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二百五十四話 崖にある道

 朝になり、俺はチャッコを連れ、イアナとテッドリィさんとは別行動をすることにした。


「それじゃあ、俺たちは上に獲りに行くから。そっちは、坑道での護衛、頑張ってね」


 俺の言葉に、イアナはやる気がでないような顔をする。


「宝石ゴーレムに挑む人たちの護衛ですから、あんまり実入りはないんですよね。本当なら、宝石ゴーレムを倒して、大金を得る予定だったのに」


 愚痴に、テッドリィさんが苦笑いする。


「仕方がないだろ。なんたって、バルティニーがアレしたんだからさ」

「そうですよね。バルティニーさんなら、何でもありって気がしてきましたよ」


 そんなに何でもできるわけじゃないとは思いつつ、少し反論する。


「というか、魔法が得意なエルフなら、アレが出来て不思議じゃないんだけど」

「参考になりません。エルフなんて、一般人にとって伝説上の生き物なんですってば」


 イアナに半目を向けられてしまった。

 俺は誤魔化すために、二人から離れることにした。


「そ、それじゃあ、また後で。無茶しないようにね」

「ゥワウ!」


 チャッコは吠えて、イアナとテッドリィさんは手振りで、別れの挨拶を交わす。

 その後、俺たちは岩壁までやってきた。

 それも、前に全員で登ったところとは違う、ほぼ垂直な岩壁が続く場所だ。

 俺は手をかける場所や跳び上がるところに目星をつけつつ、チャッコに質問する。


「チャッコは、ここ登れるよな?」

「ゥワウ!」


 任せとけと鳴いたチャッコは、岩壁に飛びついた。

 そして前足を岩肌に食い込ませて保持し、後ろ足で跳び上がる方法で、上っていく。

 かなりの力技だ。

 それでもチャッコは、平地を走る犬ぐらいの速さで、岩壁を上り続ける。

 俺も負けじと壁を上ることにした。

 もちろん、チャッコと同じ真似はできないので、ちょっとズルをする。

 四肢に水の魔法を纏わせつつ、風の魔法で体重が軽くなるよう仕組む。


「よっと!」


 一跳びで十メートルほど飛ぶと、岩の出っ張りを掴んで止まる。

 そこを手掛かりに引っ張り上がりながら、脚でも岩壁を蹴り跳んで、今度は五メートルほど稼ぐ。

 それを連続して繰り返していけば、あっという間に、崖の上へと到達できてしまった。

 俺が魔法を解除すると、舌を出して息が上がったチャッコが近寄ってきた。

 強い魔物のチャッコでも、高層ビル並みの高さのある断崖を上るのは、疲れたようだった。

 

「ゥワウ」

「水だね。ほら」


 手から生活用の魔法で水を出すと、チャッコはがふがふと飲み始めた。

 少しして十分に飲み終わったのか、水から顔を離し森に顔を向ける。


「ゥワワウ」

「狩りに行こうって? 少し休んでもいいんだよ?」

「ゥワウ!」


 必要ないとばかりに、チャッコは歩き出した。

 歩く様子からすると、疲れはそんなにないようだ。

 むしろ、断崖を全力で駆け上ったことで体が温まったのか、ご機嫌なようだ。

 元気だなと思いつつ、俺はチャッコの後に続いて、森の中に入っていった。




 昼前までに、薬草や野草、食べられそうな動物や魔物を狩り集めた。

 これ以上は持ち運ぶには過剰なので、ここで狩りを切り上げることにした。

 急いで町に戻る必要はないので、人の上半身はありそうな大ウサギと、顔ほどある果物を昼食に食べる。

 ウサギの頭蓋骨や内臓肉はチャッコにあげ、体は焼肉にした。

 果物は洋梨のような食感と味だったが、チャッコは気に入らなかったようで、一口で止めてしまう。

 腹が膨れ、食休みに断崖からの景色を眺めて過ごす。

 チャッコもまったりする気なようで、俺の隣に寄り添うように寝そべっている。

 そうして小一時間ほど経っただろうか、静かな空気の中に、金属音が混じっていることに気づく。

 チャッコがうるさげに顔を上げたことから、聞き間違いではないようだ。


「休憩は終わりにしようか」

「ゥワウ」


 俺たちは狩り集めた獲物を持って、音のする方へ行ってみることにした。

 金属音は、崖上の森の中からではなく、崖下から聞こえてきているみたいだ。

 音がする近くに来た俺は、崖の下を覗き込んだ。

 岩壁の真ん中あたりに、防寒具を着こんだ人がいる。

 その人の手には、輪のついた楔のようなものとハンマーがある。

 よく見れば、その人の通ったであろう道には、その楔が打ち込まれていて、金属製の鎖がその間を繋いでいる。

 どうやら、崖上へ続く道を開拓しようとしている人のようだ。

 頑張りに関心していると、その人はこちらを見て、動きを止めた。

 そして大慌てな様子で、こちらに大声を放ってくる。


「おーい、おーい! 崖の上にいるのは、人間かー!?」


 人間じゃなかったらどうするのか疑問に思ったが、素直に返答することにした。


「はーい、そうですよー! なにかご用ですかー?!」

「おおー! どうやって崖上に上ったか知らないが! 上まで行く手がかりを、下ろしてくれないかー! そうしてくれれば、作業が一気に進むんだー!」

「……ちょっと待ってくださいねー」


 俺は周囲を探して、大樹に絡む、ロープのように太いつる草を見つけた。

 長さもけっこうあり、二十メートルは崖下へ垂らせそうだ。

 けど、これだけじゃ足りないはずだ。

 試しに下に垂らしてみるが、全然届いていない。


「すみませんー! これ以上のものは見当たりませんでしたー!」

「それじゃあ仕方ない! とりあえず作業は中断し、そこまで行くとするよー!」


 その人は体に巻いていた鎖を解くと、壁に手足をつけて、ひょいひょいと上ってくる。

 そしてつる草を掴むと、ぐいぐいと駆け上るように崖上までやってきた。


「いやー、助かったよ。崖上からの方が、作業がはかどるからな」


 笑いながら頭の防寒具を取ったその人は、特徴的な老け顔の髭面、そして特徴的な樽型の体と短い手足。


「ドワーフだったんですか?」

「その通り。仕事がなくて暇でしょうがないドワーフだ」


 ニヤリと笑った彼は、俺に手を刺し伸ばしてきた。


「宝石の加工をやっている、グンツだ」


 握手を返しながら、こちらも自己紹介する。


「冒険者のバルティニーです。こっちは相棒のチャッコ」

「ゥワウ!」

「おお、従魔持ちとは珍しい。しかも、こんな強そうな魔物は初めて見た」


 褒められて、チャッコはご機嫌そうに尻尾を振る。

 俺はその様子に微笑みながら、グンツに話を振る。


「それで、噂の宝石ゴーレムを狙いに洞窟にいるならまだしも、どうして宝石の加工者が崖上に?」

「さっき言ったが、暇だからだ。食糧難とそのゴーレムのせいで、坑道から宝石がやってこない。それなら、ゴーレムは仕方ないにしても、食糧だけはなんとかしようと、こうして崖上への道を作っていたんだ」


 心掛けは立派だが、俺はグンツに言わなければいけないことがある。


「崖上の森は動物や野草が豊富ですが、出てくる魔物もかなり強いんですよ。護衛を連れずにきたら、餌食になっちゃいますよ?」

「うげっ、そうなのか!? その割には、兄ちゃんは大猟っぽいが?」

「強いですから。チャッコもいますしね」

「ああ、なるほど。その従魔がいたな。納得だ」


 グンツは頷いてから、予定が狂ったと言いたげに、後ろ頭を掻き始めた。


「道さえできれば、冒険者が崖上から食料を運んできて、町が飢えから解放されると思っていたんだがなぁ」

「ここだと、鹿一匹取るのに、冒険者が何人死ぬか分かったもんじゃないですよ」

「そうだろうな。マインラ領はアリアル領の次に、冒険者が弱い場所だからな」

「そうなんですか?」

「冬に食糧難になると分りきっている場所に、根無し草な冒険者が居つくはずがないだろう。力をつけ宝石と武器を手に入れた奴らは違う土地に行き、力のないやつらはアリアル領に向かうことが慣例になっている」


 そのため、駆け出しや時期遅ロートルれしか残っていないのだそうだ。

 そんなんだから、街道に盗賊が蔓延っているとも。


「その状態を打開するためにも、崖上の道を作ることで冬の食料難が改善されればと思ったんだがなぁ」


 酷く残念そうにするグンツに悪いが、もう一つ言わないといけないことができた。

 俺は崖下を覗き、彼が作った鎖の道を見やる。


「あまり簡単な道を作ると、人間以外も使うようになっちゃいますよ」

「なにを言って――うぉ!? ゴブリンが鎖を上って来てやがる!!」


 そう。地獄に垂らされた蜘蛛の糸に群がる亡者のように、大勢のゴブリンが崖に張られた鎖を上ってきていた。

 そして、途中で鎖が途切れていることに気づき、こちらに抗議の声を上げている。


「ゴブリンって、この地方では食料として獲られているんですよね。鎖の道が完成しちゃったら、下の森からいなくなるんじゃないですか?」

「うむむっ、この可能性は考えたことがなかった。だが飢えているのは、魔物も同じだったな」


 どうしようとグンツが見てくるので、俺は小石を先頭のゴブリン目がけて自由落下させる。

 固定された鎖にいるので、容易く顔面に命中し、真っ逆さまに落ちて行った。

 それを見て、ゴブリンたちが大騒ぎし始めた。


「ギギギギィイイーー!!」

「ギィギィイイ!!」


 声を受け、崖下の地面に近い方から順に、ゴブリンたちが鎖から離れて森へと戻っていく。

 あっという間に消えたゴブリンを見て、グンツは安心した様子になる。


「あとは鎖を撤去すればいいな。だが、はぁ~……。折角あそこまで張ったのになぁ」

「仕方がないですよ。そうだ、これから俺たち下に行くんですけど、ご一緒します?」

「それはありがたい。そういえば、君はどうやって――」


 獲物を担ぎ、チャッコを肩に乗せ、グンツを後ろから抱え上げる。


「――のわっ?! な、なにをする気だ!?」

「そりゃあ、ここから下りるんですよ」

「ま、まま、まさか――あああああぁぁぁぁ!」


 崖上から飛び降り、前と同じようにして着地する。

 グンツを離すと、腰が抜けたのか地面にへたり込んだ。


「し、信じられん真似をするな。ほ、本当に人間なのか?」

「正真正銘に、人間ですよ。それで、この鎖って外しちゃっていいんですよね?」

「お、おお。オレはいま動けないから、外してくれるなら助かるが」


 俺は腕に魔法の水を厚く纏わせると、力任せに鎖を引っ張る。

 ドワーフ謹製の鎖だけあって、途中で引きちぎれることはなかった。

 しかし、楔が撃ち込まれた岩壁までは耐えられず、下から順に引っこ抜けていく。

 そして一番先頭の楔まで取れた。

 俺が場所を空けると、じゃらじゃらと音を立て、鎖が上空から降ってくる。

 落下で得た質量で、途中にある枝をへし折りながら、地面へ衝突した。

 続けて、楔が抜けた衝撃でひび割れた岩壁が、ガラガラと崩れ出す。

 俺は鎖を巻いて回収しながら、腰を抜かすグンツを引っ張って逃げることにした。

 その最中、グンツは俺に引き攣った顔を見せてくる。


「兄ちゃん、やっぱり人間じゃないだろ?!」

「ちょっとした隠し技を持つ、人間の冒険者ですよ」

「いいや、絶対信じない! あんな高いところから飛び降りて平気で、オレが作った楔をあっさりと全部引き抜くなんて、ありえない!!」


 よほど自分の腕前に自信があったようで、引き抜けた俺が化け物だと誤解しているみたいだ。

 失礼なとは思うが、混乱しているだけだろうから、時間を置いて落ち着かせればいいだろうと少し放置することにしたのだった。

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