二百六十四話 出入り口を塞がれて
帰り道は、チャッコの鼻が役立つ。
俺たちが辿ってきた道に残った匂いを頼りに、チャッコが先導して走ってくれる。
森の中と同じようにはいかないものの、周囲の気配を察知して安全を確保しつつ、鉱山の外へと向かっていく。
俺とチャッコが先頭で走っていると、後ろから関心と諦めが混ざった話し声がしてきた。
「話には聞いていたが、嬢ちゃんと姐さんのいい人は、見るからに手練れだな。その上、ゴーレムの身動きを止める魔法まで使えるときたもんだ」
「こんなことなら、助力を求めて置きゃ、あの宝石ゴーレムは奴隷たちがくるまでに倒せていただろうなぁ。惜しいことをした」
「いやいや。あの兄さんのお陰で、町にちょっとでも食料が出回っているんだ。ゴーレム退治なんてやらせちゃいけねえだろ」
「そう、その食料のために、ゴーレム倒しに坑道へ来たんだぜ。なら、事前に話して置きゃ、あの兄さんなら手伝ってくれたかもしれねえだろ?」
そんな彼らの話を聞きながら道を戻っていき、もう少しで外というところで、俺とチャッコは同時に足を止めた。
俺たちが道の先を警戒していると、イアナとテッドリィさんは察したように息を殺し始める。
その緊迫した空気を感じてくれたのか、冒険者たちも静かに問いかけてくる。
「なあ、兄さん。なにをそんなに気にしているんだい?」
「出入り口付近に、人の気配がする。チャッコ――この狼の魔物も匂いを感じているから、間違いない」
「……はぁ。それがどうしたんです? 坑道の出入り口は町の中なんだ。誰かがいても変ではないでしょう?」
「その人が、じっと坑道の中に意識を向けているようだとしてもか?」
俺が問いかけ返すと、冒険者は口を噤み、武器をいつでも抜けるように構え始める。
それを見て、俺は手振りでゆっくりと進むと合図した。
そろそろと坑道を進み、ランタンの灯りの向こうに、日の明かりが差し込む出入り口が見えてくる。
その光に照らされて、何人かの人影が浮かんでいることも見えた。
眩い光に目を慣らさせると、その影は立派な服をきた太った人と、金属鎧を着た兵士風の人になった。
食糧に乏しい町で、あれだけ太った人となると、領主――ビータン・マインラ・ウィッカーンに違いない。
面倒な事態になりそうだなと思いながら、俺はチャッコと並んで進んで坑道を出ようとする。
その前に、兵士たちが槍先をこちらに向けると、大声で叫んできた。
「止まれ! マインラ領の領主樽ビータンさまの命により、坑道を出る際には荷物を改めることになった!」
一方的な宣言に、俺を始め、後ろの冒険者たちも硬い表情に変わる。
代表してというわけではないけど、俺はその兵士に問いかける。
「荷物を改めるってことは、なにかを探すってことですよね。そしてそのなにかがあれば、あなたたちは権限によって取り上げようということですよね?」
「なんだ、けむに巻くような言い方をして! 手向かいする気か!」
「いいえ。ただ、なにを取り上げる気なのか、知りたいと思いまして」
俺が平然と言い返すと、兵士は領主のビータンに顔を向ける。
ビータンは鷹揚に頷くと、話してやれと言いたげに二重顎をしゃくる。
兵士はこちらに槍を向けたまま、威圧的な物言いで言葉を再開した。
「この鉱山は、領主ビータンさまの物である。それは自動的に、ここで取れる鉱物の全てが、ビータンさまのものであるということだ!」
「それは、つまり――」
俺は言葉をきり、地面に落ちていた小石を拾い上げる。
兵士たちが警戒して槍を突き出してくるが、構わずに手にある石を見せてやった。
「――拾った石などがあれば、あなたたちにお返ししなければならない。と言いたいのですか?」
「原則的に言えばその通り。だが、我々も分別はある。単なる石ならば目こぼしし、価値ある鉱物のみ納めよ」
兵士の物言いに、俺の後ろにいる冒険者たちが吠え始めた。
「そんな道理があるか! 領主に納める税は、各種組合から払われることになっているはずだ!」
「それなのに、冒険者や鉱夫たちが汗して集めたものを奪い取ろうっていうのか!」
批難の声への返答は、槍先での威嚇だった。
「黙れ! 鉱夫もお前ら冒険者も、拾った宝石を申告せずに隠し持っていることは知っているんだ。いままでそれを指摘してやってなかっただけ、ありがたく思え!」
兵士からの威圧に、冒険者たちは俺の前に進み出て、真向から睨み合いを始めた。
「はんっ、じゃあ言うがな。オレの財布に宝石の原石があったとしよう。それを見つけたお前らは、オレが以前から持っている物だと弁明しても、鉱山で拾った物に違いないと奪い取る気だろう!」
「そんな真似はしない! 我々が没収するのは、あくまでこの鉱山から出てきたもので――」
「じゃあ、それをどうやって判断するのか言ってみろ! 鉱山から出てくる宝石と他の場所の宝石、今日拾った宝石と以前から持っている宝石、どう見分ける!」
冒険者の鋭い指摘に、兵士は唇をわななかせると、説明を拒否するように槍先を向ける。
「うるさい! その基準は、こちらが知っていればいいことだ! 冒険者ごときに伝える気はない!」
「ごときだと! 冒険者ごときと言いやがったな!」
「テメェら兵士なんて、街道の野盗を放置する無能じゃねえか! 偉そうにするんじゃねえ!」
「なんだと、根無し草でその日暮らしの、無責任野蛮人が!」
言い合いになり始めたとき、領主のビータンが大声を発し、冒険者側を睨みつける。
「黙れぇい! 貴様らがなんと言おうと、荷物を改めるまで鉱山からは出さん!」
「このクソ領主! こんな扱いしやがって、組合が黙っていると思うなよ!」
「鉱山に大量の奴隷を入れたことも含めて、絶対に抗議してやるからな!」
「それを聞いて、ますます鉱山から出すわけにはいかなくなったな!」
ビータンが腕を振るうと、兵士たちが槍先で俺たちを坑道に押し込むように移動してくる。
冒険者たちは怒りで顔を赤くすると、武器を抜こうとする。
俺はそれを止めると、坑道の奥へ引っ張っていく。
兵士たちは追ってこずに、入り口を閉ざすように槍先だけを坑道に入れている。
彼らが入ってこないと見取って、俺は話が聞かれない位置まで、全員を移動させた。
俺が易々と引っ込んだことに、冒険者たちとチャッコは不満を言ってくる。
「兄さん。なんで兵士たちを追い払おうとしなかったんですか」
「そうですよ。オレたちと兄さんが手を組めば、領主のへなちょこ兵士どもなんて、軽く捻ってやれるでしょうに」
「ゥワウ」
まあまあと身振りで落ち着かせて、俺はグンツから借りた地図を広げながら言う。
「どんな事情があろうと、領主の兵士に楯突いたら、そのときから犯罪者の仲間入りだ。果ては殺されるか、奴隷落ちするかになる」
「なにを情けない! あんなクソ領主に膝を折るぐらいなら、犯罪者上等だ!」
「落ち着けって。なにもあんな要求に屈しろと言っているんじゃない。俺が言いたいのは、そんな必要はないってことだ」
全員集まるように身振りしてから、広げ終わった地図に指をつける。
「俺たちがいまいるのはここだ。それで、これが領主が陣取った出入り口だ」
みんな理解していることを見取ってから、俺は地図上の坑道にそって指を進ませる。
「ここをこう行って、こう曲がったここ。これがなにか分かるか?」
「バカにしちゃいけませんぜ。オレだって鉱山で活動する冒険者の端くれだ。それが出口って意味の地図記号ってことぐらい――あれ、出口だぁ??」
得意げに言いかけて、冒険者の一人が俺の手にある地図に視線を落とす。
「その地図はおかしいですぜ。出口が何か所も書いてある」
「この鉱山の出入り口は、あのクソ領主が陣取っているあそこだけで、それ以外はなかったはずじゃ……」
不思議そうにする彼らに、俺は微笑みかける。
「きっと入口はあそこだけでしょうね。けど、落盤で道が塞がる可能性を考えて、出口をいくつも作っておくのは理にかなっているんじゃないか?」
「そりゃあ、理屈の上じゃそうでしょうが。口が開いてりゃ、入れば入口、出れば出口って言うじゃないですか」
「都合よく、坑道の中から外にしか出られない場所なんて、作れっこないでしょう」
「本当にそうかな。町から見える、鉱山の岩壁をよく思い出せばわかるんじゃない?」
俺に言われて、冒険者たちは腕組みして考え、ハッと思い出した顔をした。
「あっ! 鉱山の壁には、穴ぼこが空いているんでした」
「町に面した岩壁は表面がつるつるで上ってはいけねえが、そこから出て壁を下る分には多少危険ながら出来そうですな」
「クソ領主に膝を折るぐらいなら、高い崖から飛び降りて足の骨を折った方がいくらかマシってもんだしな」
「いやいや。鍛冶魔法を使って、石から鎖を作って下りるつもりだ。骨折の心配はしなくていい」
そう言うと、なぜかイアナにホッとされてしまった。
「崖上の森から戻ってくるときみたいに、てっきりバルティニーさんが人を抱えて飛び降りるのかと思ってましたよ」
「俺の腕は二本しかないんだぞ。その方法だと、この人数を下ろし終わるまで、何往復もしなきゃいけなくなるだろうが」
そんな面倒なことはしたくないと示すと、テッドリィさんが笑顔を向けてきた。
「あたしとしては、岩壁の穴から飛び降りるぐらいじゃ、低すぎて物足りないねぇ。やっぱり、目もくらむような高さから飛び降なきゃ、快感とは言えないよ」
「……バルティニーさんに抱えてもらえばいくらか安全っていっても、人の足は空気を踏めないんですよ。それなのに快感だなんて」
「イアナは臆病な子だねぇ。そんなだから、あのとき腰を抜かして、漏ら――」
「ちょ! テッドリィさん、それは言わないでって!!」
イアナがテッドリィさんの口を塞ごうと必死になる姿に、俺と冒険者たちから笑いが漏れる。
そのお陰で、ビータンに憤っていた冒険者の顔から、険が取れた。
「まあ、オレたちだって好き好んで、冒険者から犯罪奴隷になりたいわけじゃない」
「壁の穴から降りれば冒険者組合に戻れるし。そうすりゃ、出入り口を押さえたって安心しているあのクソ領主に、ひと泡吹かせられそうだしな」
「万事丸く収まるわけだからな。なんの文句もないな」
方針は決まったので、俺たちは地図の案内通りに坑道を進み始めた。
誰もが納得して歩いている中で、唯一チャッコだけは不満そうな顔のままだった。
きっとビータンとその兵士という、チャッコにしたら大変に弱い奴らに舐められたことが、腹に据えかねているんだろう。
チャッコの気持ちを落ち着かせるよう撫でながら、早めに町を出て行ったほうが良さそうだなって、俺は感じていたのだった。




