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二百五十一話 ひとやすみ

 鉱山町に戻り、冒険者組合に獲物を卸すと、職員にとてつもなく驚かれた。


「一日空けて戻ってきたと思ったら、こんなにたくさん。しかも冬の時期なのに、これほど多くの野草もどうやって……」


 まるで奇跡を見ているかのような反応に、俺は苦笑いする。


「この近くは獲物がいないようでしたから、豊富なところに行ってきたんですよ」

「豊かな場所ですか? どこもかしこも、似たり寄ったりだと、冒険者の皆さんは言っていましたが……」


 職員は腕組みして不思議そうにし、そしておずおずと質問してくる。


「あのぉ、不躾なお願いだと重々に承知しているのですが、どこで獲ったか、お教え願ってもいいですか?」

「教えてもいいですけど、出てくる魔物は周囲の森のとは比ではないほど強いですし、そもそも行くまでの道のりがとても危険ですよ」


 それでも知りたいのかと尋ねれば、職員は場所に思い当たったようだった。


「行くまでが危険となると。もしかして、崖の上に行ったとかですか?」


 俺が頷いて肯定すると、職員はがっかりしたような顔になる。


「毎年無謀な挑戦者が、崖下で死体になって現れているんですよ。それなのに、よくあそこまで上って帰ってこれましたね」

「そう言うってことは、崖上に獲物がたくさんあることは、知っているんですね?」

「崖の上から落ちたと思える、肥えた魔物や動物が崖下で稀に発見されてましたので」


 そこで一度言葉を区切り、職員は声を潜めて囁いてくる。


「あなたたちが崖上に行ったということは、秘密にしてください」

「それはまた、どうしてです?」

「今年はとても食料が不足しています。あなたたちが崖上から獲物を取って帰ってきたと知れたら、一縷の望みをかけて、断崖を登ろうとする冒険者や住民が後を絶たなくなってしまいますから」


 もしそんなことになったら、多くの人は滑落して死ぬだろう。

 運よく崖上にこれた人だって、手強い魔物の餌食となる運命を辿るはずだ。

 職員の懸念を理解して、この獲物は森の奥で獲ってきたということになった。

 鉱山町から一日がかりで往復するほどの奥地まで、獲物を得に行く人はいないだろうという、職員の判断からだ。

 そう取り決めが終わったとき、十人ほどの人たちが組合に押し寄せてきた。

 彼ら彼女らは、俺が獲ってきた未精算な獲物を見て、職員に詰め寄る。


「その肉、こちらが引き取っていいものだな!?」

「我が子のために、薬草を! 薬草を寄越しなさい!」


 欠品していた人気商品を求める客のように口々に喚いて、職員の手から奪い取ろうとしていく。

 しかし、冒険者を取りまとめる組合の職員だけあり、住民に腕力で遅れをとる人はいなかった。


「落ち着いてください! 依頼は適切に処理し、依頼を行った方に送られます!」

「ここで大声を上げ、実力行使に出ても、あなたたちの手元にくるのが遅くなるだけですよ!」


 押し合いへし合いになる人たちを横に、俺と対応してくれていた職員は建物の端に寄り、報酬の受け渡しをしていく。


「こちらが、報酬となります。宝石は全て原石ですが、よろしいですか?」

「構いません。それではたしかに」


 一握りほどの数の、石や土がついたままの宝石を受け取り、革袋の中に突っ込む。

 イアナとテッドリィさん、そしてチャッコに身振りして、組合の外へ出ようとする。

 その際、俺と職員のやり取りを見ていたらしき人が、こちらに近づいてきた。


「あなたが、アレを獲ってきた人なんだろ? 宝石なら言い値で払うから、いまから獲ってきちゃくれないか?」

「お前、抜け駆けを! そいつの倍払うから、こっちを優先してくれないか!?」


 その声に釣られて、詰めかけた人たちの顔が、一斉にこちらを向く。

 囲まれそうな気配を察知して、俺は強敵と戦闘するときのような気迫を身にまとう。

 俺に威圧され、住民たちは身動きを止めた。

 力ずくでも恐慌が収まったので、彼らに声をかける。


「俺は冒険者だ。依頼がしたいなら、組合を通せ。それ以外の仕事は、受け付けない」


 言葉を区切りながら言うと、住民たちは頷きを繰り返し、一歩後ろに下がった。

 威圧している身でなんだけど、そんなに俺って怖いか?

 思わず自分の顔を撫でつつ、イアナたちと共に組合を去る。

 そして宿屋に向かおうとして、テッドリィさんに肩を小突かれた。

 どうかしたのかと顔を向けると、苦笑いされていた。


「おい、バルティニー。面倒臭さそうなやつらだからって、ぶっ殺そうってぐらいに威圧しなくたっていいだろう」


 言われたことが理解できず、俺は首を傾げる。


「そんな印象なほど、強く威圧していた?」

「そりゃあもう。な、イアナ」

「出会ってから今までで、さっきのバルティニーさんが一番怖かったですよ。狩りのときだって、あんなに強い気配を発しませんよ」

「……狩りのときは、極力獲物に気配を悟られないように攻撃しているからな」


 弁明とも言えない言い訳をしつつ、そんなに怖かったかなと改めて考えてしまう。

 そんな俺の気持ちと唯一同じなのは、こちらを見上げて首を傾げているチャッコだけのようだった。




 宿に入り、部屋を取る。

 前と同じように、俺とテッドリィさん、イアナとチャッコの組になるようにだ。

 部屋に入り、荷物を置くと、俺とテッドリィさんは共にベッドに腰掛ける。

 すると、テッドリィさんが思い出し笑いをするように、笑顔になった。


「本当に、バルティニーと一緒にいると飽きないねぇ。岩壁を登ったり、崖から飛び降りたり。普通のヤツとつるんでいるときは、体験できないことばかりだよ」

「楽しんでくれて、なによりだよ」


 そう返すと、テッドリィさんがこちらの肩に頭を預けてきた。

 そしてしんみりとした声を出す。


「楽しいけどさ。これはあたしの実力で見える景色じゃないってことも、気づいちまうんだよねぇ」


 テッドリィさんの真意を問うように、目と目を合わせると、微笑まれた。


「女としちゃ、知らない風景を見せてくれる男ってのは、とても魅力さ。さっきのは、教え子に実力を抜かれた冒険者としての僻みだよ」

「俺としては、テッドリィさんが恩人なのは変わらないけど?」

「あははっ。アンタならそう言うと思ってたよ。でもそこは、愛しい人や、肌を許せるぐらいには好きな相手だと、言って欲しかったねぇ」


 テッドリィさんは俺の首に腕を巻き付けると、ゆっくりと顔を近づけ、唇を合わせてきた。

 そして甘えるように、俺の下唇を甘噛みし始める。


「んっ、んぅ、はぁ。男にすり寄る女冒険者なんてクズだと思ってたけどさ。愛しい人が逃したくないって気持ちだけは、分かっちまうようになったねぇ」


 微笑みながらの言葉の返答は、口づけですることにした。

 舌をねじ入れ、口蓋を舐め上げると、テッドリィさんの目が情欲で色づく様子が見えた。

 こちらが口を離すと、唇に舌を這わせて、煽情的な微笑みを浮かべてくる。


「ふふっ。強く求められて、燃えないあたしじゃないよ」


 テッドリィさんはわずらわしい仕草で上着を脱ぐと、抱き着いてきて押し倒そうとまでしてくる。

 身を任せてベッドに倒れ込んでも良かった。

 だけど、ここで勘が働いて、逆に俺がテッドリィさんをベッドに押し付ける。

 すると期待する目が返ってきた。

 それは、俺がどんな楽しみを刻んでくれるのかと、テッドリィさんからの無言の要求のような気がした。

 挑発されて乗らないわけにはいかず、俺ができうる全ての方法でもって、その体を蹂躙してあげることにしたのだった。


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