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二百四十九話 断崖上の森の夜

 飯を食ってから、俺はもうひと働きすることにした。


「それじゃあ、またちょっと狩りに行ってくる」


 弓矢の準備をしながら言うと、テッドリィさんが呆れ顔を向けてくる。


「日が暮れたのに、狩りにいくのか? 危険だと思うけどねぇ」

「夜行性の魔物や肉食獣がいるかもしれないから、本当に危険か確かめるためにも、今から行かないと意味がないんだよ」


 俺が離れようとすると、散歩の気配に気づいた犬のように、チャッコも立ち上がった。

 けど、その頭を撫でて静止する。


「チャッコは、ここで二人の護衛をお願い。弱い者を守るのも、お前の種族の特徴だろ?」

「……ゥワゥ」


 まったく仕方がないと言いたげな態度で、チャッコはまた腹ばいに横たわった。

 ここで、俺の発言にイアナとテッドリィさんが噛みついてきた。


「弱いだんなんて、失礼だと思います! バルティニーさんとテッドリィさんに鍛えられて、ずいぶんと腕を上げたんですから!」

「イアナはともかく、あたしまでってのは気に入らないねぇ」

「もう、テッドリィさんまでー!」


 二人の反応は予想できたことなので、俺は森の一角を指す。


「あそこに、取った鹿を狙う魔物か野生動物の気配があるの、気づいている? もちろん俺は気づいているし、チャッコも大した相手じゃないからって放っているんだけど?」


 二人とも驚いて視線を向けると、草むらが揺れ、森の奥へと何かが逃げる音がしてきた。

 唖然としている姿に、チャッコが笑うように鼻息を一つ吹く。

 俺も、イアナとテッドリィさんに苦言を放つ。


「夜の森は、昼とは全く雰囲気が違うんだ。とても危険だから、チャッコに守ってもらっててよ」


 さっきのことで、夜の怖さの片鱗は感じたのだろう、二人とももう文句は言ってこなかった。

 仲間と離れて、俺は森の中を進んでいく。

 オゥアマトと森で生活していた頃を懐かしみながら、周囲の気配に気を配って進む。

 やはり、虫系の魔物が動き出している。

 この夜こそが、虫の魔物が真価を発揮する時間だ。

 目や耳に頼っている動物は、夜闇の中を静かに移動する虫の魔物に、不意を打たれて殺されることが多い。

 その厄介さは、夜に蛇に出くわす以上のものがある。

 なにせ、近づいてきた獲物に、夜闇を切り裂くほどの速さかつ無音で、いきなり跳びかかってくるものが多いからだ。


「よっと!」

「――キキキイイ」


 空気が動いた感じを受けて矢を放てば、大足を広げて跳びかかってきた蜘蛛の魔物の腹に突き刺さった。

 バタバタと地面の上で暴れるが、矢を三本追撃で放って仕留める。

 わちゃわちゃと動いていた脚が止まり、突いても動かないことを確認して、俺はその脚を鉈で斬り落として回収した。

 鉱山町の依頼の中で、これを食用に求めているものがあったためだ。


「獲れたては、生でも食べられるんだけどね」


 オゥアマトと暮らしていたときは、寝込みを襲いに来る蜘蛛の魔物を倒して、夜食にしたものだった。

 ちなみに蜘蛛脚は殻を剥いて食べるのだけど、味はカニと鶏肉を合わせたような感じだったりする。

 脚を獲り終えた胴体から矢を抜いて回収すると、胴体をそこらへんに投げ捨てる。

 こちらの様子を伺っていた何かが、捨てた胴体を捕食する音が響いた。

 これをやると、賢い魔物は俺のおこぼれに預かろうと動くようになり、一気に夜の森の安全性が高まる。

 こうして獲物を求めてさ迷い歩いていると、この森にいる魔物や野生動物の特徴が見えてくる。

 豊富な食料があるので、積極的に俺を襲うとするものは少ない。

 けど、住んでいる種族の個体的な強さは、エルフの集落近くの危険な森に次いでいるのようだった。

 その証拠に、さきほどイアナとテッドリィさんが気配を察知することに失敗していた。

 イアナは技術的に発展途上だから置いておくとして、テッドリィさんは護衛任務を続けて、それなりに気配察知が得意だったりする。

 それなのに感じ逃したのは、それだけ草むらにいた何かが、気配を消すことに長けていたからだ。

 テッドリィさんですらそれなので、並みの冒険者だったら、ここの夜の森では餌食になってしまうに違いない。

 これは鉱山町の冒険者組合に、この場所への行き方を教えるわけにはいかなくなったな。

 ある程度、森の生き物の強さが把握できたので、薬草や野草の類を摘んでいく。

 俺が獲物を狩る気がなくなったと見たか、周囲の気配が動き始める。

 大半はまだ様子見のようだが、この森で過ごす余裕がないヤツが進み出てきたようだ。


「「「ウググルルルルル」」」


 威嚇しながら出てきたのは、黒い毛並みの犬の魔物――ダークドッグだ。

 しかし、他所で見る個体とは少し違い、体格が一回り大きいようだった。

 それこそ、大型犬をやや超えるチャッコよりも、上回っている。

 そんなダークドッグが、二十匹ほどいる。

 強そうな個体は肥えているが、大半はあばら骨が出るぐらいに痩せている。

 やっぱり、ここで生き延びるのに、苦労しているらしい。

 交戦するため、俺が矢に手を伸ばそうとすると、先に痩せた個体が三匹襲い掛かってきた。


「ウグアアアアアア」

「「グガルルルルル!」」


 一匹が真正面から、他二匹が左右に分かれてやってくる。

 単独行動する人間に対しての、見事な連携だ。

 人間の手は二本しかないので、三方向から同時に来られたら、一匹の牙が届く計算になるしな。

 冷静にそう評価しながら、俺は左右の手で、鉈を一本ずつ引き抜く。

 そして正面の個体と左の個体に対して、叩きこむ。

 頭を割られて絶命した二匹の犠牲を無視するかのように、最後の一匹が噛みついてきた。

 俺はその顎下を膝で蹴り上げて、口を閉じさせる。

 そして、正面の個体から鉈を引き抜き、また噛みつこうとしてきたダークドックに振り下ろした。

 瞬く間に三匹が死に、ダークドックの群れに動きが現れる。

 仲間の死体を見捨てて、群れ全体が森の奥へと引いていく。

 てっきり、群れで総攻撃してくると構えていた俺は、拍子抜けした。

 そして改めて冷静に考え、これは数減らしの行動だったんじゃないかと予感した。

 俺を倒せたら、その肉で群れの腹が膨れる。もし負けても、不要な個体が死んだ結果、相対的に群れの個々に回る食料の量が増える。というわけだ。

 上手いことやるなと感じながら、殺したダークドッグの尻尾を切り取り、一つを森の中に投げ入れる。

 争いながら食べる音を後ろに聞きながら、二匹は持って行く。

 痩せていて食いでがないので、今後いい獲物が手に入ったら、これを餌にして安全に森から帰るために使うことにした。


 


 狩りを終えて、上々の成果を手に、イアナとテッドリィさんのところに戻る。

 すると、チャッコが何かを食べながら待っていた。

 見ると、オーガ並みに大きいオークの死体だった。

 焚火に照らされる周りを見ると、三つほど他にもある。

 どうやら、俺が狩りに出ている間に襲われたらしい。

 イアナとテッドリィさんはどうなったか見ると、渇いた笑みをこっちに向けていた。


「ば、バルティニーさん。チャッコちゃんって、本当に強いんですね」

「あたしが苦戦は避けられないって覚悟したオークどもを、一噛みで一殺してやがったぞ、その狼」


 二人が驚いている様子を見て、俺は顔をチャッコに向ける。

 オークを食う口を止めて、呆気ない戦いだったという目を向け返してきた。

 どうやら、小手調べな攻撃であっさりとオークが死んでしまい、つまらなかったらしい。

 初めて俺と戦ったときも、チャッコはいきなり噛みついてきたなって、つい懐かしくなった。


「なんにせよ、無事で何より。チャッコを置いていて、正解だったな。ああ、チャッコにとって不満な戦いだってことは、分かっているから」


 まあ、テッドリィさんが苦戦する――つまり勝てると踏んだ相手だ。

 あの強敵ばかりの森で、元気に活躍する狼の魔物と同じ種族のチャッコには、物足りないのは仕方がないだろう。

 慰めの代わりに蜘蛛魔物の脚を上げると、外殻ごとバリバリ食べ始める。

 美味しそうにする姿を見るに、オークの死体は口に合わなかったらしい。

 オークの死体に関する依頼は見なかったので、討伐照明の部位を取って、チャッコの食い残しともども、森の中へ投げ入れる。

 するとすぐに咀嚼する音が響いてきて、焚火近くにいるイアナとテッドリィさんの顔色が変わった。


「ば、ばば、バルティニーさん! か、囲まれてますよ!」

「お、おい、何匹いるんだ。こんなにたくさん一斉に来たら、さばききれないぞ!」


 狼狽える二人に、俺は気にしないようにと身振りする。


「平気だよ。オークの死体を食い尽くしたら、帰っていくから」

「ゥワウ」

 

 襲ってきたら倒してやるとチャッコが吠えると、オークを食べる音が若干小さくなった。

 どうやら、チャッコの戦いを見て実力差を痛感し、気を悪くさせないように、大人しく食べるようにしたようだ。

 けど、イアナとテッドリィさんは、信じられない目をこちらに向けてくる。


「ど、どうしてそんなに余裕なんですか! 魔物って、人間を見たら襲ってくる生き物ですよ! 絶対こっちに来ますって!」

「速く下に戻ろうぜ。こんなとこにいたら、命が危ない!」


 珍しくテッドリィさんが慌てていることに、俺は首を傾げる。


「襲う気なら、とっくに来ていると思うけどなぁ。だって、俺たちが崖上に来たときには、かなりの数に囲まれていたし」

「「……へっ?」」


 イアナとテッドリィさんが理解不能という顔をするので、もう一度説明する。


「ずーっと包囲されていたんだよ。敵意や食欲を向けてこなし、近づくと逃げるから、俺もチャッコも放っていたんだよ」


 これが衝撃の事実だったのか、イアナとテッドリィさんはお互いに抱きしめ合いだした。


「と、という事は、バルティニーさんたちが狩りで離れていたとき、わたしたち魔物が監視している中で暢気に薪集めしていたってことですか?!」

「鹿の肉を食って美味しいとか言っていたときも、ずっと見られていたってのかい!?」

「言わなかったことは悪いと思うけど、知らなくても実害はなかったでしょ?」


 そう返すと、二人が疲れ切った顔を返してきた。


「きっと、バルティニーさんとチャッコちゃんは居場所は分かるから倒せると思っていて、余裕なんですよ」

「そうだな。バルティニーのヤツ、一年ぐらい森にいて、獣人とエルフと暮らしていたって言っていたし。あたしらとは感覚がズレちまってんだろうな」


 なんだか失礼なことを言われた気がしたが、抗議してもしょうがないので、焚火に当たって暖を取って誤魔化すことにしたのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] そういえば他の作品ではオーク肉は豚に似ていて大体おいしい設定が多いですね。 逆にオークがほぼ食べられない設定の小説は初めてかもw
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