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二百六十七話 鉱山町を去る

 宝石を買い込んだ後で宿の部屋に戻ると、イアナとテッドリィさんはすっかり旅支度を終えていた。


「もうすぐ夜になるのに、いまから出立する気?」

「騒動が起きている場所からは、すぐに逃げるのが生き残るコツですから」

「バルティニーの金貨を換金するって用事は済んだんだ。変な事態に巻き込まれる前に、ちゃっちゃとトンズラするのが賢い選択ってもんだよ」


 そういうものかと訝しがりながら、俺も町を離れる準備をしていく。

 その間、チャッコは床に寝そべりながら、顔だけ上げてじっとこちらに視線を向けている

 明らかに、俺がチャッコと戦うという約束を果たすのを、心待ちにしているようだ。


「……町から離れて、邪魔が入らなさそうな場所でやるから。それまで待って」

「ゥワウ」


 了解と鳴いて、チャッコは興味を失ったような顔つきで、床に頭を下ろした。

 そして俺が手早く出立の準備をまとめると、早く戦う場所に行こうと言いたげに真っ先に起き上がり、宿の外へと出て行ってしまう。

 そのつれない態度に、イアナとテッドリィさんはこちらに振り向く。


「なんだかチャッコちゃん、ツンケンしてますけど」

「バルティニー。アンタ、あの子は狼の魔物といえど仲間なんだよ。ちゃんと仲直りするんだね」

「分かっているさ。まあ、仲直りして仲間でいられるかは、俺の頑張り次第なところがあるんだけど――」


 黒蛇族のオゥアマトから聞いた話だと、この再戦で俺が負ければ、チャッコは離れていくことになる。

 だから勝たなければいけない。

 だけど、チャッコは俺と出会ってから腕を上げている節がある。

 崖上の森で魔物相手の戦い方から、かなりの成長が見られた。

 特に身のこなしは一回り上手になっているようで、冷静に彼我の実力差を考えると、いまの俺だと確実に勝てるとはいいがたい相手だ。


「――なんとかするさ」


 まとめ終えた荷物を背負い込みながら、俺は先に行ったチャッコを追って、宿の部屋を出る。

 イアナとテッドリィさんは何か言いたげに微笑むが、何も言わないまま、俺の後について宿から立ち去った。





 混乱が続く冒険者組合に立ち去ることを伝えてから、俺たちは鉱山町を後にした。

 もう夕日が稜線に隠れる寸前だが、今日はこのまま夜通し歩き続ける予定だ。

 この提案は、冒険者としての経験が豊富なテッドリィさんのものだ。


「バルティニーが宝石を買い込んだことを、あの領主が知ると奪いに来るかもしれないからね。町が騒がしい間に、離れられるだけ離れていたほうが利口だからね」

「それと、この土地の野盗は食料を狙っている――つまり鉱山町から去る人はあまり狙われないってことです。なら、夜も安全に旅ができるってことに繋がりますしね」


 得意げに語るイアナの補足見解も、的を射ているように感じられた。

 それならと、マインラ領を立ち去ることを重視して行動することに決めたわけだ。

 この話を理解しているのか、チャッコは常に俺たちの先頭に立って歩いている。

 街道を進み続けているうちに夜になり、空には星と月が浮かぶ。

 周囲はすっかり暗くなったが、星と月の光が差し込んでくるので、道を進む分には問題はなさそうだ。

 鉱山町の近くは森がちな地形だが、恵みが少ない場所だからか、食い物がない街道近くには魔物や野生動物の気配がない。

 ある意味、この世界に生まれ変わってから、一番安全な道のりだ。

 あまりに気楽な旅路なものだから、俺の後ろに続く、イアナとテッドリィさんが会話を始めていた。


「次はどこにいきましょうか」

「あと少しで冬が終わって、冬ごもりした獣や魔物がでてくるからね。冒険者としての仕事は、いくらでもあって、どこに行っても食いっぱぐれることはないね」

「別に、無理して依頼を引き受ける必要はないんじゃないですか?」

「バルティニーのお陰で、宝石の原石はたんまり集まったしねぇ。いっそのこと、少し遠くまで足を向けてみるってのもいいかもしれないねぇ」


 二人は、すっかり次の予定を立てているようだ。

 つい俺も、どうしようかと予定を考えてしまう。

 俺の目標は、相も変わらずデカい男になることだ。

 活動して三年目な冒険者だが、生活用と攻撃用の魔法が使える上に、いくつか二つ名を貰っていることから、かなりな実力者であると自負できるだろう。

 それなら次の季節からは、どこか未開拓な森を探し、そこにいる森の主を倒すことに注力してもいい気がする。

 そして領地を持って、奴隷や移住者を抱えることで、人の上に立つ。

 ただ領地を持っただけではデカい男にはなれないはずなので、配下の人との関りを深めて人として成長していけばいい。

 そこまで考えて、絵空事に過ぎないなと自嘲してしまう。

 なにせ俺は、図体はデカくなっているものの、次の季節で十六歳――前世で言えば高校生だ。

 そんな若造が、周りにデカイ男と認められるはずがない。

 いっそのこと、二十歳過ぎまでになれればいいなという気楽な気構えでいた方がいい気さえしてくる。

 そうして未来の予定に考えを巡らせていると、先を歩くチャッコがこちらに振り向いてきた。

 何年も先のことではなく、近日中な自分との戦いに集中しろ。

 そう見とがめられた気がして、俺は思わず恥じた。

 確かに、目下の課題はチャッコとの戦いだ。

 あまりに先のことを考えるよりも、その戦いでどういう手で勝つかを考えたほうが建設的に違いない。

 俺は心を入れ替えて、チャッコの実力を分析しつつ、どう勝ち目を生み出していくかに思考を割くことにした。

 返す返す、平和な道のりなのが幸いして、歩きながらでも作戦を考えることに支障は出なかったのだった。

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