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二百五十二話 原石に両替え

 一夜明け、宿から出た俺たちは、それぞれ別行動することにした。


「俺は当初の目的通り、金貨を宝石に替えてくるよ」

「ゥワウ」


 チャッコは俺についてくるようだ。

 一方、テッドリィさんとイアナはというと。


「あたしはイアナと、鉱山で聞き込みでもするよ」

「そうですね。バルティニーさんとは、今後は別行動になるでしょうしね」


 こちらが疑問顔をすると、イアナは嫌そうな顔を返してきた。


「もう崖の上なんかいきません。食料集めしたいのなら、バルティニーさんだけでどうぞ」


 よほど怖かったのか、断固として拒否する姿勢だ。

 少し頬が赤いように見えるのは、怒りからか、あのときの失態を思い出しているかだろうな。


「テッドリィさんも、崖上に行く気はないんだ?」

「あたしは行ってもいいけどねぇ。まぁ、この子のお守りもしなきゃいけないし、アンタらだけなら一日で行って帰れるんじゃないかって気がしてるんだよ」


 そう指摘を受けて考えてみると、条件付きで可能だと思った。


「……魔法を使えば、出来るだろうね」

「そうだろう。なら、崖上に行くのはアンタに任せて、あたしらは鉱山町で資金集めってことでいいんじゃないかい?」


 役割分担を考えたら、それが最前だろう。


「分かった、そうしよう。でも――」

「分かっているよ。注意しろってんだろ。あたしだって長年冒険者やってんだ。それにこの町には、行商で何度か来たことがある。バルティニーに心配されなくたって、平気だよ」


 そう言うのならと、俺たちは別行動をとることにした。


「じゃあ、やることを終えたら、この宿に戻ってくるってことで」

「そうするよ。帰ったら、昨夜の続きだからな!」


 蹂躙されて気絶したことで、テッドリィさんはリベンジに燃えているようだ。

 俺が受けて立つと笑みを返すと、イアナは疲れ顔でチャッコに話しかけていた。


「二人とも夜も元気なのはいいと思うんだけど……どう思う、チャッコちゃん?」

「ゥワウ」


 知るかと言いたげなチャッコの声に、イアナが肩をすくめた。



 二人と離れた俺は、チャッコと共に大きめな宝石商に入った。

 客足が皆無で、中はがらんとしている。

 暇そうにしていた店員がこちらを見て、一瞬だけ嬉しそうな顔をした。

 しかし俺の服装を見て、明らかにがっかりとした顔になる。

 それでも、接客はしてくれるようで、喋りかけてきた。


「ようこそおいで下さいました。今日はどのようなご用件で?」

「宝石を買おうと思って」

「それは研磨済みの物をでしょうか?」

「原石の方が良いと聞いているけど、とりあえずどちらも見せてほしいかな」

「……失礼ですが、ご予算のほどは?」


 改めて言われると、どれだけ持っているのか自分でも良く分かっていない。


「そうだな。金貨で買えるぐらいで」

「そうでございますか。それでしたら、原石の方がよろしいでしょうね」


 俺が本当に金貨を持っているのか疑わしいという目をしながら、店員はカウンターへ案内してくれる。

 そして宝石を出す素振りを始めると、店の奥から屈強そうな大男が現れた。

 冬だというのに、タンクトップ状の服を着て、丸太のように太い腕を誇らしげに出している。

 きっと彼は、宝石を奪われないための護衛だろうな。

 でも、見た目は威圧的だけど、直感的に強そうとは思わない。

 なんというか、戦う筋肉というよりも、大荷物を運ぶための筋力にしか思えないのだ。

 チャッコも大男を一瞥して以降は興味を示していないので、この感覚は間違いないんだろうな。

 そんな考察をしている間に、店員はにこやかに宝石を俺の前に置く。

 色とりどりだけど、どれもこれもいびつで、指先から第一関節までぐらいの大きさだ。

 依頼報酬でもらった石とは違い、土や石がついていないが、原石って感じの見た目をしている。

 それらをカウンターに並べながら、店員はにこやかにセールストークを始める。


「どれも店の一押しの宝石です。しかも、この町では現金が不足していることもあり、大放出大特価です。これほどの宝石が金貨一枚で買えるだなんて、滅多にないことですよ」

「手に取って見ても構いませんか?」

「もちろんですとも。ああ、ですが、盗もうとは思わないでくださいね」


 店員の冗談を言うような口調の後で、大男が二の腕の筋肉を隆起させて見せてくる。

 下手な真似をすれば、叩き出すって言いたいのだろう。

 もちろん盗む気なんてないので、指先で摘むようにして宝石を見ることにした。

 大粒の原石ではあるが、光を通せば、中が断裂した輝きがあるのがわかる。

 取り換えて見ていくが、ほぼ全てがそうだ。

 仮にこれらの宝石を加工した場合、割れのある部分から二分割しないといけなくなるだろう。

 そう見取って、ふと疑問に思った。


「鍛冶魔法で、この割れているところをくっつけたりはしないのですか?」

「ははっ。なにをおっしゃられるかと思えば。宝石に鍛冶魔法が通じないことを、ご存じないのですか?」


 これだから素人はと言いたげな発言だが、本当に知らなかったので気にしない。


「では、鍛冶魔法で行えることは、宝石の周りにある石や土を取り除くまでなんですか?」

「はい、その通りです。そして宝石の研磨や加工を行えるのは、熟練した職人の手作業のみです。ですので、綺麗に整えた宝石は、原石の何倍もの価値を生み出すのです」


 誇らしげに語る店員を見て、本当かどうか試してみたくなった。

 店の宝石を使うわけにはいかないので、俺は自前の石片や土がついた原石をとりだす。

 そして試しに鍛冶魔法で、魔力をこの原石に通してみた。

 すると、石や土の部分には魔力が通るが、原石の部分では跳ね返されるような感触を得る。

 どこかで感じたことのある感触に悩み、はっと思い出す。

 火の魔法を纏わせた鉈に、鍛冶魔法を使ったときと感触が似ているんだ。

 ということは、この世界の宝石には、魔法の属性がついている。

 もっと踏み込んで言えば、石に攻撃用の魔法をかければ、宝石になってしまうのかもしれない。

 流石に後者は行き過ぎた想像だろうが、前者の考えは間違いないだろう。

 そこでまた俺は閃く。

 鍛冶魔法が効かなくなった鉈でも、火の魔法を纏わせ続け溶かすまで熱することができる。

 なら、宝石も対応する属性の魔法を使えば、形を変えたり融合させたりすることもできるんじゃないだろうか。

 自分ながら面白い考察に、試してみたい気になった。

 俺は自分の原石を仕舞うと、カウンターに載る原石で割れが一番ある――その分だけ価値が高いと思われる、紅玉ルビーに似た原石を指差す。


「これと同じ原石を複数個、これで買えるだけください」


 言いながら、革袋の中から一つかみした分の金貨を、カウンターに置く。

 俺がこれほどの数を持っているとは思ってなかったのか、店員が驚き顔の後で、媚びへつらう顔に変わる。


「お客様も、ご予算が金貨とだけ仰られるだなんて、お人が悪い。それほどのご予算があるのでしたら、加工済みの――」

「いえ、原石が欲しいんです。できれば、割れがあって価値の低い物が」

「は、はぁ。ご要望にそわせては頂きますが」


 金があるのに価値の低いものを集める心が分からないんだろう。店員はやたらと不思議そうに、宝石を準備しに店の奥へ向かった。

 出そろうのを待っていると、俺の目の前に器に入った白湯が運ばれてきた。

 横を見ると、先ほどの筋肉大男がにこやかに差し出している。

 ありがたく受け取り、一口含む。

 井戸水を沸かしたもの独特の臭気に、飲まない方がいいと判断し、器を置く。

 その間に、店員は紅玉の原石を並べ終えていた。

 大きさも形もまちまちで、目玉のように丸いものから、連結した指の骨のようになっているものまである。


「傷や欠けそして割れがある原石で、いまご用意できるのは、これが精一杯です」

「構いません、全部もらいます。金貨は足りていますか?」

「はい――いいえ! あの、足りてはいますが、足り過ぎていまして、少しご返却をしたく」


 店員はやたらと低姿勢で、カウンターの上にある金貨から二枚、こちらに返してきた。

 受け取ると、店員がこっそりと耳打ちしてくる。


「この宝石がお気に召したのでしたら、方々手を尽くして集めておきますが?」


 だからまた買いに来て欲しい、と言いたいらしい。

 店員の立場から考えれば俺は、価値が低い原石だと知りながら大枚叩いて買ってくれる客だ。

 次の機会まで繋いでおきたいんだろう。

 俺にも得のある話なので、乗っておこうと思う。

 残りの金貨がある革袋に手を当てて、大まかな数を確かめる。


「お願いします。予算は――さっき乗せたのと同じ量の金貨ということで」

「お任せください。そうそう、お客様は冒険者なご様子。ですので、食糧と引き換えという手もございますので、覚えていてくださればと思います」

「組合を通さずに、ここで直接取引ですか?」

「はい。組合を通す依頼より、数割増しなお値段で取り引きさせていただきますとも」


 上手い話だが、組合にそれとなく問題がないか聞かないといけないだろう。


「食料の件は一先ず置いておいてください。金貨分の原石だけ、お願いします」

「分かりました。では、五日後までには万事取り揃ええおきます。またのご来店、切にお待ちしております」


 店員に見送られて、俺は紅玉の原石が詰まった革袋を手に、宝石商を後にする。

 そしてまずは組合に行き、商店や個人と食料のやり取りをして問題がないかを尋ねに行った。

 職員が言うには問題はないらしい。


「個人での取り引きは、特に咎めていません。それに、いま町は食糧難ですので、どんな経路でも食料が住民に渡るのでしたら歓迎いたします」


 そう建前を言ってから、ちゃんと釘を刺してきた。


「ですが、組合が審査しない取り引きでは、騙される可能性や知らずに陰謀に加担することになるやもしれません。信頼できる相手以外との取り引きは、推奨しかねます」

「要するに、組合で依頼という形で受けていたほうが、安全で確実ってことですね」

「その安全の分、職員の手が介在しておりますので、手数料を頂いております。ですので、直接的な取り引きより、幾分手取りが下がることになることは事実ですが」


 安全と組合からの庇護を無視できれば、直接取引の方が実入りがいいという事だろう。

 よくよく思い返してみると、俺が狩ったオーガの首や巨大な海の魔物など、組合を通さなかった方が実入りが良かった覚えがある。

 むしろ実例があるのだから、ここに聞きに来る必要なんてなかったことに、いまさらながら気づいた。

 まあ、詳しい仕組みは知れたので、良しとしよう。

 さてでは、イアナやテッドリィさんが戻ってくるまで、宿屋で割れや欠けのある宝石が、魔法で直せないか試すことにしよう。

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