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二百四十八話 食料豊富な崖上の森

 崖を登頂してみると、そこはかなり生命力の溢れた土地だった。

 木々の実りが視線を動かすたび目に入り、野草だって取り放題のようにある。

 森の中には動物の気配が濃厚にあり、ちょっと追うだけで獲物が手に入りそうですらある。

 しかしながら、高い場所ではあまり植物が生えないし、動物もいないはずじゃないのかと、前世の常識から首を傾げたくなった。

 けどそれは俺だけで、イアナとテッドリィさんは登頂を果たした達成感よりも、目の前の光景に喜んでいた。


「うひゃー! ここまで上ってきた甲斐がありましたね!」

「そうだな! まさかこんなに、下と上で世界が違うとは思わなかったな!」

「早速、集めましょう! ついでに、ここでお腹いっぱい食べていきましょうね!」

「そうするか! マインラ領に入ってから、大していいもの食ってなかったもんな!」


 二人は言葉を交わし終えるや、俺に物欲し気な目を向けてきた。


「はいはい、食料を集めればいいんだろ。ちょっと待って」


 俺は手裏剣を取り出すと、近くの木に投げつけ、果実のヘタを切る。

 地面に落ちたのは、異世界版のグレープフルーツって感じの、よく市場で見かける柑橘系の果実だ。

 それをもう何個か採り、イアナとテッドリィさんに渡す。


「今からちょっと狩りにいくから、それまでそれで食いつないでいて」

「分かりました! あ、薪や野草は、こっちで集めておきますね」

「魔物や野生動物がきたら、あたしがやっつけてやるから、バルティニーは安心していってきな」


 二人に見送られて、俺はチャッコと夕暮れで薄暗い崖上の森に入っていく。

 冬で風が冷たいのに、枯れている草が少ない。

 きっとこの森の主が、森の成長に力を多く割いているんだろう。

 ここまで下の森と植生が違うと、主が違っていると考えた方がいいんだろうな。

 そんな考察をしながら、木の上に止まっていた鳥を、弓矢で射落とす。

 チャッコが咥えてきたのを受け取ると、三十センチほどのキジバトに似た鳥だった。

 これぐらいの鳥なら、血抜きは後でいいだろう。

 足を紐でくくって運びやすくしようとして、チャッコが物欲しげに尻尾を振っている姿が目に入った。


「じゃあ、二人には内緒で、これチャッコが食べていいよ」

「ゥワウ!」


 喜びの声を上げて、チャッコは頭から鳥に噛り付く。

 一口で半分ほど綺麗に消えたことに、俺はその顎力に驚きと呆れが半分ずつの気持ちを抱いた。

 ぺろっと食べ終えたチャッコは、獲物の探索に力を入れるようになる。

 しきりに地面の臭いを嗅ぎ、両耳を小刻みに動かして音を聞いていく。

 その後で、こちらをチラッと見ると、一目散に駆け始めた。

 俺はその後を追いながら、矢を矢に番えていく。

 こちらが走る音が聞こえたからだろう、角のない鹿のような野生動物が、俺の視界の先で一団となって逃げ始めた。


「ゥワアアアオオオオ!」


 チャッコが吠えながら、鹿たちの側面に突撃する。

 そして一頭の大柄な個体の首に噛みつき、地面に引き倒す。

 仲間が犠牲になったことに、鹿たちは逃げるもの、混乱するもの、チャッコを追い払おうとするものに分かれていく。

 俺は逃げない個体を狙い、あと出来るだけオスを見極めて、弓矢を次々に放った。

 頭と胸元を射抜かれて、三頭が地面に倒れ込む。

 チャッコと俺が強敵だと認識したのか、留まっていた鹿たちも、森の奥へと走り去っていく。

 チャッコと合わせて、四頭もあれば獲物は十分だ。

 追いかけることは止め、血抜きのために頸動脈を切り、後ろ足を掴んで引きずり運んでいく。

 イアナとテッドリィさんがいる場所に戻ると、驚いた顔をしてくれた。


「えっ、もう獲ってきたんですか?!」

「たまたま、この動物の集団が近くにいたからな」

「少し森に入っただけでこの数じゃ、下の森で獲物を探し回ったことがバカみたいだねぇ」


 そんな感想もそこそこに、獲物の実食に移る。

 獲物の腹を掻っ捌いて、内臓を外に出す。

 心臓と肝臓は俺たちも食べるので取っておいて、他はチャッコに処理を任せた。


「ゥワフ♪ ハグハグ」


 チャッコは口の周りを血で染めながら、がつがつと食べていく。

 一方で俺は、一頭の毛皮を剥ぎ、大雑把に肉を切り分ける。

 地面に転がっている石を鍛冶魔法で細長くして串を作り、拳大の塊肉を何個か刺して、焚火の周りに差して置いておく。

 肉から外した骨は、チャッコに何本か渡して、残りは掻き出した火がついた黒炭に直置きして、じっくりと焼いていく。

 美味しそうな匂いがしてくるが我慢し、鍛冶魔法で石を平べったく伸ばして、焼き肉用のプレートを作った。

 諸々の準備が終わったので、食事を始めることにしよう。


「串焼きと焼き骨髄はもうちょっとかかりそうだけど、焼肉はすぐにできるから」


 肉を薄く削いで、火にかけた石プレートの上に置く。

 すぐに火が入り、肉に焼き色がつき始めた。

 俺は木を削って菜箸を作り、焼肉を裏返していく。

 イアナとテッドリィさんには石で作ったフォークを手渡し、焼けた順から食べさせる。


「ふわぁ、冬に入ってから初めての新鮮なお肉! しかも脂がのっていて、美味しいです!」

「護衛続きだったあたしにしちゃ、獲れたての野生動物の肉なんて、久しく食べてなかったよ」

「次々に焼いていくからね。素の状態に飽きたら、塩をかけて食べて」


 焼く世話をしながら、俺も焼肉を次々口に入れていく。

 その中で、近くに生る柑橘の果物を思い出した。

 石を刃物に変えて投げつけて一つ採ると、身を一房外して、しぼり汁を肉にかけてみる。

 そこに塩をかけて食べると、レモン塩の焼肉に似た味が広がる。

 懐かしい前世の記憶が蘇りかけたが、テッドリィさんに首を抱かれたことで消え去ってしまった。


「バルティニー、なんか面白いことやってんな。それ、美味いか?」

「こうやると、あっさりと食べられますよ。どうぞ一つ」

「すまねえな。あーん――んー、悪くはねえけど、物足りなくなるなぁ……」


 どうやらテッドリィさんは、脂分が多めの肉の方がお好みらしい。

 一方で、柑橘塩な焼肉を、俺の目を盗むようにして口に入れ、イアナは目を輝かせる。


「こっそり取らなくていい。肉はまだまだあるんだし、気に入ったんだろ?」

「うっ。は、はい。お肉がこんなに軽い食感だなんて。いくらでも食べれそうです」

「そうか。もうそろそろ串焼きと骨髄も焼ける頃だから、そっちも食べろよ」


 串焼きを一つ試食して火がちゃんと通っていることを確認して、二人にも配る。

 そして炭で直火焼きした骨を菜箸で引きずり出すと、真ん中から割り開く。

 ジュクジュクと音を立てる骨髄を、箸の先でこそぎ取り、口に入れる。

 こちらもちゃんと火が通っていて、肉とは違った、脂でこってりとした味が口に広がる。

 そうやって味見していると、イアナが不思議そうに、俺の手にある箸を見てきた。


「なんだか凄く器用に扱ってますけど、バルティニーさんって、そんな小さい棒を使って食事してましたっけ?」


 思いがけない鋭い指摘に、俺は少し黙ってしまう。


「……まあ、薄い肉をひっくり返すときは、これの方が楽だからよく使うんだ」

「たしかに、フォークで突き刺して拾うの、難しいですもんね。ならどうして、わたしたちにはその棒を使わせてくれていないんですか?」

「試しに使ってみればわかる」 


 握り方を補助指導しながら、箸を持たせてみた。

 しかし、箸先を開こうとするや、上の箸がくるっと手の上で回転して地面に落ちた。


「やってみてわかっただろうが、慣れるまでは結構難しいんだよ」

「そうですね。これじゃあ、フォークを使った方が簡単です」


 そんな会話をしていると、テッドリィさんが横から割って入ってきた。


「話してねえで、肉を食え、肉を。鉱山町に戻ったら、周りに目をつけられるから、食えなくなるぞ」

「そうですね! よーっし、お腹いっぱいに肉を食べて、しばらくはもういいって気分になるぞ!」


 意気込むイアナが串焼きにかぶりつき、焼き骨髄を口に入れる。

 俺は次の串と骨を火にかけながら、骨髄を取り終えた骨をチャッコに差し出す。

 チャッコも焼いた骨と骨髄は好みに合ったようで、嬉しそうに尻尾を振りながら食べていく。

 こうして楽しい楽しい肉祭りは、全員が腹いっぱいになるまで続いたのだった。

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