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二百七十話 振り出しの地

 マインラ領を出た俺たちは、護衛依頼を受け繋いで旅を続けた。

 そうして季節が冬から夏に変わった頃、ある一つの大きな交易の町にやってきた。

 俺とテッドリィさんにとっては懐かしい場所の名前は、ヒューヴィレ。

 町中に入り、護衛依頼を受けた人たちと別れた後で、ここを初めて訪れるイアナは興味深そうに周囲に視線を巡らせている。


「へぇー、ここがバルティニーさんとテッドリィさんの馴れ初めの町ですか。結構、栄えていますね」


 道端で売られる品々を見ながらの言葉に、テッドリィさんが少し顔を赤くする。


「その『馴れ初め』って部分は要らないんじゃないかい?」

「いや、だって。この町が向かう先だって知ってから、テッドリィさんったらバルティニーさんと出会った思い出を語りっぱなしじゃないですか。なら、揶揄してあげないと悪いじゃないですか」

「そ、そんなに、語っていた気はないんだけどねぇ……」

「いやいや、十分に語っていましたよ。あのときのバルティニーさんは頼りなさそうな小僧で、なりゆきで教育係にされたときは困ったとか。けれど開拓村で助けられて、錆びついていた乙女心が――」

「ぎわーー! あの夜の話は秘密だって言っただろう!」

「ぐえぇ、ご、ごめんなさい、つい、照れ顔が、可愛らしくって。というか、喉、締まってます。手、放して、ください……」


 女性二人が姦しい様子を横目に入れながら、俺は足元に体を擦りつけてきたチャッコを撫でつつ周囲を見る。

 俺が冒険者になった三年前と比べて、盛況さが増している気がした。

 景気が良くなった理由は、食材店の店先に吊るされた海魚の干物だろう。

 ここら辺で海魚が獲れる場所は、港町のサーペイアルしかありえない。

 ここまでの旅路で噂には聞こえていたけれど、海の魔物を売り払った収益で、高速馬車を走らせられるよう街道を整備し直したらしい。

 あの海の光景から、魚人少女のフィシリスを思い出す。

 俺が夢を果たすために送り出してくれた彼女に、あのときのお礼がてら、一年ぶりに会ってみることは悪くない気がした。

 あくまで、その機会が出来ればだが。

 姦しい口喧嘩が終わったテッドリィさんとイアナに、俺は顔を向ける。


「それで、この町ですぐに依頼を探すか?」

「いや。バルティニーとあたしには顔なじみがここにいるんだ。挨拶回りしておかないといけないねぇ」

「顔が広いテッドリィさんに比べて、俺はそんなに見知った人はいないぞ」

「それでも、別れてからの後が気になる人ぐらいはいるんはずさ。それを知るために、一日別行動と行こうじゃないか」


 そういうものかと首を傾げかけていると、テッドリィさんがぐっと顔を近づけてくる。

 催促だと思って口づけすると、驚かれてしまった。


「ば、馬鹿。こんな往来で、なに考えているのさ」

「いつも顔を必要以上に近づけてくるときは、口づけの催促のときだろ。して欲しくなかった?」

「して欲しくはあったけど――って、そうじゃないよ。別行動だからって、ハメを外さないようにって、念押しして置こうとしただけだよ」


 真っ赤な顔で嫉妬含みの言葉を吐く姿に、俺は苦笑いを浮かべる。


「外すほどの相手はこの町にはいないよ。それと娼館に行くほど、相手に困っていないし」

「そりゃあ、あたしがいるんだから、そうだろうけどさ。むぅ、『この町には』ねぇ……」


 何かを感づいたような顔を一瞬浮かべてから、テッドリィさんはいつもの表情に戻った。


「それじゃあ、分かれる前に宿を決めておくとするよ。従魔も泊まれる宿じゃなきゃ、町中で野宿する羽目になっちまうしねぇ」


 場所は頭に入っているようで、残りの俺たちを先導するように歩いていく。

 その後、あっさりと宿の部屋を押さえ終えると、荷物を部屋に置いて町中に繰り出すことにした。

 テッドリィさんは、今まで世話になった商会やその護衛たちへの顔つなぎに行くらしい。


「数ばっかり多くて困るが、こういう手合いをおろそかにすると、飛び込み仕事がしにくくなるからねぇ」

「それって、俺もついていった方が良いんじゃないの?」

「ここらで有名な『鉈斬りさん』がいれば、顔つなぎには十分だろうけどねぇ。そうなったら商人が、バルティニーを取り込もうとあの手この手を仕掛けてくるはずだねぇ」

「多少のことなら食い破ってみせるけど――そうなったら、顔つなぎどころじゃないか」

「向こうの面子を潰しちまうからねぇ。そういうわけで、バルティニーは必要ないってわけ」


 テッドリィさんは意地悪く笑うと、雑踏の向こうへと消えていった。

 俺はどうしようかなと考えて、隣にイアナとチャッコがいるままなことに気付く。

 魔法を使った腕試し後から俺に従いがちなチャッコはともかく、イアナが移動を開始しないことに小首を傾げる。


「イアナも、自分で見たい場所に行っていいんだぞ」

「それはそうなんですけどね。なにぶん初めての場所ですから、誰かに案内してもらえないかなーって」


 その誰かが誰かを悟って、俺は肩をすくめる。


「分かった。俺は顔を見せに行く相手はさほどいないしな。イアナに町を案内しながら、向かうとするよ」

「えへへっ。ありがとうございます。そういう優しいところがあるから、バルティニーさんは好きです」

「おべんちゃらを使うな。どうせ、ボコボコになってきた棍棒を、俺に買い替えて欲しいから言っているんだろう」

「あははっ、バレていましたか。でもどうせならテッドリィさんにしているみたいに、バルティニーさんに作って欲しいですけどね」

「甘えすぎだ、不肖の弟子が」


 軽くデコピンしてから、俺はイアナとチャッコと共に、懐かしさと目新しさが混在する町の中を進んでいった。




 町の様子は、やはり少し変わっていた。

 あったはずの店が別の店になっていたり、同じ店でも見知らぬ商品が売られていたりする。

 三年の月日が経過したことに少し感慨深く思いつつ、腹ごしらえがてらに、昔の仲間であるコケットが働いていた食堂にやってきた。

 以前と変わらず活気ある店内を見て、イアナは荒く鼻息を吐き出す。


「本格的に町を回る前に、腹ごしらえというわけですね。それにしても、良い臭いがします」

「安いのに量が多くて腹にたまる料理を出してくれる、良い食堂だった。腕が不確かな女性冒険者を、配膳に雇っている場所でもあったぞ」

「ということは、バルティニーさんの顔見知りが働いているんですか?」

「さてな。ここで働くと言っていたヤツはいたんだが……」


 人が多くてざっと見ただけでは見つけられない。

 もとより会いたいともそれほど思ってもいなかったので、すんなりと探すことを諦めて、開いている机に着く。

 すぐさま、注文を取りに女性が近づいてくる。


「い、いらっしゃいませ。注文は決まってありますですか?」


 接客に慣れていない様子と幼さが残る顔立ちから、成人したばかりの十四歳だと判断した。

 過去の自分を投射して微笑ましく思いつつ、会話を交えながら注文をしていく。


「この町には久しぶりに来たんだが、相変わらず揚げ物料理が美味しいのか?」

「はい、もちろんです。なんていったって、店の自慢ですからね」

「それじゃあ、これで適当に料理を見繕ってくれ。ああ、こいつの分の肉は、揚げずに焼いて出して欲しい」


 俺から銀貨を一枚受け取りながらチャッコに目をやった接客係は、ぎょっと目を見開いていた。

 そして表情を取り繕うことなく、調理場へと駆け出して行く。

 初々しい様子に笑みを深めていると、イアナに足で脛を小突かれた。


「バルティニーさん、こんな食堂で銀貨を渡すなんて、人が悪いですよ。デカイ男を目指す人に、あるまじき行為ですよ」

「そうか? こういう誰も不幸にならない悪戯ぐらい、やってもいいだろ」

「ゥワフ」


 会話の流れを考えず、チャッコが出てくる料理が楽しみと鳴く。

 そうだなと頭を撫でていると、先ほどの接客係が木製のジョッキを三つ持ってやってきた。


「この店自慢のエールをお持ちしました。若女将さんが尽力して作っただけあって、とても評判がいいものですよ。そちらの子には、水をお渡ししますね」


 さっさと引き上げていく彼女を見送ってから、俺とイアナは手にジョッキを持つ。


「ま、とりあえずは、乾杯だ」

「はい、乾杯です」

「ゥワウ」


 チャッコが床に置かれたジョッキにある水を飲み始めたのを合図に、俺とイアナもジョッキに口をつける。


「へぇ、言うだけあって、良いエールだ」

「高級店みたいな上品さはないですけど、入れられた材料の匂いが分かる庶民派の味わいですね。これ、わたし好きです」


 ジョッキを両手持ちしてこくこくと喉を鳴らす姿から、よほど気に入ったと見える。

 早々に飲み切るんじゃないかと見ていると、机にどんどん皿が置かれた。

 揚げ物中心だが、以前にはなかった彩り豊かな野菜も含まれている。

 この点も、三年で変わった部分だなと感慨深く思っていると、頭上から声が降ってきた。


「ねえねえ、気前の良いお客さんさー。前に、あたしぃと会ったことなかったー?」


 顔を向けると、先ほどの接客係とは違う女性が立っていた。

 腰まで伸びた派手な赤色の髪、気だるそうな目と特徴的な言葉遣い。

 それらの特徴は、成熟した肉体に変わった姿になっていても、彼女が誰だか俺には分かった。


「会ったことがあるどころじゃないさ、コケット。俺はお前の、冒険者仲間だったんだからな」

「おー、ということはやっぱりバルティニーかー。大きくなったし、変な格好をしているから、一目じゃ分からなかったしぃ」


 ケラケラと笑うコケットに、相変わらずと苦笑していると、ふと彼女の体に気になる部分が目に入った。


「勘違いだったら悪いんだが、もしかしてそのお腹は」

「間違いじゃないよ。愛しい旦那ちゃんとの子供が、ここにいるんだー」


 嬉しそうに微かに膨らんでいる下腹を撫でる姿に、俺は驚いた。


「……もしかして、この食堂の若女将ってのは」

「そう、あたしぃのことだしぃー。この店の息子と結婚したんだー」


 意外な事実にあ然としている俺の横で、話の流れが分かっていない顔のイアナが、運ばれてきた料理に手をつけ始めていたのだった。




皆さま、大変にお待たせいたしました。


ここまで再開に時間がかかった理由は、

私の別作品、

『自由(邪)神官、異世界でニワカに布教する』

が書籍化することとなりまして、原稿作業で時間が取れなかったのです。


まだ少し予定が立たない状況ですので、週一ぐらいの更新速度で再開したく思っております。

よろしくお願いいたします。



後記:

ティメニ→コケットに修正しました。

名称間違いないように、プロットの時点ではコケットってちゃんと書いてあったのに、どこで名前を間違えたのだろう……

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