二十五話 魔物たちからの撤退戦
ゴーレムに追いつくべく走っていたが、途中でゴブリンとオークに出くわしてしまった。
「おおおぅりゃああああ!」
「とうりゃああああああ!」
テッドリィさんが剣でオークの首を斬ったことを横目に入れながら、俺はゴブリンの頭をかち割る。
両方の討伐証明の部位を集めてから、死体の首を斬り落とし、ゴーレムを再び追う。
しかし、冒険者たちが戦っている場所に近づけば近づくほど、他の魔物に出くわしてしまう。
ゴブリン、ダークドック、オークを始めとして。
尖った嘴で突付こうとしてくるカラスに似た大柄な怪鳥。人間の腰元まである大きさの蜘蛛。人の顔ぐらいある蜂。
そんな名の知らない魔物も倒し、証明部位を集めながら進んでいった。
そうしてとうとう追いついた。
だけど、ゴーレムが戦っている姿を見て、テッドリィさんが舌打ちする。
「ちッ、揃いも揃って腰抜けどもが」
そんな悪態を吐きたくなる気持ちも、分かる。
なにせ冒険者はまだ多くいるのに、ゴーレムと集まってくるその他の魔物に押されていたからだ。
悪い事に、ゴーレムが巨体を生かして土の腕を振るうたびに、その迫力に冒険者の何人かが怖気づいて逃げ出す。
戦線が薄くなると、その分だけ魔物たちの勢いが増し、さらに冒険者が逃げるという悪循環すらできていた。
「こんな状態じゃ、俺たちが戦いに参加しても無駄っぽいよ」
「ちッ、仕方がねぇ。あいつら援護して逃しつつ、あたしらも下がるぞ」
テッドリィさんは俺を連れて、まずは冒険者が逃げるであろう方向に先回りした。
そして俺に弓矢を引かせると、戦っている冒険者たちに大声を上げる。
「おい、テメェら! 多勢に無勢だろう、援護してやるからいったん逃げんぞ!」
この呼びかけに、冒険者たちの反応は二分した。
「ありがてえ、逃げるに逃げられなかったんだ!」
「黙ってろ、このアマ! 土の巨人は新しい主に違いねえんだ、倒して名を上げてやるんだよ!」
その両極端な答えに、俺はどうするのかと、テッドリィさんに視線で問いかける。
すると、逃げようとしている冒険者に、襲い掛かっているゴブリンを指差した。
指示に従って、俺は矢を放つ。
体に突き刺さり、地面に倒れるゴブリンを視界に入れながら次の矢を構えると、テッドリィさんが再び大声を上げる。
「戦いやつは勝手にしやがれ! だがな、他のヤツを死地に巻き込むな! 逃げたいヤツラはこっちにこい、こんな馬鹿な戦いで命を落としてたまるもんかってんだよなあ!」
この大声に反応して、ゴブリンやダークドック、昆虫型の魔物が何匹がこっちにきた。
しかし、テッドリィさんが内心の苛立ちをぶつけるように剣を振るい、瞬く間に近づいてきた魔物たちを倒してしまった。
この戦いっぷりを見て決心したのか、大半の冒険者が戦いながらこっちに逃げてくる。
「ちょ、お前ら!? くそ、こんな少人数で戦えるか!!」
継戦を希望していた冒険者も、慌てて逃げ始めた。
撤退戦の開始だ。
俺は逃げる冒険者たちに混じりながら、後方を目で確認しながら下がりながら弓を引き、立ち止まりながら矢を放つ。
隣にいるテッドリィさんも同じように下がりながら、近づいてくる魔物を斬り伏せていく。
だが、魔物たちもみすみす逃すつもりはないみたいだ。
「グルギャアアア!」
「グアルウルルル!」
数の多いゴブリンとダークドックたちが先頭になって、追いかけてきた。
その横を追い抜いてこちらを包囲しようとするのは、数は少なくとも素早い昆虫の魔物たち。
土のゴーレムと、その近くに直衛のようにいる何匹かのオークは、集団の後方から悠々と近づいてくる。
意図してのものかそうじゃないかは分からないけど、嫌に追撃戦に適した配役になっていた。
テッドリィさんも、魔物たちの布陣を見て、忌々しそうな顔になる。
「数が多いと、魔物ってのはこんなに厄介なのかよ……いいか、オマエら! まとまって戦いながらも、足を止めずに下がれよ! 熱中しすぎて立ち止まったら、ゴブリンと犬の餌食だぞ! だが一人だけ逃げようとするなよ。そんな臆病者は、回り込もうとしてやがる虫の餌食になっちまうぞ、気をつけろ!」
周囲の冒険者たちは言葉を受けて、青い顔になりながら手の武器を振るいつつ、森を出るべく逃げ続ける。
俺は弓で矢を放ち、当てやすいゴブリンを中心に魔物の数を減らしていく。
しかし、もともと持ってきた数は少なかったので、すぐに矢が尽きてしまった。
弓の空いている空間に体を通し、肩掛けの要領で保持してから、鉈を引き抜いて構える。
武器の持ち替えを見ていたのか、大きな蜘蛛の魔物が飛びかかってきた。
噛みつかれたり掴みかかられたりする前に、鉈で迎撃しないと。
「てりぃやあああああ!」
振るった鉈は、残念なことに直前で回避されてしまい、直撃しなかった。
けれど、脚の何本かを斬り飛ばすことには成功して、蜘蛛の魔物は警戒したように後ろに下がっていく。
ほっとするのも束の間に、冒険者の悲鳴が聞こえてきた。
「くそっ、この犬っころ。足を放しやがれ、放せってんだよ!」
「ググルルルルル」
俺から少しはなれた場所で冒険者の男が地面に倒れていて、その足はダークドックに噛みつかれている。
付近にいた何人かが助けようとして、別の冒険者たちが肩を掴んで止めた。
そして、倒れた冒険者を見捨てて、森から脱出するべく下がっていく。
「おい、待ってくれよ! ちくしょう、待ってくれよ! やめろ、止めろくるなくるなくるなーーーー!!」
「グルガアルルルル!」
「グギヤヤアアアア!」
「キシュィイイイイ!」
「ぎやああああああああああああ!」
倒れた男に、多数の魔物が群がり、断末魔が聞こえてきた。
俺は思わず助けに行こうとするが、テッドリィさんに肩を掴まれて後ろに引きずられる。
「今から行っても間に会わねえよ。それに、体を張って魔物を引き止めてくれてんだ、このうちに下がれるだけ下がっておくぞ」
「でも――」
「うるせえ、あたしはバルトの教育係だぞ。指示に従えってんだよ!」
頭を拳で叩かれた痛みで、俺は冷静さを取り戻した。
冷静な判断の下で、何匹もの魔物が集っている場所に目を向ければ、もうあの冒険者の手足が動いていないことがすぐに分かった。
やるせない気分を抱えたまま、森の脱出を目指して後ろに下がっていく。
冒険者たちが戦っていた場所は、森からさほど奥に入った地点ではなかった。
なのに、撤退戦が開始されてから、かなり長いこと戦っている気がする。
冷静に考えれば、たぶん本当は逃げ始めてそんなに時間が経っていなくて、緊張と集中して戦っていることから、長く感じているだけだと思う。
けれど、戦っている人たちにしてみれば、森の出口はまだなのかと思わずにはいられない。
やがて冷静さを失って、味方を掻き分けてでも森を出ようとする人が出てきた。
「ううぅ……うわああああああああああ!!」
「てめえ、なにしやがるんだ!?」
また一人、隣にいた冒険者を突き飛ばしてから、森の外へと逃げようとする冒険者が現れてしまった。
逃げ出した男は集団から離れた途端に、背中に取り付いた蜘蛛の魔物に後ろ首を骨ごと噛み切られて絶命する。
押されたほうは地面に転んでしまい、慌てて起き上がろうとしていた。
魔物たちが、無防備な彼に襲いかかろうとする。
だが、近くにいた冒険者が武器を大げさに振るって牽制し、また別の冒険者が倒れている男を引っ張り上げた。
「助けてやったんだ、ありがたく思えよ!」
「この貸しは、無事に帰った後にエールで払ってくれ」
「もちろん、あとで存分に飲ませてやるよ!」
戦場の友情を咲かせつつ、その三人はまた戦線に復帰する。
そんな様子を視界の端に入れながら、俺もゴブリンや虫の魔物相手に戦っている。
逃げようとする人もいるけど、多くの冒険者が協力して戦っているので、こちらの被害はさほどじゃない。
代わりに魔物たちの方は、ゴブリンとダークドックの多くが倒され、虫の魔物もかなりの数が死亡したり体が欠損していたりする。
このままいけば、そのまま魔物を全部倒せるんじゃないか。
そう思ってしまうが、森の奥から次々と魔物がこちらにきている姿を見ると、気のせいとか気の迷いの類だと理解させられてしまった。
でも、もうそろそろ森の外が見えていいころだ。
俺は戦い疲れてきて、思わず後ろに目を向けてしまう。
すると、本当に目と鼻の先に森の際があり、木々の間から外が見えた。
「もう少――」
思わず声を上げた瞬間に、テッドリィさんに口を手で塞がれてしまった。
どういうことかと目で問いかけると、耳打ちしてきた。
「いま、その言葉を言ってみろ。知らずに戦っているヤツラが逃げようとして、一瞬にして総崩れになるぞ」
なるほどと納得していると、すぐ近くに重々しい足音が聞こえた。
はっとして、顔を音がした方へ向けると、ゴーレムとオークたちがすぐ近くまで迫ってきていた。
テッドリィさんもそれを見て、苦々しい顔になる。
「やっぱり戦いに集中しすぎて、逃げ足が鈍りがちになってやがったか。バルト、ここから森を出るまでが、本当の戦いになるから気を引きしめろよ」
「わ、分かった」
何時になく真剣な言葉を受けて、俺は気合を入れなおした。
他の冒険者たちも、武器を構えてもうひと踏ん張りしようとする。
だけど、その行為をあざ笑うように、ゴーレムとオークたちの攻撃が始まった。
「オオオオオーーーー」
口を大きく開けて鳴き、ゴーレムがその巨大な土の腕を横に振るってきた。
「ぐっ、ああああああああああー!」
「ぎゃ、ああああああああああー!」
武器で受け止めようとした冒険者二人が、勢いと質量に負けて吹っ飛んだ。
地面を転がった彼らに向かって、オークたちが手の棍棒を振り上げて襲いかかる。
「ブピキイイイイイイイイイ!」
「ピブウウウウウウウウウウ!」
鳴き声とともに振り下ろされる棍棒を、二人の冒険者は転がって避ける。
誰も居ない地面を棍棒が打ち、大きく重々しい音がした。
見ると、土が大きく陥没していて、驚いてしまう。
「あんなに力が強かったの!?」
「その分だけ身動きと判断は鈍いぞ。だから、見かけたら奇襲や速攻で倒せ。だがよ、こんな状況じゃそうは出来ねぇから、厄介なんだよッ!」
テッドリィさんはゴブリンをまた一匹倒しながら、そう教えてくれた。
観察してみると、オークたちは転がって逃げた冒険者を追うとしているけど、行動に移す前にワンテンポ置くような動き方をしていた。
力があっても、あれなら俺でも避けられそうだ。
ゴーレムも観察してみれば、腕や足の振りは強力だけど、動きは緩慢で逃げられる猶予は十分にありそうだった。
冷静に対処すれば大した相手じゃなさそうだと、自分の心を落ち着かせながら、足元に噛みつこうとしてきたダークドックの頭を割る。
しかしそこで、予想外のことが起きた。
「おい、みんな。もうすぐ森を出られそうだぞ!」
「相手にしている魔物を倒したら、走って逃げろ!」
あの転がって避けていた冒険者二人が、立ち上がりながらそんな言葉を放ったのだ。
すると、反応は劇的だった。
ほぼ半数の冒険者たちが後ろを振り返って森の切れ目を確認する。
そして相手にしていた魔物を殺したり手傷を負わせてから、一目散に森の外へと走り始めた。
危うく逃げる人たちに巻き込まれて倒れそうになったけど、テッドリィさんが腕を掴んで引き寄せてくれたので、無事に済んだ。
「あの考えなしの早漏バカのせいで、無駄に死ぬヤツが出ちまうが――こうなっちゃ、いまさらか」
テッドリィさんは忌々しそうな目をやってから、気持ちを切り替えたような冷静な目つきになった。
「バルト、あたしらも逃げるよ。お互いにお互いの背後に注意しながらだぞ」
「分かった、やってみる」
俺とテッドリィさんは、並走しながら森を抜けるべく駆け出す。
冒険者たちが一斉に逃げたため、魔物たちは分散して追ってきた。
「ぎゃあああ、くそ、俺の背中からどけよ!」
「ギギャギャギャギャギャ!」
「回り込んで前を塞いでいるんじゃねえよ、ムシケラ――ぐあああッ」
「ガチガチガガチチチ!」
一人、また一人と魔物に捕まり、他の魔物たちに集られて殺されていく。
俺の目の前でも、男が横から飛びかかってきた蜘蛛の魔物に押し倒された。
「くッ――たあああああああああああああ!」
見捨てることが出来ず、鉈で蜘蛛の魔物を叩き割る。
そして、男を引きずり起こす。
「た、助か――」
「礼は後にして、走って!」
背中を押して走らせながら、俺も後に続く。
しかし、まごついている間に、ゴブリンが接近してきていた。
俺は鉈を振ろうとして、その前にテッドリィさんが割って入って、ゴブリンを斬り殺してくれた。
「手間かけさせるんじゃねえ。見捨てろよ、知らねぇヤツなんか!」
「思わず体が動いちゃったんだよ、ごめん!」
「ああもう、帰ったら晩飯から寝るまで、ずっと説教してやっからな!」
言い合いながら、逃げるのを再開する。
俺とテッドリィさんはお互いに協力して魔物を倒しながら、森の外と向かって走っていく。
あと少しで森が抜けられる。
そんな、誰でも安堵しかける瞬間を狙ったように、テッドリィさんの背後にオークが迫っていた。
「なんで!?」
動きが鈍いはずじゃと思いながら、猛然と走ってくるオークに気付いていないテッドリィさんを横に突き飛ばす。
「なッ、バカ、バルト!?」
突き飛ばされたことに驚き、その後で理由を察した表情をして、最後に悲痛そうな顔になる。
そんなテッドリィさんの変化を見てから、俺は迫りつつあるオークが振り上げた棍棒に顔を向けた。
そして攻撃魔法で棍棒を壊すべく、手を掲げる。
魔塊から魔力を解して手に集めることには成功したが、焦りからか上手く発動できない。
そのとき、前に練習した腕に水を纏わせて力を増す魔法が脳裏にひらめいた。
「ブピィイイイイイイイ!」
オークが振るった棍棒が頭に向かってくるのを見て、俺は咄嗟に掲げていた腕で頭を庇いながら、その腕全体を魔法の水で覆った。
その直後、棍棒が防御した腕に直撃し、衝撃で吹き飛ばされた。
「うわああああああああ!」
大声を上げながら、俺は地面を転がる。
防御に使った腕が無事かどうかは分からないけど、とりあえず死にはしなかったようだ。
だけど、すぐに死にそうになる。
「――ぐぇ」
「おら、何時まで転がってやがる。さっさと立って逃げるんだよ!」
テッドリィさんが俺の襟首を引っ張って、立ち上がらせようとしてきたからだ。
危ないところを助けたのに、この扱いは酷いと思う。
でも、手早く防御したのとは反対の腕を使って起き上がって、森の外へ向かって走る。
森の際まで、あと十本も木はない。
周囲から魔物が襲ってこないか注意しながら、やっと森を抜けた!
テッドリィさんも、無事に森から出てきた。
でもまだ安心は出来ない。
そう思いながら開拓村の方向を見ると、村の外に大勢の人が立っている姿が見えてきた。
格好からすると、冒険者だけじゃなくて、普通の村人や商人たちもいるように見える。
「全員で大声を上げろ! 森から出ようとする魔物を威嚇するんだ!」
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」」
ある一人が発した号令を合図に、人々が一斉に大声を上げ、手に持った物を打ち合わせて音を出した。
大きな音で発生した空気の震えが、突風のように俺を通り過ぎ、森の中にまだいる魔物たちに向かっていく。
音の直撃を食らって、魔物たちの身動きがほんの少しだけ止まった。
その間に、捕まりながらも生きていた冒険者が抜け出し、慌てて森の外へと出てくる。
「「「「「「おおおおおおおおおおおお!!」」」」」」
もう一度、たくさんの人たちが大声を上げて威嚇する。
ゴブリンやダークドックは、声に怖気づいて下がり始める。
虫系の魔物たちも、捕らえ殺した獲物を咥えたまま、ゆっくりと下がっていく。
オークたちも追撃を諦めて、踵を返した。
唯一、ゴーレムだけはじっとその場に立ち尽くしている。
「「「「「おおおおおおおおおおおお!!」」」」」」
三度目の大声で、ようやくゴーレムも森の奥へと引き返す。
しかしその動きは、勝者が凱旋するときのように、悠然としたものだった。




