


「テッドリィさん。奴隷の人たちを下がらせてください。あの武器じゃ、まともに戦えない」

「分かったよ。アンタはどうするんだい?」

「あのぐらいなら、チャッコを前面に出して、俺は後ろで弓矢を撃つだけで対処できるよ」

「ゥワフ」


 任せろと鳴くチャッコを見て、テッドリィさんは奴隷たちに話をつけにいった。

 退くことを多少渋っているようだが、俺が弓矢で魔物を一匹仕留めてみせると、安心したように下がっていく。

 戦いやすくなったところで、俺はチャッコに指示を飛ばす。


「あの集団を、横合いから食い破ってくれ」

「フ、ゥワフ」


 簡単だと鳴いてから、チャッコは目にも止まらない速さで走りだす。

 整地が未完了の場所とはいえ、木々が生い茂っていない場所など、チャッコにとっては草原と変わらないのだろう。

 視界から見失うほどの速さで、あっという間に魔物の横へと迂回し終えると、突撃していく。


「ゥグアアアアアア!」


 強襲の咆哮で身をすくませた魔物を、チャッコは牙と前足の爪で刈り取った。

 瞬く間に仲間が殺された魔物たちは、チャッコを倒すべく囲い込もうと動き始める。

 包囲が完了する前に、チャッコはさらに四匹の魔物を殺すと、魔物を踏み台にして空中へと跳び逃れた。

 魔物の全てが視線でチャッコを追う。

 その無防備な姿を目にして、俺は引き絞っていた矢を放つ。

 滑るように空中を飛んだ矢は、ゴブリンのこめかみを貫通した。

 そいつが崩れ落ちる前に、俺は二本の矢で、ダークドッグと蜘蛛型の魔物を仕留める。

 そこでようやく、チャッコ以外にも敵がいるとしった魔物たちが、こちらを見てきた。

 見たからと、俺の矢から逃れることはできないようで、さらに一匹のゴブリンの眉間に矢が突き刺さる。

 俺の仕業を目にして、魔物たちは一丸となってこちらに走ってこようとして、走り戻ってきたチャッコの突撃を受けた。


「ゥグウウアアアアアアアアアア!」


 咆哮に、魔物たちは俺とチャッコのどちらに対処の比重をかけるか迷う様子を見せる。

 しかし判断しそこなった間に、俺とチャッコは次々に数を減らしていく。

 やがて、俺たちに敵わないと悟った魔物が背を向ける頃には、数は片手の指以下まで減っていた。

 もちろん、ここで逃す気は、こちらにはない。

 チャッコは牙で、俺は弓矢で追い打ちをかけ、全滅させてやった。




 戦闘が終了すると、避難させていた奴隷の人たちが、テッドリィさんに連れられて戻ってきた。

 彼らの顔には、あ然という表現が相応しい表情が浮かんでいる。


「こりゃ、すごい」

「あっという間に走り現れたときも驚いたけど、この手際はもっと驚きだ」


 それぞれが口々に感想を述べたあとで、奴隷の人たちは俺に歩み寄ってきた。


「ありがとう、冒険者の方。正直、勝てる気がしてなかったので、助かったよ」

「まだ若そうに見えるのに、強いだな。すごい早業だったよ」

「そう褒めてもらうと、なんだかこそばゆいですね」


 なにせ、目の前にいる奴隷の中には、見知った顔もあるのだから。

 苦笑いしていると、背後に気配を感じて、鉈の柄に触れながら振り向く。

 魔物が残っていたのかと思いきや、そこには弓矢を持ち毛皮を纏った男性――俺の狩りの先生である、シューハンさんが立っていた。

 急いで走ってきたのか、少し呼吸が上がっているようだが、以前と変わらない様子に安心して、俺は構えを解く。

 ここでシューハンさんは、何か確信を抱いたような顔になると、こちらへと近づいてきた。

 彼が人とのかかわりが得意ではないと、奴隷の人たちも知っているのだろう、とても驚いた顔をしている。

 シューハンさんは俺の前に立つと、こちらの弓矢を見てから、俺の顔をまじまじと見てきた。

 そして、珍しいことに、薄いながらも笑みを浮かべる。


「バルティニー。戻ってきたのか」


 その言葉に、俺は驚いた。

 背の成長後に再開した人で、俺を俺だと見破ったのは、シューハンさんだけだったからだ。


「……よく、分かりましたね」

「なにがだ?」


 相変わらず言葉が少なく、表情変化も乏しいが、俺にはシューハンさんが心底不思議そうにしていることがわかった。

 どうやら彼にとって、俺の成長での変化など、無きに等しいもののようだ。

 流石は狩りの先生だと、変な感心をしていると、奴隷の人たちが俺にさらに近づいてきた。


「バルティニーって――もしかして、三男の坊ちゃんか!?」

「ああー! 昔に変わり種って噂になっていた、あの子なのか!」

「改めて見れば、目元や鼻筋に幼い頃の面影があるような」

「帰ってきていたのなら、そう言ってくれりゃいいのに!」


 敬語はしらずとも、親愛の情を向けてくる奴隷の人たちに、俺は微笑み返す。


「魔物がきてたんだから、帰省の挨拶どころじゃなかったじゃないか。あと、俺といつわかるだろうって、言わずにおこうって気持ちもあったんだよ」

「うはー! 坊ちゃんは成長して人が悪くなった!」

「畑で倒れたヤツを介抱してくれた、少し変わっていたけど優しいあの子は、どこにいってしまったんだろうか」


 冗談だと分かる口調での言葉に、俺や奴隷の人たちが笑い声を出す。

 そうして和気あいあいとした雰囲気の場所に、ガラガラと馬車の車輪が地を蹴立てる音が聞こえてきた。

 全員で音のするほうを見ると、昔に乗ったこともある、荘園の馬車が近づいてきている。

 奴隷の人たちが「おーい!」と手を振ると、御者台に座っている男女――ブロン兄さんとその伴侶が、安心したような顔に変わった。

 それと同時に、馬車の進む速さも並足程度へ変わる。

 少し時間を置いて到着した馬車から、先の二人と、荷台からマノデメセン父さんとイアナが降りてきた。

 意外な人物の登場に首を傾げていると、こちらに寄ってきたイアナが説明をしてくれる。


「兄弟喧嘩で交渉どころじゃないと、行商人さんが外に出てきて、異常事態に気がついたんです。それで、あちらの二人が慌てて馬車に乗り込んで、その次にあのおじさんが荷台に。わたしは行商人さんに言われて、護衛として乗り込んだんです。バルティニーさんやチャッコちゃんが戦いにいったから、必要ないって言ったんですけどね」

「初めて会う冒険者のいうことを、やすやすと信じられたりもんだ」


 俺が報告を受けている間に、ブロン兄さんとマノデメセン父さんは奴隷の人たちに話を聞いていた。

 奴隷の人たちの身振りから、俺とチャッコの戦いぶりを伝えているらしいと分かる。

 そして、俺の正体についても話が及んだらしく、二人は驚いた顔をまずシューハンさんに向けた。

 シューハンさんが証明するように頷くと、マノデメセン父さんは嬉しそうな顔で振り返る。


「よく戻ってきたな、バルティニー! こんなに立派になって。あれだけの魔物を倒した腕前からするに、冒険者として大成しているようじゃないか!」


 嬉しそうに抱き着いてきた父さんに、こちらも腕を回して返礼する。


「ただいま、父さん。こうして会えて嬉しいよ」


 胸に沸いた望郷の念を素直に語って抱きしめると、マノデメセン父さんはさらに嬉しそうな顔になる。


「こんな場所で立ち話もなんだし、リンボニーもバルティニーが帰ってきたと知れば喜ぶに違いないからな。家に戻ろうじゃないか」


 マノデメセン父さんは、乗ってきた馬車へと俺を引きずろうとしていく。

 俺が成長して体格が勝ってるからか、その力は弱々しく感じる。

 年月の経過に感慨深い思いを抱いていると、ふとブロン兄さんの表情が目に入った。

 彼は嬉しそうでありながらも、どこか気になるようなことがあるような顔をしている。

 たぶんだが。荘園の後継者であるマカク兄さんが、俺の帰郷を知って何かをするんじゃないかと、心配になっているのだろう。

 その心配は俺もあるが、こちらは後継者になる気のない身だ。

 なにを言われても、気にする必要はないと、気楽に考えていた。

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