二十六話 開拓村、てんやわんや
魔物たちから逃げ切ったので、俺は安心して地面に座り込む。
すると、テッドリィさんが慌てた様子で近寄ってくる。
「大丈夫か、バルト。棍棒で殴られたの、どこだ!?」
心配そうに、色々な角度から俺に怪我がないか見ようとしている。
その様子に苦笑しながら、自分でも体の怪我した場所を確かめていく。
頭は腕で防御していたので、無傷だった。
けれど、吹っ飛ばされ転がされて地面で擦ったのか、頬や服の下の手足に軽い擦過傷が出来ているんだろう、少しひりひりする。
そこでふと気がついたが、棍棒が直撃したにしては、防御に使った腕は全然痛まなかった。
不思議に思って手で触って確かめてみるけれど、骨は折れてないし肉も潰れていない。それどころか、服の袖にすら殴られた痕跡はなかった。
「なんか、当たり所がよかったのか、大丈夫みたい」
テッドリィさんに伝えると、心配そうな顔から一転して、安心した表情になる。
その後、すぐに怒り顔になると、俺の胸倉を掴んできた。
「おい、バルト。どうしてあんな真似しやがった」
「えっと、テッドリィさんを助けたこと?」
「そうだ。人を助けるにしても、あんな命を投げ出すようなマネすんじゃねぇぞ、分かったか?」
えぇ~。危ないところを助けたのに、文句言われるの?
と思ったところで、怒気の中に優しさがほのかに感じられる口調だと気付いた。
たぶんだけど、テッドリィさんが怒っているのは俺にじゃなくて、教育係りなのに命を助けられた彼女自身なんじゃないかな。
そう考えてみると、この行動は照れ隠しなんだろうな。
俺がそんな予想をしている見透かしたのか、テッドリィさんがデコピンを食らわせてきた。
「痛ッ、いなぁもう。でも、これもきっと――」
「ん~? なんか言ったかよ?」
「――いいえ、なにも?」
ヤブを突付いて蛇を出してもまずいので、咄嗟に首を横に振った。
テッドリィさんはジロッと目で睨む。
その後で、悔しげに見える表情になり、俺の頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でてきた。
「それはそれとして、助けた礼は言っとく……あんがとよ」
最後は小声だったけど、ちゃんと俺の耳に入った。
呆気にとられているうちに、テッドリィさんは恥ずかしそうに頬を染めながら、村の方へと歩き始めていた。
「……あっ、待って!」
我に帰ってすぐ、俺はテッドリィさんを追いかけていった。
お礼を言われただけで、あんな危険を冒してよかったなんて、気の良いことを思いながら。
俺とテッドリィさんが村に入ると、いたるところで人々が議論している姿が見られた。
どうやら冒険者たちがやられたり逃げ帰ってきたことは、開拓村の人たちにとって衝撃だったようで、発している声は熱を帯びている。
「ちくしょう、十年間も領域の主は出てなかったのに。なんでよりにもよって、材木の商いが軌道に乗ってすぐなんだ!」
「そんなことを言っても始まらんだろう。冒険者たちがやられちまっているんだ。これからは森を伐採しようとすれば、木こりで二の舞を演じる羽目になるぞ」
「こんなとき、十年前に主を討伐してくれた冒険者たちがいてくれれば……」
「馬鹿言ってんな。大商人が彼らにしつこく迫って、土地の権利を買い取ったからこそ、領域の主が復活したんじゃないか!」
商人と村人、大工と冒険者などの様々な組み合わせで、これからどうするかの議論が巻き起こっているようだ。
中には、あっさりとこの開拓村での稼ぎを諦めたらしき行商人が、多量に荷物を載せた馬車と共に人ごみを掻き分けて行く姿もある。
酷いことになっているなと思っていると、テッドリィさんが俺の腕を掴んできた。
「とりあえずは、討伐証明の換金と魔物の情報を売りに、組合に行くぞ」
腕をぐいぐいと引っ張られながら、議論する人で賑わう道を進む。
テッドリィさんは人ごみが苦手だったので、無事に進めるかなと思った。
けど、冒険者の多くが冒険者組合に向かっているようで、細いながらも人の流れがある。
俺たちはその流れに乗って、少し移動速度は遅かったものの、組合の建物までやってこれた。
「けど、なんだかすごい――よりも、酷いことになっているや」
「入ろうとするヤツラと、金を得て出ようとするヤツで、中が詰まってやがんな」
どうするかと、俺とテッドリィさんは顔を見合わせる。
どちらからともなく、食堂に移動して戦闘の疲れを食事で癒すことになった。
食堂でも、話し合いをしている人が多い。けど、料理やお酒を頼まない人には席を貸さないようで、それなりに席は空いている。
俺たちは適当な席に座って、店員に料理と飲み物を適当に見繕って持ってきてもらった。
俺は果実水で、テッドリィさんはエールで、戦いで渇いた喉を潤した。
「くはぁ~……あー、エールが胃に落ちた感触で、生き残ったって感じがするぜ」
オヤジくさい発言に、思わず苦笑いしながら料理を摘んだ。
お互いに減った腹を満たしながら、自然と周りと同じ話題で話し合いが始まる。
「それで、これからどうする気なの?」
「どうするもなにも、もうしばらくはこの村で稼ぐさ。まだ、バルトの教育期間は終わってねぇしな」
その言葉に、俺は驚いた。
「えっ!? 他の人はこの村から出ようとしている感じなのに?」
「バカだな、人がいなくなるからこそ、動きやすくなるんじゃねぇか」
そこで言葉を切ると、内緒話をするために顔を近づけてきた。
「これから過剰にいた商人たちが逃げ始める。そうすりゃ、護衛に多くの冒険者も村から去るだろ。しかしだ、冒険者組合としちゃ、居なくなられるのは困るわけだ。村の防衛力ってのが下がるからな」
「森に主がいると、魔物は見かけた人を積極的に襲うようになるって、故郷で狩りのときに教わったっけ。でもさ、ちょっと前に魔物に蹴散らされたのに、防衛力も何もないと思うけど?」
「だからこそ、村を去る冒険者を少なくしたいのさ。森の解放は無理でも、これだけの人数がいれば村は守れるって宣伝したいのさ。これはこの村に限ったことじゃなく、魔の森に近い村や里にもいえることだけどな」
故郷の荘園でも、護衛らしき人が結構いたっけ。
「なるほどね……となると、なにかしら組合から言ってくるのかな?」
「兵隊だったら強制で徴兵する場面だが、自由な気風の冒険者じゃ無理だ。だからこそ、美味い餌を鼻面にぶら下げてくれんのさ」
どういうことかと首を傾げると、テッドリィさんはお金を表すジェスチャーを指でする。
「つまりは、いつもよりやや高めに依頼料をくれんのさ。特に、森で薪を拾ったり、魔物を倒したり、動物を狩って持ってきたりするとな」
「あぁ~。今までとは違って、多くの人が怖気づいてあまり森に行こうとしなくなるからだね」
「その通りさ。だからこそ腕に自信があるやつは、主の居る森の近くにある村を拠点にするんだぜ。上手くいけば、その主を倒して大金が手に入るかしな」
そこで言葉を区切ると、テッドリィさんはエールを飲みつつ、腰に吊った剣を抜く。
ぎょっとする俺の目の前に、ずいっと剣身を差し出してきた。
「だがまずは、武器の研ぎ直しからだな」
よく見てみると、何匹もの魔物を斬ったからかだろう、刃こぼれと血脂が目についた。
これなら研がないと、使い物にならない。
「それなら、俺が魔法で治そうか?」
「そういや、バルトは鍛冶魔法が使えるんだったな。だがなぁ……」
組合に借金を作ってまで買った剣を、俺に預けるのが不安らしい。
なら鍛冶魔法の実力を見せてやろうと、鉈を抜く。
こちらも、テッドリィさんの剣に負けず劣らず、刃こぼれと血脂が目立った。
「じゃあこの場で、この鉈を綺麗にしてみせるよ」
「おー、やってみろ。上手く出来たら、この剣も頼んでやっからよ」
言い終わるとすぐに店員にエールを頼んでいるあたり、期待していないことが丸分かりだ。
見返してやろうと、俺は魔塊を回して魔産工場を活性化。体外に出てきた魔力で、鉈を覆う。
魔力の通り具合から、材質、刃こぼれ、血脂のあり具合を再確認する。
その後で、魔力を確り通して剣身を柔らかくすると、刃や峰を手で撫でて整えていく。
刃こぼれは指で研ぎ上げる。血脂は表面の鉄を薄膜状に剥がしながら除いていった。
何年もスミプト師匠の下で、鎌や斧などの農具を作り続け直し続けてきたから、手馴れた工程だ。
そうして、恐らく五分とかからずに、俺の鉈は新品同然になった。
「ふふん、どうよ?」
ドヤ顔で出来栄えを見せる。
するとテッドリィさんは、慌てた顔で俺の頭を叩いた。
「バカッ。人目のある食堂で、なんて芸当見せてやがんだ」
テッドリィさんは、警戒するように周りを見る。
だけど幸いなことに、他の客は議論に熱中していて見ていなかったようだった。
そのことに安心した様子になった後で、テッドリィさんは怖い顔をする。
「おい、バルト。他の冒険者には絶対その特技を見せんなよ。武器をタダで直せ、いや作れって集られる羽目になるぞ」
「それは分かったけど。鉈を直してみせろって言ったのは、テッドリィさんでしょうに」
殴られた頭を擦りつつ言うと、テッドリィさんは言葉に詰まったようだった。
「うっ……そうだったな。バルト、疑って悪かった」
頭を下げられて、どう反応したものかと途方に暮れてしまう。
けど、俺の葛藤をよそに、テッドリィさんはすぐに頭を上げてにっかりと笑った。
「よっしゃ。剣の修復はテント内でお願いするとして。バルトの意外な特技のお蔭で、明日からもバリバリ稼げるな。となりゃ、遠慮せずにエールを飲むぞ」
店員さんが持ってきたエールを瞬く間に飲み干して、お代わりを要求する。
切り替えの速さに感心と苦笑いしながら、冒険者組合が空くまでの時間つぶしをかねて、俺も追加の料理と果実水を頼むのだった。




