二百五十九話 野盗の雇い主は?
野盗から聞き出した裏口から、鉱山町にこっそりと入る。
この周囲にある人の気配は家の中にしかなく、誰に見咎められることなく、例の食堂にたどり着いた。
表は閉まっているらしいので、勝手口から侵入。
本当に冬の間は閉まっているようで、台所や調理台に薄っすらと埃がある。
調理場を通り抜け、丸机の上に椅子が逆さに載っている店内へ。
誰もいないことを確認して、荷物を下ろし、カウンターの裏に隠れながら床に座る。
冬らしく店内の空気は冷えているが、風が店内に入ってこないので幾分温かく感じられる。
この分なら、暖炉に火を入れて温まらなくても、野盗の雇い主がやってくるまで耐えられそうだ。
周囲の気配に意識を向けつつ、暇そうに俺の膝に顎を乗せてきたチャッコを撫でて構ってやる。
ぱたぱたと機嫌よさそうに振られる尻尾を見やりながら、時間は過ぎていく。
やがて、閉じた店の中では外の光景は分からないが、体感で夕暮れになる頃だとわかる時間になった。
これ以上は待っていられないなと腰を浮かしかけて、表の出入り口に近づく大きな気配――恐らく馬車の存在を認識した。
たぶんだけど、雇い主は野盗が仕事を果たすと確信していて、俺から奪った獲物を運ぶために馬車を用立てたんだろう。
そう予想はつくが、馬車でお出ましなんて、目立つ真似をするなと呆れる。
けど俺はここで少し深く考え、念のためにこの店から脱出することにした。
荷物を持つと、耳を立てて音を聞いているチャッコを立たせ、一緒に裏口から外へ。
誰の気配もないことを確かめつつ、店の正面が見える少し離れた路地へ急いで移動した。
夕暮れになって冷たくなった風に身を震わせながら、待つこと少し。
ガラガラと車輪の音を立てて、一台の馬車がやってきた。
町中なのに幌馬車なのは、積み荷を周りに見せない工夫だろうか。
息を殺して様子を見ていると、店の前で止まった馬車から、金属鎧を着た兵士らしき人たちが何人か出てきた。
彼らが正面と裏口を固めると、新たに一人の男が馬車から降りてくる。
一目で高級そうに見える服を着ている彼は、店の閉じた出入り口に近づき、不思議な叩き方でノックをした。
そして声を潜めて、中に声をかける。
「わたしだ。首尾よく、ことは運んだろうな?」
反応がないことに男は首を傾げ、勝手口にいる兵士に身振りする。
それを受けて、兵士たちは店内に足音荒く突入していく。
しかし、すぐに戻ってきた。
「一人か二人いた形跡はありますが、現時点で店内には誰もいませんでした」
「獣臭がしていたので、やつらは仕事を果たしたのだとは思うのですが……」
「中に居たのが一人二人ということは、大多数は殺されてしまったのでしょうね。それできっと、事前に伝えていた報酬では足りないと思ったのでしょう。ちっ、やはり野盗など使うべきではなかったか」
「ですがその、食い詰めた冒険者に仕事を任した場合、報酬を払わないと組合に口を挟まれると仰られたのは――」
「分かっている。それ以上は余計ですよ」
イライラとした様子で男が馬車に戻ると、兵士たちも続いて馬車に入っていく。
それからすぐに馬車は走り出し、去っていった。
その様子を見ながら、俺は彼らがさっき喋っていたことに考えを巡らせていた。
恐らくだけど、兵士を連れてきたのは、仕事を頼んだ野盗たちを殺すためだろう。
そして俺から奪い取った獲物を、彼らが盗賊から奪っていくという算段だったんだろうな。
要は、盗賊たちはあいつらにまんまと嵌められ、仕事が成功しようと失敗しようと、死ぬ道しかなかったということだ。
いや、俺が一人だけ逃がしているから、失敗した方が生き残る可能性が高かったともいえるか。
そんなことを考えて黙っていると、チャッコが顔を押し付けてくる。
反射的に撫でると、馬車を追わないのかという顔をしているとわかった。
「追うけど、もうちょっと待って。あれだけの大きい気配と音だから、見失う心配はないだろ?」
「ゥワウ」
理解を示す鳴き声を受けて、俺はチャッコの顎下を掌で撫でる。
気持ちよさそうにする顔を見ながら、一分ほど待ち、馬車を追いかけることにしたのだった。
森の中で獲物を追う要領で、馬車の進行方向へ先回りしていく。
入り組んだ路地のところでは、やつらは周囲を警戒しているようだった。
けれど、町の大通りに出たあたりで、明らかに気を抜いた様子が見えた。
追手を気にするなら、人が多い通りの方を気にしないといけないんじゃないかな、と首を傾げたくなる。
追うこちらとしたら楽なので、ありがたいけど。
狩った獲物を背負った俺が大通りに出ると、盗賊が失敗したとあいつらに知られてしまうので、路地から路地を巡って追う。
それでも住民に見つかってしまうが、彼らが噂を流し、馬車のやつらが知るまでには少し時間はあるはずだ。
あまり気にせずに追うことにする。
やがて、馬車は大きな屋敷に到着する。
屋敷を囲う塀と門、庭園や歩哨が立っていることから、商会の持ち物ではなさそうだった。
その屋敷へ幌馬車は近づき、あっさりと門が開かれ、そして中へ入っていく。
その様子を少し離れて見やり、この屋敷の持ち主が真の雇い主だと判断した。
けど、真相を確かめに押し入るわけにもいかない。
町の中で犯罪をすれば、それなりの罰が待っているからだ。
そこまでの危険は冒せない。
仕方なく、俺はチャッコを連れて冒険者組合に向かうことにした。
組合の中に入ると、土濡れのテッドリィさんとイアナがいた。
職員が報酬の手続きをしているのを見るに、今帰ってきたばかりらしい。
手を上げて挨拶すると、二人はこちらの獲物を眺めて破顔する。
「おう、バルティニー! 今回も大猟のようだねえ!」
「今日は鳥な気分です! 組合に売らずに残しておいてくださいね!」
勝手な言い分にはいはいと応じると、二人の近くにいた冒険者たちからぼやきが上がる。
「うわー、いいな姉御と嬢ちゃんは。帰ったら、ゴブリンを煮たスープしか食うもんないんだぜ、こっちは」
「仕事で組んだ仲間なんだから、こっちも新鮮な肉のご相伴に預かりたいぜ」
羨ましそうに言われて、テッドリィさんはニヤリと笑って返す。
「うっさいねぇ。出すもんだしたら、考えてやってもいいよ」
「ありがたい話に涙が出そうだが、渡せる宝石なんて持ってねえっすよ」
「そうかい? そっちのやつは坑道で一つ拾っていたようだけどねぇ?」
「本当かお前! だせ、いますぐ出せば、ちゃんとした肉が食えるんだぞ!」
「わ、分かったよ、出すよ。ちぇっ、武器をこっそり新品にする機会だったってのに」
仲間に詰め寄られて、一人の冒険者がポケットから宝石を一つ、テッドリィさんに投げ渡す。
空中を飛ぶ間に見えたのは、黄色い宝石の原石。
直径五センチほどある、大物だった。
それを受け取り、テッドリィさんは笑顔になる
「バルティニー、代金は頂いたんだ。ちゃんと渡してやってくれ」
「分かったよ。宝石は大きいようだし、一番の大物を渡すよ」
俺は荷物にある大鹿を丸ごと、彼らに渡した。
新鮮な肉を手にして、彼らは狂喜乱舞する。
「うひょー! ものすごくいい鹿じゃねえか!」
「急いで拠点に戻って食べようぜ!」
「ゴブリンのスープなんて食ってられねえ。近所の奴らに渡して、鍋を開けなきゃいけねえぜ!」
冒険者たちは大鹿を協力して抱えると、組合の外へ出て行った。
あれだけ喜ばれると、こちらも嬉しくなる。
けど、渋い顔をする職員を見て、気持ちを引き締め、獲物を卸しに向かう。
「いつも通りに、処理をお願いします」
「かしこまりました。ですが次からは、組合の中で売買をするのは止めてくださいね。他に示しがつかないので」
釘を刺すだけで終わらせてくれるらしく、それからは何も言われずに獲物と引き換えに、普段通りの報酬を受け取ることが出来た。
もちろん、退治した盗賊から奪った武器も売り、多少の銀貨銅貨も入手する。
宝石の原石を革袋に仕舞いつつ、俺はあの屋敷のことを職員に尋ねた。
場所と外観を伝えると、知っていると返答がくる。
「それだけ立派な屋敷となると、このマインラ領では領主一家が住んでいる以外にはありませんね」
「領主……」
予感が合っていたことに、俺は脱力したい気分になった。
そんな様子を見てか、職員が不思議そうに質問してくる。
「バルティニーさんは、どうしてあの屋敷のことを気にしているのですか?」
事情を話すべきか少し悩む。
ここで俺は、食堂にきた身なりの良い男が、冒険者組合が出しゃばってくることを危惧していたことを思い出す。
それならばと、あえて今日あったことを伝えることにした。
「――つまり、領主の息のかかった人に、バルティニーさんが襲われたと?」
「証拠は、さっき売り払った盗賊の武器以外にはないので、確証とまでは言えませんが」
「ああ、なるほど。この町近辺に盗賊が出るなんて珍しいと思っていたのですが、裏を聞けば納得いきました」
職員は少し考える素振りをすると、首を横に振った。
「特権階級的な性格で嫌なヤツとはいえ、証拠がないのなら正式に抗議するわけにもいきません。それに雇われた盗賊をいまから見つけて事情を話させても、犯罪者の弁と取り合ってももらえないでしょうし」
要するに、領主に対して組合が打てる手がないらしい。
「ですが、狩った獲物を奪いに来たということは、それだけ領主が困窮しているということでもあります。他の冒険者も襲われる心配があるので、警告は発しないといけませんね」
「領主に狙われているから気をつけろと?」
「まさか。この町の周辺に盗賊が現れた。もしかしたら宝石を奪いに、坑道に入り込んでいるかもしれない。そう婉曲的に注意を促すだけしかできませんよ」
「そうなんですか……。領主と直接つながりがある人が襲ってくれば、対応は楽なんでしょうけどね」
「やつらは保身に長けていますから、こちらに尻尾を掴ませるような真似は極力してこないので、望みは薄いですよ」
肩をすくめる職員を見て、気苦労が多いみたいだなって同情することしかできないのだった。