二百六十六話 鉱山町は騒動中
鉱山町の冒険者組合に到着すると、そこは混乱のるつぼと化していた。
「鉱山から出るときに難癖つけられて、領主の兵士どもに有り金を巻き上げられたんだ!」
「全身まさぐられて、鉱山で採れたものに違いないって、硬貨まで取り上げられてたんだ!」
鉱山帰りと思わしき冒険者たちが、土濡れな状態のままで、口々に苦情を叫んでいる。
対応する職員の人たちは、困り顔だ。
「は、はい、わかっています。ただいま、被害を受けている商業組合と宝石加工組合とともに、抗議と損害賠償請求の書状を作成中ですので」
「手紙を送っておしまいにする気か!」
「そんなわけありませんよ。私たちは、あなたたち冒険者の味方です。領主に奪われた財産は、必ず取り戻して返却するとお約束します」
あまりの喧騒に、俺たちが入口で立ち止まっていると、職員の一人がこちらにやってきた。
「あなたたちも、領主の被害に――おや、たしか宝石ゴーレムを狙っていた人たちですよね。ご無事だったんですか?」
話を向けている先は、連れてきた冒険者たちのようなので、俺は横にずれて話しやすいようにしてやる。
冒険者の一人が前に出て、職員と話し合いを始める。
「危うく、宝石ゴーレムと領主の奴隷たちに挟み撃ちになるところだった。それを、そこの兄さんに助けられたんだ」
「そうだったんですか……。それであの、鉱山を出るときに、なにかしら取られたりしませんでしたか?」
「兵士に槍を向けられて脅されたが、兄さんのお陰で難を逃れられたよ」
「? それはどうやってか、お教え願っても構いませんか?」
「クソ領主たちがいる出入り口ではなく、鉱山に開いた穴から外に出たのさ」
「よく、そんな場所をご存じでしたね。鉱山の坑道は入り組んでいて、本職の方じゃないと迷って出られなくなりますのに」
「兄さんが詳しい地図を持ってきてくれたからな。迷う心配はしなくてよかったのさ」
冒険者の話を聞いて、職員がこちらに顔を向ける。
なにを求められているか察して、俺は大きく首を横に振った。
「悪いですけど、これは知り合いの宝石加工職人からの借り物なんですよ。冒険者組合の職員には、見せられません」
「それなら仕方ありませんね。坑道の詳しい地図があれば、冒険者の活動が楽になるのですが……。宝石加工業者の組合に、地図を貸して貰えないか、問い合わせてみるとします」
素直に引き下がった職員は、冒険者たちやイアナとテッドリィさんに鉱山での話を聞いて、また別の冒険者へと走って向かっていった。
話が一段落したところで、冒険者たちがテッドリィさんに硬貨を何枚か手渡した。
「こんな状況になっちまったが、依頼は依頼だ。納めてくれ」
「ありがたく貰っておくよ。それと、護衛依頼は今回で終わりにさせてもらうよ。明日以降は、別の人に頼んどくれ」
「領主のせいで鉱山に入れなくなっちまったし、宝石ゴーレムに挑む意味も薄くなったからな、それは構わない。けど、どうしてか聞いてもいいか?」
「こんな領主が面倒な土地には居ちゃいられないからね。近日中に去ることにしたってだけさ」
「あははっ、そりゃそうか。オレたちだって、愛着のある町じゃなきゃ、こんな場所からおさらばしていただろうしな」
冒険者たちと、イアナとテッドリィさんは別離の握手を交わす。
それから冒険者たちは外に出ていき、どこかへと去っていった。
俺たちも混乱が続く冒険者組合から出て、宿に向かおうと足を向ける。
帰路の途中で、俺は地図を返しにグンツのところに一人で向かうことにした。
「それじゃあ、先に帰っていて」
「分かったよ。おや、チャッコが珍しく、アンタについていかないね」
テッドリィさんの指摘の通りに、チャッコはイアナとテッドリィさんを先導するように、宿のある方向へ歩き続けている。
その姿を見て、俺は苦笑いする。
「最近に起きた色々なことが、チャッコにとって不満だったようで。一度、立ち合いをすることになっちゃったんだ」
「えっ、チャッコちゃんと喧嘩するんですか?」
イアナの質問に頷いて答えると、テッドリィさんが笑みを顔に浮かべる。
「従魔っていったって、一個の命さ。主が不甲斐ないと感じれば、もう一度実力を試したくなってもしょうがないさね」
「ああ、理解できますね。この町の領主だって、あまりの横暴だから、町の人たちに疎まれているようですし」
「チャッコは特に頭の良い魔物だからね。主に逆らう決断は、人間よりも踏ん切りが良いんだろうさ」
「はいはい。俺が不甲斐ないせいですよ。それじゃあ、宿で」
テッドリィさんとイアナが勝手な評価を交換する姿を後ろに、俺はグンツの店に向かう道を歩いていくのだった。
グンツの店の扉を開ける。
グンツはカウンターに頬杖を突いた状態で、俺を待っていた。
「よう、お帰り。ダメ領主のせいで外は大わらわみたいだが、貸した地図は役に立ったか?」
「そりゃあ、もう。これがなかったら、領主の奴隷や兵士たちと、ひと悶着起こしていたかもしれない」
返答しながら地図を返却すると、グンツは受け取りながら渋い顔をする。
「そいつは、あの領主に一泡吹かせる機会が、一つ消してしまったってことか。それじゃあ、貸さない方が良かったかもな」
「……グンツも、領主のことが嫌いなんだ」
「当たり前だ。あのバカがちゃんと政策をとってさえいれば、オレが食料を求めて崖上に上ろうなんて思わなかっただろうしな」
本当に領主は嫌われているなと呆れかけていると、グンツは俺が預けていた宝石を渡してくる。
受け取ってみると、滑らかな表面の楕円状に加工されていた。
「俺が鍛冶魔法を使えて、この宝石の表面に石を被せられるから、こうした仕上げにしたんですか?」
「それもあるが、大きな紅玉だと変に角を立てるよりかは、こうしてツルツルに仕上げた方が気品があるように見えるからだ。あとは、傷が見えやすい加工法だからな。市場にあまり出回らず、付加価値があって高く売れるからって意味もある」
「へぇ、そこまで考えてくれたんですか」
「当たり前よ。ま、暇に飽かせて時間がかかる工法を取っただけだがな」
グンツは一度俺の手から宝石を取り上げると、薄い板状の石を取り出す。
そして鍛冶魔法で、宝石に薄く石を纏わせてから、こちらに返してきた。
俺は受け取る代わりに、金貨を一枚渡すことにした。
金貨を受け取ったグンツは、不思議そうな顔でこちらを見てくる。
「これは?」
「宝石が出来上がったら、お礼にお酒を渡そうと思ってたんだけど、手に入らなくて」
「そりゃあ、この町にはドワーフがそれなりにいるからな。もう酒はどこにも置いてなかっただろうな。それでその代わりが、これか?」
「行商人が食料を満載してやってくるらしいから、そこで酒を買う代金に使って欲しいって」
「ほーん。ま、ありがたく受け取っとくわ。渾身の出来なその紅玉を思い出して、晩酌するとするよ」
俺はグンツと握手すると、店を出て宿に向かおうとする。
その途中で、紅玉を買ったあの宝石商の近くに差し掛かった。
再度来店すると約束していたことだしと、寄ってみることにした。
俺が中に入ると、店員は厳しい目を向けてから、一転して柔和な笑みに変わった。
「おおー、あなた様でしたか。ささ、ご要望の通りに、紅玉の原石をたくさん集めております。ささ、どうぞどうぞ」
案内されながら、俺は一つ質問する。
「なにか警戒しているようですけど、どうかしたんですか?」
「それは――まあ、冒険者であるあなたなら知っているでしょうね……」
言葉を濁しかけた店員は、俺に椅子を薦めながら続きを口にする。
「領主が鉱山の出入り口を封鎖して、宝石を巻き上げていることはご存知ですか?」
「それはもう。俺も被害者の一人ですから」
「それはまた、ご災難だったことで。それに関係し、領主が強権を持って宝石を奪いに店に来るかもしれないからと、宝石商の組合が警戒するよう通達を出しているわけでして」
「被害が出ているんですか?」
「いえいえ。流石のバカ領主と言えど、商人に喧嘩を売ればどうなるかは分かっているでしょうから。念のための警戒、というやつですよ」
笑みを浮かべながら、店員は俺の目の前に紅玉を出していく。
ぱっと見で、大きさは前よりも大きいものの、形が前よりいびつなものばかり出してくる。
「なんだか、宝石加工職人には嫌がられそうな形なものばかりですね」
「仰られる通りです。ですが、宝石が採れない地方では、大きさこそが値段に直結しますので、金貨の換金目的ではこちらの方が冒険者の方に受けはいいんですよ」
「宝石が採れる場所では、大した価値がないってことじゃないんですか?」
「なくはありませんとも。この奇妙な形を生かして加工してのければ、芸術的な付加価値が発生します。ですがこの町の職人――特にドワーフなどは、いびつな原石に手塩をかけるより、いい形の原石をちゃんと磨いた方が価値が高いと信じていまして」
「こうした原石の取り扱いを忌避しているわけですね」
会話しつつ、俺なら魔法でひとまとめに出来るので、形はさほど問題じゃない。
むしろ、大きければ大きいほど使い勝手は良い。
もっとも、普通の石から宝石を作れる方法を編み出してしまったので、魔力の節約以上の意味はないに等しいけど。
俺は残っていた金貨を全てだし、カウンターの上に並べた。
「この金貨分、その紅玉をかわせてもらいます」
「はい、お買い上げありがとうございます。おまけとして、宝石を納める革袋を贈呈させていただきます。丈夫で穴が開きにくい一級品ですよ」
店員は形の悪い紅玉を、手のひら大の革袋に入れて、こちらに差し出してきた。
俺は受け取ると、深々と頭を下げる店員に見送られて、店から立ち去ったのだった。