二百七十三話 故郷への前準備
受けてしまったものは仕方がないので、俺たちは行商を護衛する仕事はすることに決めた。
しかし、複雑な思いがある俺と、その事情を知るイアナの表情が微妙なものだったからか、テッドリィさんは意外そうに見てくる。
「てっきり喜んでくれると思ったのに、どうしたのさ」
「ちょっと間が悪かったというか――」
俺がスミプト師匠の身に起きたことを伝えると、テッドリィさんは事情を理解してくれた。
「なるほどねぇ。家のゴタゴタが起きていたのかい。そりゃ、知らなかったとはいえ、余計なことをしちまったねえ」
「いや、いいさ。こうなったってことは、俺が故郷に戻る流れだったに違いないから。もしかしたら、俺がこの町にいることを聞きつけて、使いを寄越してくる可能性だってあったし」
「アンタを呼びつけにくるってのかい?」
「親子だからとか、兄弟だからとか、そんなよしみで荘園の仕事を手伝わせようとするんじゃないかな」
「……それでいいのかい?」
「話を聞いて筋が通っていたら、手伝ってもいいかなってね。それに、いまの俺だからこそ、過去には分からなかった荘園の問題点も見えてくると思うし」
そんな未来の予定は棚上げするとして、まずは荘園に向かう行商と面通しをすることにした。
昔に俺を連れてきてくれた人だと予想していたのだけど、全く違った。
テッドリィさんの案内で出会った人は、明らかに俺よりも若い青年の行商人だった。
「手練れであるお二方に護衛に入って貰えて助かりました。なにぶん、あの荘園から仕入れる作物の量は多くて、馬車が何台にも必要なものでしてね」
俺とテッドリィさんが二つ名持ちだと知って、大喜びしている行商人に俺は疑問をぶつけることにした。
「俺はもともとここら辺の出身なんですが、あの荘園に向かう行商人は違う人だったと記憶しているのですけど?」
「そうなのですか。実は、私どもは今年から荘園と取引させていただくことになりまして……声を大きくして言えませんが、前の行商とは価格で折り合いがつかなくなり、去年で取り引きが中止になったと聞いております」
「そうなんですか。それで、その前の行商人はどうなったのですか?」
「心配せずとも、行商とは身軽な生き物です。一つの取り引きがダメになったのなら、別のところに向かうまでですよ」
どこに行ったかは知らないようだが、元気に暮らしてはいるらしい。
胸のつかえがとれ、俺は安心した。
「変なことを聞いて申し訳ありませんでした。情報を教えてくれた見返りに、護衛は頑張らせていただきます」
「はい。出発は明日の早朝ですので、町の門を出たところで集合ということにいたしましょう」
握手し、俺たちは行商人と別れた。
そして手頃な宿に一泊することにして、俺たちは装備の点検を終えて、就寝することにした。
その際に、イアナの棍棒の買い替えが出来ていないことを思い出したが、いざとなったら俺が作ればいい嫌と思い直し、夢の中へと旅立ったのだった。
早朝に宿を出て、開店準備中の屋台の主を急かして料理を作らせて、少し多めに代金を支払う。
薄く焼いたパン生地に具材を巻いて、酸味のあるソースをかけた料理を食べながら、俺たちは門の外へと出て行商人を待った。
すっかり食べ終え、チャッコの毛皮を手で漉いて時間を潰していると、車輪が道を進む音が聞こえてくる。
視線を向けると、五台の馬車がなるべく音を立てないように、町中をゆっくりと進む様子が見えた、
先頭の馬車の御者台には、手綱をもつ御者以外に、昨日顔を合わせた行商人が座っている。
彼はこちらの姿を見つけるや馬車を下りて、一足先に門をくぐって近づいてきた。
「お早いですね。冒険者の護衛は、常に遅れてくるものと思っておりましたよ」
行商人の軽口に、テッドリィさんが口の端を上げる。
「あたしは護衛の仕事歴が長いからね。行商人は時を奪われることが嫌いだって知っているのさ」
「それはそれは、ありがたいことです。あなたのような弁えた冒険者ばかりなら、私どもも商売がやりやすいのですけれどね」
「あははっ、そいつは高望みてやつさ。あたしたちのようなヤツの方がまれなんだからねえ。むしろ、行商人が冒険者の特性を理解して、早朝出発は止めてほしいところさね」
「しかし早朝出発と昼前出発とでは、旅程に一日ほどの差が生まれまして」
「そいつは行商の勝手さね。こちらとしちゃ、一日仕事が伸びれば、それだけ金が入るんだ」
「いやはや、手厳しい。流石は二つ名持ちの冒険者です」
やり込められてしまったと、行商人はわざとらしく肩をすくめる。
テッドリィさんも演技だと見破っているようだが、あえて追及はしないようだ。
「それで、他の護衛はまだなのかい?」
「そのようですね。と言いましても、荘園は近場でありますし、二つ名持ちがお二方もいらっしゃられるので、今回は駆け出しの冒険者を雇わせていただいたので」
つまりは、時間の貴重さをわきまえていない人たちなので、遅れる可能性が高いと言いたいらしい。
それを聞いて、テッドリィさんは肩をすくめた。
「遅れたことを指摘して、値引き交渉はしない方が良いよ。護衛の最中に盗賊に襲われたら、その新米どもは逃げられちまうだろうからねえ」
「うぐっ。そういうもの、なのですか?」
「商売人と冒険者を同列に扱うのは止めときな。雇った冒険者に文句があるなら、直接じゃなく、組合に言った方が確実だよ」
「そうですか――肝に銘じます」
そんな会話をしていると、貧弱そうな装備をつけた五人ほどの冒険者たちが、こちらに走り寄ってきた。
「はあ、はあ。申し訳ない。急いできたのだが、遅れただろうか」
「どうやら私たち待ちじゃない。まったく、だから早く起きようって言ったのに」
「久々に柔らかいベッドだからって、いつまでもぐーすか寝てたのは誰だったんだか……」
年若い冒険者特有の騒がし様子に、行商人は微笑みを向ける。
「全然遅れてなどいませんよ。さて、全員揃ったところで、荘園に向けて出発するとしましょう」
行商人の言葉に、俺は口を挟んだ。
「護衛って、この人数で全員なのか?」
「そうですが、なにか?」
「明らかに、馬車五台を守るには、少なすぎるだろ」
「とはいいましても、旅程は片道野営一泊の二日です。それにこの街道はかなり安全なので、これ以上の護衛は必要ないでしょう」
行商人は言葉の終わり際に目で、俺とテッドリィさんを見やる。
どうやら、二つ名持ちの冒険者に、多大な期待を抱いているらしい。
実際、俺とテッドリィさん、そしてチャッコがいれば、その護衛が完遂できる予感はある。
しかし、変な期待をされると、この行商人の未来が危ういとも感じた。
「……次からは、もう少し人数をそろえた方が良いですよ。二つ名持ちといっても、その実力に差があるんですから」
「そういうものですか。それなら、駆け出しを安めの価格で揃えたほうが良いのでしょうかね?」
「護衛仕事は新米冒険者には荷が重いですよ。短い行程といえど、熟練者を雇うことをお勧めします」
「そうなのですか。うーん、そうなると、荘園と契約していた前の行商とほぼ同じ価格でないと利益がでませんね。これは本店にお伺いする必要が……」
この行商人には大本の雇い主でもいるのか、煮え切らない態度でブツブツと呟いている。
その異様な様子に、新米冒険者たちは肩身の狭そうな態度を取っていた。
このままでは埒が明かないので、俺は行商人の背中を強めに叩いて現実に思考を戻させると、力強い笑みを浮かべる。
「今回に限っては、俺たちが居るから大丈夫だ。次からどうするか考えてくれ」
急に丁寧な言葉を止めた俺に、行商人は目を白黒させた後で、しっかりと頷いた。
「それもそうですね。それでは、道中の護衛よろしくお願いいたします」
「任せておけ。なに、心配は要らない。俺は気配察知と弓矢が得意だからな、先制攻撃を与えられる。それに連れているチャッコは、隠れている盗賊や魔物だって嗅ぎつけ、自分で倒すほどの力を持っている」
だから心配いらないと太鼓判を押してやると、行商人だけでなく新米冒険者たちも安心した様子に変わった。
よしよしとわざとらしく頷いてから、俺はテッドリィさんに耳打ちする。
「新米たちの世話を頼んでいい?」
「任せときな。護衛のさわりぐらいは、行き返りで叩きこんでやるよ」
テッドリィさんは俺から離れると、新米たちに歩み寄ってから自然体に近い姐御風を吹かせ、すんなりと下につかせてしまう。
ああいう部分は見習いたいなと思いつつ、チャッコとイアナに指示を出していく。
「テッドリィさんと新米たちは真ん中に配置することになるだろうから、俺は先頭の馬車を歩く。チャッコとイアナは最後尾について進んで、チャッコは何かがあれば、その素早さで駆けつけてくれ。イアナは最後尾から動かずに、退路を常に確保するように動いてくれ」
「ゥワフ」
「分かりました。けど、魔法も弓矢も使うバルティニーさんが先頭にいるんですから、逃げる心配はしなくていいんじゃありませんか?」
「念のためにだ。もしかしたら、俺と同じぐらい強い盗賊が現れて、襲ってくるかもしれないだろ?」
「そんな悪夢のような場面になったら、馬車の護衛どころじゃないですよ。荷物を捨てて逃げないと」
俺の冗談に真顔で返してきたイアナに、軽くデコピンしてから、それぞれが行商の護衛に着く。
まったく人数的に足りない護衛なため、荘園に着くまで何事も起きなければいいなと思いながら、行商人の合図と共に街道を進み始めたのであった。
別作品『自由(邪)神官、異世界でニワカに布教する』の書籍化について、活動報告を書きました。
ご一読くださいますよう、よろしくお願いいたします。