二百六十五話 鉱山からの脱出
行動を進んでいてあと少しで目指していた出口というところで、複数の気配がした。
俺は後続に待つよう合図してから、チャッコを連れて、足音を殺しつつ先に進んでいく。
すると急に、坑道の先が真っ暗になっていた。
誰かや何かが、灯っていたランタンを壊したんだろうな。
その犯人は、俺が感じている気配の大本に違いない。
そして、そいつが松明などの灯りなどを持ってないことから、人間じゃないことがわかる。
俺は少し考えてから、指先に生活用の魔法で灯した火を、暗がりへと投げ込んだ
ロウソクの火のような灯りが、空中を飛びながら坑道の闇を照らしていく。
そして感じていた気配の近くにつくと、暗がりに潜んでいたものが現れた。
「ギャッガイィ?」
「ギャギャゥ!」
それは、複数のゴブリンたちだった。
出口のどこからか、坑道に入ってきたんだろう。
やつらは、空中を飛んできた火を不思議そうに見てから、木の棍棒で打ち消して周囲を闇に戻す。
相手がゴブリンと知れば遠慮は要らない。
そう考えて鉈を引き抜く前に、チャッコが暗がりの中に飛び入っていった。
「ギャィガイ!?」
「ギャギャガアア!」
「ゥワオオオオオ!」
大混乱と鳴くゴブリンたちに混じり、チャッコの勇ましい鳴き声が坑道に響く。
暗がりの中の出来事なので、俺は目で見ずに、気配で戦況を感じ取る。
先ほど得た不満をぶつけるように、チャッコが大暴れしている様子だった。
ゴブリン程度なら任せて大丈夫だろうと判断して、俺は来た道を引き返して、イアナを始め冒険者たちを呼びいく。
そして冒険者が持っていた松明を灯してから、手にしてゴブリンとチャッコがいる場所へ戻ると、戦いは決着していた。
「……ゥワウ」
取るに足りない相手だったと鳴くチャッコの足元には、十匹ほどのゴブリンたちが体を引き裂かれた状態で転がっていた。
出会ったときより攻撃力が増しているなと感じている俺の後ろで、冒険者たちが引いている。
「うおぅ。相手がゴブリンっていっても、こいつはすごいな」
「姐さん。コレ、あの狼がやったんですよね。よくこんな怖い魔物、連れていられますね」
「下手な人間よりか賢いからね。あの狼より強いバルティニーもいるし、心配いらないさ」
テッドリィさんの何気ない一言に、チャッコは少しだけ気分を害した様子だった。
そして、じっと俺の顔を見てくる。
たぶん、チャッコは俺とどちらが実力が上か、腕試しがしたいんだろうな。
チャッコの種族は、たびたび実力を試してくる習性があるってことを、黒蛇族の集落で聞いた覚えがあるし。
「分かった。鉱山町を離れるときに、一度戦おう」
「ゥワウ」
チャッコは一鳴きすると、満足気に先頭で歩き始める。
尻尾を立てて振っている様子から、とてもご機嫌なようだ。
一方で俺は、領主うんぬんよりも、チャッコとどう戦って勝ちを納めるかに思考を割く必要に迫られていたのだった。
坑道の出口にやってきた。
そこから下を見ると、地面まで五・六メートルといったところだろうか。
次に左右を見ると、狙い通りに鉱山町外周からやや離れた森の場所に、出られているようだった。
出口付近に、人影はない。
折角、領主の兵隊と戦いになっても問題が出ないように、鉱山町の外に出る出口を選んだのに、完全に無駄になってしまった。
戦闘にならなかったことを喜ぼうと意識を切り替え、下りるために鍛冶魔法で鎖でも編もうと、石を拾い上げる。
そんな俺の傍らでは、連れてきた冒険者たちが穴から下に視線をやっていた。
「このぐらいの高さなら、飛び降りられないこともないな」
「手がかりがないから上っては来られなさそうだが、下りる分には問題ないだろうな」
「じゃあちょっと、オレが試しにやってみるぜ」
ひょいっと気軽に、身のこなしが軽そうな一人が、出口から外に飛び出していた。
彼は地面に着地すると、自分の体の調子を確かめるように動かしてから、こちらに大手を振ってくる。
「大丈夫だ! この場所の土は平坦だから、足を捻る心配もないぞ!」
「よっし。じゃあ下りていくとするか」
仲間の声に後押しされる形で、冒険者たちは一人ずつ出口から飛び降りて行く。
踏ん切りがいいというか、堪えしょうがないというか、なんというか。
少し呆れ気味に見ていると、イアナに横腹を突かれた。
「バルティニーさんだって、崖上から跳び下りたじゃないですか。あの人たちと、似たり寄ったりですよ」
「……それもそうか。俺が言えたことじゃないな」
指摘に納得しつつ、イアナを小脇に抱える。
「え、あの、バルティニーさん。これはどういうことでしょう?」
「イアナって高いところが怖いんだろ。ここから飛び降りるときに、二の足を踏みそうだなって」
「だからどうして、抱えて――」
イアナが何か言っていたが、先に下りた冒険者たちがこいと合図しているのを見て、俺は出口から飛び出した。
そのとたんに、イアナの口から悲鳴が出てくる。
「――ひぃえええええぇぇぇ!」
五メートルほどしか高さがないので、落下は数秒間しかなくあっという間だった。
地面を踏むと、俺は小脇に抱えたイアナを地面に下ろした。
「はい、到着。って、どうしたんだ?」
「とと、飛び降りるときに、ここ、心の準備をさせてくれないなんて、バルティニーさんの人でなしぃぃぃ……」
座り込みそうになっているイアナを引っ張って移動して、場所を空ける。
チャッコとテッドリィさんが順々に飛び下り、どちらも怪我なく降り立った。
結果、怪我なく鉱山の外に出られたことに満足しつつ、まだ終わりではないと気を引き締める。
「それじゃあ、鉱山町の冒険者組合にいって、領主に苦情を出してもらわないと」
「そんでもって、鉱山の封鎖を解除してもらって、こいつらがゴーレムを退治するってわけだな」
テッドリィさんに指されて、冒険者たちは苦笑いを浮かべる。
「いや、そう上手くは行かないだろうな」
「あのクソ領主のことだ。色々と屁理屈こねて、鉱山を封鎖し続けるだろうしな」
「それこそ、宝石ゴーレムが倒されるか、奴隷たちが全滅するかしない限りな」
「ま、奴隷たちが全滅する方が、可能性として高いわな」
「そんでもって、オレたちが宝石ゴーレムを倒そうとしていたのは、組合を代表して食料を買い込む資金のためだったからな。日数がかかるんじゃ、オレたちが宝石ゴーレムを倒すよりさきに、こっちにきているっていう食料を積んだ行商が来るほうが早いだろうな」
つまり冒険者たちにとって。宝石ゴーレムを倒す意味が失われてしまったらしい。
そう理解すると、冒険者たちは慌てて弁明を始める。
「だからと言って、護衛代を負けてもらおうとは思ってないからな」
「そうそう。こうして無事でいられるのも、嬢ちゃんと姐さん、そして兄さんのお陰だ。払うものはキッチリ払わせてもらうとも」
なんだか俺にまで護衛代を払いそうな勢いなので、手で静止する。
「俺はイアナとテッドリィさんを助けに来ただけだ。そっちから感謝される筋合いじゃない。礼は要らない」
「そうですかい? そういうことなら、それで納得しますが……」
冒険者たちは不承不承という感じなのを見取って、俺は話を逸らすために鉱山町に指を向ける。
「ほら、さっさと移動して報告しないと。町に混乱が広がるだろ」
「そうですね、兄さん。そのほかのことは、後で考えればいでしょう」
冒険者たちは頷き合うと、坑道での借りを返すように、先頭で歩き出した。
なかなか堂に入った行進と周囲の警戒っぷりに、今さらながらに手練れなんだなと再評価する。
森の中を鉱山町の出入り口に向かって歩いている中で、チャッコがこっちに近づいてきた。
反射的に撫でようとするが、すいっと避けられてしまった。
どうやら腕試しの約束をしたことで、決着がつくまで馴れ合いは止めるつもりのようだ。
チャッコの柔らかな毛並みを触れなかったことに、ちょっと残念に思いながら、俺は森の中を歩くことにしたのだった。




