二百五十三話 宝石をあれやこれや
宿に戻り、受付の人に仲間への伝言を頼んだ後で、部屋に入る。
備え付けのテーブルに、先ほど買った紅い宝石を全て出す。
その中で一番小さく、欠けが小さいものを手に取る。
「よっし、確かめていくぞ」
小声で気合を入れ、まずは生活用の魔法が本当に宝石には通じないか実験していく。
魔力が変換できる属性は六つ。
俗に鍛冶魔法と呼ばれる魔法は、生活用の魔法で土の属性の魔法だ。
これは先ほど効かなかったことが分かっているので、除外する。
他の五属性――火、水、風、光、闇の魔力が、宝石に通じるか確かめていく。
「……やっぱり、どれも駄目か」
結果は惨敗で、どの属性の魔力も宝石に弾かれてしまっている。
ならと、今度は攻撃用の魔法に使う、魔塊からの魔力が通じるかを試していく。
まずは、一番あり得そうな土属性だ。
魔力を絞って少量だけ、宝石の中に向かわせる。
すると、表面で少し抵抗されたが、徐々に染み込むように魔力が宝石の中に入っていく。
喜ばしい結果だけど、気になる点がでてきた。
それは、魔力が通っている場所の色が、段々と濃くなってきていること。
より正確に言うなら、鮮やかな紅色だったのに、魔力を通し続けると段々と暗い色合いになってきていた。
俺は一度魔力を止めて宝石を観察し、勘違いではないことを確認する。
その後で、今度は土以外の属性で、魔塊からの魔力を通していく。
水、風、闇の属性は通らない。
火と光の属性は通る。
火属性を与え続けると、宝石の赤い色合いが鮮やかになる。
光の属性を与え続けると、輝きが増すようだ。
上々の首尾だけど、当初の目的である宝石の欠けやヒビを直すには、火と光の属性は使えないようでもあった。
ここまでの結果を受けて、仮説を立ててみた。
紅玉の宝石を直すには、火、土、光の三属性を組み合わせた魔力でないと駄目なのではないか。
そうなると、少し問題がある。
「……練習は続けていたけど」
二つの属性を混ぜる攻撃用の魔法なら、だいぶ上達していた。
しかし三属性以上はなかなかうまくいかないでいる。
なぜかというと、混ぜる割合がかなりシビアなのだ。
二属性なら大雑把に混ぜても、だいたい成立する。
でも三属性では、百分の一の単位で微調整しないと、急に破綻が出たりする。
四属性と五属性だと千分の一や万分の一になり、いまの俺の実力では成功させることすら難しい。
そのため、とりあえずは二属性から、宝石に通してみることにした。
土と火の属性を少量混ぜて紅玉に通すと、単一属性のときよりスムーズに宝石の中へ浸透していく。
宝石の色味はほぼ変わらない。
輝きがくすんできたような気はするが、素人目には大差ないように見えた。
魔力が宝石全体に行きわたるのを待って、欠けている部分を指で触れてみる。
通している魔力が少ないからか、かなり硬い手ごたえだ。
けど、形を整えることができそうなほど、柔らかくはなっている。
この感触だと、欠けの部分だけを直すよりかは、丸めた方が早く形が整いそうだ。
掌の中で転がし丸めてから、魔力を通すのを止める。
すると、鍛冶魔法を石や土に使ったときと違って、宝石の硬さはすぐに戻った。
丸くなった紅玉を透かし見て、ヒビや欠けが中にないことを確認する。
「うん、上手くいった」
上々の出来栄えに満足しつつ、俺は他の紅玉と色合いを見比べてみることにした。
するとやっぱり、魔力を通した方は、輝きが失せているように見えた。
それならと、今度は火と光の属性を混ぜた魔力を、丸い紅玉に通していく。
俺の目論見通りに、紅玉の輝きが増してきた。
しかし今度は、赤色も濃くなってきている。
それならと、輝きは保持しつつ色合いだけ薄くするために、土と光の属性の魔力を通していく。
それでどうにかこうにか、他の宝石と同じ色合いに戻すことができた。
ここまでの試行で、やっぱり宝石の形を変えるためには、魔塊からの魔力かつ三属性を組み合わせないといけないことが分かった。
丸くした紅玉は革袋に仕舞い、新しい原石に持ち替える。
心を落ち着かせ、火、土、光の魔力を混ぜ合わせながら、石に通していく。
すると、魔力から伝わる感触が、二属性のときとは違っていることに気づく。
なんというか、単一属性のときのように入りにくいのだ。
予想と違う感触に首を傾げそうになるが、どうにか魔力を通そうと頑張ってみる。
そのとき、宝石から嫌な音が出た。
そして、魔力を通していた場所から宝石に深いヒビが入り、どんどん割れ方が酷くなっていく。
慌てて魔力を止めてから、首を傾げ、疑問をあえて口に出す。
「なんで割れたんだ?」
火、土、光の属性が紅玉に通ることは分かっている。
そのうちの二つを混ぜたときも、通っている。
なら、三属性合わせても、通らないと変だ。
少し考え、もしかしてともう一度試してみることにした。
割れた紅玉を持ち、さっきと同じように魔力を通してみる。
通り難さを感じたところで、三つの属性を混ぜる割合を、意識的に変えてみていく。
火を減らして光を増やしたり、土を減らして火を増やしたりと試行していくと、あるときすっと宝石に魔力が通った。
このときの大体の割合は、土が五、火が三、光が二だ。
通し続けても割れたりしないことから、これが紅玉に最適な割合なんだろう。
けど、原石を見続けていて、俺は疑問で眉を寄せた。
宝石の色味が、不安定に揺らいでいる。
もしかしてと、俺は真剣に混ぜる魔力を調節してみた。
すると、目に見えて揺らぎが小さくなった。
そこから、一パーセント単位の微細さで、割合を変化させていく。
火を上げれば赤色が濃くなり、光を上げれば鮮やかさが増し、土を上げれば全ての色味が薄くなる。
そして、魔力を少し多く通すと、石の形を変えやすくなる。
なかなかに面白い変化に集中していると、急に誰かに抱きつかれた。
驚いて魔力の調整に失敗した途端、手にある紅玉が音を立てて弾け飛んでしまった。
ビックリしながら後ろを向けば、俺に抱き着いたまま驚き顔で固まる、テッドリィさんがいた。
「熱中しているようだったから、少し驚かせてみようと思ったんだけどさ。なんだか悪いことをしちゃったね。ごめんよ」
「いや、いいよ。ちょうど感覚が掴めたところだったし。割れたなら、集めてくっ付ければいいし」
「くっ付けるって、宝石をかい?」
不思議そうにするテッドリィさんの目の前で、砕けた紅玉を集め、それらに魔力を通し、手で丸めてみせる。
砕けた宝石がちゃんとした球体になったことに、テッドリィさんは手品を見た子供のように驚いてくれた。
「砕けた宝石を元通りにするなんて、アンタ、またとんでもないことをしでかしてくれたね」
「……やっぱりそうなっちゃう?」
「当然だよ。宝石ってのは大きければ大きいほど価値が高いんだ。逆に言えば、チビた破片なら銅貨で手に入る。だからアンタがいまやったことは、銅貨で金貨を作ったようなものだよ」
「興味本位で聞くけど。もしこの机の上にある宝石を一個にまとめたら、どれだけの価値になる?」
テッドリィさんは、大呆れしたような態度になる。
「もしかしたら、その宝石に見合うだけの金貨が払えないからって、代金かわりに国がアンタを貴族にしてくれるかもしれないね。それも、永代続くヤツをさ」
「えっ。爵位って、お金で買えるの?」
「頭に名誉がつくものは、そうだって聞くよ。くれる土地なし俸給なしだから、なりたいってのは、金が有り余っている成金の商人ぐらいなもんだけどね。それでもバカ高いから、一代限りの男爵や騎士爵位が精々だろうけどね」
そんな事情があるのかって、意外と物知りなテッドリィさんに驚く。
その後で、俺はある予想を打ち明けることにした。
「多分だけど、俺なら石から宝石が作れるかもしれないんだけど?」
「単なる石から、ってことかい?」
「ちょっと試すから、見ててよ」
俺は依頼報酬でもらった原石から、爪先ほどの小石を剥離させて手に乗せる。
そして、魔塊の魔力を土属性にして通す。
全体に行き渡ったら、光の属性を二割混ぜて、二属性にする。
色味は石色のまま、艶めきが出てくる。
ここから火属性の割合を一パーセントずつ上げる。
すると、徐々に石に赤色がついてきて、さっき掴んだ割合まで上げると、すっかり紅玉らしい見た目になった。
どうぞと渡すと、テッドリィさんは小石を透かし見たり、爪で引っ掻いてみたいるする。
「これ、素人目には本物の宝石と変わらないよ。商人だって騙せるかもしれない」
「実物で確かめてからじゃないと無理だけど、他の色の宝石にも変化可能だろうね」
「……やっぱりこれも魔法かい?」
「そうだよ。けど、エルフみたいに魔法が上手じゃないと出来ないぐらいに、作るの難しいけどね」
「それでも、こうもあっさりと石から作られたら、宝石商の立つ瀬がないねぇ」
テッドリィさんは俺に人造紅玉を返すと、やる気を失ったような顔になる。
「坑道に宝石で出来たゴーレムが現れたって、儲け話を聞いてきたってのにさ。これじゃ、倒す必要がなくなっちまったよ」
「そんなゴーレムが本当にでたんだ?」
「見たヤツの話じゃ、色とりどりの宝石が集まって、体が出来ているんだとさ。証拠にって、そのゴーレムから殴り取ったっていう、赤と青の宝石がくっついたものを見せてもらったよ」
テッドリィさんは言いながら装備と鎧を外すと、ベッドの上に寝転ぶ。
「そんなんで、冒険者の多くはそのゴーレムを倒しに、坑道に入っているよ」
「宝石は食えないからって、森に食料を――たしかゴブリンやオークを獲りに行っているんじゃないの?」
「どっちもクソまずいからね。大勢でゴーレムを倒して、それで得た宝石でアリアル領まで食い物を買い付けに行くんだと。違う種類の宝石がくっついたモノは珍しく高値で売れるからね、大量の食料が手に入るに違いないって、こぞって穴に入っているさ」
その流れに乗り遅れないようにと、テッドリィさんは急いで宿まで戻ってきたんだろうな。
けど、俺が石から宝石を作ったのを見て、どうでもよくなってしまったらしい。
なんとなく、ちょっと拗ねている気配すらある。
俺は机の上の宝石を革袋に仕舞うと、寝転ぶテッドリィさんに近づき、そっと頬を撫でる。
それだけで少し気分が良くなったのか、笑顔を返してくれた。
「そういえば、宿に戻ったら昨夜の仕返しをするって言ってあったね。今からやるかい?」
「テッドリィさんがお望みなら――」
と相手をしようとしたところで、部屋の扉がばーんと開かれた。
開け放ったのは、イアナだった。
「テッドリィさん、バルティニーさんへの説明は終わりましたか! 早くいかないと、ゴーレム倒されちゃいますよ!」
こちらの事情を知らないまま、金属製の棍棒を手に意気込む姿に、俺とテッドリィさんは至近距離で笑い合ったのだった。