二百五十八話 森の中での会敵
俺とチャッコで獲物を取って依頼報酬の宝石を荒稼ぎし、イアナとテッドリィさんは坑道の護衛で日銭を稼ぐ日々が続く。
俺たちだけしか崖上の森からの食料を供給していないので、鉱山町の食糧事情は悪いままだ。
それでも、まったくないよりかはマシだったようで、町に活気が少し戻ってきた。
空腹を理由に仕事を休んでいた人が少人数働き始め、鉱山の採掘も細々とだが再開されている。
けど、こうして町と人が少し余裕を取り戻すと、悪いことを考える人が引き寄せられてくるらしい。
獲物を担いだ俺が、チャッコと並んで町に戻ろうとすると、崖下の森の中で数人に囲まれた。
気配は察していたが、てっきりゴブリンやオークだと思っていたので、攻撃する手を止めながら観察する。
数は五人。汚い身なりの割りに品質の良い装備から、俺は彼らを野盗の類だと判別した。
「俺が持つ獲物を、置いていけってところか?」
「へへっ、分かっているじゃねえか。痛い目に会いたくなかったら、大人しく従いな」
「ついでに、どこで手に入れたか教えてくれてもいいんだぜ?」
受け答えしながら、俺はもう一度周囲の気配を探る。
彼ら以外に、誰も近くにはいないようだ。
けど、野盗がこんな森の中にいることに、俺は違和感を覚えた。
「マインラ領の野盗っていうのは、アリアル領近くの街道で食料を奪いにくるヤツらだと聞いていたんだが……。誰かに俺を襲うように頼まれたのか?」
疑問を口にすると、にやけ顔だった野盗の顔が引き締まった。
どうやら核心を突いてしまっていたらしい。
「せっかく獲物と獲れる場所の情報だけで、許してやろうとしていたんだけどなぁ」
「勘が良いヤツほど、早死にするってわからせてやらないとな」
野盗たちは、こちらを半包囲するように移動を始めた。
その身動きを見て、彼らは取るに足らない相手だと把握し、俺はチャッコに横目を向ける。
チャッコもこっちに目を向けていて、つまらない相手だから任せると言いたげな瞳をしていた。
仕方がないなと、肩をすくめる。
そして片手で三枚の六方手裏剣を抜き、そのまま野盗たちに放った。
俺が武器を抜いていなかったことに油断していたのだろうか、三人に一枚ずつ手裏剣が刺さる。
「ぐぁッ?! 弓矢じゃない飛び道具だと!?」
「チッ! 囲んで殺せ!」
攻撃を受けて混乱する仲間を鼓舞しようとする男に、俺は接近しつつ鉈を抜く。
「たあああああぁぁぁぁ!」
「なッ―ーごこぅ」
武器で防ごうと動く男より先に、俺の鉈が顔面を抉っていた。
頭の半分に切れ込みが入った男は、濁った短いうめき声を上げて、枯草が茂る地面に倒れる。
仲間がやられたことに、他の野盗たちは激昂半数、逃げ腰半数になる。
「やりやがったなー!」
「お前を殺して、鍋の具材にしてやる!」
激昂していた二人が、こちらに武器を振り上げて迫ってくる。
俺は一人に接近し腕を掴むと、引き寄せてもう片方の野盗の盾にした。
野盗の着ていた貧弱な革鎧は、仲間に程度の良い武器で斬られて、あっさりと両断されてしまう。
「ぎいいぃああああああ!」
「くそっ、なんて真似を――あごぁ」
仲間を斬ってしまって狼狽える男に、鉈先を繰り出して突き刺す。
引き抜きがてら逆の手でナイフを抜き、盾にした男の喉を裂くと、腹から血を流す男へ押し付けた。
二人仲良く倒れる間に、俺は残りの二人の野盗に目を向ける。
すると彼らは武器を放り出し、両手を高々に上げて降参のポーズをとってきた。
「ま、参った。こ、殺さないでくれ!」
「あ、アンタが考えたように、オレたちは雇われたんだ。雇い主の情報を喋るから!」
そういうことならと矛を収めようとして、俺の近くで気配が膨れ上がる感じを受けた。
鉈を構えて振り向けば、チャッコが物凄く怖い顔で野盗たちを睨んでいる。
嫌な予感がして押しとどめようとするが、その前にチャッコは飛び出していた。
「グゥアアアアアア!!」
「ぎいいぃ――おごこおぉぉぉぉ……」
チャッコは一人の首筋に噛みつき、首の血管を牙で切って血を噴き出させる。
その上で、首を激しく振って、野盗の首をへし折った。
痙攣して横たわる仲間を見て、もう片方が腰を抜かし、股間が濡れて湯気が立ち上がる。
その情けない姿に、チャッコはさらに機嫌が悪くなった顔になり、跳びかかろうとする。
けどその前に、俺の手がチャッコの首筋を掴んだ。
「チャッコ、待った。殺しちゃったら、話が聞けないだろ」
手と言葉で制しようとするが、チャッコは抜け出そうと暴れる。
「うわっ!? どうしたんだよ、もう」
もう少し力を込めて押さえると、チャッコから不服と言いたげな目がやってくる。
その瞳を見返して、なんとなく気持ちを理解した。
「もしかして、向こうから戦いを挑んできたのに、あの二人は武器を交えないままに降参したから、怒っているのか?」
「ゥワウ!!」
その通りとの鳴き声に、俺は肩をすくめる。
そして黒蛇族のオゥアマトが、誇り高い狼とか言っていたなと思い返す。
どうやらチャッコの種族は、腰抜けは許さないという気風を持っているらしい。
そんな性質は分かったけど、野盗を殺すのは待ってもらわないといけない。
「雇い主を喋って貰わないといけないんだから、殺したら喋れないだろ?」
「……ゥワウ」
チャッコはムスッとした顔で、取り合えず俺に手を離せと要求してきた。
納得はしてくれたようだったので首を放す。
チャッコは全身を身震いさせると、いきなり生き残った野盗に体当たりを食らわせた。
「ごぐっ――な、なんで……」
「ゥワウ!」
これで怒りを収めてやると言いたげに鳴くと、俺に後を後を任すように場所を空ける。
チャッコの我がまま具合に苦笑いしつつ、俺は苦しげにする野盗の肩を掴む。
そしてギリギリと締め上げてやった。
「あだだだだだっ!! なに、なにをををおお!?」
痛みに困惑する野盗を、俺は睨みつける。
「俺だって、襲ってきた相手を許すほどお人よしじゃない。お前を生かしているのは、雇い主を喋ると言ったからだ。それは分かっているな?」
「分かって――あだがががっ!!」
「なら誰に頼まれたか、さっさと喋れ。肩が砕ける前にだ」
魔法を使わずにそんなことが出来るわけはないのだけど、野盗は肩の痛みで信じてくれたようだった。
「わ、分かった、喋る。喋るから、殺さないでくれよ!」
懇願しつつ、野盗は痛みに呻きながら喋り始める。
「うぐぐっ。接触してきたのは、身なりのいい男だった。アンタから獲物を奪い狩場の情報を持ってきたら、肉と宝石をくれるって」
「そいつの容姿と素性は?」
「し、知らねえ――あだだだっ! う、嘘じゃねえ! フードとマントで顔や体を隠していたんだから、誰かなんて分かりっこないだろ!」
「ならなんで身なりが良いと分かった? それと、その仕事の報酬がちゃんと払ってもらえるとどうして信じた?」
「前払いに、小さい宝石を払ってくれたんだ。そのとき、マントで隠れていた服がチラッと見えたんだよ! ありゃ、村長や町長ぐらいに裕福なやつが着る、上等な服だったんだ」
嘘だと思うのならと死体の一つを漁れ、と弁明してくる。
チャッコに指示すると、嫌そうな顔の後で、その死体から革袋を一つ咥えて出し、頭を振ってこちらに投げてきた。
受け取って中身を見ると、綺麗に加工された指の爪ぐらいある蒼色の宝石が一つ入っていた。
どうやら話は本当らしい。
「それで、俺から獲物を奪った後で、雇い主とどこで合流する予定だったんだ?」
「鉱山町にある、食料がなくて閉まったままになっている食堂だ。そこで落ち合って、報酬を貰う予定だった」
その詳しい場所を聞くと、奥まった場所にある低所得労働者向けの食堂らしい。
例年、冬の間は閉まっているらしく、隠れて会うには最適の場所だそうだ。
「他に、その雇い主について知っていることは?」
「ない――本当にない! 知っていることは全部話した!!」
嘘は言っていないようだったので、解放してやることにした。
「分かっていると思うが、鉱山町で見かけたら」
「絶対に行かねえよ! アンタと再び会うかもしれないなんて、恐ろしくて居ちゃいらんねえよ!!」
その評価を不服だと感じていると、野盗は青い顔で森の外へ向かって走り出した。
チャッコが追おうとする素振りをするが、止めるようにと身振りする。
「あいつを追うより、雇い主とやらに会いに行く方が先だ」
「……ゥワウ」
それもそうだとチャッコは納得する素振りになり、早く行こうとばかりに前を歩き始める。
切り替えの早さに驚きながらも、俺は野盗の武器を拾ってから、鉱山町――ひいては話の中にあった食堂へ向かって歩き出したのだった。