二十四話 森での戦い
俺とテッドリィさんは、森の中に入った。
もうすでに、多くの冒険者たちが入っているのだろう。森の方々から戦う音や声が聞こえてきた。
それを感じてか、テッドリィさんは抗戦的な笑みを浮かべる。
「おーおー、派手にやってやがんな」
「……こんな大きな音を立てるのは、あんまり良いことじゃないと思うんだけど」
故郷で猟師のシューハンさんから教わったことには、森の中では極力静かにすることというものがあった。
音を出せば、狩りの獲物である鳥や獣は逃げるし、逆に避けるべき魔物は近寄ってくるからだ。
いま、冒険者たちが激しい音を立てているのは、魔物を呼び込むためもあるのだろう。けど、絶えず魔物が襲ってくる危険があるので、あまり良い戦法じゃないはずだ。
現に、魔物にやられたらしき冒険者が、仲間と共に村に引き返す姿がたびたび目につく。
それなのに、テッドリィさんは戦っている冒険者たちに混ざろうとする。
「ちょっと待って」
「なんだよ。早くしないと、魔物が倒されきっちまうだろうが」
「心配しなくたって、すぐには絶滅しないよ。それより、ここにいるのは危ないから、少し離れた場所で戦おう」
注意を促しつつ移動しようとすると、テッドリィさんは首を傾げる。
「そりゃ、なんでだよ。こんなに同業者がいるんだ、ここで戦っていた方が安全だろうに」
そう思いがちだけど、それは違うのだと、故郷で狩りに従事したことのある俺は分かる。
「それは違うよ。冒険者の数が多いいまはいいけど。怪我して撤退する人が多くなってくると、数が逆転してくるでしょ。そこからは、どう森から逃げるかの戦いになっちゃうよ」
理由を聞いて、テッドリィさんは考える素振りをする。
「なるほどな。そういう点でも、草原と森の中じゃ勝手が違うってこったな。じゃあ、どうするんだ?」
「少し離れた場所に移動して、この冒険者を襲おうと近寄ってくる魔物を待ち伏せて素早く倒す。証明部位を集めたら、また移動して待ち伏せを繰り返したいかな」
具体例を上げると、それで良いとばかりに頷かれた。
「うっし、そうと決まりゃ早く移動しようぜ。どっちにいく」
「まずは森の際に沿って、横方向に移動したいね」
「じゃあ、森に慣れているバルトが先導してくれ」
どうやら俺に任せてくれるらしい。
その期待に応えるべく、静かにこそこそと森の中を移動していった。
ある程度移動してから、木の陰や茂みの中に隠れて、魔物を待ち伏せする。
少し遠くの方に、冒険者たちが戦っている場所を目指して走る、ゴブリンたちの姿が見えた。
待ち伏せで倒すには遠いので、やりすごす。
その後も距離を理由に、何組かのゴブリンやダークドックを見逃す。
じっと機会を待っているのが退屈なのか、テッドリィさんがそわそわし始めた。
「おい、バルト。こんなこそこそしてばっかりいたら、実入りに響くぜ?」
「実入りよりも安全優先だよ。怪我でもしたら、明日に響くでしょ」
「だがよぉ、暇で暇で――」
「しッ。なにかが近くにきそうだよ」
走って近づいてくる音を聞き、二人して会話を止めて黙る。
少しすると、故郷でもこの森でもまだ見たことのなかった、魔物らしき存在が見えてきた。
それは人間大の毛むくじゃらの猿に、猪の頭を被せたような存在だった。
数は三匹。それぞれの手に、木を削って作ったらしき大きな棍棒が握られている。
その見た目から獣人じゃないかとも思ったが、テッドリィさんが弓を射てと合図してきたので、一匹の頭に矢を打ち込んでやった。
「ピグゥィーー」
「ピグゴオ!?」
最後尾の一匹が頭を射抜かれて倒れる音を聞き、残りの二匹は思わずといった感じに後ろを振り向く。
そして驚きからか、身動きを止める。
そこにテッドリィさんが茂みから出て、剣を片手に襲い掛かった。
「ううぅりゃあああああああ!」
渾身の一振りで、片方の頭を斬り飛ばした。
返す剣で、反応が遅れている最後の一匹の腹を斬る。
「ピグッ、ピグッ」
腹から出てきた内臓を片手で押しとどめながら、魔物は棍棒を振り上げる。
させない、と矢を番えた弓を引いたのだけど。それより先に、テッドリィさんが魔物の胸元を剣で突き抉る方が早かった。
こうして、呆気なく見知らぬ三匹の魔物を倒し終えた。
「よっし! 討伐部位である、ブタ鼻を回収するぞ。棍棒も捨て値で売れるが、邪魔だし置いていくからな」
テッドリィさんの言葉に従って、この魔物の豚っぽい鼻を鉈で切って回収し、ついでにゾンビやスケルトンにならないように首を落とす。
「それにしても、この魔物は初めて見たんだけど、なんて名前かわかる?」
「『飢え喰うもの』――オークって呼ばれているやつだな。雑食で、人間だって他の種類の魔物だって食べちまう、イヤなヤツなんだぜ」
「オーク……」
前世でやったRPGのゲームにいたような、いなかったような……。
故郷の森でも会わなかったし、たぶんマイナーな感じの魔物なんだろう。
ゴブリンより少し強そうだけど、大したことなさそうだし、あまり気にすることもないかな。
そんな感想を抱いていると、テッドリィさんに肩を突付かれた。
「ほらほら、次の場所に移動すんだろ?」
「そうだった。血の臭いに、魔物が近づいてくるので、待ち伏せ場所を変えないと」
俺は土でテッドリィさんの剣の血糊を拭い落とし、すぐに場所を移動する。
とりあえずは、死体から出た血の臭いがしなくなり、隠れるのに都合の良い場所を探さないとね。
待ち伏せの隠れ場所で、次の獲物が通りかかるのを待つ。
それにしても、森の奥からやってくる魔物の数が異常に多い。
つい何日か前は、木こりが木を切る音が聞こえても、魔物はやってこなかった。
なのに、俺とテッドリィさんが隠れている場所でも、冒険者たちが戦う音が薄っすらと聞こえるぐらいなのに、森の奥から涌き出てくるように魔物がやってくる。
これも、領域の主とやらが出たことによる、変化の一つなのかもしれないな。
……よく考えたら、故郷の魔の森だって、主がいたんだよね。
ということはこの世界では、主がいなかった前までの状態が異常で、今の状態が普通なのかも。
そんなことを考えていると、隠れ場所に近づいてくる音が聞こえてきた。
こっそりと確認すると、首に蔓草の手綱を巻かれたダークドックと、その手綱をもつゴブリンが一組いた。
他種の魔物をペットにするゴブリンもいるんだ。
少し感心しながら、矢でダークドックを射抜く。当たり所が浅かったのか、倒れさせはしたけど絶命させるには至らなかったみたいだ。
だけど、俺には頼もしい教育係が教育係がいる。
「ううぅだああああぁぁ!」
テッドリィさんが突進して剣を振り下ろし、身構えようとしたゴブリンを斜めに斬った。
続けて、地面に倒れているダークドックの首に剣を突き刺す。
こうしてあっという間に二匹の魔物を倒してしまった。
そんな上々な首尾なのに、テッドリィさんは討伐部位を回収しながら不満そうな顔をする。
「ちッ、やっぱりこの戦い方は、あたしにゃ合わねぇな。まどろっこし過ぎる」
「そうかな? 安全かつ楽に倒せていると思うけど?」
「そこがバルトとあたしの考え方の違いってやつなんだろうな。いや、狩人と戦士の感覚の違いってことかもな」
意味が分からずにいると、テッドリィさんは訳知り顔で語りだす。
「狩人ってのは、倒した獲物を人里まで持って帰るのが仕事だろ。一方で、戦士ってのは戦うことや護衛対象を守ることだけが仕事だ。だからか、戦士ってのは戦果の他に、戦いの内容に充足を求めるんだ」
よく分からないけど、つまり困難でも命懸けで戦うことが、テッドリィさんは好きってことなのかな。
命懸けで戦う必要がある場面が存在することは分かる。
前世では、人助けに本当に命を懸けたから。
だから、人助けとか、悪いことを正すとか、生活のためになど、ここぞというときに命を賭すのはありとは思う。
それにそういう真似が出来るのは、デカイ男だって感じもするしね。
だけど、戦いという過程を充実させるために命を懸けるっていうのは、あまり納得がいかないかな。
一度死んじゃった記憶があるからかな、無意味に命を懸けることは違うって気が強くする。
そんな風に俺が理解しがたく思っているのが伝わってしまったのか、テッドリィさんは苦笑いを返してきた。
「気質が狩人なバルトに、理解するのは難しいだろうさ。ま、そういう人もいるって思っておけばいい。自分と違う価値観を持つ相手を受け入れる度量を持つのだって、バルトの目指すデカイ男ってヤツにゃ必須だぜ」
「わかった。納得はしにくいけど、受け入れる」
俺の答えに、満足そうにテッドリィさんが頭を撫でてくる。
子ども扱いされて不満だけど、ここで怒るのは胆の小さな男だし……。
対応を決めかねていると、なにやら大きな音が聞こえてきた。
それは、土の詰まった袋を高くから地面に落としたような、くぐもった重そうな音だった。
俺とテッドリィさんは、顔を見合わせる。
そして、死体のある場所に居るのはまずいとお互いに感じたようで、慌てて少し遠くの巨木の根元に隠れ潜んだ。
「……テッドリィさん、こんな足音を立てる魔物に心当たりあったりする?」
「いや、聞いたことのねぇ足音だ。音からすると、かなりデカそうだが……」
小声で話していたけれど、その重そうな足音が近づいてくるに従って、自然と黙ってしまう。
足音が迫り、隠れている場所からでも、その魔物の姿が見えてくる。
それは土を捏ね上げて人の形にしたような、奇怪な姿をしていた。
大きさはかなりあり、目算で足から頭まで三メートルぐらいありそうだ。
手足と胴体は太くなっていて、逆に顔は人と同じ程度に小さい。
そんな変にデフォルメされた人形のような魔物が、間近を通り過ぎて冒険者たちのほうへ向かうのを、俺とテッドリィさんは息を殺しながら待った。
そして十分に離れたのを確認してから、安心から大きく呼吸する。
「ふぅ~。あんな巨大な魔物、初めて見るや」
「あたしもだ。だが、あの姿からすると、恐らくは話に聞いたことのある『動き出した土』――ゴーレムだな」
ゴーレムという名称に、俺は思わず首を傾げてしまう。
前世でのゲーム上では、大まか石とかレンガのようなもので出来ている姿が、よくあったからだ。
「土なのに、ゴーレムなんだ」
「ゴーレムってのは、ゴブリンとかとおなじ通称だからな。石やら泥やらのゴーレムもいるって、話には聞いたことがあるぜ」
会話で安心感を共有していると、少し遠くから冒険者たちの悲鳴が聞こえてきた。
ゴーレムの姿を見てのものか、それとも戦闘に突入してのものかは分からないが、かなり焦っているような声だった。
「……あれが領域の主だと思う?」
「そりゃあ、あれだけデカイ魔物だからな、そうに違いねぇだろ」
「じゃあ、どうしようか? 冒険者たちを助けに行く?」
「お、なんだなんだ。てっきり逃げると思ってたのに、どういう風の吹き回しだ?」
そう問われて、冒険者たちを助けるためだとか、テッドリィさんが戦いたそうにしているからとか、理屈は色々ある。
けど、自分の心に一番素直な理由は、たぶんこうだろう。
「デカくて調子に乗っている相手は、気に食わないんだ」
前世の生い立ちもあって、チビで力の弱い相手をいたぶるヤツは、心底嫌いだ。
そして、あのゴーレムは、体のデカさで人を攻撃するタイプの魔物だ。
だから俺は、あのゴーレムのことが気に入らない。
そんな論調で理論武装すると、テッドリィさんが野獣のような笑みを向けてきた。
「気に食わないってか。いいじゃねえか、十分に戦う理由に値する答えだ。穏やかそうなバルトにも、そういう心があったのは以外だったけどな」
言いながら、ばしばしと背中を叩いてきた。
その後で、俺の首に腕を回して、テッドリィさんはぐっと力強く引き寄せる。
「じゃあ行こうぜ、バルト。気に食わねぇヤツを、ぶっとばしによ」
「俺のことはいいけど、テッドィリさんはどうして戦いに?」
「へっ、あたしはバルトの教育係だから、付き合うって言ってんだよ。あとは、あれだけのデカブツを相手する機会は、そうそうねぇからな」
好戦的な笑みを浮かべつつ、紅色の唇を真っ赤な舌で舐めてみせる。
俺はそんなテッドリィさんを見て苦笑いすると、顔と気持ちを引き締める。
そして、ゴーレムが向かった方へと、共に向かっていったのだった。




